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  • 2012.10.13 Saturday
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戯言シリーズ読了

 ネコソギラジカル(上)(中)(下)を読了した。

奇跡の同人誌、と、余り悪い意味でなく思った。

この、完結編のネコソギラジカルは全体的に評判は悪いのだが、そしてその評価はもっともなくらい、僕もつまらないと思ったんだけど、なんていうか、『好感』を持った。

僕が今までの戯言シリーズに、客観的には斬新な部分もあり『評価』はできるが、内容的には『悪印象』しかない、というような評価をしていたのはなんとはなしに分かっていただける気がするのですが、この評価が完全に反転しています。


つまらない、確かにつまらないが……

 悪く無いじゃん

と思った。

全面肯定はしないが、読み心地が変わったと思う。



総論はそんな感じなので、各論に入りたいんだけど、どこから手をつけようかな。二日に分けるかも。

まずは、つまらない、という話から入ろうかな。

ネコソギラジカルの手前までは、一応ミステリ的なプロットに従っていました。殺人事件がおきて、犯人が指摘される、というルールに従っていました。意外なことに。
 
 ネコソギラジカルは、その枠組みを捨てています。ミステリ要素は、今までの、やる気がないとかいうレベルから、真の意味で、0になっています。ミステリ要素は、心底からないです。


 結果、つまらなくなりました。


 前にも言いましたが、西尾先生のプロットは酷いです。起承転結とか序破急とかのバランスがおかしいし、学園に閉じ込められた箱庭ものの筈なのに、全然そんな感じにならなかったり、研究所・陸の孤島ものの筈なのに、閉鎖も緩い上に研究内容関係なかったり、とにもかくにも酷いです。シナリオラインが壊滅的な事に、大抵の場合はなっています。

 しかしながら、それが許されたのは西尾先生が「ミステリ」という最低限のプロットを守っていたからで、つまり「謎」が提示され、それが「解明」される、という、どんなに手続きや他のプロットが死んでても、それだけは守ってたので一応、「物語」としての体裁がなんとかなってました。

 今回はその枷が外れた結果、物語としては完全に死んでます、なので、つまらないという感想はもっともです。

 たとえば、殺し合いをしている敵地に乗り込んでいって、頼りの仲間が全滅し、絶体絶命、という「物語の流れ」なのに、敵の大ボスは言います、今日は顔見せだからここまでだ、と。

 たとえば、大事な仲間が敵の毒にやられて、9月30日に指定の場所に来るよう言われますが、行くとあっさり解毒薬がもらえます。

 たとえば、敵に宣戦布告されてやることは、色んな人と会って話すことばかりです。

 たとえば、敵の力を削ぐために、敵の集団を裏切らせようと頑張っていると、敵が降参してきます。それでいったん平和な日常に戻ります。

 たとえば、最後の最後には敵と最終決戦になるかといえば、最後は全然別の、裏切った敵の最強実験体を救うような話になります。

 たとえば、たとえば、たとえば・・・

 という感じで、物語として色んな意味で死んでる展開が目白押しです。誰かの偽者になろうとする、と言って登場したなら、それは普通は伏線ですが、実は伏線でもなんでもない、じゃあそのシーンいらないよね? みたいなことが山ほどあります。

もうほんとうに心底、本気でプロットは全く駄目の駄目駄目だと僕はおもいますが、実はその分、西尾さんはやりたいことをやりたいようにやってて、非常に同人誌とかssっぽいんですが、なんだか、愛嬌を感じました。
 ミステリを捨てて、地を曝しちゃったという感じで、前から西尾さんのプロットは酷いなあ、と思ってたので、ある意味では予測できたというか、戯言シリーズ前半を褒める人ほど、ネコソギラジカルをけなす印象がありますが、ある意味では、西尾先生から『ミステリ』を剥がせば、最初からこうだったと思うのです。
 しかしその分、なんだか率直な感じがして、僕は悪印象を持たなかったのかもしれません。


 文章は相変わらずハッタリなんですが、もういい加減、読まなくてもいいよね? と思う部分は読み飛ばしました。


 とくに、

 とくにとくに、

 下半分が白く、白く

 白くて、

 本当に、

 白かった、から──


 みたいな部分は本気で読まなくていいな、と思って飛ばしましたし。

こんなん「白い」の一言でいいよ。

しかも多用するようなもんじゃないでしょうに。

あとは崩子ちゃんの契約台詞とか、ほんと、どんどん読み飛ばした。軽視しているというより、本気で必要性がわからない文章が結構あるので、これはもう飛ばすしかなかった、というのが僕の感想です。

 基本的には全文読む、というのが僕のスタンスであり、ネコソギラジカルまでは全文読んでたんですが、本気で疑念を感じる文章だったので飛ばしました。一応読んではいるけど、上記のような文章が出てきた場合、「ああ、白いんだな」という事だけ理解したら次へ行く、という感じです。この読み方が不誠実だと感じる場合、僕の感想も当てにならないかもしれません。

 ハッタリと言えば、設定を投げっぱなしたのも凄かったですよね。

言うなれば

「6年前のことさえなければ、俺は──」

「あの時、友と出会って、俺は世界を滅ぼした──」

「6年前の罪が、未だに俺を壊している、壊し続けている──」

「6年前、俺が友を壊し、俺はともに壊された」

「あれも、もう6年前か、世界が滅ぶ直前までいった、俺の無力の証──」


みたいなことを、クビツリハイスクールからネコソギラジカルまで毎巻、毎巻ですよ? 一回二回じゃなく、僕としては百回くらい読まされた気がしてるこれを、この『6年前』を明かさず終わりますからね! これがハッタリでなくてなんなのか。

 聞いても無いのに、しょっちゅう親やかつての恋人(本当にいたか不明)と何かあったことをほのめかしたがる、現実にもいる困った馬鹿みたいだな、と6年前の話が出るたびに僕は思ってましたが、とうとう明かしませんからね、マジ凄いです。

 他にも、散々思わせぶりした殆どが明かされません。

 まあ、設定を全部明かさなきゃならない訳じゃないが、毎巻毎巻、この世界の設定の「前提」かのように言い続けていたことぐらいは明かせよ、それはなんていうか、明かさないなら悪質なハッタリや思わせぶりや、ようは子供騙しだろ、と思うんですが、この子供騙しが結構有効なので困ります。
 つまり、何か世界に奥行きがあるように、秘密めかす手法です。本来はその背景設定や秘密の内容は決めておくものですが、西尾先生はどうだったんだろうな、決めてはいるかも知れんけど、どっちにしろ、明かさないなら決めなくてもいい訳ですからね。

 結果、「俺の中では俺の設定を分かっている」という「西尾ワールド」で、それは言ってしまえば「ひとりよがり」で、なんか知らない設定世界を押し付けられて読まさせられているこの感じは「同人」っぽいです。

 設定に関して、明かされず、明かした部分も説得的でなく、作者が自分だけで盛り上がり、凄く同人っぽいんですが、これだけファンがいるんですから、ファンも盛り上がったのかなあ? それならひとりよがりではなくなるのはなくなるものの、首をかしげざるをえません。
 でも僕も確かに、ひとりよがりと同人臭を凄く感じたものの、そのひとりよがりの「西尾ワールド」を、そんなにまあ、悪くもないか、と受け入れたのも事実ではあります。



 あとはそう、いつの間にか話の前提になっていた、ジェイルオルタナティブとバックノズルとディングエピローグですが、こうして単語を書くだけでも若干恥ずかしい気持ちになります。
 
 物語の中に新奇な概念が出てくる場合、

 1 現実にそういう概念があって、それの紹介

 2 現実にはないが、もしかしたらそういうのあるかも、と思わせる独自の概念

 3 現実には明らかにないし存在しえないが、物語上そうしたら面白いだろ?(スタンドも超能力も現実には存在しないが、まあ、あることにしようや)


 の三種類があるとおもいます。2は、虐殺器官の虐殺器官みたいなもんだと思って下さい。
 西尾先生がジェイルなんたらで、どれを狙ったのが判然としない(それが判然としないこと自体が問題です。それは明示的であるべきではないかな、とおもいます)

 まあ、たぶん、2だと思うんですよね。1は、仮に現実の何かを参考にしたとしても、限りなく誤解してるか変質してるとしか思えません。3ほど割り切った感じではないので、2を狙ったのか?

 3にしては、意味不明で別に面白くないですし、2にしては、支離滅裂です。

 ジェイルなんたら、というのは、どんなものでも代替可能で、似たような役割の人間が必ず出てくるよ、という概念で、バックノズルというのは、今起きなくても、必ず同じ様なことは起きるよ、という意味で、ディングエピローグは世界の終わりです。

 これは「運命」に対する説明なんですが、説明になってません。

 似たような役割の人間って・・・・・・その「似たような」が似ているというのはどうやって決めるの? そもそも概念の説明として、そんな現象が本当にあるの? という部分が全く証明できてないので、冗談にしか見えない。
 バタフライ・エフェクトとは、シュミレートの結果、小さな初期値のズレが途方もない大きさのズレになっていくことです。結果、蝶のはばたきが、未来の台風になることもありえる、という説明なら理解できる。

 上記の説明を抜かして、

 バタフライ・エフェクトとは、蝶のはばたきが、未来の台風になることだ、って言われても、蝶のはばたきで台風はおきねえよ! としかいえません。

 ジェイルなんたら、というのは、こういう実験があって、こういう結果があって、そこから導き出されたこういう概念だよ、という説明に『全く』欠けている。だから、意味不明です。

 たとえば、こういう事があるだろう? それが、ジェイルオルタナティブなんだよ、という、具体的に納得できる説明はない。いや一応、あるんだけど、俺とここで会わなくても「仮に」、こうなってたら、俺はお前を探してたから、いつかは出会うよね、それが「バックノズル」だよ、といわれても、そりゃお前が探してたから出会うだけで、運命とは関係ねーだろ、と言いたくはなります。

 少なくても、読者を説得できるほどの内実は無い。と僕は思う。

 A型の人って几帳面でしょ? あー、あるあるー! みたいな感じにしか見えない。


 でも困ったことに、このジェイルなんたらとかいう、書くのも恥ずかしい概念を受け入れないと、物語においてけぼりにされます。


 そんな重要概念を、こんな納得できないおざなりな説明ですますなよ!!!


 こういうところも、同人っぽいです。自分だけは信じてるオサレな概念を、当然のように物語の中心に組み込んで全く説得的ではない、というのは、マジ同人っぽい。

 お陰でラスボスの印象が実に、なにやってんだか、なにしたいんだかわかんない感じになりました。大体、文型過ぎるだろこの概念、占いや宗教にしか見えない。


 今日はここまで、こんだけ言っといて、僕はネコソギラジカルに好印象を持っているといいつつ、ではでは

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