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  • 2012.10.13 Saturday
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西尾さんの新しさ

 すいません、昨日は西尾さんをけなしすぎました。

率直な感想はああなっちゃうんですけど、西尾さんには確かに価値がある、ともおもいます。


少なくても、西尾さんを読んでいて、古い、と思う瞬間がない、確かに新しい。
西尾さんの新しさと、価値は何か、という話をさせてもらいます。

率直に言うと、西尾さんの文体は、それまでのラノベ・エロゲ・漫画・アニメを、いかに小説にするか、に対する究極の回答例である、と言えます。


それまでにもラノベはあったのですが、スレイヤーズもオーフェンもフルメタもブギーポップも、それぞれまだ人物は人物であり、「キャラクター」になりきってはないとおもいます。

リーフ三部作は西尾さんより以前ですが、それからエロゲやギャルゲが一杯出て、それに影響を受けたラノベもあったとおもいますが、西尾さんほどの、「方法論」を明確にして模倣者を生み出すほどの「スタイル」は確立できていなかったとおもいます。だからこそ、西尾フォロワーが現れるわけです。

 どうしたって、エロゲやギャルゲは絵ありきなので、あの文章をそのまま小説にすると悲惨なことにしかならない訳で、そういう悲惨な地雷的ラノベは山ほど量産されたわけです。また、エロゲライターがラノベを書くのも珍しい事ではありません。
 どれもまだ、エロゲ的、ギャルゲ的「キャラクター」を「小説」の形にする上では、変換作業が不十分だった訳です。

 西尾さんは出身がミステリですが、シャーロックホームズはほぼ初めてのキャラクター小説としての側面もあるでしょう。ホームズのファンが必ずしもドイルのSFを読んでいるとは限らず、ドイルではなく彼らは大抵、ホームズのファンでしょうから。大体、失われた世界なんて本屋においてねーよ。
 ほぼ、とかいうのは、それ以前からキャラクター小説はあったなかった、みたいな話になるのでぼやかしてるだけです。ホームズはかなりメジャーなキャラクター連作ものですし、名探偵は奇人が多いですし、キャラものになりがちです。
 そこへきて新本格があり、キャラクターものがばんばん出て、京極夏彦、森博し、そしてやはり、清涼院流水が出てきて、西尾さんの下地は完成といえます。
 キャラクターとしての書き方に批判もあろうとはおもいますが、それはそれとして新しい、といえるとおもいます、昔読んだちくまかなんかのプルースト評論集で、バルザックの書く役人か何かを「あんな役人絶対いません」と言う婦人がいる一方、「あれこそ役人だよ、本当によく書けてる」という紳士がいた、とプルーストは言って、つまり、それこそがバルザックの書く人間なのだ、と言ってました。
 何が言いたいかといえば、こんな奴いねーよ、というのはバルザックでさえ言われた昔からある批判に過ぎない・・・・のは過ぎないんだけど、過ぎないものが間違ってるか正しいかはまた別。僕だって時々は、ふと、でもこんな奴いねーよ、と思うし、西尾が書くような人物がいない事は現状では論を待たないのも確かではあります。

 清涼印流水の完全にぶっ飛んだ書き方を見て、西尾スタイルが完成する訳です。それは、今まで色んな人が悪戦苦闘してきた、漫画・アニメ・ギャルゲをいかに「小説」に「コンバート」するか、という手法で、西尾はそれを完成させたと言っていいです。

 それ以前にも取り組んでた人がいる訳ですから、近似値的な作品がもしかしたら一杯あって、いや、西尾なんか全然新しくない、あれは前からあった、これがそうだ、みたいな事を言いたい向きがあるかもしれませんが、村上春樹の文体だって、いや以前からあれがあったこれがあった、みたいな事を言い出したらなんとでも言える訳で、明らかな普及と模倣者の誕生を持って、完成といっていいんじゃないか。
 西尾が、今までもいろんな人の試作はあったけども、とりあえず「完成」させたと言って良いんじゃないかとおもいます。

 よって、西尾は新しい。

 でもきついんだよなあ。新しさは僕は非常に良いとおもいますので、僕がきついと思ってる、妙に文がくどくなる時のハッタリと、いようなまでのウジウジと、倫理観が完全に0なのが治ってくれたら、普通に絶賛できる気がする。

 刀語とかだとそういう病気が治ってるのかとも思うんですが、薄い癖にくそ高いあの本を買う気にはなれません。なんで文庫にならないんでしょうね? アニメになったら売り時だから文庫にする、とかさえないですよね。つまり、どう見たって営業戦略で、それだけでも僕の中で大田克志だか誰だか知らんが、宇山の仕事をぱくった○○編集者への憎悪が増大しますよね。

 大体だねえ、僕は流水先生はかなり評価できると思ってる訳ですよ。その流水先生は、四大事件について「信用できる編集者が現れないと書かない」といってる。つまり、誰かは信用できない編集者ちゃうんか。
 流水先生の文体が普通になってるのは、どう考えてもマイナスでしかない。際物ではあるが、天才の仕事だったし、正直に言えば西尾より流水大説の方が良いというか、狂ってるその狂い具合の真面目さを評価できる。
 どうも流水先生は潰された臭いと思ってしまい、なんだかひっかかるのではあります。


 なんか話それたけど、ではでは


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  • 2012.10.13 Saturday
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すいません、昨日は西尾さんをけなしすぎました。
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