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  • 2012.10.13 Saturday
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らきっすと

 


オマケ 『真の格闘家への道』


「ねーこなた」
「なにかな、かがみん」
 とある日のこと。泉こなたの部屋に、柊かがみが遊びに来ていた。こなたは携帯ゲームをして、そしてかがみはこなたのPCでなにやら動画を見ていた。
 自分の家で見ろよという突っ込みもあろうかと思うが、こなたはその動画サイトの有料会員であるため、画質が良いのである。
「つかさがケンの大昇竜締めコンボの後の詐欺飛びのレシピとか調べてたけど、レバー上いれっぱでも詐欺にならないのに、そもそもレシピとかあるのかしら?」
「さ、さあ。無いんじゃないかな」
 若干狼狽しつつも、こなたはそう答える。無いんじゃないかと答えたものの、実はよく知らないというのが正直なところだ。大昇竜後に詐欺飛びが出来たら、さぞかし強いだろうが……。
 ちなみに詐欺飛びレシピというのは、例えば相手から何らかの技でダウンを奪った後、何らかの行動を行ってから飛び込み攻撃を仕掛けることで、ちょうどよく詐欺飛びのタイミングになるような行動のことだ。例えば、相手をダウンさせた後、立ち中パンチを一度出してから飛び込みと、フレーム的にちょうど詐欺飛びのタイミングになる、というようなものだ。詐欺飛び目当てに限らず、通常技を出してちょうどよいフレームに調整することを”フレーム消費”と呼ぶ。基本的に、知識と技術を備えた上級者たちが行うテクニックであるが、毎度毎度やってると次の行動がバレるため、超上級者ともなると、フレーム消費をあえてしない、という選択肢も考慮するであろう……たぶん。
 それにしても、柊姉妹はやり込んでいるな、とこなたは思う。少し前にこなたの家にて、柊姉妹のかがみとつかさ、そして高良みゆきの3人を招いて、一晩中スト4をやっていたことがあった。あれからもちょくちょくと誰かの家に集まって、スト4の対戦を行っている。今のところ飽きる雰囲気はない。皆向上心が強く、どんどん新しいことを実戦投入していくから、常に試合展開が変わっていくところが飽きないのだろう。
 とはいえこなたとしては、スト4以外にも色々とやりたいゲームはあるため、スト4にかかりきりになるわけにはいかない。そのため、あまりに細かい話には付いていけないことも時折あり、今のように生返事をせざるを得ないときもある。まあ大したことではないのだが。
「……ねーこなた」
「な、何かな、かがみん」
 やばい。リュウの近中Kガード後のリュウ側有利フレームとか聞かれたらどうしようとこなたは内心で狼狽したが、全く異なる質問だった。

「この、ウメハラという人には、どこに行けば会えるの?」
「……」
 こなたは沈黙する。かがみのそのぶっぱなしをこなたはからくもガードしたが、あまりにもガード硬直が長かった。そんな感じだった。


 ──梅原大吾、通称ウメハラ。
 かつて日本中に格闘ゲームブームを巻き起こした、ストリートファイター2のシリーズ最終作に当たる、スーパーストリートファイター2Xの頃から本格的に格闘ゲームをやり始め、当時中学生でありながら、その驚異的な才能とやり込みへの努力により、数々の戦歴を残した日本を代表する格闘ゲームプレイヤーである。
 スト2、ストゼロ、ヴァンパイアシリーズ、スト3、カプエスシリーズと主にカプコン製格闘ゲームを好んでプレーし、今現在でもスト4をメインに格闘ゲームをやり込んでいる超有名プレイヤーだ。
 ヴァンパイアシリーズ2作目に当たる『ヴァンパイアハンター』での、都内某ゲームセンターでの286連勝や、アメリカの格闘ゲーム大会におけるスト3での”背水の逆転劇”はあまりにも有名で、特に昨今、動画系サイトの充実により、古いものから最新のものまで、彼の天才的としか言いようのない格闘ゲームプレースタイルが日本中、いや世界中に広く浸透し、それまでは格闘ゲーマーたちの間における”伝説的プレイヤー”であったのが、いちやくお茶の間にもその名とプレーが知れ渡り、今では芸能人もかくやという知名度を誇るプレイヤーとして、その存在を確立している。
 知名度だけでなく、実力も日本一……いや世界一と言っても間違いではない。主にリュウやケンという飛び道具と対空技を持つキャラクターを好んで使用するという”正統派性”も人気の秘訣であり、わかっていても地上に釘付けにされてしまう”ウメ波動”や、まさかのところで繰り出してくる”ウメ昇竜”は、相手としては脅威のひとこととなる。
 アーケードでも稼働中のスト4においては、勝率90%近くをマークし続け、バトルポイントランキングでも現状で一位となっている。


 ……かがみが見ていたのは、そのウメハラのスト4の対戦。リュウと、ダルシムの対戦動画であった。ダルシムのプレイヤーも相当の強豪であり、試合はダルシムが有利に進めていた。
 リュウは波動拳により遠距離でも困らないキャラクターであるが、手足を伸ばした通常技、ズームパンチやズームキックに、ヨガファイヤーという飛び道具を持つダルシムに遠距離戦ではかなわない。どうしてもリュウ側から近づいていく必要はあるのだが、ダルシムにはヨガテレポートという移動技があり、逃げ性能が割と高い。どうしても、逃げるダルシム、追うリュウという試合展開となるのだが、この時点でウメハラのリュウは、ダルシムにかなり体力差をつけられていた。リードされて追う試合展開というのは非常に厳しいのだ。ダルシムは常に遠距離をキープする。リュウはどこかで近づきたい。動画内容もそういった状況であった。
 しかし、とんでもないことが起こったのはその直後だ。
 ダルシムが遠距離大パンチとなるズームパンチを繰り出したところに、リュウが絶妙なタイミングで昇竜拳を出していた。ダルシムの伸ばした手足の先にも食らい判定はあるために、発生直後の昇竜拳には無敵時間により一方的に負けてしまう。
 昇竜拳を食らって吹っ飛ぶダルシム。そして、もしかしてそれを確認したのだろうか、リュウは昇竜拳をスーパーキャンセルし、真空波動拳を放った。大きな大会であったのか、試合会場が一斉にざわめいたと思った直後に、吹っ飛んだダルシムに真空波動がヒットして、リュウがまさかの逆転勝ちをしてしまう。会場は一斉に沸き立ち、歓声に包まれた──という動画だった。

「……すごいわ、これ。理論上確かに出来るかもしれない。でも、体力負けしてるあの場面で、あんな博打みたいな選択肢を選べるなんて」
「そ、そうだね。その人とんでもなく強いよ」
 珍しくかがみが興奮している。かがみは割とクールであり、それほど何かに入れ込んだりはまったり、夢中になったりはしないのだが、動画内のリュウ、そしてそのプレイヤーに対して、正真正銘に夢中になっている。
 そんなかがみを見てると、少々羨ましくもある。いわゆる嫉妬という感情だが、まさかウメハラにかがみをめぐって嫉妬する日が来るとは、こなたとしてもあまりに予想外だった。
 かがみはウメハラ関連の動画を漁るようにして見ていった。わざわざ人のウチで、ちょっと見過ぎじゃね? とこなたは思ったので、お茶やお菓子などで気をひこうとしたが、かがみには通用しなかった。残念である。
 ……一時間ほど動画を見て、かがみはとりあえず満足したようだ。
「ありがと、こなた。あとで私もプレミアム会員になる」
「そ、そうだね。そのほうがいいかもね」
 同じリュウ使いであるというのもあるのだろう。かがみは、ウメハラのプレースタイルに思うところが山ほどあったようだ。
「こなたはあのウメハラって人、知ってるの?」
「うん。有名人だからね。私もけっこー動画見たよ」
「……どこに行けば会えるのかしら」
「かがみ、ウメハラと戦いたい?」
 そう聞くとかがみは、とても真剣な表情で「うん」と頷いた。あまりにも純粋で、あまりにも真激。こんなかがみは見たことがない。
 ならば出来る限りのことをすべきだろう。要はゲームなのだから、難しく考える必要はないのだ。
 こなたはネットで少し調べて、ウメハラがよく利用しているゲーセンを調べてみた。有名人であるが本人に有名人気取りがないので、そういった情報は幾らでもネット上に存在している。やがてひとつのゲーセンに絞りこまれた。東京都内のゲーセンだった。かがみはゲーセンの名前と場所などをメモする。
「少し遠いね。今日は無理かな」
「今度の休みにつかさと行ってくるわ。こなたも行く?」
 付き合うくらいならいいかな、という気持ちがなくもなかったが、こなたは、”ウメハラとは戦いたくない”。そういう気持ちで付き合うのは、なんとなく申し訳ない気がした。
「いや、遠慮しておこうかな」
「わかった」
 かがみは納得してくれた。その後、奇妙に強気な波動の増えたかがみのリュウとスト4で少し遊び、そしてかがみは帰っていった。
 恐らくかがみは、派手な逆転劇やまさかの昇竜拳で勝利を収めているウメハラの動画を見て、ウメハラの強さを理解したと自覚しているかも知れない。
 しかし、それは違う。もちろんそれも強さの一部だろうが、それだけで強いとはいえない。
 だからかがみは、まだ理解していないだろう。読み合いや二択などにより、”運”の要素もからんでくるスト4において、勝率90%を維持するという、梅原大吾の本当の強さを。


  ◇


 同じ週の土曜日。かがみとつかさの柊姉妹は、電車に乗って少し遠出をした。目的地は東京都内のとあるゲーセンである。
 ゲーセンといえば不良のたまり場というイメージであり、実際にそうだった昭和の時代とは違い、昨今のゲーセンは家族やカップルが楽しめる明るい場所へと変貌している。かがみたちも平成の女子高生のはしくれとして、ゲーセンでUFOキャッチャーをしたり、写真シールを撮ったりして遊んだことはあるが、格闘ゲームをするためにゲーセンに行くのは初めてだった。現状いわゆるかがみたちは、”家庭用勢”なのだ。
「いるといいね、ウメハラっていう人」
「そうね」
 そしてかがみは姉として、ちゃんと「さん付け」で呼ぶよう注意する。動画やネットでウメハラ、ウメハラと呼ばれているからといって、面識もないかがみたちが梅原大吾氏を呼び捨てていい理由はどこにもない。癖で、仮に本人を前にしたときに呼び捨てが飛び出したら少々問題なのだ。はーい、とつかさは素直に頷く。
 かがみはそういうところをちゃんとする人間だし、つかさもまた、そういう姉を好いている。
「負けてもともと。胸を借りる気持ちでいきましょう」
「うん。でもラウンドくらい取れたらいいな」
「そうね」
 それなりに長い電車での道のりの中、昨日かがみの部屋で見たウメハラ対戦動画について話しあう二人。
 まさかの選択肢。あまりに予想外の攻め手。針の穴を通すような精密なコンボ。つかさのように確実に出る対空昇竜と、かがみのような勝負強さ。繰り返し見た動画の中で、何度も発揮されていたことだ。
「私とお姉ちゃんが合わされば、ウメハラさんになるのかな?」
「そうねえ。合わさって、もっと練習すれば、かな?」
 地上戦、対空、弾撃ち、そしてコンボ。すべての要素に対して、理想値を上回る動きを見せつけるウメハラリュウ。それは、波動を撃つタイミングが人よりわずかに早いだけ、もしくは弾数が多いだけなのかも知れない。
 あるいは対空昇竜時、人より1フレームだけ引きつける時間が長いのかも知れない。
 それらあらゆる全てが組み合わさって、理想値以上の動きとなっているのだろう。
「お姉ちゃんなら、ウメハラさん相手にどう戦う?」
 つかさがそう聞くと、かがみは少し考えながら話しだした。いわゆるウメハラ対策である。
「先ず、飛んじゃダメだと思う。安易な飛びは通らないと思っていい。めくりも振り向きで落とされるから、地上から押していくしかないわね」
「でもたぶん、逆に押されると思うよ?」
「そうね」
 比較的近い間合いでの絶妙な波動拳を思い出しながら、かがみは答える。
「ある程度は我慢していくしかないと思う。たぶん波動拳で応戦しようとすると、たぶん逆に飛ばれちゃう。そしてそれが、ウメハラさんの狙いなんだと思う。ペースを取り返そうとする相手を、逆にペースに嵌める。いわゆる心理戦ね」
「そうされたらどうするの?」
 つかさには明確な対策が思いつかない。するとかがみは、さっぱりとした顔で答えた。
「今のところ、これといって思いつかないわね」
 まあ実際に対戦してみてからね、とかがみは笑う。そうだね、とつかさは取り敢えず合わせたものの、何だか姉らしくないなと思った。途中で諦めたり、投げやりになったり、行き当たりばったりになったりは絶対にしないのが、柊かがみだ。
 いつだって真面目に取り組む姉のことをつかさは好いているしまた、支えてあげたいなと考えている。だから少し、今のような姉の態度には、違和感があった。
「……で、つかさならどう戦う?」
「基本的に勝てる要素は無いかなって思うんだけど……」
 そんな風にして電車内の時間を過ごし、数度の電車の乗り換えをし、目的のゲームセンターにたどり着いた。店の入り口はごくごく普通のゲーセンとしか言いようがなく、強豪プレイヤーが集まってくるような感じには見えない。
 少し肩透かし感を抱きつつ店内に入ると、定番のUFOキャッチャーなどが設置されている奥に、ビデオゲームの筐体らしきものが見えた。そちらの方へ向かっていくと、ゲーム内の掛け声や打撃音など、格ゲーらしき聞きなれた音が徐々に聞こえてくる。様々な格闘ゲームの筐体が置かれている中で、比較的簡単にそのゲームを発見することができた。
 ストリートファイター4。家庭用の移植元となったアーケード版である。偶然に何度か目にしたことはあるものの、こうしてちゃんと見るのは初めてである。
 かがみとつかさが筐体に近づいていくと、果たして二人の目当てのプレイヤーが、今まさにスト4をプレーしているようだった。
(いた……)
 どうやら現在、たまたま人の切れ目であるのか、対人戦ではなくCPU戦らしい。ゲーム画面上部の体力ゲージの下に、”ウメハラ”と表示されている。カードによりゲームのプレー情報を記録できるスト4では、画面にプレイヤー名が表示されるため、誰がプレーしているのか一目で分かるのだ。
 プレー内容はCPU戦だからともかくとして、肝心の本人であるが、予想していた通り男性だった。それほど年をとっているようにも見えなかったが、かがみたちよりは明らかに”大人”という感じだった。
 無意識にかがみは、つかさの手を握っていた。それは幼い頃から妹の面倒を見てきた姉の習性と言えたしまた、かがみ自身が興奮してつい握ってしまっていた、というのもある。
 しかしかがみの印象としては、「思っていたより普通っぽい人」というところだった。気づかれないように、プレーしている本人の横から斜めからちらちらと盗み見たが、とてもあのような苛烈なプレースタイルをするようには見えない。レバー操作のスピードなどを見ている分には、上級者であることは十分に伝わってくるのだが……。
「と、とりあえず乱入してみるわ」
「がんばって、お姉ちゃん!」
 緊張気味のかがみの手を、つかさがぎゅっと握り返す。てくてくと二人で歩いて行き、ウメハラ氏の座っている反対側の筐体に近づいていく。100円玉はすでに準備して手に持っているため、あとはコインを投入するだけである。
 と、そのとき、別方向からかがみの目指す筐体に近づいてくる男性の姿があった。明らかに目的はかがみと同じで、そしてどうやらその男性のほうが位置的に筐体に近い。順番からいってその男性が優先される状況だ。
 かなり痩せ気味で、背が高い男性だった。メガネに軽い茶髪で、顔姿形からは、比較的温和そうな印象を受けた。
 どうやらその男性のほうも、かがみが自分と同じ目的であると知ったらしい。ほんの少し目が合うやいなや、その男性はさっと一歩身を引き、にこりと笑ってジェスチャーでかがみに順番をゆずってくれた。
「あ、す、すいません」
「いえいえ」
 いそいそとかがみは筐体の前の椅子に座る。どうも、明らかに場慣れしていないかがみに、ゲーセン慣れしているらしいその男性が気を使ってくれたらしい。
 かがみは100円を筐体に投入する。乱入者の出現を告げるメッセージが画面に表示され、やがてキャラクター選択画面が表示された。
 かがみが選ぶのはもちろんリュウ。相手──ウメハラ氏も継続してリュウだ。試合開始前の画面が表示され、一緒にプレイヤー固有のバトルポイントも表示される。カードを使っていないかがみ側は当然なにも表示されないが、ウメハラ側の表示部にはなにやら、30万幾つという数字が表示されていた。ポイントの相場をかがみは知らないが、きっと高いポイントなのだろう。
 ──ところで、かがみはその事実を知らないが、梅原大吾といえば日本で最も有名でかつ、最も強いと言って差し支えないプレイヤーだ。しかしそれは勿論、ぶっちぎりで他者を寄せ付けない強さというわけではなく、たまには負けることもある。
 しかしそのプレースタイルは、格闘ゲームをよく知らない者が見ても、華やかかつ派手であり、同時にごくごく基本的なこともキッチリとこなしてくるという、見てるだけで興奮するような戦い方をするプレイヤーである。ゆえに、知名度とカリスマ性では間違いなく日本、いや世界においてもナンバーワンである。
 そんなウメハラと戦わんとするプレイヤーは、その存在感により萎縮してしまい、本来の実力を発揮できないというケースが少なからず存在する。つまり、ガチガチに入れ込みすぎて動きが硬くなってしまうのだ。実力差によるところが九分九厘を占めるのだが、そういった緊張の度合いも試合結果を左右する。
 かの有名なバスケット漫画の『スラムダンク』においても、主人公が所属するチームの監督である、安西監督が、自チームが、日本ナンバーワンと称される”王者”山王工業との試合の前に、こう言っていた。「まずは王者山王と戦う前の緊張に打ち勝たなければならない」と。
 ウメハラと戦う際にも同じことが言える。先ずウメハラに勝たんとする前に、自分自身に勝たなければならないのだ。
 しかしかがみは、奇妙に落ち着いていた。こなたのサガットと再戦する前にもそんな風に落ち着いていたかがみ。自分にも他人にも厳しい柊かがみにとって、(妹には少し甘いが)己に打ち勝つことはそれほど難しくはないかも知れない。それほどにかがみは落ち着いていた。
 加えてあの時かがみには、勝算があった。まあ、同じくらいに敗算もあったのだが、はじめてスト4を触ってこなたに10連敗した時と、それからひたすらに繰り返したオンライン対戦により、こなたがどれくらいの実力なのかを知っていたからだ。結論としては自分と同じくらい。ならば、要所要所で読み勝つことで勝利に近づけるだろう、という算段があったのだ。
 読みと勝負強さに定評のあるかがみ。果たして世界最強プレイヤーに対して勝算はあるのだろうか──?


  ◇


 その後、ずいぶんと日も暮れて──。
 かがみとつかさは、ゲーセンを後にして最寄りの駅ヘ向かい、てくてくと歩いていた。
 今日、彼女たちは随分と遠出をした。そのための疲れもあったのだが、ふたりとも口数は少なかった。
 しかし、口数が少ない本当の理由はそこではない。
「……負けちゃったね」
「うん」
「すごい負けちゃったね」
「うん、そうね」
 淡々と答えるかがみ。先ほどゲーセンでウメハラに完膚なきまでにフルボッコにされて、むしろ試合前よりも清々しく落ち着いた心持ちになっているかがみであった。
 かがみの後につかさもケンで乱入したが、かがみ以上の虐殺ショーが展開され、一矢も報いぬままに敗北した。かがみとつかさは同じくらいの腕前だが、スト4におけるリュウとケンが対戦した場合、キャラクター性能的にリュウに有利がつくのである。全体的に見てどちらの性能が優れているかというとやはりリュウなのだが、こと、”リュウケン対決”となると、ほぼ絶対的にリュウが有利となる。とはいえかがみのリュウとつかさのケンが現段階で対戦すれば、勝敗はほぼ五分となる。それはひとえに相手の手の内を知り尽くしているからであり、なかなか見ず知らずの相手との対戦では、そこまで煮詰まらないのが実際のところだ。
 さて、読みと勝負強さのかがみ。そして対空性能と目の良さによる超反応が持ち味のつかさだが、それはあくまでも家庭用におけるPP3000くらいのステージの話。それ以上のレベルのステージや、また、猛者ぞろいのアーケードにおいては、かがみの読みやつかさの対空性能など、ごくごくあたり前に標準的に備えているのが当たり前なのだ。はじめは上手くできずとも、ひたすら毎日繰り返してゲームをプレーし続けることで、アーケードの猛者たちはそれを会得していく。それは決してかがみとつかさの努力が浅いものであったというわけではなく、単純に経験の問題である。かがみとつかさは、たかだか一ヶ月そこらの経験しか積んでいないのに、最強プレイヤーに挑戦したのだ。ようやくロマリアにたどり着いた勇者一行が、光の玉なしでゾーマに挑んだようなものだ。結果は火を見るより明らかである。
 つかさのケンといえば対空中昇竜拳であるが、そもそもウメハラは迎撃されるようなタイミングで飛び込まない。相手の起き上がりか、まるで波動を撃たれるのを知っているかのように、つかさが波動拳を撃つのと同時に飛び込んでくるのだ。起き上がりへの詐欺飛び重ねは、つかさはある程度見切ることが出来るのだが、それはプレイヤーレベルが程々のステージでの話。4フレ対空を詐欺る完璧な詐欺飛びと、1フレーム遅らせた準詐欺を常に見切ることは難しい。そう、ウメハラは、対空中昇竜拳封じを仕掛けてきたのだ。地上戦からの飛び込みは、つかさはほぼ完璧に対空迎撃する。しかしそのチャンスがない。
 レバー前入れ中キックは適切に撒かれたセービングの餌食となり、飛び込めば対空迎撃される。たまたま当たった足払いヒット後に、祈るようにめくりEX空中竜巻旋風脚を出したが、振り向き昇竜できっちりと対空され、なすすべなく敗北した。
 対してかがみのリュウは、つかさのケンに比べれば善戦したといえなくもないが、それは波動拳の打ち合いが”互角の勝負”じみて見えただけの話。「これ以上波動拳を撃つのは危険かな」というところで、ウメハラはもう一発撃ってくる。そして「もう一発くらい撃ってもいいかな」というところで、ウメハラは飛び込んでくる。そんなことをしているうちに、気が付けばあっさりと2ラウンドを取られて敗北していた。
 姉妹は対ウメハラ戦を振り返る。振り返ってみても、それほど目立った部分はなかったのだが。なにせ”当たり前のことを当たり前にやられて負けた”のだから。つまり、飛ばされて落とされ、波動を飛ばれるというところだ。近づいて択をかけてどうのこうのというところじゃない。波動拳と昇竜拳の結界を全く打ち破れなかったのだ。かがみは対ウメハラ戦の前の緊張を打ち破ったが、その結界を破れなかった。恐らくあの結界を破ってから初めて、ウメハラとの戦いが始まるのだろう。
「……私は全然ダメだったけど、でもお姉ちゃんは割と戦えてたみたいに見えたよ?」
「私だって全然ダメよ」
「だって、セビ滅一回決めてたし」
「あれは……たぶん、遊びね」
 一度だけかがみとウメハラの対戦のとき、ウメハラの甘い飛びが来たのだ。かがみは落ち着いて対空昇竜からセビ滅を決めたが、かがみはその時点で気づいていた。これは明らかに手心を加えられてるな、と。
 上級者は、明らかに格下の相手に対して、多少なり花を持たせてやったりもする。それは気まぐれであるし、駆け出しの相手の心を折らないためでもあるし、ひいては格ゲーの発展のためでもある。新規さんが入ってこない世界ほど衰退の一途をたどるものもないのだから。

 ……それにしてもとつかさは思う。
 試合開始前もそうだったが、姉は試合後の今もいたってさばさばとしている。現実主義者の姉であるから、負けは負け、と割りきっているのかも知れないが、こなたに10連敗して消沈としていたのも、また姉である。
 つかさはウメハラ氏と戦う前にそうとう緊張していたし、今、ウメハラ氏に敗北してからというものの、気持ちが落ち着かない。あんなに封殺されたのは初めてだ。対空のひとつでも当てられたなら、また気持ちは違ったのかも知れないが。
 ──つかさは思う。あれはバケモノだと。
 動画を見たときから、超上級者であることは知っていた。しかし実際に相手にするとまた違う。反応速度にはそれなりに自信がある。しかし、それだけではどうあっても埋められない”コマンド入力速度”の差もある。状況判断力の差。コンボ精度の差。意識配分の差。
 その差は切り立った崖のように深く、そして太平洋のように広く横たわっているのが理解できるのだ。もしかしてこれからずっと努力すれば到達できるのかも知れないが、その努力の終がまるで見えない。まったくもって見えない。そもそも、どのような努力をすれば良いのかも皆目検討がつかないのだ。出来ないことを出来るように……という正論もあれど、できないことがすべて出来るようになったとしても、勝てるイメージがまるで湧いてこない。
 ゆえにつかさは思ったのだ、あれはバケモノだと。
 つかさは思い切って自分の疑問を聞いてみた。何故そんなに平気に平静でいられるのか、と。
「ああ、あれ」
 かがみは笑った。妹は何やら深読みしすぎていると。
「試合開始前に落ち着いて見えたのは、たぶんどうやっても勝てないって理解できてたからよ。勝算が全く無かったから。動画を見て、あの連発してくる波動拳対策や、飛び込みどころ、弾抜け滅の狙いどころ、セービングの巻きどころとか、色々探したけど、スキが無かった。明らかに格上相手には、そうやって読み勝っていくしかないのに、読みを通せるスキがない。だから、負けるって分かってたから落ち着いていられたのかしら」
 なるほど、とつかさは納得する。
 途中で諦めたり、はじめから失敗すると踏んで投げやりになったりしないのがつかさの姉、柊かがみだ。それは間違いじゃない。
 だから単純な話。姉の生真面目で負けず嫌いな性格を、単純にあのウメハラというプレイヤーの技量が上回っただけなのだと。
 いつだって姉は、難しい局面も、厳しい状況も、大変な問題についても、真面目に考え、ひたむきに努力して乗り越えてきた。しかしそうしてなお乗り越えられなかったのが、世界最強、梅原大吾なのだ。
「私より、つかさは大丈夫? さっきからやけにショック受けてるみたいだけど」
「あはは。分かる?」
 姉の指摘にあった通りである。正直に言って、つかさの心は折れていた。
 たくさん練習して、もっと強くなって──そういった行為に飽いたわけではない。しかしその道程は果てしなく長いものであるということに今日、つい今さっき気付かされた。
 道のりは、その終わりがあるからこそ踏破する意気が湧いてくる。しかしその終わりが無限にも近い道のりであると気付かされたからこそ、つかさの心は折れたのだった。
「お姉ちゃんは平気なの?」
 こなたに10連敗して心を折ってしまったお姉ちゃんは、どうして平気でいられるの? という意味を込めてつかさは問いかけた。
「別に平気ってわけじゃないけどね」
 かがみは苦笑いする。
「梅原さんに勝つためには、先ず梅原さんと同じくらい強くならなくちゃいけない、って再確認できたからかしら」

 ──かがみは語った。
 ウメハラの波動拳の弾幕を破るためには、同じくらいのサイクルで波動拳を撃てるようにならなければいけない。先ず、波動の弾幕に押されてるようではその時点で負けなのだ。同じように撃てるようになってこそ、”波動拳をセービングして近づく”をことや、”波動拳を読んで飛び越える”という選択肢が生まれてくる。
 そして、チャンスに最大コンボをきっちりと高精度に入れられるようになること。同じ数だけチャンスが回ってきても、安いコンボで済ませていては、ダメージレースで負けてしまう。
 さらに、相手の奇襲を返せる対応力を身につけること。かがみにはケンのめくりEX空中竜巻を返すことはまだ出来ないが、ウメハラはきっちりと返してくる。奇襲に対しての対応力を身につけなければ、(そうする必要もなかったからこそ今回ウメハラは仕掛けてこなかったが)ウメハラの奇襲でダメージをもらってしまう。
 あらゆる読み合い、地上戦の攻防、そして奇襲は、先ずウメハラと同格の腕前を得てから初めて生まれてくるのだ、と。

 もし仮に、こなたのサガットとの初戦の時のように、心を折ってしまっていては、かがみは気づかなかっただろう。しかしそうはならなかった。
 ──それは、どうしてだろう?
「……どうしてかしらね」
「え、何か言った?」
 何でもない、とかがみは首を横に振る。今はまだウメハラには遠く及ばないかも知れない。しかし、身近に対戦相手たちがいてくれること。同じ目線でプレーできる仲間たちがいてくれることが、理由のひとつではあるだろう。
 負けたって、何度でも挑めばいい。仲間たちと腕を競ってもっと上手くなって、また挑めばいい。そうして仲間たちと楽しみながら腕を磨いていけば、いつかウメハラさんとも”楽しめる”ようになるかも知れない。
 そうやっていつかウメハラさんに勝てるようになった時。その時立っている自分の位置から見えるその先こそ、ストリートファイター4の作中内でリュウが言っている『真の格闘家』というものの姿が見えるのではないか。その時こそ、ひたすらに対戦を繰り返していく格闘ゲーム、ストリートファイター4の終着点、エンドマークを刻む時なのではないかと、かがみは考える。
 しかしそのための道のりは、果てしなく遠い。まだ見ぬ見知らぬ強豪とも戦っていかなければならないだろう。そのための労力はそれなりに大きい。時にその労力が重荷になることもあるだろう。
 そんな時は、見知った相手と戦えばいいのだ。かがみにとっても、そしてつかさにとっても、見知った相手は自身の最も身近に存在する。
「帰ったら対戦しましょうか。最近あんまりやってなかったものね」
「……お姉ちゃんとするのはいいけど、しばらく格上とかとはあんまりやりたくない」
「それでいいじゃない。私たちはあんまり使ってなかったけど、チャンスに中足波動セビから昇竜とか大足とかでコカして攻めていく、っていうの、ゲーセンの人たち結構やってたから。あれ案外強いのかもね。ケンなら大昇竜締めがいいのかしら」
「大昇竜からの詐欺飛びのレシピは?」
「大昇竜後レバー上入れっぱでも詐欺にならないから、レシピとか無いと思うけど……こなたも無いって言ってたし。月曜日にみゆきに聞いてみようかしら。まあ、とりあえず対戦しましょうよ」
「うん!」
 かがみとつかさは、そんな風に話しながら家路を急いだ。早く家に帰ってスト4をやるために。


 ──ストリートファイター4は難しいゲームだ。
 勝つための定石はあれど、実際に勝てるかどうかはプレイヤー自身の技量にほぼ9割は依存される。
 そのため、勝てるようになるためにはひたすらに対戦を続けるしか無い。そうしていくことで少しずつ勝てるようになってくるし、自分自身が満足できる戦い方も知ることが出来る。
 けれど、その道のりにおける壁はいくつも存在する。壁を乗り越えるため、新しい技術を実戦投入していくさなか、ときに勝率が下がる時もある。
 しかしその敗北は無駄にならない。それは次に勝つための最も大事な布石となるのだ。
 今現在、トッププレイヤーと呼ばれているプレイヤーたちも、その壁を幾度となく乗り越えてきた。あのウメハラだってそうなのだから。
 その事実を知ること。そして、更に対戦を重ねていくこと。ときに同じ技量の仲間たちと楽しみながら対戦を繰り返すこと。格闘ゲームというのは、そんなことの繰り返しであるということ。
 ──それを知り、自覚し、諦めずにアーケードスティックを握り対戦に臨んでいくことこそが、『真の格闘家への道の第一歩』なのだから。

 


 らっきーストリートファイター4  完
 


らきすとー

  ◇


 ──サガット対リュウ。
 作中設定としては因縁の、そしてプレイヤー同士としてはそれなりの意味を持つ戦いは、立会いの間合いから、サガットはタイガーショット、そしてリュウは波動拳の3連続の打ち合いから幕を開けた。
 サガットのタイガーショット、通称上タイガーは、ガイルのソニックブームと、家庭用スト4から追加されたキャラであるリュウとケンの師匠にして、豪鬼の兄である剛拳の剛波動拳に次ぐスキの小ささを誇るため、性能のいい波動拳を持つリュウといえど、飛び道具の打ち合いではいずれ押し負ける。
 もちろんかがみはそれを知っているため、4回目のタイガーショットをセービングで受け止め、バックダッシュして間合いを取る。こなたのサガットもそれを見て、後ろに少し歩いて、お互いに間合いを取る。そんな静かな立ち上がりである。
 一ヶ月前、アケステを初めて触ったかがみは、波動拳を出すこともままならなかったが、今は違う。波動拳の硬直を熟知しているし、コマンド入力精度もこなたには全く劣らない。
 一般的にサガット対リュウというと、飛び道具の打ち合いから、弾の回転率でわずかに劣るリュウが、上タイガーをしゃがみでかわしたり、セービングで受け止めたりしつつ、じりじりと間合いを詰めていくのがありがちな展開だ。
 しかしかがみは、割と攻めていくスタイルだ。無意味に後ろに下がることは、それだけでリスクがあることだと認識している。とはいえ試合に流れの中、有利な間合いを保つための間合い調整として後退することはある。
 かがみのリュウは、前ステップから飛び込んだ。こなたとしては一瞬、虚をつかれる。かがみがそれほど迂闊な攻めをしてくるとは思っていなかったのだ。しかし、考えている余裕はない。きっちりと大タイガーアッパーカットでその迂闊な飛びを返す──つもりだった。
「あ!」
 つい、こなたは声を上げる。かがみのリュウの飛びに合わせて対空したつもりが、アパカがすかってしまいヒットしなかったのだ。飛んだだけで手を出していなかったかがみのリュウは地上にとどまり、こなたのサガットは虚しく空中に舞い上がる。対空技の横方向への攻撃判定のわずか外側に着地するように飛び込んで、相手の対空技をすかすというテクニックだった。なるほど、間合い調整が上手いというのは伊達ではないらしい。かがみのリュウは、サガットの着地にきっちりと重なるようにして、レバー前入れ大パンチ、通称大ゴスから大昇竜拳に繋ぎ、ダメージを取る。
 大ゴスをヒットさせたあとは、5フレームリュウが有利な状況となる。発生3フレかつ技モーション中の先行入力が可能な必殺技の昇竜拳は簡単に繋がるし、発生4フレのしゃがみ中パンチや、難度はかなり高いが、発生5フレのしゃがみ中キックやしゃがみ大パンチも繋がる。0フレコンボとなるため上級者でもミスることは少なくないが、大ゴス→しゃがみ大パンチキャンセル大昇竜拳と繋げられれば、大ダメージを与えられる。
 かがみはもちろん知っていたが、そのコンボはまだあまりにも成功率が低かったし、しゃがみ大パンチからのキャンセル大昇竜も、確実に出せないこともある。チャレンジが大事なのは承知の上だが、あまりにもコンボ内容に腕が追いついていないため無理はしない、という判断だった。
 それにしてもと、こなたは内心で舌を巻く。間合い調整の上手さもさることながら、最初の攻め手として”それ”を持ってくるというかがみの勝負勘にこなたは感心した。
「……やりおる」
「どーも」
 試合中にそんなに会話は出来ない。大昇竜拳でダウンさせたあと、受身を取る相手には飛び込みの起き攻めは間に合わないため、かがみのリュウは波動拳をサガットの起き上がりに重ねてくる。それもただの重ねではなく、”起き上がったサガットの背中あたりに重なるタイミング”で波動を撃ってくる。この場合つまりリュウは、”起き上がりのサガットに重なるぎりぎりの早いタイミング”で波動拳を撃っていることになるため、波動拳をガードしたサガットのガード硬直が解けるよりわずかに先に、リュウの波動拳の技後硬直が終了するため、再度波動拳を撃てば、”ジャンプでかわせるかかわせないかギリギリのタイミング”で波動拳を撃つことが出来る。これは距離にもよるので一概には言えないが、相手はガードを固めることが多い。つまり、相手の起き上がりに二発波動拳を重ねることが出来るのだ。削りダメージなど微々たるものだが、プレッシャーをかける意味では十分に機能する。しかもサガットは画面端に追い詰められている。かがみとしては必勝の間合いだ。出来れば端から逃さず殺し切りたい。そこから少し歩いての中足、それをガードさせたのち、今度は中足波動を重ねていく。これは、”中足のあと必ず波動を撃つ”というパターンを作らないためだ。中足波動は有効な攻め手だが、連続ガードにはならないため、見切られれば無敵技のパナシや、セービングアタックを食らってしまう。また、スキの少ないリュウの波動拳といえど、わずかなスキはある。波動拳ガード後に間合いが近い場合、サガットならしゃがみ弱パンチが確定するため、そこからショットなどが連続して入るのだ。それを防ぐための、間合いを放すための意味もある。
 サガット側も、リーチの長い2ヒット技である立ち弱キックや、横方向に判定が長い立ち弱キックで牽制するが、かがみはしっかりとガードする。ちなみにサガットの立ち中キックは、軸足を起点として目の前の相手を押し出すようなモーションのミドルキックであり、サガットの背の高さと相まり、足元の判定が小さくなるという利点がある。つまり相手の下段攻撃などをすかしつつ、自分の攻撃を当てることが出来るのだ。完璧でないものの、ポリゴンによるモデリングのされているスト4は、食らい判定や当たり判定が、限りなく”見たまま”に設定されている。ダルシムの近距離立ち大キックは明らかにダルシムの食らい判定が小さいし、バイソンはキャラの見た目より明らかに後ろに食らい判定が設定されている、など一部理不尽な部分はあれど、概ね納得出来る範囲内である。
 ともあれ勝負はかがみのリュウが押している。サガットは体力ゲージ5分の1ほど減っているが、リュウはまだノーダメージ、しかもサガットは画面端だ。
 しかしそうさせないのが勝負である。こなたはじりじりとした画面端の攻防のさなか、EXグランドタイガーショットを放つ。弾速は非常に早く、かがみはそれをからくもガードするが、こなたはすかさずタイガーニーを放つ。これは2ヒット技でありかつ、ブレイク属性を備えているうえ、密着ガードされてめり込まない限りガード後の状態は五分かサガットに有利という超高性能技だ。しかもでかがりの1ヒット目は40ダメージで2ヒット目が100ダメージという奇妙なダメージ配分がされており、やや近い中間距離での攻防のさなか、さりげなく出すと何かをしようとしていた相手は思わず食らってしまう。しかもそれは2ヒット目となるため、100ダメージももらってしまうという恐ろしい技だ。

※このダメージ配分は”開発者の調整ミス”とプレイヤー間でさんざん言われていたせいか、続編である『スーパーストリートファイター4』にて、1ヒット目100ダメージ、2ヒット目40ダメージというように修正された。

 タイガーニーをくらって大きく吹っ飛ぶかがみのリュウ。すかさずこなたのサガットは、前ステップして画面端から脱出する。”近寄ってくる相手を、足技系通常技やタイガーニーで追い払い、ショットでダメージを稼ぎつつ、飛び込んできた相手を対空迎撃する”というスタイルがサガットの常勝スタイルであり、こなたもそれを多用する。
 ニーで吹っ飛んだリュウの起き上がりに重なる形でショットを放ち、体力を削り取っていく。かがみとしては早めに近づきたいため、ショットを1度、2度と連続して前ジャンプでかわして近づいていくはずだったが──しかし2度目の前ジャンプを、タイガーアッパーカットで返される。それは本来、アパカの判定が届かない位置だったはずである。
「移動アパカ出るんだ、こなた」
「最近ちょっと練習してね。でも成功率はまだまだ低いよ」
 アパカの横方向判定は狭いわけではないが、スライド入力というテクニックを用いた移動アパカを使いこなせれば、攻めも守りもぐっと選択の幅が広がる。
 体力値はほぼ五分。時間50秒が経過して、お互い5分の1ほどの減りというのは、ペースとしては実にスローなものだ。お互いに安い飛びはしないし、ガードも固い。じっくりとした試合展開になるのもやむを頷けるところだったが、時間は無常にも過ぎていく。99秒のタイムアップした場合、その時点で体力バーの長い方が勝つ。それを狙っていくという選択肢もあるにはあるが、逃げきるのも面倒な作業となるためやはり、お互いに白黒をはっきりと決めにいくのが一般的だ。こなたとかがみも、タイムカウントが進むにつれて、積極的に相手に触りに行くシーンが増えてくる。ウルコン、スパコンゲージもお互いにコンボを狙っていけるところまで溜まっており、でかいダメージを与えるか与えられるか、そしてお互いに攻め手が積極的になってきたことからの緊張感に拍車がかかる。
 相手と距離を離して戦うのが強いサガットであり、こなたも一ヶ月前までは、砲台モードから飛ばせて落とすスタイルを多用していたが、それだけでは勝てないことに気づいた。弾をうまく掻い潜ってくる相手や、弾のプレッシャーに動じない相手には、じりじりと、あるいは針の穴を通すようにして近づかれ、負けることもしばしばある。
 そのためにこなたは、接近戦の技術や考え方も詰めていった。相手を追い払うテクや、弱技が入ったときにショットに繋ぎ、相手との間合いを離すテクニックだ。
 今こうして戦っている相手は、弾に動じない我慢強さを持ち、読みの鋭さで弾をくぐり抜けてくる相手だ。相手は同格なのだから、横綱相撲では勝てない。臨機応変に率先してスタイルを変えていく必要がある。
 大きく前に踏み込むレバー前入れ弱キック、ステップローキックで押し返しつつ。さらに押し戻そうとしてくる相手にしゃがみ中パンチや中キックからショットに繋ぎ、ダメージを取る。もしくは相手の虚をつくように前ステップで近づき、投げる。サガットは全キャラ中移動速度は最も遅いのだが、ステップ性能はそれほど悪くない。ステップやタイガーニー、ステップローキックなどで移動するのがサガットだ。
 対してかがみも、ショットを我慢して近づいてからの、しゃがみ中パンチからの投げや、裏の選択肢としての大足払い、もしくはさらに中パンチを重ね、そこからの波動拳や、中足をさらに重ねてからの波動拳。
 波動を撃つか、足払いを出すか、もしくは投げに行くか。”昇竜セビ滅”をちらつかせつつのこれらの純粋な択で正面からダメージを取っていくのがリュウのスタイルだ。これはスト4をよく理解していなければ機能させるのが難しいため、リュウというのは使いやすい割に難しいキャラなのだが、スト4を理解していくにつれて、そして技術がどんどん上がっていくにつれて出来ることが増えていき、伴って勝率も確実に上がっていくという、”プレイヤーを成長させる”キャラクターであるのがリュウだ。かがみもその例に漏れず、リュウを使うことを通してスト4を理解し、そして強くなっていった。
 しかし、それだけではないのが、柊かがみだ。応用力や変化への対応力、例外への柔軟な理解力があってこその、”優等生”柊かがみだ。
 サガットの足技やタイガーニーは相手の間合いを離すのに有効だが、セービングも大いに活用できる。
 サガットのセービングアタックは、上体を大きく反らし、エルボーと膝蹴りを同時に放つというモーションだが、これが見た目よりリーチが長い。加えて体の大きいサガットの振りかぶりモーションは、それだけで見た目のプレッシャーを相手に与えるため、つい相手はそのモーションを棒立ちで見入ってしまうという奇妙な現象を発揮する。かろうじて後ろジャンプでかわしたり、もしくはレベル3をそのまま食らってしまうということもしばしばある。ようはサガットのセービングは強いのだ。
 足技やニーだけでは見切られるため、技を”散らしていく”で意味でもこなたはセービングを振り、牽制をしようとしたのだが──。
『真空……』
「まじかー」
 サガットがセービングモーションを振りかぶった直後に、画面が暗転するのを見て、こなたは仰天する。セービングはその性質上、セービングアタックとして攻撃を出し切るか、もしくはステップでキャンセルしなければセービング状態を解除することが出来ない。つまり発動から解除までは、どのような手段であれそれなりに時間がかかるのだ。セービングアタックを出し切ったあとには大きな硬直があるし、ステップはスト4において有効な回避手段だが、終わり際には見た目以上のスキがある。ステップ中は空中判定となるため地上コンボをもらわないという利点もあるが、リュウのウルコン、滅・波動拳にとってそんなことは関係ない。空中の相手にもフルヒットする特性を活かしての、相手のセービングを見てからの滅波動拳、つまり”見てから滅”だった。相手はセービングモーション中に滅を発動できれば、ほぼ確定する。これをさりげなく撒かれたセービングに合わせるのは、意識配分上かなり難しいのだが、自身のウルコンゲージが溜まってからかがみは、それをずっと狙っていた。地上戦に付き合いつつ、対空を意識して上も見つつ、虎視眈々とでかいダメージを狙う。
 基本戦術だけでなく、常にダメージを取っていく選択肢を相手にそうと悟らせず、最初のワンチャンスでモノにしていくのが、かがみのスト4における信条だ。
 チャンスは待ってくれない。だから最初の一個をモノにする。二度、三度となれば相手も警戒する。ゆえに一度目のチャンスこそ最も成功率が高い。それを確実に手中に収めることにかがみはためらいがない。今できることを後に伸ばさないのが、優等生柊かがみなのだ!
『……波動拳!!』
 こなたは慌ててセービングからバクステップをするが、もはや間に合わない。バクステ動作中のサガットに滅波動拳がフルヒットし、残り五分の一ほどだったサガットの体力ゲージを一気に削りとった。じりじりとした戦いから、ウルコン一発で一気に勝負が決するのがスト4だ。途中まで押していようが、もしくは押されていようが勝負は最後までわからない。緻密な戦略はやフレームコンボを駆使した駆け引きや押し合いと、相手のスキにウルコンを叩き込むという一発性は、紙一重のバランスでスト4の世界を構築している。それこそ多くのプレイヤーを惹きつける要因である。
 ともあれ1ラウンド目はかがみのリュウが制した。セビに滅を合わせるのは、反応速度の問題ではなく、”セビを見たら滅”という意識配分の問題である。常にそれを意識していくようにすれば、それほど難しくはない。
 ──かがみは、例えばテスト勉強の際、英単語を覚えるときなどに、覚えた英単語がすぐに頭から出てくるか? ということも意識して勉強している。例えその英単語を覚えていても、回答するまでに時間を要してはあまり意味がない、とかがみは考えている。すぐにパッと英単語が頭から出てきてこそ、”を覚えた”と言えるのだ。
「やるねー。一度目のセビ振りに滅を合わせてくるとか。動画映えも意識してる?」
 ゆえにかがみはこう答えるだろう。
「そんなの別に? ただ出来ることをやっただけよ」
 2ラウンド目以降では、こなたも警戒してくるだろう。うかつなセビ振りはこの相手には禁物だと。1ラウンド目を取ったのはかがみだが、先に攻め手のカードを一枚多く切ったのも、またかがみだ。同じ手は二度通じない。それはかがみも理解していることだろうが、果たしてそれが2ラウンド目以降、どう影響してくるのだろうか。 

 2ラウンド目開幕のアナウンスが告げられた直後に、かがみは飛び込んだ。これは詐欺飛びでも対空間合い外でもなかったため、こなたは落ち着いてアパカで返す。大アパカ180のダメージはあまりにも大きいが、きっとかがみには何か狙いがあるのだろうと、こなたは、リュウの起き上がりにショットを重ねながら考える。
 二度、3度と放つショットをかがみはセービングし、リベンジゲージを貯める。それは若干「セビりすぎじゃね?」と思わせるほどであり、現にリュウのリカバリアブルダメージ、通称白ダメージはアパカ一発分以上溜まっている。この段階でリュウにダメージを与えれば、一気に体力差をつけることが出来る。
 ダメージを取りに行くか、どうするか。と、そこまで考えてこなたは気づいた。
 ──お姉ちゃんは2ラウンド目は遊ぶ。
 そう、つかさが言っていたじゃないか。かがみは3ラウンド目に勝つために、2ラウンド目はスタイルを変えてくる。まったく大層な戦略家だとこなたは思う。
 恐らくかがみはこの試合、サガットにゲージを吐かせつつ負けるはず、あわよくば勝とうとするだろうがそうはさせない。ゲージを吐かせて景気よく勝たせようとするのがかがみの狙いなら、その狙いを狂わせて見せる。
 ようはかがみは、”攻めさせようと”しているのだ。ならば簡単なこと。こちらから過剰に攻めなければいい。
 こなたは、ショットを多めにしつつ少しずつダメージを重ねていった。まだ”次”がある。過剰にゲージを吐いてはいけない。それこそ相手の思うつぼである。
 開幕の飛び込みや果敢でアグレッシブなプレーが、こなたにゲージをはかせるための布石だったのだが、それを見切られたと悟ったかがみも、すぐさま戦い方を切り替えてくる。しかし、体力的には結構な差がついている。リュウは5分の2ほどの体力だが、サガットはまだ7割は残っている。残りタイムは40秒ほど。恐らくかがみは”でかいダメージ”を狙ってくるだろうとこなたは密かに確信していた。ここにきてもかがみの立ち回りは、冷静で落ち着いた様を見せているが、きっとどこかで狙ってくるはずだ。こなたの読み通りリュウは、サガットにしゃがみ中パンチをガードさせた後に、不意に歩いてきた。
(……ここだ!)
 こなたはガードを固めた。すると案の定、リュウが放ったのはEX竜巻旋風脚だった。リュウのEX竜巻はノーマル竜巻とは異なり、その場で滞空しながらコマのように高速回転するという技だ。これは発動から空中判定となるため、相手の投げに一方的に勝てる。しゃがみ中パンチをガードさせてからの歩いての投げ。それに対する相手のグラップディフェンスを誘ったEX竜巻だった。これが相手が画面端に近い状態でヒットすると、吹っ飛んだ相手に滅波動拳が追撃でヒットする。ゲージ一本でウルコンまで繋げられるため、画面端ではEX竜巻コンボにつないで、そのまま滅まで叩き込めるのがリュウの強さのひとつだ。
 しかしかがみの目論見は、がんガードしていたこなたに通用しなかった。だがこなたは、まだ嫌な予感がしていた。まだかがみは、何か狙ってくるのではないかと。故にこなたは、すぐさま何かをせずに様子を見ていた。EX竜巻は不発に終わったが、この技はガードすると少しお互いの間合いが離れるため、ガードできても何かの反撃を入れるのは難しい。こなたは無難にショットを撃とうとしたが、そこで思いとどまった。
 するとかがみのリュウは飛び込んできた。こなたはここで、EXアパカで跳ね返す。リュウの体力はかなり減少していたが、ノーマルアパカでは殺しきれない体力だったからだ。
 ……恐らくあそこで下タイガーを撃っていたら、かがみの飛び込みを食らっていただろう。
 結果的にゲージをひとつ使ったが、それでもまだ3ゲージ弱残っている。対してかがみのリュウは、やはりゲージマックスだった。上々の状況といえるだろう。
「こわいこわい。あの飛びが通ったら、直接滅までつなぐつもりだったんでしょ、かがみん」
「そんなの繋がったっけ?」
「ハハハ。何を今更」
 口プレーも大概にしろというレベルである。ウルトラコンボは基本的に、通常技から繋がるものは殆ど無い。追撃属性のある通常技を空中の相手に当てた後や、もしくは、ヴァイパーのみだが、ハイジャンプキャンセルという特殊な入力方法でつなぐことが出来るキャラもいる。
 しかし、飛び込み攻撃としてのけぞり時間の長い大攻撃を当てた後は、大概のキャラがウルコンを直接つなぐことが出来る。一発逆転を狙う場面で、飛び道具を飛び越えた後など、飛び込み攻撃が確定するシーンで狙っていくといい。

 そうこうしているうちに第3ラウンドが開始される。泣いても笑っても──というほど大仰ではないが、ともかく開始される。またラウンド開始から仕掛けてくるのかと、こなたは開幕から様子を見ることを選んだが、それはかがみも同じだった。開幕から読み勝ち、そのままの勢いで勝とうとしたらしい2ラウンド目とは異なり、こなたと同じようにかがみのリュウも様子を見ることを選んだ。とはいえ何もしないままでは相手に押されてしまう。お互いに、やや遠目の中距離で牽制技を振り、相手へのプレッシャーを維持していく。
 そんな時間が数秒続いた後、仕掛けたのはほぼ同時だった。リュウは波動拳を、そしてサガットはタイガーショットを放つ。こなたは続けざまに2発目を放つが、かがみはそれをセービングしてリベンジゲージを貯める。
 ……サガットが飛び道具を続けざまに放ち、相手がセービングしつつ回避行動を交えて近づいていくというのはよく見る光景だ。サガットはスパコンゲージが徐々に溜まっていくし、相手はリベンジゲージが溜まっていく。一見五分に見える状況だが、全くそんなことはない。セービングでショットを受けることに失敗してしまえば、ダメージを食らってしまう、というリスクを相手は背負っているのに対して、サガットはノーリスクだ。
 これがサガットの強みのひとつであるが、かがみはよく対処していた。スパコンゲージはもうマックスであるからこれ以上貯まらないが、セービングによりリベンジゲージを貯めていく。EX波動拳を不意に混ぜてもきたが、こなたのサガットはそれを回避する。しかしこれは、ゲージマックスによる真空波動拳暴発を防ぐためだろう。そのコマンドの性質上、ゲージマックス時に波動拳や昇竜拳を撃とうとして、真空が暴発することは比較的よくあることだ。
 恐らくもうかがみには策はないだろう。正真正銘、正面からの戦いを選んでいるのは、こうしてリベンジゲージを貯めつつ、徐々に間合いを詰めてきているのを見ても明らかだ。
 かがみが飛び込み攻撃は届く間合いまで踏み込んできたところで、こなたはショットを撃つのをやめた。少し後退したり、また少し前進し牽制技を振ったりすることで、相手の前進を抑止し、少し間合いが離れたところでショットを撃つ。こなたとしてはそれは”安全な弾”だったのだが、かがみ相手にたいしては、そうではなかった。ショットをギリギリまで引きつけたところでかがみのリュウはセービングし、その弾を受け止める。そしてセビモーションを前ステップでキャンセルし、一気にサガットとの間合いを詰める。まさかセービングされるとは思ってなかったことと、そしてかがみのセービング発動がギリギリだったことから、こなたはかがみのその行動に反応出来なかった。突然目の前に飛び出してきたリュウの中足波動を、思わずもらってしまう。ダメージはそれほど大きな物ではないが、こなたとしては出鼻をくじかれた感じだ。
 ……というか、人によるのだろうが、こなたにとってかがみのプレースタイルは、驚きの連続だ。攻めも守りも、選んでいく選択肢のひとつひとつにゾクリとさせられる。かがみとしては勝つために当たり前のことをしているだけなのかも知れないが、緊張の糸がどこかで少しでもほつれたなら、すぐに瓦解してもおかしくないプレースタイルを相手にしていると、こなたとしてはドキドキする。しかし単純に仕掛けてくるのが早いだけなのかもしれない。
 とはいえやられっぱなしではいられない。取られたダメージを取りかえすべく、タイガーニーを放った。基本的にリュウの中足が届く間合いというのは、リュウに有利となることが多いが、サガットならばやや上方向に攻撃判定は発生し、サガットの足元の食らい判定が小さくなるタイガーニーを出すことで、リュウの中足をすかしながらニーの先端を当てることが出来る。しかしそれにもリスクはある。
『昇竜拳!』
 サガットの放ったタイガーニーはリュウの中足を、こなたの目論見通りにすかしたが、その先に待っていたのは昇竜拳だった。つまりこれは、かがみが”タイガーニーを読んで”中足を出した後、昇竜拳を入力したのだろう。それがかがみの優れた読みなのか、それともニーを見てからなのか、あるいはぶっぱなしなのかは分からない。
「全部見えてるから……なんてね。つかさの真似」
「ホントに見えたの?」
「見えた気はしたわ。ニー来るかなーとも思ってはいたけど。まあ結果論よね」
「あはは。結果論だね」
 かがみは画面から視線を外さずに、つかさとやりとりをする。平常なきもちでプレーできている証拠でもある。なかなか崩すのは厳しいと言えるだろう。
 それにしても、かがみは強い。仕上げてきたのは本当らしい。みゆきと二週間ほど前にスト4をやってから、ちょこちょこと触っていたからこそサガットをそれなりに動かせていられるものの、一ヶ月前からプレーしていなかったなら、今頃ストレートで負けていてもおかしくない。
 昇竜拳で吹っ飛んだこなたのサガットは、受け身をとっておき上がるが、そこにリュウの波動拳が飛んできた。それをガードしながらこなたは、「勝ちに行こう」と決意する。

 ──「なんでゲームをやっているのか?」と問われたならこなたは、それが楽しいからと答えるだろう。しかし負けたら楽しくない。勝つから楽しいし、その道程が面白ければ、より楽しい。レアアイテムを手に入れるのが楽しいのは、それがアイテムスロットに収められた後のことではない。そのアイテムを使ってゲームを有利にすすめることは、楽しいというより効率の問題だ。本当に楽しいのは、そのアイテムが、アイテムスロットに収められる瞬間、つまりは”勝った瞬間”なのなのだから。

 続けざまに放たれた波動拳を、垂直ジャンプで飛び越える。再度リュウは波動拳を撃っていたが、こなたは同じタイミングでEXタイガーショットを出す。一段目は波動拳をかき消しつつ、二段目がリュウにヒットする。
 こなたはそこから勝負に出た。リュウの起き上がりに下タイガーが重なるようにして出してリュウの動きを封じ、間髪入れずに移動EXタイガータイガーニーで大胆に接近する。ニーはめり込むと反撃を食らうが、EXならば技後のスキが少ないため、相手とサガットは五分の状況となる。
 そこからこなたは、少しだけ遅らせてタイガーアッパーカットを入力する。2ゲージ以上あるリュウに対しては、慎重に攻めなければならない。しかし萎縮しては相手の思うつぼである。同格相手には、どこかで読み合いを仕掛けていくしかない。
 ショットを打ちながら待つのがサガットは強いのだが、かがみのリュウ相手に待つのは、危険な気がしたのだ。
 攻めるか、それとも守るか。それは大きな二択であり、読み勝てば試合をとれるし、読み負ければ取られてしまう。
 どうだという気持ちで放ったタイガーショットは、EXニーの後の投げを想定し、遅らせグラップを入力していたかがみのリュウを吹き飛ばした。そしてこなたはEXセービングを入力していない。それは完全な読み勝ちだった。
 ここでリュウとサガットの体力差は逆転する。7割残しているサガットに対し、リュウは6割弱となる。しかもかがみのリュウは画面端を背負っている。サガットには有利な、リュウには不利な位置である。間合いはそれほど遠くなく、リュウの中足がギリギリですかる位置だ。かがみとしては前に出たい。しかしこなたはそうはさせない。ステップローキックやニーで出鼻をくじき、中足キャンセル下タイガーで削る。とはいえ同じことばかりでは見切られるため、時折少し下がって様子を見つつ牽制も振り、かつ、リュウの”逃げ竜巻”にも抑止力を働かせる。画面端から逃れさせず、少しずつダメージを奪っていくという”鳥かご”という状況だ。かがみのリュウもこれを相手によくやるが、された場合は果たしてどうなのか。普段自分がやっている戦法を相手にした場合、割と対処出来なかったりするのがありがちではあるが……。
「……」
 しかしかがみは、よく耐えていた。時折ダメージをもらいつつも、負けじと単発の中足を当てたりして、ダメージを取り返していく。ふつう昇竜セビで切り替えしたり、強引な逃げ竜巻で画面端から脱出しようとしたりするものだ。しかしそれをせずに、画面端を背負ったまま、じりじりとした接近戦を展開する。まったく胃の痛くなるような状況である。サガットは強いキャラクターだが、飛び込み攻撃や、上からかぶせていくような技を持たないため、相手を押しとどめるには正面から堂々とやるしかない。もちろん相手の飛び込みに対する意識を忘れずに、だ。しかしこなたは、ここで手を緩めるつもりはなかった。体力は、画面端の攻防によりサガットが4割、リュウが3割となっている。ふつう画面端の攻防というのは、それほど長くは続かない。画面端側が多少ダメージをもらってもいいからと、強引な前とびで相手を飛び越えて、そして逃げていくものだ。しかしかがみはそれを選択しないため、こうして30秒ちかくも画面端の攻防を続けている。
 しかし、繰り返すがこなたは、ここで画面端の攻めをやめるつもりはない。やめるときは、リュウの体力ゲージがなくなっている時だ。たいがいの場合、こんな状況では深追いせずに間合いを離し、シューティングゲームに持ち込むのがサガットの王道のスタイルだ。実際こんな場面ならば、例え上級者であっても間合いを少し離すだろう。サガットは接近戦からのコンボダメージこそ驚異的なものがあるが、サガット自体はそれほど接近戦が強いわけではないのだ。
 もちろんこなたはそれを理解しているし、そういう戦い方でオンライン対戦での勝率を上げていったが、それだけでは”自分より強い相手”には勝てないのだ。上手い奴は、どこからでも勝ちを狙ってくる。そう、まるでこなたの行動を予めわかっているかのように、ショットに飛び込み攻撃を合わせてきたりもするのだ。
 だから、そうさせないためには、相手の行動を制限すればいい。広いステージに相手を立たせてしまっては、様々な行動の選択肢を相手に与えてしまう。しかし画面端ならば、相手の行動はかなり制限される。そのための、画面端の維持である。
 今相手にしているかがみが、自分より上手いとは思わないが、かといって下手ではない。つまりは同格だ。しかしどうもかがみは、まさかのところでまさかの選択肢を実行に移してくる。それこそ、ショットを読んで飛び込んでくるような上級者を相手にしているような錯覚を覚えるのだ。
 それをさせないための対策としてこなたは、”封殺”を選んだ。相手の行動を徹底して制限し、ダメージを奪っていくのだ。ゲージも温存傾向と保ち、ワロスを抑止力としてちらつかせる。それはコンボを決めて勝つ、あるいは自由自在に動いて勝つ爽快感による楽しさではない。通常技をひとつ振り間違えただけで大ダメージを持って行かれるかもしれないという緊張感によるものだ。変幻自在、自由気まま。ただそれだけの強さなどありえない。正面からの読み合い、刺し合いをしていくことから逃げないのが強さであり、それを制していくことに楽しさがあるのだ。
 それはこなたが、みゆきに教えられて気づいたことだ。一ヶ月前までのこなたは、そういう楽しさを求めていなかった。コンボと強い攻め手を覚えればそれなりに勝てるし、それなりに楽しい。しかし、それ以上により楽しんでいくには、自らの技量を上げて、積極的に次の段階に進んでいくことが必要になる。それは、コンボを覚えるよりはいくばくか難しいかも知れないが、得られる楽しさはより深いものだ。
 地味な牽制合戦を経てじりじりと押していく戦いに派手さはないが、それを実践していかなければ勝てないしまた、それが実践できることが強さである。
 そして今のこなたのサガットは、まさにそれを実践し、勝利まであと一歩のところに迫っていた。
 ──このまま押しきれる。こなたはそう確信した。

 対してかがみは、やはりこなたの予想通りに逆転のスキを狙っていたが、残り少なくなる時間と体力を自覚するにつれ、気持ちは焦っていく。しかしそれを何とか押しとどめていた。
 かがみが逃げ竜巻などで強引に画面端から逃げないのは、”画面端ならば痛いコンボをもらわない”からだ。サガットのウルコン、タイガーディストラクションは、空中の相手に画面端近くでヒットさせた場合、後半部がフルヒットしないという欠点がある。また、画面端を背負ってワロス始動のアパカを食らった場合、サガット側は、セビバクステからウルコン始動しなければヒットさせられない。昇竜セビ滅も似たような特性であるためかがみは知っているのだが、昇竜セビバクステからのウルコンというのは、案外に難しいものだ。上級者ならば難なくこなせるコンボだが、狙っていなければかがみにはやや難しい。ならばそれは、ほぼ同じ技量であるはずのこなたにも難しいはずだ。
 また、自分が画面端を背負って、目の前から後退しないサガットという構図である場合、サガット得意の遠距離戦に持ち込まれる心配がない。近い間合いを維持しつつサガットと戦うのは、それはそれで非常にリスクが高いのだが、遠距離より近距離を好むかがみにとっては都合がいい。
 ……それは一般的にはありえない選択であり”怖いもの知らず”ともとれるスタイルだが、加えて我慢強いかがみにとっては、ガードを固めつつ近い間合いで相手とやりあうのはそこまで苦ではない。
 そのような理由により、かがみは画面端から逃げなかった。きっとチャンスはやってくる。そのために”近い間合いを維持させる”ことが、かがみの戦略だった。
 結論から言ってしまうと、かがみとこなたのこの試合は、大会でも何でもない身内対戦だ。本来そこまで勝敗にこだわらず、勝ったら勝った、負けたら負けたでその試合内容を踏まえつつ、次の試合に生かしていくのがありがちなパターンであるが、かがみはこの一戦に”勝つ”と決めた。
 重ね重ね繰り返すが、決して勝ち負けだけが格ゲーではない。それだけに拘泥する試合には、”お互いに上手くなる”という意味性が薄れてしまう。
 しかし、かがみが考えたのはまた別のこと。”この一ヶ月のすべてを出しきって勝つ”ということだ。簡単なことや難しいこと。リスクの低いことや高いこと。攻めにも守りにも、覚えたことのすべてを持って立ち向かおうという決意だった。
 それは勝ちへの拘泥や執着ではない。迎え入れ、手繰り寄せ、そして目指していく勝利である。
(……とはいったものの、なかなかに厳しい)
 残り時間は20秒を切ったところだ。もしもかがみがこなたの立場ならば、少しずつ後退を始めるところだ。体力差はそれほど大きくないが、ここから先は体力を奪う戦いではなく、体力を守る戦い”にシフトさせていくのが磐石だ。とはいえあからさまに日和ってしまっては、相手に付け入るスキをさらしてしまう。相手に”守っている”と悟らせない程度には攻め、しかし深追いはせず、残り時間の少なさに焦ってやみくもに攻めてくる相手をしっかり迎撃するのだ。
 記憶が確かなら、一ヶ月前のこなたのサガットは、比較的守りに重点を置いたスタイルだったはずだ。ゆえに今のように、残り時間が少なくなりつつあっても、かがみのリュウを画面端に鳥かごにしてくるのは少々意外といえば意外である。
 ……とはいえ、どちらにしろ厄介なことにはかわりない。油断のない相手を崩すのは至難の技だ。
 ガードを固めつつ、さてどうすべきかと一瞬迷った後に、その閃きは天啓のようにかがみの中に訪れた。お互い押し切らず、かといって引ききりもしないこの膠着状態。体力負けしている側がこれをよりよい状況を作りつつ打破するためには、例えば、ぷっぱなしの無敵技を当てたり、足払いでダウンを取ったり、もしくはセービングモーションをちらつかせて押し返すことが考えられる。
 しかし、リュウの足払いはスキが大きいため迂闊には振れないし、セービングはEXタイガーショットやニーで割られてしまうため、これもサガットには有効とは言いがたい。
 また、頼みの綱の昇竜セビであるが、なんとなく今のこなたは、”引っかからない”気がした。かがみもそうだが、こなたもこなたで、相当にガードを固めつつ攻めてきているため、そう感じたのだ。単発昇竜セビは、守るためか、”引っ掛ける”のが有効だ。当てにいく昇竜セビは、ゲージの無駄遣いに終わることが多い。
 ──ならばどうするのか。攻め手は概ね封じられている。均衡を崩すためにはどうするのか。
 その時かがみは、とんでもないことをひらめいたのだ。
 かがみはレバーを相手側に二回たたんと倒し、リュウを前ステップさせる。それはちょうどサガットが振ったしゃがみ中パンチにヒットして阻まれる。上級者のサガットならば中パンチに波動拳コマンドを仕込んでおき、中パンチがヒットしたのを確認し、キックボタンを押す。これでしゃがみ中パンチ→グランドタイガーショットが連続ヒットするのだが、こなたはそれをしていなかった。というより、こなたもかがみも、まだそんな芸当に意識を配分できるほどの技量ではない。
 ともあれリュウの前ステップは阻まれ、体力は2割を切った。アパカ一発もらえば死んでしまう一発圏内だ。間合いはリュウのしゃがみ中パンチが届く距離で、”リュウに有利”な位置だった。リュウのしゃがみ中パンチは、判定、威力、ヒットorガード後の有利フレームと、そこから繋がるコンボの多彩さと強力さから、全キャラを通して最強クラスのしゃがみ中パンチである。
 そしてこの間合は、サガットとしては嫌な位置だ。この間合に持ち込むことが、かがみの狙いだった。
 このときこなたが選んだ行動が、垂直ジャンプだった。割と中級者同士の試合において多く見られるのだが、近い間合いでの垂直ジャンプから、下方向と相手側方向に強い判定を持つ通常技を相手にガードさせ、そこから地上通常技を更にガードさせてから、投げや無敵技による択を迫っていくという戦法だ。
 ──つまるところ近い間合いでの応酬というのは、攻めるがわも守る側も”怖い”間合いである。こなたとかがみはそんな間合いでこれまでよく戦っていた。上級者ならば、近い間合いにおいても、グラップ仕込みの弱攻撃や中攻撃で牽制しつつの投げ対策や、それを更に遅らせて入力していくことで、無敵技への対策を敷きながらダメージを奪っていく。
 しかしこなたやかがみは、まだ中級レベルのプレイヤーであり、近い間合いでガードを固めつつ、適切な行動をとっていくには少し荷が重い。
 そのために、垂直ジャンプからの攻撃が多くなる。空中にいれば投げを食らうことはないし、地上技からのヒット確認コンボをもらうこともない。格闘ゲームにおいて、空中とはある意味で安全地帯なのだ。目の前での突然の垂直ジャンプにはなかなか反応ができないものがあり、相手の意識配分を適度にばらつかせる意味でも効果的なのである。
 しかし垂直ジャンプとて万能ではない。特に、空中でガード出来ない仕様のスト4においては、それが致命傷となることもある。上級者への道のりにおいて、会得しなければならないテクニックのひとつ──それが、”垂直ジャンプ狩り”なのだ。
 ──迷うな!
 かがみの中で誰かが叫んだ。それは誰の声なのか分からない。かがみ自身かもしれないし、妹かも知れない。はたまた今対戦しているこなたかも知れないし、みゆきかも知れなかった。あるいは見知らぬ誰かなのかも知れなかった。
 迷ったら負けである。格闘ゲームとは、一瞬一瞬の判断と行動が積み重なることにより体力差が生まれていき、最終的にどちらかが必ず勝ち、そしてどちらかが必ず負ける。
 生きるか死ぬしか無いその一瞬一瞬の積み重ねにおいては、ほんの僅かな迷いが致命傷になる。迷いとはつまり、”何もしない”という選択肢となる。相手に攻めさせるだけの時間を与えてしまうのだ。
 一瞬の積み重ねによる試合の中で、相手に攻めさせるだけの時間を与えるのは敗北への積み重ねだ。飛びは通したら負けであるように、相手に攻めさせたら負けなのだ。
 それを阻止するためには、その時その時の相手の行動を冷静に見極め、そして適切に対処していくしかないのだ。
『──昇竜拳!』
 リュウが強昇竜拳を放つ。サガットの垂直ジャンプを引きつけての対空だった。
 かがみはそれほど反応速度に秀でるプレイヤーではない。しかし、”読み”を交えることで、それほどでない反応速度を、ギリギリまで高めることはできる。
 チャンスは二度訪れては来ない。だから必ず、一度目のチャンスをモノにしていくのだ!
 垂直ジャンプから、降り際に中キックを繰り出し、それをリュウにガードさせようとしていたこなたのサガット。しかしかがみはそれに反応した。発生3フレーム、無敵時間4フレーム。かつ上にも横にも強い攻撃判定を持つリュウの──いや、格闘ゲームを代表する技のひとつである昇竜拳。弱中強すべての昇竜拳が長い無敵時間と広い攻撃判定、そして高い威力を持っていた、かつてのスト3の時代。空中ブロッキングの存在により半分死に技となった対空技、昇竜拳は、スト4において再び”対空技”としての意義を与えられることになった。
 リュウならば、弱昇竜拳は攻撃判定発生より1フレーム前に無敵時間が切れるため、引きつけての対空としては機能しないが、弱昇竜拳を空中の相手に当てた場合、EX波動拳や滅波動拳で追撃が出来る。強のダウングレード版である中昇竜拳にはこれといった用途はないが、強昇竜拳は、前述の、発生3フレーム、無敵時間4フレームという、スト4においては破格の高性能を誇る完全対空として機能する。
 状況と、知識と、そしてパーツとゲージが揃ったこの状況。あとはかがみがレバーを操作してボタンを押すだけというところで、かがみが選択した行動は強昇竜拳。垂直ジャンプ中キックで降りてきたこなたのサガットを、かがみのリュウの強昇竜拳が跳ね返す。サガットは昇竜拳を食らって上方向に吹っ飛んだが、リュウは全身を一瞬光らせて地上に踏みとどまる。ウルコンゲージ100%でEXゲージマックスという状況において、確定状況の昇竜拳にEXセービングを入れ込まない理由はひとつもなかった。
 EXセービングを前ステップでキャンセルし、リュウは前に出る。
 ここは丁寧に! と、かがみは今度は自分の声で自分自身に言い聞かせる。手を抜いたコマンド入力を行って、EX昇竜拳に化けてしまい何度もチャンスをフイにした。焦らなくともいい。スト4を代表するそのコンボの入力猶予時間は、ビギナーたちへの配慮もあるのか、見た目よりも長いのだから。
『真空……』
 画面が暗転し、前方一点を見据えるリュウの顔がアップの構図となる。それはリュウのウルトラコンボ発動の合図でもあった。腰だめに構えたリュウの両手に青紫色の気のようなものが発生する。それはやがて球状の形を成し、それが飛び道具であると予想させる。
 ──リュウのウルトラコンボ、滅・波動拳。
 それは一ヶ月前、知識も技術も、そして精神も何も持っていなかったかがみが、意表をついてぱなした技だが、今この瞬間の滅はそれとは違う。
 いつかのぶっぱなしとは違う。次へと繋がる確かな滅。

(……サガット。いつかの問いに、今こそ答えよう)
 ストリートファイターたちは言葉を多く交わさない。代わりに拳を交えることでその想いをぶつけあうのだ。そして今まさにリュウが放たんとしている一撃は、紛れもなくリュウの”答え”だった。
(俺は、俺より強い奴に会うために、戦っているんだ──!!)


『……波動拳!!!』
 前方につきだしたリュウの両手から放たれた青紫色の気弾は、強昇竜拳を食らって落下してくるサガットにフルヒットする。昇竜拳とウルトラコンボゲージ100%の滅波動拳のダメージを合わせて、残り4割弱だったサガットの体力ゲージを一気に奪い去った。
 1ラウンド目をかがみ、2ラウンド目をこなた。そして3ラウンド目を再びかがみが取ったことで、かがみがこの試合の勝者となった。
「よし!」
 思わずガッツポーズをするかがみ。ある程度の読みがあったとはいえ、これまで反応できなかった垂直ジャンプへうまく昇竜を合わせられたこと。そしてそれにより勝ちを拾えたことが、かがみには殊の外嬉しかった。
 出来なかったことを1つずつ出来るようになっていくことで、確実に勝率は上がっていく。対空、飛び道具、牽制、コンボ。それらに繋がる技の一つ一つが必要不可欠のものであるリュウならばなおさらのことだ。
 それはこれまで、かがみが妹と強力してずっと歩んできた道のりそのものだ。出来ることを少しずつ増やしていって、少しずつ勝率を上げていく。今回こなたのサガットに勝利したその内容そのものが、更に現段階のかがみやこなたの上を行く強者と渡り合っていくための足がかりになるだろう。
 そんな感じで、気が付けばいつもどおり。すべてを出しきって勝つべく特別な試合と位置づけて臨んだはずだったが、普段のランクマッチとそれほど大差はない。
 そう、わかっていたことだ。スト4はたったひとつの勝ちや負けだけで全てが決するゲームではない。勝ち負けを繰り返して自分も相手も高めあっていくゲームなのだ。
「おめでとう、お姉ちゃん」
 かがみの二の腕に自分の腕を絡ませて、まるで自分のことのように喜ぶ妹のつかさが隣にいるのも、いつもと同じ。
 しかし、いつもと違うこともある。
 今しがたまで接戦を繰り広げていた相手であるこなたが、相変わらず目が線になる特有の表情ながら、心底感心したように切り出した。
「……つかさもだけど、かがみ本当にすごいね。たった一ヶ月でよくこんだけになったよ。あ、今日は接待とかしてないんで、そこんとこよろしく」
「もちろん、わかってるわよ」
 あのサガットが接待だと言われたなら、それはそれでショックを受けそうではあるなあ、とかがみは思った。
「かがみさんは、リスクを恐れませんね」
 神妙な顔で観戦していたみゆきが、これまた神妙に言った。
「食らってもいいから無理やり近づくのは、ダルシム戦などでは有効でしょうけど、ふつうあの局面でやれることではないと思います」
「だからこそ有効なわけよ。無理やり前ステで近づいて、そして何でもいいから狩れる行動を取らせたかった。バクステかバックジャンプなら真空。垂直ジャンプなら、昇竜セビ滅。それしか逆転する手はないと思ったから」
 膠着状態から逆転するのは難しい。なぜなら、相手はあらゆる行動に対する対応を意識しているからだ。ならばその膠着モードを無理やり解かせるしかない。そのための前ステだった。
 もちろんあの時食らっていたのが中パンチではなく、アパカなら死んでいるし、ニーなら画面端に更に追い込まれてそこから削られていただろう。EXタイガーショットでは死なないが、そこから画面端ならウルコンが繋がるため、やっぱり負ける。そのように、負ける展開が多いであろう行動をとったかがみを、みゆきはリスクを恐れないと言ったのだ。
 とはいえこれは、勝ったも負けたも、偶然の要素が大きい。実際、かがみは半分はマグレ勝ちだと思ってるし、こなたも、半分はたまたま負けたと思っている。
 しかし、かがみが、これまで対応できなかった垂直ジャンプを狩ったのは事実であるし、こなたも、これまであまりやっていなかった近い間合いでの攻防を演じたのは事実だ。
 それらは、必ず次以降の試合に活かされていく。それにより勝敗は動いていくだろう。この試合はかがみが勝った。しかし、次はどうなるか分からない。しかしかがみとこなたが思っているのは同じこと。

 ──きっと次の試合は、もっと面白くなるだろう、と。

「……もう一戦やる?」
「おーけー」
 しかし、そんな風にかがみとこなたが再びアケステのレバーを握ったとき、横槍が入った。
「僭越ながら……次は私とつかささんで対戦させていただけないでしょうか?」
「……はやくゆきちゃんのバイソンをわからせてあげたい」
 かがみとこなたが次の試合へのやる気を見せていたとき、さらにその上を行くやる気を見せていたみゆきとつかさであった。
「お、おーけー」
「どうぞどうぞ」
 若干気圧されるようにして、アケステを譲るかがみとこなたである。

 そうして始まったみゆきのバイソンとつかさのケンの試合は、3試合続いた。かがみとこなたの試合もいわゆる”名勝負”といえる展開だったが、ある種それ以上に白熱した試合が続いたからだ。
 最初の試合はみゆきが取った。つかさも善戦したが、性能のいいダッシュ系の必殺技を持つバイソンは、それらの技の威力も割と高めであり、ダメージレースで勝ちやすいのだ。
 しかし、やられっぱなしのつかさではない。目のいいつかさは、中距離でのバイソンのダッシュ系に対して容易に大昇竜拳で対処してくるし、狙っていれば余裕でウルコンも入れてくる。こうなると試合展開は急速に変化していく。うかつにダッシュ系が振れないとなると、ケンが近づきやすくなる。バイソンは小回りがききにくいキャラであるため、まとわりついてくるケンに対処するのは若干難しいのだ。
 そうして2試合目をつかさが取り、人読みも入り始める3試合目は、一進一退の攻防の末、みゆきのバイソンがぱなしのバファローヘッドからのウルコンを決め、からくも勝利した。地上戦からの移動投げ読みのヘッドであったが、ケンが何もしていなかったら、恐らくケンが勝利していた。つかさとみゆきの試合も実力伯仲。つまりここにいる4人とも殆ど同じレベルであると言えた。
「……つかさ、台バンはダメよ」
 かがみが姉として、こう見えて熱くなりやすいつかさをたしなめる。
「つかさ、台バンするんだw」
 楽しそうに言うこなたに対して、つかさは素知らぬ顔でごまかそうとする。台バンなんて知りません、という風に。
「わたし、そんなことする子供じゃないよ?」
「つかさは一度やってるわよ。あの時も相手はバイソンだったかしら」

 そんなことを話しつつ、4人は代わる代わるプレーしていった。自然と”負けた方が他の人と代わる”というルールが形成され、彼女たちは次々と対戦を重ねていった。基本的に同じレベルのため勝ったり負けたりして交代を繰り返していくのだが、ときたま”流れ”のようなものが発現し、特定の誰かが連勝するという現象が起きることはあった。そんなときには”今度こそ連勝を止められるか否か”のような熱さも生まれ、一層に対戦を盛り上げたりもした。
 やがて泉家の夕飯時となり、そろそろ頃合いかなとなったが、誰一人今日はここまでにしようと言い出す者はいなかった。
 ……いや、言えなかったのだ。優等生のかがみや、良識のあるみゆきでさえ、「もっとこの面子でスト4やりたい」という欲求が一般的な常識をあまりにも上回っていたからだ。
 結局彼女たちは泉家で夕飯をごちそうになり、お腹もほどよく膨れたところで、再びスト4をはじめた。この時間ともなるとかなり夜も遅く、近所迷惑とならないよう、つとめて静かに彼女たちは対戦を行った。そうすると自然に”集中プレー”のようになるため、極めてハイレベルな読み合いや反応もとらほらと見かけ、彼女たちのテンションの上昇に一役勝った。
 また逆に、そんな状況でどうしようもなく致命的で笑えるミス──例えば昇竜セビ滅失敗による昇竜セビEX昇竜などをやらかしてしまうと、これまた別の意味でテンションが上がる。集中しているからこそ笑えてしまうという現象である。
 もうこんな時間だし、明日は休みだから泊まっていけば、とこなたが提案したのが夜の8時くらい。終電ギリギリではないが、かなり遅いというところだった。かがみたちにとっては魅力的な申し入れだったが、それはこなたの好意だとしても、どうしても泉家への迷惑となってしまう。最初は辞退しようとするかがみたちであったが、こなたの「もっとスト4やりたいし」という単純かつ明快、そして本能に訴えかけてくる発生3フレーム、無敵4フレームの高性能な主張に対し、無敵時間を持たないかがみたちの一般的な常識は一方的に打ち負けることとなる。
 とはいえ、いくら子供っぽいといえど、いちおう彼女たちは女性であり、泊まるとなるとそれなりの準備が必要になる。結果として、かがみたちは一度家に帰ってからまた来るということになった。少し面倒だったが、もっとスト4をやりたいという熱意とのダメージレースに勝るほどのものでもなかった。
 ほどなくして再びやってきたかがみたちは、それから日付が変わるか変わらないかという時間までスト4で遊んだ。そろそろ皆疲れて眠くなってきたかな、というところでこなたは、こんなこともあろうかとと、予め仕込んでおいた”スト4のオススメ動画”を皆に見せた。
 PCの性能の向上などにより動画作成環境が比較的容易に用意できることと、動画系サイトが隆盛を誇っている昨今、古今東西ありとあらゆる動画を簡単に見ることが出来る。スト4もその例に漏れず、初心者によるものやかがみたちと同程度の中級者のもの。はたまた日本を代表する格闘ゲームのトップレベルのプレイヤーたちによる対戦動画も簡単に閲覧することが出来、人の多い都心部に実力者と情報が集中し、地方ではそれほどの腕前を持つ者がいない、というようなゲーム格差は限りなくなくなりつつある。誰でも最新の情報を手に入れることが出来、オンライン対戦により全国各地のプレイヤーと手軽に対戦出来るのだ。まったく良い世の中になったものである。
 ともあれそうしてこなたオススメの動画を閲覧した3人だった。みゆきは見たことがある動画だったらしいが、一人で見るのと多人数で見るのとはまた違う。アーケードで名を馳せる強豪プレイヤーたちの動画を見て、落ち着いていたテンションは再び、にわかに上昇する。
 時間は2時を回っていたが、そこから再びスト4をやり始めた。しかし動画内で当然のように使われていた0フレーム目押しコンボ等を、まだまだ中級者であるかがみたちが使っても、良い結果は得られない。例えばリュウならば、大ゴスをヒットさせた場合5フレームリュウが有利となるため、発生5フレのしゃがみ大パンチキャンセル大昇竜拳というのが、大ゴスからの最大コンボとなるわけだが、0フレームコンボなどそうそう繋がるものではない。特殊なテクニックにより猶予を1フレーム伸ばすこともできるが、基本的にそれを当たり前のように毎回つなげていくトッププレイヤーたちが尋常でないだけである。
 そして彼女たちは、明らかにまだそのレベルではないのだが、動画に影響されて難易度の高いコンボなどに果敢に挑戦していった。成功率など無いに等しかったが、ごくまれに成功することもあった。まるで動画のような見目あざやかで華麗なコンボである。するとまた彼女たちのテンションは上がる。まるで自分が一流プレイヤーになったかのような錯覚である。
 しかし大概は失敗する。その失敗の仕方により、動画内にあった何を狙っていたのかが分かってしまうため、その動画内の華麗さと、現実の厳しさのギャップが発生する。そして彼女たちは、自分たちのレベルがまだ明らかにそのコンボレベルに届いていないことを自覚している。故に、そのギャップの発生要因も把握できてしまっている。なのに難しいことを狙っていくのは、自分たちがひとえに、とんでもなく動画に影響されていることに笑えてしまうのだ。私ってどんだけ、みたいな。
 そんな風にして夜は更けていくにつれ、流石にごく普通の女子高生であるかがみたちは眠気に勝てなくなってくる。最初につかさが眠り、続くようにみゆきも眠った。因縁のケンバイソン戦を相当数繰り返した二人だったが、結局明確な白黒はつかなかったようだ。
 その後一時間ほどこなたとかがみは対戦を繰り返したが、こなたが半分眠りながらキャラセレクト画面でサガットを選んだがしかし、いつまでたってもかがみはリュウを選択しない。あれと思ってこなたが隣を見ると、かがみがアケコンに手を置いて、座ったまま眠っていた。
 こなたはつい笑みが漏れる。あの真面目っ子の柊かがみの、ゲームしながら寝落ちる姿を見ることになろうとは、想像もしていなかった。静かにPS3の電源を落とし、さすがに無茶苦茶な態勢で眠っているかがみを、慎重に抱きしめるようにして寝かせてやる。こなたは小柄だが、力はそれほど弱いわけではない。床に敷いた布団の上でかがみは小さい寝息をたてはじめる。
 かがみの寝顔というのをこなたは初めて拝むことになったが、「意外と子供っぽいな」という印象だった。
「おやすみ、かがみん」
 小さく挨拶をして、目にかかりそうだったかがみの前髪を軽く払ってやってから、こなたも眠りについた。
 かがみたちは手放しがたい友人であったが、ゲームという趣味を共有する間柄ではなかった。あくまでも、これまではこなたの趣味に付き合ってもらっている、という範疇だった。
 しかし今は違う。スト4限定かもしれないが、こなたと同じステージまで一足飛びに来訪し、その勢いは全く衰えてもいないらしい。うかうかしていると越されてしまう。
 それは……そう。まるで夢みたいな出来事だ。大事な友人たちと、好きなゲームで盛り上がることが出来る。ネットを介して見るけることはそれほど難しくないが、日頃の日常を共にする相手たちとのそれは、比較にならないほどの安心感がある。ネットを介して知り合った相手とのつながりは、ゲームが終わるまでのものだ。ゲームを起動してから終了するまでのつながりは、要はゲームの世界のお話と概ね大差ない。
 しかしかがみたちとのそれは、ゲームが終わったあとも続いていく。これまでこなたが味わったことのない充足であった。
 そんな満ち足りた気持ちで、こなたもいつしか眠っていた。こんな日がいつまでも続けばいいな、と願いながら。

 

 ──翌朝。
 なにやらゲームらしき音が聞こえてきて、こなたは目を覚ました。
 こなたはそれほど朝に弱くはない。起きるときはすっぱりと起きるのだが、今日は何故か頭がぼんやりしている。はっきりしない頭であたりを見回すと、こなたの部屋のテレビの前で、かがみとつかさ、そしてみゆきが、自主的にこなたのPS3を起動し、スト4で遊んでいるのが見えた。
 その光景を見てこなたは思い出す。ああ、あれは夢じゃなかったんだ。
「あ、おはよ。ごめん、起こしちゃった」
「いいよ」
 かがみは謝りながらアケステをいじり、リュウを選択する。相手はつかさだった。こちらも勿論ケンを選ぶ。かがみの勝負強さと、つかさの目の良さは本物だ。みゆきの理詰めの動きは、これからやり込んでいくことでじわじわと発揮されていくことだろう。
 最近ちょくちょくと言われることだが、そういった”プレイヤーとしての強さ”を要所要所、もしくは絶体絶命のピンチで発揮していくプレイヤーを評して、”持ってる”と言うことがある。何を持っているのかというと、ゲーム性を超えた一発逆転の可能性であり、また単純に人間性能であり、それを大事な局面で発揮するメンタルの強さでもある。
 果たして自分は何かを持っているのだろうか。ただ単にゲームをやり込んできただけの、自分だけの強さ。
 かがみとつかさの試合は、昨日から今日にかけて延々と対戦してきたときの動きとは少し違う。ある意味では、対戦を始めたばかりのときの、動画に影響されたりしていない状態の動きに戻っている。出来ることをキッチリとやり、要所要所で少し荷が重い難しいことにも挑戦していく。安易な逃げ行動や安い攻めばかりに頼らず、試合に勝つこととお互いに上達すること、そして楽しむという3つのバランスを上手に保った試合内容だ。
 内容としては、3ラウンド目までもつれこみ、試合中盤でめくり竜巻から真空波動拳というコンボを決めたかがみが一気に優勢となったが、やられっぱなしじゃないよと言わんばかりに、つかさのケンがめくり空中竜巻からウルコンの神龍拳を決め、一気に逆転した。猶予フレームのほぼないヒット確認の難しいコンボだが、つかさはたぶん確認しているのだろう。
「……振り向き出なかった」
「あはは。出てたらセビ滅まで食らって負けてたね」
「わかんないわよ。振り向きからセビ滅、まだ完璧に出来ないから」
 振り向き昇竜セビキャン滅。両対応昇竜というテクニックでめくりジャンプ攻撃を迎撃し、そこからセビ滅まで繋ぐというコンボで、サガットでも似たようなことは出来る。しかしこなたとしても、今のかがみと同じように、振り向き昇竜は安定して出せない。
 それを完璧にするためには、トレモによる練習と、実践を積み重ねて状況判断力を磨いていくしか無い。つまり練習と実践あるのみなのだ。
「こなたもやる?」
「もちろん」
「その次にはつかささん、対戦しましょう」
「……今日こそゆきちゃんのバイソンをわからせてあげる」
 そう、ひたすらに実践。そして、それがとても楽しいのだ。
 かがみはリュウを選び、そしてこなたはサガットを選ぶ。まだまだサガットで出来ることの半分も出来るようになっていない。
 それが出来るようになるまで。そして更に強くなり、上級者相手にも勝てるように。そのために彼女たちは、ストリートファイター4を続けていく。


らきすと

 らっきーストリートファイター4


第六話 『再戦』



「こーなたっ☆」

 とある日の朝、ホームルーム前のことだ。教室で席についていたこなたの所に、奇妙に笑顔の眩しいかがみが来訪した。
 かがみは美人だ。おまけに頭もいい。これでいつもニコニコ、誰に対しても愛想よくするようであれば、それはそれは人気者になれるのだろう。
 それは別にかがみが愛想がないと言っているわけではない。誰かに媚びへつらったりしないのが柊かがみだ。おそらくそれがかがみの面倒くさい所だろうが、居たとして、例え恋人にだって愛想笑いで媚びたりしないだろう。
 ──そんなかがみが、ニコニコと笑顔で話しかけてくる。
「オハヨー。なにかな、かがみん」
 ならばかがみには、何か狙いがあるに違いない。そのへんを考慮しつつ慎重にこなたは受け答えた。
「ちょっとこなたにお願いというか、提案があってね」
「ふむふむ」
 こなたは答えつつ、ちらりと同じ教室内にいるかがみの妹、つかさの姿を盗み見た。
「……」
 つかさは何気なくかばんの中を見ている。しかしどうやら、こちらをちらちらと伺っているらしい。自分の姉が来ているのだからという見方もあろうが、目が合うと明らかに目をそらすのを見るに、どうもつかさも何かを知っているらしい。
「今日こなたの家に遊びに行きたいんだけど、ダメかしら?」
「そんなに畏まることなのかな、それは。勿論いいよー。でも新しいゲームとか用意してないけど?」
「新しくなくてもいいわ。もう一度、こなたとスト4やりたいの」
「す……」
 ストリートファイター4。
 2008年、格闘ゲームの老舗であるカプコンが世に送り出した、歴史と伝統あるシリーズの最新作。”原点回帰”をテーマとしたゲームデザインは、シンプルながら奥深いゲーム性をプレイヤー達に提供することに成功し、熱心な格ゲーマーをはじめ、格ゲー初心者や、”格ゲー離れ”していた古参プレイヤーたちをも呼び戻すというブームを巻き起こした。
 こなたの家にあるのは、それの家庭用移植版のスト4となる。ハードの性能差により完全移植が難しかった16ビット、32ビット機時代もあったが、昨今の完全移植といえばそれはまさしく完全な移植であり、アーケードで熱心にやりこんでいたプレイヤー達の中にも家庭用版を楽しんでいる者は多い。
 まあ、そんな能書きはともかくとして──。
 スト4といえば、こなたがかがみの心を折ってしまったゲームであることを、こなたは思い出していた。スト4はあれからチョコチョコとオンライン対戦で遊んではいるが、みゆきといい「もう一度やりたい」なんて言い出したかがみといい、奇妙にスト4に縁があるなとこなたはのんきに考えていたのだが……。
「結構練習したのよ。あれからプレステ3買って、スト4も買ってアケステも二つ買って毎日毎日つかさと対戦、来る日も来る日もオンライン対戦」
「……ちょっと待ちたまえかがみん」
 またちょっとスト4をやりたくなった、というのなら普通だが、アケステを2個も用意するのは普通じゃない。しかもかがみがそれを割と当たり前みたいに考えているっぽいのが少しそら恐ろしい。よく浪費をかがみにたしなめられるこなただが、かがみだって相当なものだ。むしろ”ここぞ”というところでどどーんと使ってしまうかがみこそ、ある意味危険なのではないかとこなたは思う。
「もしかしてかがみ、最近忙しそうだったのって、もしかしてもしかしてスト4やり込んでいたからとか?」
 恐る恐るこなたがそう聞くと、かがみは当たり前のように頷いた。
「一朝一夕でどうにかなるものじゃないってのは、前にこなたの家でやったときに分かったから。だから、一ヶ月はみっちりとやり込もうかなと思って」
「彼氏ができたんじゃないかなって思ってたよ」
「残念ながら。毎日毎日、”俺より強いやつ”に会いに行ってたわ」
 何にでも真面目に取り組むのが柊かがみだ。それがゲーム方面にも発揮された日には、こういうことになるのだろう。
 とはいえこなたとしては、とりあえず心配事が解消したことになる。
 そんなことを考えながらも若干狼狽気味だったこなたと、そしてかがみを囲むようにして、つかさとみゆきがやってきた。ふたりとも”スト4”という単語に反応してやってきたのだった。
 つかさはニコニコと──こちらは姉と違いいつもニコニコしているが、ニコニコと話しだした。
「お姉ちゃんと二人でいろいろ研究したんだよ。まだまだ出来ないことは多いんだけど、結構オンライン対戦でも勝てるようになってきたし」
「つかさは凄く目がいいのよ。昨日だって、目の前で出されたザンギのEXバニを見てからEX昇竜で返してたものね」
「あはは。まあ、見てから余裕だよね」
 かがみは妹の武勲を誇らしげに自慢するのだが、いきなりそんな専門用語を濫用されると、かえってこちらが混乱する。本来こちらの方が専門家であり”異なる知識ステージ”に立っているはずなのに、実は同じであったという驚愕である。しかもこの二人は、間違いなく一ヶ月前には初心者であったはずなのだ。
「EX昇竜ということはつかささん、ケン使いですか?」
 みゆきも話に参加してくる。彼女も今ではスト4勢の一人である。
「うん。お姉ちゃんはリュウを使ってるんだよ。お姉ちゃんはね、凄く試合運びが上手なんだよ。いつも読みが冴えてるし、お姉ちゃんのリュウ、格好いいんだあ〜」
 つかさはうっとりと姉を自慢する。
「たまたま使ったリュウが、たまたま強キャラだったから。つかさは苦労したものね。ケンの性能ってリュウほどじゃないから」
「地上戦できるようになってからは結構ラクになったよ。しゃがみ中からの移動投げと大昇竜でたいていの相手の行動つぶせるし。ゆきちゃんはどのキャラ使ってるの?」
「主にバイソンです」
「「……」」
 かがみとつかさは一様に沈黙し、そして目をくばせ合う。「こいつ、どうするよ?」みたいな間だった。
 飛ばせて落とすのを信条とする胴着系にとって、ジャンプの軌道が低い上に下方向につよい飛び込み攻撃を持つバイソンは、やりにくい相手の一人だ。しかも、スパコン、ウルコンともに弾抜けとして機能するうえ、ダッシュ系の必殺技の存在により、遠距離でもそれほど困らないのがバイソンだ。地上から地道に押していくにしても、バッファローヘッドで投げを狩られることが多いうえ、EX昇竜とEXヘッドがかち合うと、お互いに無敵時間によりすり抜けたあと、バイソン側が早く動けるようになる。バイソン側としても飛び道具はやはり面倒くさいのだが、様々なパーツが、”胴着キラー”として機能しやすいのは事実だ。
「結構ガン待ちの固いバイソンに負けることが多いのよね」
「そうそう。しゃが大対空が強いから飛びもなかなか機能しないし。あれで体力1050とか、バイソンってお手軽だよね。ケンバイソンって7:3あるんじゃないかなーって思うよ」
「そんなことありません。バイソンだっていろいろ大変なんです。つかささんの言うとおり、ケンバイソンはバイソン有利かもですが、せいぜい5.5:4.5でバイソン微有利くらいだと思います」
 何故か、かがみとつかさ、そしてみゆきの三人の間で、キャラ間のダイヤグラム議論が白熱しているのを見て、こなたは頭が痛くなった。なぜこのメンツでダイヤを語らねばならないのか。
「……というわけで、こなたのおうちでスト4やりたいな、と思ってね。あ、もちろんこなたのサガットがまだ仕上がってないっていうなら、また今度でもいいけど」
 都合の有無ベースではなく、仕上がっているかいないかがベースなのか……。
 仕上がっているかいないかとか、そういう──と考えて、ふと目の前の三人を見た。
 つかさとみゆきは延々とケンバイソンという組み合わせについて、ああでもないこうでもないと話し合っているし、かがみはもう本当に、心からこなたとスト4をやりたがっているように見える。日頃クールなかがみが、頼みごととしてまで何かをやりたがるのは非常に珍しいことだ。
 そんな彼女たちを見てこなたは、「羨ましい」という気持ちが湧いてくるのを感じた。ゲームといえばこなたの専売特許であるが、ふと気がつくと、自分がどこかゲームやアニメ等から一歩引いているところにいるのを自覚することがある。
 いわゆるゲームやアニメは趣味としてはマイノリティであり、一般的とは少し言いがたい。いつしかそんな体裁を気にして、誰の理解も得ようとしていなかった。
 別に見られても構わないのだが、自分の好きなもの、好きなこと全般を、家の金庫に仕舞って人目につかないよう、つかせないようにしていた。聞かれれば答えるだろうが、率先して披露したりはしない。かがみやつかさ、みゆきに対してそれを晒すのは、彼女たちがこなたのことを”そういう人間だから”と理解してくれているからだ。
 細かいところまで理解されなくてもいい。自分はゲームやアニメが好きだが、率先してそのことを話したりはしないが、頭ごなしに否定はされたくない。等々……。思えばずいぶんと甘えている。
 しかし彼女たちはどうやら違う。スト4が好きで、もはや自分の一部になりつつあるように見える。スト4に入り込んでいるように感じる。
 果たして自分はどうだろう。好きなゲームやアニメに入り込んでいただろうか。所詮マイノリティだと一歩引いていなかっただろうか。
「で、どうなの」
 かがみの質問にこなたは答えた。
「問題なし。また心を折らないでね、かがみん」
 ちょっと言い過ぎかなとも思ったが、かがみは笑った。そしてこんなことを言った。
「多分私ね、これまでの人生において、あんなにキッチリと負けたのは初めてだったかもしれない。ゲームだけじゃなくて他にも色々なことでね。大抵のことはどうにかなったし、やばいかなと思ったことも、割とどうにかなってきた。でもスト4ばっかりは、どうにもならなかった。だから研究、実践を繰り返して、最近ようやく、そこそこ勝てるようになってきた。でもそれでもまだ、ネットの対戦で何も出来ないまま負けることもある。もしかして私は、いつの間にか自信過剰になってたかも知れない。自分には何でもできるんだって。でもスト4やって、そうじゃないって気づいた。まだまだ出来ないことはたくさんあるけど、ひとつひとつ出来るようになっていくと、確実に勝率が上がっていく。はじめは低かった勝率が、どんどん上がっていくの。もしかしてそれは当たり前のことなのかも知れないけど、スト4をやらなきゃ気づかないままだったかも知れない。知らないほうが幸せだったのかもね。勝ったり負けたり。どんなにがんばっても、100%勝つことは出来ないもの。完璧はない。でもだからこそ、理想の姿がある。自分にとっての100%が。こなたともう一度戦って、それを確かめたい」
 スト4はシリーズものにありがちな、初心者や一見さんお断り、というような性質を極力排除してある。強いパターンはある程度定まっているものの、様々なスタイルを受け入れうるシステム上の懐の広さというところも考慮されている。
 腕がそれほどでなくとも戦略でカバー出来るし、経験がそれほどでなくとも知識でカバーできる。
 そして、それらを脳のシナプスのように絡め結合させていくことにより、”理想の姿”というのをプレイヤーの中に浮かび上がらせるのだ。
「まあ、気楽にやろうよ。まずは楽しむことだよ」
「そうね。それも大事ね」
 勝ち負けよりも大事なことはいくらでもある。それだけに拘泥していては早々に飽いてしまうだろう。お互いに上達し出来ることが増えていけば、対戦はより楽しくなる。実力が伯仲していればいるほど楽しくなるし、そこに勝ち負けが加わるから熱くなれるのだ。
 繰り返すが、勝ち負けだけではない。目の前の勝ちにこだわって安いコンボばかり入れていては、いつか必ず実力と勝率が頭打ちになる。例え成功率が低い目押しコンボであっても、反復練習により必ずものにすることが出来る。しかし、ただトレーニングモードで練習しているだけでは上手くいかない。そのコンボを実戦のさなか、ワンチャンスに入れるためには、実戦で使っていって慣れるしかないのだ。たとえそのコンボをミスって逆転されたとしても、その敗北は、次の試合で、さらに”レベルの高い勝利”を掴むための足がかりになるのだ。
 重ね重ね言うが、勝ち負けだけではないのだ。
「……うう、ゆきちゃんのバイソンをわからせてあげたい」
「うふふ。出来るのなら幾らでも。反対にキャラ差を押し付けて差し上げます」
 しかし何故かつかさとみゆきは、勝ち負けにこだわってむやみに火花を散らしていた。


  ◇


 その日の放課後、かがみたち4人は、ホームルームが終わるやいなや、すぐに学校を出た。目的地は泉こなた宅。
 別に時間がないわけでもないのだが、彼女たちはしきりに急いでいた。早くスト4をやりたいの一心なのである。


「……さて、それじゃどうしましょーか」
 一応のホスト役であるこなたが、部屋に落ち着いた4人を代表して切り出した。いきなりスト4やるのはいいとして、いろいろと踏むべき手順はある。
「先ずはさ、お互いの力量をちゃんと把握しましょうよ。あまりに誰か一人だけ強いってことはないと思うけど、一応ね」
 かがみがそう提案すると、みゆきは賛成した。
「泉さんのプレーは見たことがありますから、まずはかがみさんとつかささんの試合を見てみたいです」
「んー、もしかしてリュウケン対決?」
 うん、とつかさが頷く。同じ胴着系キャラであるリュウとケンは、同じ名の技を持ちながらも、全く性質が異なるキャラだ。かつてスト2のころは、それこそ姿格好と名前が違うだけで、ほぼ同じ性能のキャラであったのに、時代を追うにつれ異なる性質を持つに至っていった。
 それはまるで、自分と姉のようであるなと、つかさはひそかに考える。つかさがケンを選んだことに、はじめはそれほど意味は無かったが、今は違う。
 スト4の一つ前の作品であるストリートファイター3サードストライクでは、性能の良いターゲットコンボや、そこから繋ぐスーパーアーツ、疾風迅雷脚が超高性能であることなどから、トップ3に入る性能のキャラクターだったが、スト4においては、飛び道具の波動拳、高性能対空、中昇竜拳。他にも全キャラ中トップクラスのしゃがみ中キックの使いやすさや、レバー前入れ中キックの使い勝手の良さ。竜巻旋風脚を絡めたラッシュ力の高いコンボや、全キャラ中最高性能の移動投げなど、”強いパーツ”をは揃っているものの、セービングアタックの使い勝手の悪さや、バックステップが珍しく地上判定であることによる逃げ性能の低さや、ウルトラコンボの使い勝手の悪さ等、”スト4特有のシステム”の恩恵を受けづらいキャラであることから、性能的には下から数えたほうが明らかに早い。リュウがトップ3に入る強さを誇ることと比べると、どうしても見劣りする箇所が多い。
 しかし、”主人公のパートナーキャラ”であることから使用人口は多いし、”明らかに強すぎる調整箇所”というのが無いことに所以する”良キャラ”と評される性能。また、”それほど強くないキャラで勝つ”ことを醍醐味とするプレイヤーも決して少なくないことから、研究が非常に進んでいるキャラクターでもある。
 それだけがすべてではないが、キャラへの愛着も大事な要素のひとつだ。それを喚起させるケンというキャラでもっと強くなりたい。超えるべき目標のために。
 またこれは予測だが、恐らく今後シリーズ化されるであろうスト4の次回、次々回昨にて、ケンの強化がされるかも知れない、という一抹の希望もある。

※つかさの予想通り、スト4の次作である『スーパーストリートファイター4』。また、それのバージョンアップ版である『スーパーストリートファイター4アーケードエディション』と、シリーズを重ねていくごとに、ケンというキャラは順当に強化されていく。それはいわゆる”理不尽な調整”ではなく、プレイヤー達の「ああなればいいな。こんなことが出来るともっと面白いな」というような願望が現実化されたような見事な調整であった。反対に、スト4にて猛威を振るったリュウの強さは、シリーズを重ねるごとにマイルドに調整されていき、スパ4アーケードエディションでは、リュウとケンの性能差がついに逆転する。スパ4における昇竜拳の弱体化や、スパ4アーケードエディションにおける、しゃがみ中キックの弱体化や、逃げ竜巻の削除、大ゴスのダメージ低下など、”リュウの優位性”を根こそぎ奪い去るような調整であり、スパ4AEではこれといった強みが無い平凡なキャラになってしまった。その時かがみは、弱体化の著しいうえ面白くなくなったリュウを使うことに嫌気が差し、より強いキャラに乗り換えようとするのだが、それは誤りであることをつかさが何としても姉に伝えようとする。しかしそれはまた、いずれ明らかにされるかも知れない未来のエピソードである。

 ──つかさがそんなことを考えているあいだに、こなたはスト4を起動する。レバーは、かがみとつかさも使っているリアルアーケードプロバージョン3のスト4限定仕様である。性能は全く同じだ。
 とりあえずデモンストレーション的な試合であるため、かがみとつかさは軽く流した──つもりだったが、対戦こそご無沙汰であるものの、お互いの手の内は知り尽くしている相手だ。お互い何が得意なのか把握しているため、それだけでじりじりとした試合が展開される。
 かがみは、つかさの対空精度を知っているから、例え起き攻めでもむやみに飛び込み攻撃をしないし、つかさは、かがみのゲージ管理能力や読みの鋭さを知っているから、押している場面でもむやみに押し切らない。必然として、地上でのダメージの奪い合いが多くなった。試合は1ラウンド目をかがみが、そして2ラウンド目をつかさが取った。1ラウンド目は一進一退の攻防の末にかがみが、そして2ラウンド目は、割とあっさりとつかさが取った。
 ラウンド習得数は同じだが、ゲージ量は違う。つかさのケンは1ゲージと少しなのに対し、かがみのリュウはゲージマックスである。
「お姉ちゃんね、2ラウンド目は遊ぶんだよ」
「たまたまよ、たまたま」
 そんな風に柊姉妹はリアル口プレーで牽制しあっているが、こなたとしてはそれどころではない。
 この二人はたしかに一ヶ月前、波動拳を出すのもおぼつかない初心者だったのだ。
 それが今ではどうだろう。
 波動の打ち方ひとつとっても、かなり場数を踏んでることが理解できる。間合いの取り方、読みなどが洗練されている割に、ここぞというところで勝負をしかけていく。それが上手いのは主としてかがみだ。目の前の攻防だけでなく、その先も見据えての冷静な立ち回りはさすがだ。
 対してつかさの昇竜対空精度は目を疑うレベルだ。こなたとしても、”あっ”と意表を付かれる飛び込みに対しても、きっちりとしゃがみ昇竜で対空迎撃していく。リュウの中足をぎりぎりですかして移動投げを決める様などは、それだけ見れば上級者もかくやというレベルだ。つかさは目がいい、というのは本当のことらしい。
 ──もし自分がこの姉妹と戦うとしただどうなるだろう。恐らく10回やって10回勝つのは不可能だ。せいぜい5回の勝率五分くらいだろう。加えていうと、サブキャラであるダルシムや豪鬼では勝てないだろう。サガットを使ってようやく勝率5割キープといったところだろう。
 ちなみにつかさの言った「2ラウンド目は遊ぶ」というのは、別に手抜きとかそういういことを言っているわけではない。1→2と連続でラウンドを取れればそれに越したことはないが、そうもいかない場合は大いにある。2ラウンド目は押されて負けるかもしれない。
 そんな時、2ラウンド目に負けそうなときは、あえて勝ちを狙わずに、ゲージを温存しつつ相手のゲージを吐かせつつ、無理に勝ちに行かずに相手の行動をよく見た上で負けるのである。そして3ラウンド目に相手よりゲージを多く持った状況を作り出し、そして3ラウンド目を取り、試合に勝つのである。
 それはそれで立派な戦略だが、そうすると、2ラウンド目は少々精彩に欠いたような、つまり手を抜いたような試合運びになってしまうことから、”2ラウンド目は遊ぶ”という言葉が生まれた。
 さてそんな風に迎えたかがみ対つかさの第3ラウンドであるが、終盤でケンの撃った波動に、リュウがスパコンの真空波動拳を合わせて一気に大ダメージを取り、最後に焦ったつかさのケンのしゃがみ大キックにかがみのリュウがこれまたしゃがみ大キックを差し返して勝負を制した。
 真空波動拳には発生保障があり、でかがりに何かの攻撃を食らっても、弾は発生する。これを中距離で相手が飛び道具を撃った直後に真空波動を合わせると、相手の弾をかき消しながら、相手の飛び道具硬直に真空をヒットさせることが出来る。
 かなり高い反応速度を求められるのだが、相手の飛び道具をうつ癖などを見抜き、そして予め「ここだ!」というところで波動2回というコマンドだけ入力しておき、相手が飛び道具を撃ったのを確認してパンチボタンを押すのである。
 大ダメージを奪える上に見た目に派手であり、かつ”してやったり”という感じが非常に強いため、リュウに限らずとも弾抜けスパコン、ウルコンを狙っていくプレイヤーは非常に多い。スト4の『華』のひとつと言える。
「とまあ、だいだいこれくらいのレベルだけど、どうかしら」
「……驚いたよ。本当にやり込んでいたんだね。普通一ヶ月そこらでここまでになれる人はそうそういないと思うよ。どれくらいプレーしたの?」
「うーん。オンライン対戦で3500戦くらい。プレー時間で200時間くらいかな。お姉ちゃんと私で交互にオンライン対戦してたから、一人あたりその半分くらい。結構やったよね」
「平日は学校から帰って夜までずっと。休みの日は一日中やってたくらいかしら。一ヶ月、っていう期限を自分で切ったから、とにかくそれまでに動かせるようにならないと」
 動かせるように、というか……。
 飛ばれない波動の打ち方。
 きっちりと引きつけて出すしゃがみ昇竜。めくりに対応する振り向き昇竜。
 差す、差し返す、置いておく、の3すくみを理解した地上戦。
 安い当て投げに頼らない立ち回り。
 リスクリターンを考慮したゲージ管理。
 ここぞというところで暴れていく度胸と読み。
 攻めと守りのバランスの良い”格好いい”立ち回り。
 先程の真空波動拳のような一発逆転を狙っていくしたたかさ。
 しゃがみグラップ、遅らせグラップ等の守るためのテクニックと知識。
 遅らせ投げ、遅らせ昇竜、詐欺飛び、すかし下段という、攻めるための知識とテクニック等々……。
 すべてが完璧に機能しているわけではないし、コマンドミス等あるものの、それらは間違いなくスト4における必須テクニックであり、その重要性と理論を理解し実戦で活用できることは、スト4を戦い抜く上ではずせないものだ。
 それを彼女たちはよく一ヶ月で吸収したものだと、こなたは関心する。こなたとしても、それらすべてをきっちりと機能させられるわけではないが、勝率を上げるために必要に迫られて吸収していった要素たちだ。
 間違いなくこなたと、そして柊姉妹は同じ実力ステージにいる。
「みゆきの腕前も見てみたいわ」
 かがみがそう切り出し、それではという形でこなたとみゆきが対戦することになった。こなたはサガット、みゆきはバイソンを選択する。
 どちらもスト4では強い部類のキャラクターであるが、スキのない強さをほこるサガットとは異なり、バイソンにはいくつかの弱点もある。
 バイソンのダッシュ系の技は、EXとすることでアーマー状態、つまりセービング状態判定を発生させることが出来、たとえば飛び道具を一段かき消しながら突進することが出来る。これは球持ちキャラにとって驚異となるのだが、サガットの立ち大キックが二段技であり、セービングを潰すのである。間合いを取りたがる球持ちに対するゴリ押しとしてのEXダッシュ系が機能しにくいのだ。
 また、ターンパンチというパンチボタン三つ(もしくはキックボタン三つ同時押し)→ボタンを離すという少し特殊な入力の必殺技があるのだが、これが発生時に飛び道具無敵となる技である。これにより弾を抜けつつ突進技を当てることが出来るのだが、発生が少し遅いため、飛び道具の回転率の良いサガットに対してうつと、飛び道具を抜けてもタイガーアッパーカットで返されてしまう。
 とまあ色々と不利はあるものの、バイソンは体力値も平均より少し高く、攻撃力もかなり高い。間違いなく最強キャラであるサガットに対しても、それなりには立ち回れるキャラである。
「お手柔らかにお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
 まるでお茶かお琴の習い事か、という雅な挨拶をみゆきは交わす。たしかに今のみゆきならば、「趣味はなんですか」と問われ、お茶とお琴とスト4を少々とでも(そういう機会があれば)見合いの席で答えそうではある。
 さて、こなたのサガットは比較的アウトレンジで戦うオーソドックスなタイプだ。遠目で飛び道具を散らして、焦れて近寄ってきた相手は蹴り技とタイガーニーで追い返す。相手のスキにはきっちりとワロスコンボを入れてダメージを取っていくという、よく言えばオーソドックス、悪く言うと”量産型”と呼ばれるスタイルでもある。
 それが決して悪いわけではないのだが、各キャラともに強い攻め手はだいたい決まっていて、それに終始すればそれなりに強い。しかし、それでは見た目に新しくないため斬新さに欠ける。プレイヤーたちは決してそんな風に揶揄したりはしないが、動画のみ見て実際にプレーしない人々には、そういった見た目に斬新さのないプレイヤーを”量産型”と揶揄することもある。
 たしかにベーシックな攻め手だけでは進化はないが、それは誰しもが通る道だ。基本なくして応用や発展はありえない。そして、ベーシックを会得するのだけでも、どれほどの苦労が必要なのかを知らないだけなのだ。
 特に、この一ヶ月でかがみとつかさが会得したのは、極めてベーシックな戦い方だけだ。かがみの読みやつかさの目の良さ、反応の鋭さなどは人目をひくかも知れないが、彼女たちも、そしてPP3000当たりで日和っている筆者も十分に量産型である。
 さて、みゆきの腕前であるが、2週間ほど前にはこなたに及ばなかったが、今ではかなり肉薄している──というより、十分に五分れる腕前に進化していた。
 もともと、知識に裏打ちされた理詰めの動きをするみゆきだったが、それがさらに詰められている。
 サガットのタイガーショットは、セービングか垂直ジャンプ、もしくは弱ヘッドですかして遠距離でゲージを貯めつつ、じりじりと間合いを詰めていく。
 そんなことをラウンド開始から40秒も続けると、両者ゲージが二つほど貯まるのだが、ショットをセービングしていたおかげで、バイソンのウルコンゲージは60%ほど溜まっている。
 ──バイソンのウルコンゲージが溜まっていることは、イコールとして、”ダッシュウルコン”という抑止力が発現したということに他ならない。これは飛び道具キャラにとって驚異となる。
 後ろタメ→前→後ろ→前プラスパンチボタン三つ(キックボタン三つでアッパー始動)というコマンドで、ウルコンのバイオレンスバッファローが発動する。これは中距離ならば弾抜けウルコンとして機能するが、遠距離ではさすがに届かない。
 ところがこのダッシュウルコンというテクを用いることで、前ダッシュからウルトラコンボが出せるのである。
 後ろタメが必要なのに、前ダッシュから出せるというのは一見矛盾だが、後ろタメ→前前→後ろ→前という風に、コマンド中に前入力二回を挟むことで、ダッシュからウルコンが出せるのである。前ダッシュ分相手側に間合いを詰められるため、ウルコンが届くのだ。会得にはそれなりの修練が必要となるテクだ。
「みゆきさん、ステウルコン出せる?」
「さあ、どうでしょう」
 そんな口プレーも飛び出す始末である。ちなみに、前ダッシュは前ステップとも言われるため、ステップウルコン、つまりステウルコンと言われることもある。
 そんな感じでウルコンの抑止力をちらつかせていたみゆきだったが、結局1ラウンド目は、タイガーショットをターンパンチで抜けたところに、きっちりそれを見ていたこなたがアパカをヒットさせ、こなたが取った。
「あのタイミングならヒットさせられたはずですが……」
「ボタン離すのが遅れたんじゃないかな。タンパ貰ってたら、スパキャンでスパコン食らってたから、負けてたかもね」
「ふむ……技術が追いついてないですね」
 きっとみゆきは、それはそれはスト4について調べたのだろう。しかし、さしものみゆきも、それだけで腕前のすべてをカバー出来ないらしい。
 そんな感じで迎えた第二ラウンドに、みゆきはスタイルを変えてきた。ダッシュ系を比較的多用していた1ラウンド目とは異なり、コパンからの当て投げや、コパンからの投げと見せかけたグラ潰し立ち大キック等でダメージを取っていく。
 しかしこなたもやられっぱなしではない。コパンからのグラ潰し読みのアパカから、ワロスまでつないで大ダメージを取る。
 ワロスコンボ──というか、サガットのウルトラコンボのタイガーディストラクションであるが、当てたあとに間合いがおもいっきり離れるのがサガットにとって強みと言える。ワロスで大ダメージを取ったあと、さらに遠距離戦のシューティングゲームをすることが出来るのだ。食らった相手は、また一から間合いの詰めなおしとなるため、精神的ダメージも大きいのである。
 こなたはその強みを生かし、ワロスのあとでグランドタイガーショットを放ったが、二度目のショットで画面が暗転する。
「Don't escape!!」
 前ダッシュからバイソンがウルトラコンボを放つ。みゆきの前ステウルコンだ。100%『ウルコンゲージの溜まったウルコンであるため、さしものサガットといえど大ダメージを負う。バイソンのウルコンは画面の端まで相手を持っていく上、技後間合いが離れないため、続けざまに攻めることが出来る。みゆきはサガットの起き上がりに、詐欺飛びの飛び込み大キックを仕掛けたが、それは詐欺飛びになっていなかった。わずかにタイミングが遅れていたため、発生5フレのEXアパカを詐欺れなかった。
 結果として飛び込みは返され、EXアパカ200のダメージを負い、みゆきのバイソンは敗れた。
「みゆきさんも凄く強くなってるね。色々、すごい惜しかった」
「計算では1,2ラウンド目共に勝っていたはずなんですが……」
「まあ、そうならないのが格闘ゲームだよね」
 1フレームの遅れがすべてを変える。知覚すら難しいその60分の1という時間が、あらゆるすべてを支配するのだ。
 しかしこの場にいる誰もが実感していたことだが、皆の動きが固い、ということだった。かがみとつかさは久しぶりの対戦だったし、みゆきとこなただって、そんなに対戦回数をこなしたわけじゃない。同じ相手と何度も対戦を繰り返すことにより”人読み”が入り始め、それくらいになると本当に対戦は楽しく、そして熱く高度になっていくのだが……。
「それじゃ今度はこなたとやりたいわ。準備はいい?」
「いつでもおっけー」

 ──勝敗は一度だけで決まるわけじゃない。何度も何度も勝利と敗北を繰り返してきてようやく見えてくるものだ。かがみはそれに気づいた。この一回だけで決まるわけじゃない。
 だからなのだろう。かがみは不思議と心が落ち着いていて、ともすれば”負けても別にいい”という気持ちになっていた。それは本来の負けん気の強さとは別のことだ。負けそうなときに”負けたくない”と強く思うのが柊かがみである。だからそれは、負けん気とは別の物。
 あるいはもしかして、それはかがみの”弱さ”だったのかも知れない。知らず知らずのうちの自分への言い訳だったのかも知れない。勝ち負けだけがすべてじゃない、だなんて、結局はていのいい言い訳なのかも知れない。
 そのとき、かがみの隣に座っていたつかさが、こっそりとかがみに耳打ちした。
「がんばって、お姉ちゃん」
「つかさ……」
 そうだ。これは私だけの戦いじゃない。たしかに勝ち負けは一回きりでは決まらない。仮にかがみがこの試合で勝ったとしても、その後で5連敗するかも知れない。ならば最初の一勝程度、いったいどれほどのものだというのだろう。
 しかし、あの日から今日までの一ヶ月。血の滲むような特訓を繰り返したのは、間違いなくこの日のこの戦いのためのものだ。だとすればその一勝は、きっとこの一ヶ月に対する何かしらの答えを内包しているに違いない。
 そしてその答えは、かがみだけのものではない。一ヶ月苦楽を共にした妹のものでもある。ならばその答えを、より良いものにするのが、そしてしてやるのが、姉としてのそして自分自身の戦いである。

 かがみはアーケードスティックをこちこちと操作する。手触りは自分のものと同じだ。いつもと同じように、しかし確かな決意を持ってリュウを選択する。この一ヶ月、ひたすらに戦い抜いてきた自分の半身だ。
 こなたはサガットを選ぶ。サガットは紛れもなくスト4最強のキャラだが、リュウも相当に強いキャラであり、しかもロングレンジでの弾の打ち合い、中距離での読み合い。そして近距離では大ダメージのコンボを狙えるという、スト4における”花形”といえる組み合わせの戦いだ。弾の回転率、コンボダメージ、単発通常技の威力、そして体力もサガットが一歩上回ってはいるが、技量と戦略、そしてメンタルによりあらゆる結果に転ぶ可能性のある組み合わせだ。
「泉さん、かがみさんは対空出ると思いますから、うかつな飛びは禁物です」
「そうだったっけ?」
「先ほどのつかささんとの戦い、おそらくかがみさんは、わざと対空を控えていたように見えます」
「策士だねー。リアル立ち回りも様になってきてるわけ。なるほどなるほどー」
 つかさが”かがみ寄り”なのを見て取ったか、みゆきがこなたのセコンドのように振舞う。
「こなた」
 かがみはこなたに言う。
「ん?」
「接待プレーはなしよ」
 こなたは、目が線になる特有の表情で答える。
「もちろん」
 と。


らっきーストリートファイター7

ж 前日の続き



 「そうね。だからつかさは、明日から私を目標にしなさい。私と戦って勝ったり負けたりするのが楽しいのは知ってるでしょ」
「そういえば、最近ずっとネット対戦ばっかりだったね」
 ずっと勝つために闘うのには途方もない疲労が伴うだろうし、また彼女たちはそういうことを意識するレベルでもない。
 知らない誰かではなく、顔の知ってる人や身近な誰かと戦って、そして勝つこと。それは勝って終わりではないし、また負けても終わりではない。それは今のご時世、ネット対戦でも出来ることだが、よく知っている相手、手の内を知っている相手ならばより楽しめるだろう。
「私とつかさで戦う場合、白星がどちらかに圧倒的に傾くってことは絶対に有り得ないと思うのよ。かならず勝ち負けを繰り返していくことになると思う。でもそれは、飽きたり諦めたりするものなのかと言われると、決してそんなことはない。負けた次の試合にリベンジの機会が必ずあるから。次に勝つことを目的にすれば、諦めだって諦めじゃなくなる。諦めばかりが続く絶望はない。たぶんゲームセンターだと普通にそうなのだと思うけど、家庭用のネット対戦だと、「誰それに勝つ!」とはなかなか思いづらいところはあるわよね。だからつかさは、私を目標にしなさい。飽きたり、諦めさせたりは絶対にさせないから」
 つかさと戦うとなると、その瞬間から”絶対に飛んではいけない格闘ゲーム”になるから、逆に絶望するのはかがみかも知れないのだが、そう断言しておいた。
 つかさの悩みがそれで解消されたわけじゃない。ネット対戦に飽きかけているのは揺るぎようのない事実なのだろう。かがみにはその事実を取り除いてやることは出来ないし、共感してやればそれなりの癒しにはなるだろうが、それはウソになる。なぜなら共感はしていないから。かがみはネット対戦に飽きてはいない。
 しかし、それとは別の楽しみや新しい考え方を提供することは出来る。私を倒してみろ、きっとそれは面白いぞ、と。
 スト4を買って一週間くらいは、ひたすらに姉妹対戦を繰り返したものだが、あれから知識や技術が劇的に変化している。中足波動しか出来なかった、ほとんど同じようなかがみのリュウとつかさのケンは、今では同じ部分を探すのが逆に難しいほどに違うスタイルを確立している。
 その当時でも面白かったのだから、今では言葉にできないほど面白いに違いない。同じくらいのレベルの相手と闘うのがなにより格ゲーは楽しいのだから。
 もちろん、かがみは姉としての威厳があるから、対戦しよう、やれしようと駄々っ子のようなことは言わない。この一ヶ月、つかさと対戦したいなと思ったことは幾度もあるが、口には出さなかった。
 だからあんたが駄々っ子になりなさい──と言っているようなものだ。我ながら自分勝手な言い分だが、聞く耳は持ってもらえてると思っている。ふだんそれなりに良い姉でいるつもりだし、つかさはまあまあ素直な妹なのだから。
「お姉ちゃん、いまからしようよ」
「ごめん。私そっちの趣味はないの」
「あはは、ちがうよー」、
 もちろんつかさが言うのは、スト4のことだ。時刻は夜中の1時の少し前くらい。対戦出来なくはないが、それはちょっと安易だ。それこそ”甘え”だろう。
「今日はもうダメ。明日学校があるんだから」
「……お姉ちゃんもしたいくせに」
「なにか言った?」
「ううん、なーんにも。おやすみなさい」
 つかさは、かがみの胸に顔をうずめるようにして潜ってしまった。やれやれという感じである。結局つかさが何を話に来たのか分からず終いだった。
 かがみも目を閉じる。考えるのは明日のことだ。
 明日こなたの家にお邪魔して、この一ヶ月の成果を試してみるわけだが、別に特別なことじゃない。友達の家にちょっと遊びに行くだけだ。
 何も特別なことはないし、特別のように振舞われてもこなたが迷惑なだけだろう。きっかけはこなたの家でスト4を触ったことなのだが、それもよくあることだ。友達が遊んでいるゲームを見て、自分もやり込んでみたくなったと。
 だから明日は、学校帰りに友達の家に寄って、ゲームで遊んでくるだけ。

 ──なんにも特別なことなんてない。なーんにも。


らっきーストリートファイター6

 らっきーストリートファイター4


 第五話『特訓 その4』


 

 かがみとつかさがスト4を初めてから3週間が過ぎた。
 もしかしたら彼女たちは意識していないかも知れない。この3週間の彼女たちの歩んできた道のりは、あまりにも密度の濃いものだった。
 まずは実践する。よく分からなくとも取り敢えず真似てみる。すると、試合により上手く機能したりしなかったりすることがある。その時は姉妹で協議に入り、分析をする。理解力のあるかがみの真骨頂と言えた。
 良かった点や悪かった点。それらに対する具体的な理由を上げ、良いものはどんどんと取り入れ、悪かったものは修正していく。
 また、ここでこうすれば良かった、ああすれば良かった、という理想もどんどんと詰めて行った。実際にその段階で出来るかどうかはそれほど問題ではない。今後のプレーにおいて意識していくことが大事なのだ。いくら理論を知っていようと、身体が慣れていなければ出来ない。だから意識していくことで少しずつ馴らしていくのだ。
 コンボやセットプレーは主にウィキを参考にした。スト4の動画は世にたくさん溢れていることは知っていて、かがみもつかさも興味を大いに持っていたが、彼女たちにはなによりも時間がない。オパヤという名のニコニコ動画ユーザーがアップしていた、スト4実況プレーをひと通り見るくらいしか時間がなかった。目指す方向性は少し違ったが、軽妙な語り口と、未熟ながら見切りのいいプレースタイルは、オンライン対戦に明け暮れていた柊姉妹にとっては一服の清涼剤だった。対戦もしてみたかったが、オパヤ氏はXBOXユーザーであったため、残念ながら叶わなかった。
 ともあれかがみはリュウを、そしてつかさはケンをひたすらに磨いていった。
 だから彼女たちは客観的に見て自分がどれくらいの腕前なのかを正確には把握していないが、こなたのサガットはすでに手の届かない存在ではなくなっているという自覚はあった。
 そう。彼女たちはとっくに初心者を脱却し、初級者という枠も飛び出していた。いつの間にか彼女たちは、中級者となっていたのである──。


  ◇


 その日かがみは、いつになく相手の動きがよく見えていた。苦手な昇竜拳もばしばし出るし、嘘みたいに読みも当たる。その時かがみが戦っていたのは、春麗(チュンリー)という名の中国人の女格闘家だ。「格闘ゲームのヒロインといえば?」という質問に対して、それなりにゲームを知っている人間ならば9割が彼女の名を答えるだろう。それほどに有名で人気もあり、またプレイヤーも多いキャラである。スト4のひとつ前の正シリーズ作である、ストリートファイター3サードストライクでは、高い火力と機動性。使いやすいリーチに、反確やコンボに活躍するスーパーアーツ(スパコンと同じようなもの)、鳳翼扇により、最強と目されていたキャラクターであった。さすがにスト4ではその強さは影を潜めたものの、機動性と使い勝手のいい通常技。百裂脚をからめたラッシュ力など、非力ながら使ってて楽しいキャラに仕上がっており、変わらぬ人気を博している。
 オンライン対戦相手の春麗対かがみのリュウ。試合は一進一退の模様を見せていたが、かがみには余裕があった。
 相手の春麗は、苛烈にせめて来るスタイルではなく、どちらかというとじっくりと立ちまわる戦いだった。弾速自体は遅いながら、発生後のスキの少ない飛び道具の気功拳を盾にし、発生が早く当たりの強い通常技で少しずつダメージを取ってくるタイプだった。遠目と近目で使い分けることで通常技は良質の対空として機能し、また、ノーマルではコンボパーツにしか使えない突進系のスピニングバードキックは、EXとすることでその場で無敵時間を持って発動する強い対空となる。気功拳を見てから飛び込むとそれらの対空とうまく噛み合ってしまうため、おいそれとは近づけない。加えて、リーチ、判定、そして威力ともトップクラスのしゃがみ大キックも牽制やそして何と姿勢の低さから対空としても機能するため、非常に”触りにくい”キャラクターである春麗。焦って近づこうとすればするほど、逆にダメージをもらってしまうことも少なくない。
 しかしかがみには余裕があった。相手は春麗の防御力をうまく引き出していたが、守る戦い──つまりじっくりとした立ち回りによりすすめる試合は、なによりかがみが得意とするところだったのだ。
 空中前転のような軌道でかかと落としを見舞う中段技、覇山蹴。また、発生から完全飛び道具無敵の突進系ウルトラコンボ、鳳扇華。春麗にはリュウの主力である波動拳を無力化する技を備えているが、覇山蹴はブレイク属性ではないため、セービングに弱い。また鳳扇華対策としては、そもそも波動拳を撃たなければいい。覇山蹴を見てからセービングを出せるほどの反応速度をかがみはまだ持っていなかったが、要所で読んでセービングを”置いておく”ことで、的確にダメージを奪っていく。体力値の低い春麗は、ダメージレースで負けやすい。同じ数だけ殴り合えば、自然と体力差で有意に立てるのだ。
 1ラウンド目をかがみ。そして2ラウンド目は相手が取った。実力の伯仲した好勝負は3ラウンド目に縺れ込み、そしてかがみにはひとつの狙いがあった。
(ここだっ)
「覇山蹴!」
 かがみの狙ったポイントが訪れるのと、つかさが叫んだのが同時だった。セービングを発動し覇山蹴を受け止めたかがみは、きっちりとぎりぎりまで溜めて、覇山蹴のスキで無防備な春麗にセービングアタックのレベル2を当てた。くずれ食らいとなった春麗に、かがみは落ち着いて大ゴスを決め、そこから大昇竜拳につないで大きなダメージを取る。繰り返すが、春麗は体力値が平均よりかなり少なく、リュウやケンの1000という数字に対して、春麗は900だ。豪鬼より50多いものの全キャラ中最も少ない部類である。あっという間にリュウとの体力差が開く。
 しかし、かがみの狙いは起き攻めにある。
 相手の起き上がりと同時に飛び込んだかがみのリュウ。春麗にはEXスピニングバードキックという、表もめくりも返せる高性能な対空があるのだが──。
 リュウは春麗の起き上がりに重ねるようにして、飛び込み大パンチを繰り出した。ダウン起き上がりということで下溜めの完成していた春麗は、EXスピバを繰り出した。しかし何故かリュウの飛び込み攻撃はそのとき出終わっており、すでにリュウは地上に着地しておりかつ、発生していたEXスピバをガード出来てしまった。天地逆さになり両足をヘリの羽のように高速回転させて相手を巻き込むという大道芸のようなEXスピニングバードキックはたしかに優れた対空技だが、発生が6フレームと少し遅めなところが欠点である。
 EXスピバがむなしく空を切る。予めそれを狙っていたかがみは、待っていましたとばかりに昇竜拳を繰り出した。序盤で丁寧に気功拳をセービングしていたかがみのリュウはすでにウルコンゲージを50%以上溜めており、かつスパコンゲージも今の一連の起き攻めの流れの最中で2ゲージが溜まっていた。今ここでそれを吐き出さない理由は何一つ無かった。
 かがみはそのヒットしていた昇竜拳をセビキャンする。春麗が画面端を背負っていたため、間合い調整のためEXセビ後にバックステップをし、かがみは勝ちを確信する。選ぶのはただひとつ。ウルトラコンボの滅・波動拳だ。しかしここでまさかの事態に遭遇した。
『昇ー竜ー拳!!』
「あぁーっ!」
 リュウが繰り出したのは、滅ではなくてEX昇竜拳だった。まさかの暴発にかがみが悲痛な声を上げる。滅の入力が甘かったりすると、似たコマンドであるEX昇竜拳がよく暴発するのだ。とはいえスカリはせずに、ちゃんと追撃はしてくれる。ダメージは無いようなものだが。
 まさかのコマミスに悶絶したかがみだったが、春麗との体力差は相当に開いてたし、相手を画面端に押し込んでいる状況は変らない。まさかのオチがついたものの、その後春麗を画面端から出すことなく勝利した。
「お姉ちゃん。今の詐欺飛びかなりギリギリだったね。EXスピバ詐欺れるギリギリだった。もしかして狙ったの?」
「まさか。偶然よ。ていうかあんたの目はどういう仕組してんの?」
 まるでフレーム単位でコマ送りしているんじゃないかという疑念すら湧きかねないつかさの目の良さに、半ば呆れともとれる表情をあらわにするかがみである。

 柊姉妹が話しているのは、かがみのリュウが最後に仕掛けた起き攻めの飛び込み攻撃のことだ。
 飛び込み攻撃をダウンした相手の起き上がりかつ、着地ギリギリに当たるように出すと、相手がガードしていた場合こちらの飛び込み攻撃をガードさせられるのに、相手が発生4フレーム以上の対空技をだしていた場合、起き攻めを仕掛けた側が、その対空技をガードできてしまう現象である。
 全てのキャラには、飛び込み攻撃を出した場合の着地に2フレームのスキがあり、着地して3フレーム目からガードなり何なりの動作受付時間が始まる。つまり相手が無敵対空をだしていても、それが4フレーム以上の発生である技ならば、着地後3フレームの動作受付時間が先に訪れるため、ガードが間に合うのだ。
 この現象を生じさせる飛び込み攻撃のことを、詐欺飛びと言う。応例として、起き攻め側がこれを成功させた場合、「詐欺った」などと言い、またされた側は「詐欺られた」と嘆いたりする。
 当てるつもりで出した対空技がスカってしまい、相手はガード出来たあげく自分は対空技で上昇し、スキをさらしてしまう。
 ちなみにこれは簡単なテクニックではないが、そこまで難しいものでもない。相手の起き上がりにぴったりと重ねて飛び込み攻撃を重ねるが難しいため、きっちりと詐欺るのは難しいのだが、相手もこちらも何もかもフレーム単位で画面が見えているわけではない。相手だって「あ、これ詐欺かな」ととっさに判断すれば、それが完全な詐欺飛びでなくとも対空技を自重する。1フレーム遅れたところで現実としてはそこまで大きな差がないのだ。
 この、詐欺飛びっぽいけど実際には1,2フレーム遅れている飛び込み攻撃を、準詐欺飛びという。こちらも有効なテクニックである。対空で返せると踏んで出したのに返せない。一種の騙しのテクニックであるため、詐欺などと呼ばれている。イメージの問題で、公式には安全飛び込みと言われている。
 覚えておかなければならないのが、あくまで4フレーム発生の対空までしか詐欺れないということだ。リュウの昇竜拳は発生3フレームのため、飛び込み攻撃をガードさせられるギリギリのタイミングで飛び込んだとしても、こちらの着地のガードが間に合わずに昇竜拳を食らってしまう。リュウの昇竜拳が、完璧な対空である所以がここにある。とはいえ、ギリギリのタイミングよりほんの少し早く飛び込んだりすれば、昇竜拳をガードすることが出来て、事実上詐欺ることが可能だ。だがこの場合、相手が昇竜を出していなかった場合、飛び込み攻撃をガードさせることが出来ない。
 さてこの詐欺飛びであるが、大目的として相手の対空を誘うのがあるが、詐欺られるのを警戒して対空を出せない相手に飛び込み攻撃をガードさせ、そこから継続して地上から攻めていくことが、主だった用途となる。詐欺狙いでなくとも、相手の起き上がりに重なるめくり攻撃などは、たとえタイミング的に返せるものであろうと、位置の問題などで対空を出しにくい。リュウケンでいえば両対応昇竜で明らかなめくりは返せるが、真上の跳込攻撃など返すのはなれた人間でも難しい。
 かがみとつかさはこの、起き上がりギリギリの飛び込み攻撃からの起き攻めにより、一気に攻め能力を向上させ、勝率をぐんと伸ばした。それまで有効活用していなかった一方的に攻めることの出来る瞬間を利用しはじめたのであるから、それは純粋な戦闘力の向上である。
 ちなみにつかさは、詐欺飛びには絶対に引っかからない。今しがたのかがみが最後に仕掛けた詐欺飛びは、EXスピバだから成功していた。これが発生4うレないし5フレの対空なら、返されていたはずだ。それを見分けられたつかさは、1フレ2フレの世界が見えるのである。
 しかしこちらから仕掛ける起き攻めとなると、手の上手さ、タイミングの測り方などが絡んでくるため、見えるだけではどうしようもない。

 かがみはここのところ、要所で詐欺飛びを仕掛けてダメージを奪っていっている。常に詐欺っていっても効果は薄い。準詐欺やめくりなどと併用することで相手をたくみに騙すことが出来る。もちろん狙っていくのは、ゲージが溜まっている大きいリターンを得られるときだ。
 この詐欺飛びと、めくりなどによる起き攻め。そして地上戦において要所で”置いておく”しゃがみ中パンチがヒットしていた時に、ヒット確認して大足払いなどにきっちり繋いでダメージを取っていき、ガードされていたら再度の中パンチか歩いての投げ、もしくはゲージがある時は歩いての昇竜で、有利な流れをつくりだしていくこと。そして、ここのところようやく安定のきざしを見せ始めた対空昇竜と、画面端をからめた滅まで持っていくコンボ精度を高いレベルで維持すること。
 加えて堅実な間合い取りと、絶対に”焦れない、日和らない、諦めない”の不屈の精神で勝率を高めていく。相手の癖を見抜くことや、勝負の仕掛けどころの見極めなど、全体的な読み合いを勝つことが多いのもかがみの特徴だ。真面目で優等生なかがみを表したようなリュウである。
 ……このように書くとかがみのリュウは鬼のように強く、連勝につぐ連勝を重ねているようにも見えるが、決してそういうわけではない。ひところ意識してやるようにしていたが、地上での刺し合いがある。間合い取りは上手いかがみであるが、これといって目と反応がそれほどでもないところがネックになる。相手の下段を見てから大足払いで蹴ろうとしても、出し遅れて結局スキを晒す、なんてことが多い。結局5分くらいかがみは悩んで、出した結果として、「無理に大足出さない」という結論だった。リュウの大足はリーチ、判定、発生フレームともに高品質で、なによりしゃがみ中パンチからつながるほど万能な技だが、ガードされた場合のスキがとてつもなく大きい。大足を飛ばれるのと波動拳を飛ばれるのと大差ないほどのスキがある。
 これを例えば刺し合いをよく知る人が聞けば、差し返しを狙わなくなったのだな、と理解できる。概ねどのキャラもそうだが、大足は差し返し技として有効である。とはいえ出し遅れるくらいならいっそ出さない方がマシである。
 基本的に刺し合いにはあまり付き合わない……というより、”付き合っているフリ”をしているかがみである。波動まいて昇竜で落とし、起き攻めからダメージを取っていく。地上戦は慎重に我慢強く。それだけでもそこそこ勝てるかがみのリュウだが、それこそ刺し合いから攻めの起点を作るのが上手い相手と戦う場合、それだけでは勝てない。だから刺し合いに勝てずとも、簡単に足払いで転ばされない程度の駆け引き、間合い取りの調整は行い、慣れるようにしている。基本的に互いに刺し合いを制そうと目論んでいるときは、ジャンプしないしまた、間合い調整中の”お互いの足が届かない間合い”であるときは、相手のジャンプには対応できるようそれなりに上を見ている。飛んでくれば昇竜で落とすだけだが、基本的にどちらも飛ばない。これが何を意味するかというと、中距離で撃つ波動拳を相手にガードさせやすくなるのだ。ただ撃っても相手は飛んでくる。刺し合いに付き合うフリをして波動拳を撃つことで、相手に波動拳をガードさせることが出来る。また、相手が前に出てこようとするところと噛みあえば、ヒットさせることも出来る。そうしてダメージを蓄積させ、焦れた相手が飛んできたらしめたものだ。昇竜拳で迎撃し、そこから詐欺飛びをからめた起き攻めを仕掛けていくのだ。画面端なら滅まで繋ぎ、ダメージを奪っていく。起き攻めからは時折投げも狙って行って、相手に狙いを絞らせないことも大事だ。基本的に常に2ゲージは持つようにして、相手に昇竜セビのプレッシャーを与えつつ攻めて行く。守る場合には、わざと2ゲージたまるギリギリにゲージを維持し、飛んでいた相手に昇竜拳を当てて、ゲージが2つ貯まるように調整したりもする。何度も通用する手ではないが、セビ滅まで繋げられるからリターンはでかい。
 基本的に”見てからどうこう”というのをやらないかがみだが、しゃがみ中パンチを刺し合いの最中に”置いておく”ところから、ヒットしているのを見てから大足払いにつなげていくことは意識している。これは見てから行う差し返しとは異なり、相手が技を差してきたくなる直前に、判定、リーチ、そして威力に優れ、そこからコンボにも繋げられるという驚異の汎用性を誇るしゃがみ中パンチを置いておくのだ。相手の技を一方的に潰すことが多く、リュウ使いが頼っていい技である。波動や昇竜と同じくらいにリュウを使う上で重要なことだ。
 ──仕上がってきている。そう、かがみはこのところそう実感する。大雑把に言うなら、色々なことが上手く噛み合ってきているのだ。
 しゃがみ中パンチでの地上戦の合間に撃つ波動拳を嫌がって飛んできた相手を昇竜で落とす。ダウンさせたら詐欺飛びをからめた起き攻めから滅まで繋いで大きいダメージを取っていく。刺し合いには付き合うフリだけで本命は常に別のところに置く。勝たずとも負けないように刺し合い、ひいては地上戦を進め、チャンスで大きいダメージを取っていくのだ。
 まだまだ出来ないことはたくさんあるし、例えば中足波動が入った場合、勝負を仕掛けていく局面では波動をEXセビして前ステップし、大足払いでダウンを奪う。そこから起き攻めを仕掛けていく、というような状況確認は出来ない。しかし、出来ること全てが手に取るように理解出来、そして実戦できる。こういう言い方はまやかしでしかないが、かがみのリュウの出来ること全てを累算すると1000という総合的な能力となるとするなら、対戦相手にもよるがだいたい900の力は発揮できる。ゆえに「仕上がってきている」というかがみの実感である。
(そう、仕上がってきている……これなら)
 そこかでかがみは考えて、この一ヶ月の特訓が一体なんのためだったのか一瞬忘れかけていたことを思い出す。
 こなたのサガットに勝つこと。それが最も優先されるべき大目的だったはずだ。初めの頃はたしかに意識していた。しかしやがてそれを意識することはあまり無かった。スト4というゲームを、純粋にゲームとして楽しんでいる自分がいたから、というのがある。しかし、それだけではない気もする。楽しいというなら、他にも楽しいゲームはあるのだから。
 少し考えて、かがみはその疑問を保留にした。スト4はアイテムを集めたりレベルを上げたりするゲームではない。ここのところ新しく得たことといえば、スト4の知識とテクニックだけだ。今自分の中に湧いた疑問もきっとスト4に関することなのだろう。ゲームのことで、かつ即物的なアイテム収集などでないならば、自分の中の疑念はきっと哲学的なことだ。
 かがみは考え事は苦手ではない。もう少し考えて見ればきっと答えを見つけ出せたはずだが、今は考えるより楽しいことがある。ならば哲学はこの先ふと立ち止まった時の機会までとっておくのも悪く無いだろう。
「よーし私もがんばるぞ」
 かがみの隣では、気勢もあらわに妹のつかさがアケステをいじっている。そう、妹の戦いを見るのも楽しいのだ。
 ぱっと見て似たようなキャラであるリュウとケンを使い、同じコアコパ昇竜からスタートした姉妹の片割れが扱うケンは、今ではかがみとはかなり異なるスタイルを確立しつつあった。


  ◇


 つかさがオンライン対戦でマッチングした相手は、ザンギエフというキャラクターだった。いわゆる”投げキャラ”と呼ばれる枠のキャラクターであり、ストリートファイターシリーズが格闘ゲームの草分け的存在であるのと同時に、シリーズの基礎を形作ったスト2から登場し続けているザンギエフは、今日びどの格闘ゲームにも一人は存在する投げキャラという存在の草分けである。
 レスリングを発展させたスタイルで闘うザンギエフはその巨躯に見合った鈍重な動きであるが、一発一発の攻撃が非常に火力が高いこと。一回転コマンドという独特なコマンドの投げ技もまた火力が非常に高いことと、投げであるから相手のガードを無視してダメージを通せるところなど、非常に玄人向けでストイックなキャラデザインでありながら、その”ワンチャンス性”から常に一定の支持を受け続けているキャラクタだ。
 スト4においては、高い火力もさることながら、これまた高い体力と、簡易入力による一回転コマンドの出しやすさ。また2回転コマンドという難しい入力を必要とするものの極めて高い威力を誇る投げ技のウルトラコンボ。そして、ちょっと普通じゃないくらいに強い判定と威力を誇る、割り込みや対空に使えるダブルラリアットという技を持つところから、全体的に見てかなり強いキャラクターに仕上がっている。初心者同士の戦いなら、レバーをぐるぐる回しているだけで勝てることもしばしばだ。もちろんかがみやつかさが今いるプレイヤーレベルのステージではそれだけで勝つことは出来ないが、強いことには変わりはない。つかさが相手にしているのは、そういうキャラクターだった。
 一般的にこの戦いは、ザンギエフがかなり有利とされている。其の鈍重さから球持ちキャラを苦手とする。回転率のいい波動拳と昇竜拳を持つリュウ。端に追い詰めても逃げ竜巻で逃げることが出来る。加えて斬空波動や阿修羅で逃げられる豪鬼や、極めて高い飛び道具回転率と上下の撃ち分けが出来るサガットらに不利がつくと言われる。
 しかしケン相手だと事情が異なる。波動拳のスキの大きさにより飛ばせて落とせないケンは、飛び道具を持つが飛び道具キャラとみなされない事が多く、一般的にケン使いは波動をあまり撃たない。飛ばせて落とすよりも、大昇竜締めのコンボを当ててダウンを取り、起き攻めや竜巻コンボ、移動投げを絡めたプレッシャーで相手を密着で押す方が強いからだ。移動投げか、昇竜か。相手にその二択による圧力を与えられれば半分は勝ったようなものだ。
 しかししかし、それがザンギエフ相手だと更に事情が異なる。まずもって密着しないと何も出来ないザンギエフは、”相手に近づくしか無い”キャラ相手にはラクに戦える。遠くで延々飛び道具を撃たれるのがザンギエフには辛いのだ。ケンは飛び道具が弱く近い間合いが仕事場となるため、勝手に近づいてきてくれる。また逃げ竜巻を持つリュウや、加えて阿修羅を持つ豪鬼相手にすると、折角ザンギ側が端に追い詰めても逃げられてしまうことがままあるが、ケンの空中竜巻はリュウなどとは異なり、やや急角度に落ちていくため、逃げ技として機能しにくいのだ。
 そしてケン得意の起き攻めからの昇竜と移動投げだが、そもそもザンギエフはダブルラリアットという対空技が強く、起き攻めやめくりが機能しにくい。仮に飛びが通せたとしても、そこからの地上戦は、一回転投げのスクリューパイルドライバーを出されるか出されないか、ダブルラリアットで割り込まれるか割り込まれないか、という”逆択”になってしまうのだ。二択をからめてプレッシャーをかけているつもりが、逆にプレッシャーをかけられているという状況になってしまう。ケンの通常技と必殺技のダメージは小さくないが、火力に勝ザンギエフ相手には分が悪い。
 さらに限定的な状況だが、ノーマル大竜巻旋風脚は、ヒットさせてもケン側がマイナス1フレームという時間だけ不利を取られる。相手が1フレーム先に動けるのだ。そしてザンギエフのコマンド投げは全て、1フレームで発生する。つまり大竜巻旋風脚をヒットさせた後は、ザンギエフのコマンド投げが確定してしまうのだ。ヒットさせたのに反撃が確定するという理不尽な状況。自分が画面端を背負った状態でローリングアタックを当てた時、相手の反撃が確定するブランカ等の他例はあるにはあるが、ブランカは画面端から逃げ出す手段がなくはないため、そこまで大きな影響はない。
 大竜巻はケンの火力を支えるひとつのコンボパーツで、これを事実上封印されるとそれだけ火力が下がる。
 起き攻めが機能せず、密着での二択は逆択となる。ザンギエフのめくり攻撃や、そこからの通常技あるいはコマンド投げの択は昇竜拳である程度拒否出来るが、つかさとていつもいつも両対応昇竜を成功させているわけではない。対してザンギエフは、ダブルラリアットで飛び込みの起き攻めをほぼ拒否できる。一部でバグレベルだという程、理不尽に強い攻撃判定を誇るのだ。
 基本的にザンギケンという組み合わせは、ケンが詰んでいると言われている。インファイトが強いのがケンだが、ザンギにインファイトを挑むのは自殺行為だ。適度に逃げつつ、間合いを調整しながらのやや消極的な戦い方を展開し、そのやや逃げ気味の相手をザンギ側が追う、というのが一般的だ。高い体力と遅い足というのは、そのために設定されたわけであるのだから。だから、近づいてきてくれるケンを相手にするのは、ザンギ側としては楽である。ケン得意の起き攻めも拒否できるわけだから、ダウンさせられてもそこまで痛くはない。
 ケン側は波動拳で牽制出来るのが強みであり、実際やられるとザンギエフ側としては、それなりに面倒くさい。とはいえリュウ、豪鬼、そしてサガットの飛び道具に比べて性能がかなり低いことが大きな影響を及ぼす。
 はっきり言って、ケンの波動拳はザンギにとって驚異ではない。むしろ撃ってもらったほうがありがたい波動なのである。なぜかというと、互いに遠距離で飛び道具が来れば、弾を抜けられるダブラリでゲージ溜めしつつ逃げたり、あるいはセービングでウルコンゲージを溜めたり出来るがなにより、遠距離同士ならば前ジャンプで飛び越せばいいのだ。その分間合いを詰められる。つまり撃てば撃つほど間合いが縮まるのだ。
 これが中距離となると、少しザンギ側も考える必要が出てくる。いかにケンの波動拳が性能的に悪くとも、見てから飛んでも有効なダメージは与えられない。ある程度読みきって飛び込むのは他のキャラと変らないところだが、ザンギエフの場合、EXのバニシングフラットに弾抜け性能があるため、これを持って波動拳を抜けつつ、ダメージを与えることが出来る上に、EXバニシングは2ヒット目を当てるとダウンさせることが出来る。しかも相手はザンギエフの目の前でダウンするため、めくりからの起き攻めが簡単に出来るのだ。波動を見てからEXバニというのは中距離限定状況であるが、全てを見てから行うのは難しい。よってザンギ側は、中距離戦となると要所要所でEXバニを”仕込んでいる”ことが多い。例えばバニシングフラットなら昇竜拳コマンドプラスパンチボタン。この場合、昇竜コマンドのみ要所で入力しておき、もし相手が波動拳を撃ってきたらパンチボタンを二つ押す、というやり方である。これを”仕込み”という。
 様々な応用が効くテクニックであり、例えば今話しているザンギエフならば他に、かなり近い間合いでの牽制技を振り合っているような状況で、立ち弱キックの後に昇竜コマンドを仕込んでおき、立ち弱キックがヒットしていたら、昇竜コマンドの後にパンチボタンを二つ押す。こうすると、牽制で振った立ち弱キックがヒットしていた場合にのみ、EXバニシングフラットがキャンセルして出て、相手にヒットするという寸法だ。これもまた様々な応用がきくテクニックである。
 もちろんそれはザンギだけのテクではなく、ケンでも同じことは出来る。リュウのそれより1フレーム発生が早く、かつわずかにリーチの長いしゃがみ中キックに波動拳を仕込んでおくというのはリスクが少ない選択だが、ケンの波動は速度が遅いため連続ヒットにならないことが大半だ。ゲージを使ってEX波動としても繋がらないこともあるが、事実上それがメインとなる。突進力のあるEXを竜巻旋風脚ならば少し離れていてもたいがいヒットするが、そもそもしゃがみの相手に竜巻はヒットしない。EXバニもめり込めば反撃確定であるため、それなりにリスクはある。いずれも難しいが、通したときのリターンはザンギが明らかに大きい。
 起き攻めはザンギに分がある。被起き攻めもザンギ。
 手数ではケン。火力はザンギ。
 対空は何も無い状況ならどちらも優れており、起き攻めのめくりなどが絡むとザンギのほうが上となる。
 コンボ性能は五分。昇竜締めでケンはダウンを取れ、ザンギはEXバニ締め(ほぼそれしかないが)でダウンを取れる。
 体力はザンギ。機動力ではケン。
 投げに関しては一概にどうこう言えないが、移動投げとグラ潰しの通常技および昇竜というケン得意の択は、その有用性の半分をザンギのコマンド投げに食われてしまう。ケンの移動投げは、通してからの起き攻めにこそメリットがあるため、それがザンギの拒否能力により機能しないというのはあるが、移動投げ単体でもそれなりに面倒くさい。
 ザンギにとってケンの移動投げは、繰り返すが面倒くさい。
 ケンにとって──というよりどのキャラにとってもそうだが、ザンギのコマンド投げは驚異の一言だ。
 こうして部分部分で推し量ることが必ずしも正しい方法ではないし、正しい結論を得られるとは限らないのだが、実際にケンとザンギエフが戦うと、ケン側としては本当にやることがない。安定してダメージを奪えるのは、牽制でのしゃがみ中キックと、対空中昇竜だけだ。得意の起き攻めと大竜巻コンボが実質封じられたらそうするしかないのだが、そうするしかない。
 ザンギが有利であるが、ザンギ側としてもケンの牽制や対空昇竜は面倒くさい。なにしろ近づかれたら終わるのにケンは遠距離戦が出来ない。気を抜けばダメージレースであっという間に負けてしまうこの組み合わせにおいて、ケン側は持ちうる限りのテクニックと集中力をもって、しゃがみ中キックと対空中昇竜、そして意表をついた移動投げだけでダメージを取っていくという、スト4において最もストイックな部類の戦いに臨まねばならない。
 これは覚悟の問題だ。腕前の差ではなく、ケン側がどれほど覚悟を決めているかにより、がらりとゲーム性が変わる。ケンは遠くにいては勝てない。しかしザンギエフに近づきすぎても勝てない。限り無く近くで、しかし一歩引いたところで戦わなければいけない。そのために必要なのは技術ではない。ザンギエフのプレッシャーを押し返す度胸と、しかし一歩引く冷静さ。そして勝つための意志が必要となるのだ。


  ◇


 つかさのケン対ザンギエフの1ラウンド目は、ケンが開幕早々からほんの少し前に出て、しゃがみ中キックをガードさせ、それを少し遅らせてキャンセルした波動拳で1ドット削る、という非常に地味なところから始まった。
 姉妹はお互い無言である。一瞬の気の緩みが致命傷となることをかがみもよく理解している。
 基本的に、牽制合戦ではしゃがみ中キックの恩恵でケン側が少しやりやすい。確定打こそないものの、しゃがみ中Kと適度に散らせて狙いを絞らせないキャンセルの波動を時折混ぜつつも、少し間合いを後ろにずらしてからのレバー入れ前中キックなどで、”押し切られないように、かつ押しすぎないように”戦っているつかさである。逆に近くなり過ぎたら、しゃがみ弱パンチを二度ほどガードさせて、連続ガードにはならないがそこからしゃがみ中キックに繋いだり、しゃがみ中キックをあえて出さず、少し下がってからの移動投げで少しずつダメージを奪う。
 基本的に間合いの取り合いである。”陣取り合戦”と形容されることもあるそれは、少し前に出たり、あるいは少し後ろにさがりつつ、窮地となる画面端までは絶対に下がらずに押させない。こちらの牽制を安全に振ることが出来る間合いをキープし続けるのだ。つかさはそれほど間合い取りに秀でているわけでもないが、かなり上手く立ち回っていた。立ちガードとしゃがみガードを織り交ぜ。相手のしゃがみ大キックを誘い、それに対して反撃確定となる足払いでダメージを取る。
 そして起き攻めはEXバニシングフラットを喰らわないギリギリのところからの波動拳重ねのみだ。飛び込みによる起き攻めは、ダブルラリアットを持つザンギエフには機能しない。
 ラウンド開始から30秒。ザンギの体力は3分の1ほど減り、対してつかさのケンはノーダメージだ。同じ数だけ打撃を与えたら、ダメージレースで負けてしまう。余計な被弾は絶対に避けるべきだ。
 つかさは今のところ有利に進めていたが、若干行動がルーチン化していた。冷静に立ち回っているつもりが、気がつけば熱くなって同じことを繰り返している現象だ。かがみは注意を促そうとしたが遅かった。
「うぅぅっ」
 つかさがうめいたのは、ザンギエフがケンのしゃがみ中キックをセービングし、キャンセル前ステップで近づいてきたところだった。ケンのしゃがみ中キックは相当な高性能を誇るが、リュウのそれに比べて1フレームだけスキが大きいという欠点がある。微々たるものだが1フレームが全てを左右するスト4において、天地ほどの差が出てくる部分でもある。
 ケンのしゃがみ中キックをセビダッシュしたザンギエフは、そこから一回転コマンド技のスクリューパイルドライバーを繰り出した。しゃがみ中キック後の硬直中だったケンはそれを食らってしまう。相手をがっしりと掴んで空中高くまで回転しながら舞い上がり、そのまま回転しながら下降して相手を頭から地面に叩きつけるという荒業だ。実際なら首の骨が折れているだろう。ゲームとしても申し分ない威力で、ケンの体力は3分の1弱ごっそりと持って行かれてしまう。地道に相手に蓄積させたダメージを一瞬で持って行かれる。これがザンギ戦である。
 しかもザンギのターンはこれで終わらない。スクリューの後はお互い位置が離れるが、たいがいノーマルのバニシングフラットでザンギは距離を詰めてくる。そうするとザンギの飛び込み攻撃は、相手の起き上がりにだいたい重なるのだ。判定と威力とめくり性能に秀でるボディプレスや、裏表のわかりにくい弱キックでのめくり。稼動初期はそうでもなかったが、昨今ではその後の展開やわかりにくさ等から弱キックで起き攻めしてくるザンギエフが多い。多分にもれずこのザンギも、弱キックで仕掛けてきた。しかしそれは明らかにタイミングが遅く、かつ明らかに表攻撃と分かるような位置だった。かがみの目でも判別できたほどだから、つかさの目にはそれがより鮮明に見えたことだろう。ケンが起き上がりに出した対空中昇竜が、ザンギエフの甘い飛びを跳ね返す。対空を含めて相当な数の打撃を与えたはずだが、ザンギエフの体力ゲージはまだ半分を切っていない。リュウやケンの体力1000という数字に対して1100という数値が設定されているザンギエフは、とにかくタフなのである。
 ここでつかさはひとつの勝負に出た。読み負ければダメージを負うが、読み勝てばダメージを与えて体力差を大きく出来る。時間は残り約50秒。ここで体力差をつけ、プレッシャーを与えておきたかった。
 ザンギエフの起き上がりに、つかさは波動拳を重ねなかった。間合いを詰め、いくつかの通常技を空撃ちして目眩ましをし、ザンギエフから少しだけ離れた間合いをとる。起き上がりのリバサスクリューで吸われない位置だ。移動投げか、それとも昇竜重ねか。ザンギエフ側に一瞬の迷いがあるかのように見えた。
 その迷いの間隙を突くようにしてつかさが選択したのは、起き上がりに少し遅らせて重ねるレバー前入れ大キック。かかと落としのようなモーションの中段技だった。それほど出が早くない使用頻度の低い技だが、それによりモーションが見切られにくい。ザンギエフはそれを食らってしまう。その中段攻撃の後、ケンは少し下がってから移動投げ。何らかのザンギエフの小技が見えたが、その間合いの外側から移動投げにより吸われる。これは見てからどうこうというわけではなく、セットプレーのひとつだ。
 ここに至ってケンの体力は3分の2以上残っている。対してザンギエフは3分の1以下だ。ケン側はまだ序盤のスクリュー一発しか貰っていない。決してザンギエフ側が何もしていないわけではなく、つかさの目があまりに良すぎるのだ。かがみから見ても、比較的つかさのケンは無防備にしている時間が多いように見えるし、不用意に、ふらりと前に出る瞬間があるようにも見える。そこにザンギエフは牽制技を差し込もうとするのだが、何故かつかさはガードを固めているのだ。立っているケンに下段攻撃を繰り出しても、ケンはちゃんと下段攻撃をしゃがみでガードする。
 かがみは出来ないからしないが、つかさはザンギエフの挙動を見て、何か技が出たらガードするようにしているのだろう。かがみも要所でガードを入れたり、前に歩いたりするが、それは相手の挙動を見てからのものではない。ほとんど読みと流れである。もちろんつかさにも、何もかも全てが見えるわけではないのだろうが、下段攻撃か上段攻撃か、くらいの区別はできているはずだ。そして的確にガードを入力している。つかさとて無意識にそれが出来るはずはなく、きっちりと相手を”見ている”からこそ出来るのだろう。恐るべき集中力と目の良さ、そして反応速度だった。
 ザンギエフ側もかなり我慢強く闘うことを得意としているらしく、体力差を付けられ、残り時間も殆ど無いという状況なのに、うかつに甘い飛びに甘えてこない。それでも焦ってはきているらしい。それはそうだろう。このまま手をこまねいていては負けるだけだ。ザンギエフ側がのしのしと前に歩いて来るシーンが多くなってきた。つかさはそれを見逃さない。前に歩いて来るということは、立ち状態が多くなるということだ。
「見えてるから!」
 前歩きしてきたザンギエフに、つかさのケンがしゃがみ中キックを差す。それをヒット確認し、かつザンギエフが立ち食らい状態なのも確認し、キャンセルでEX竜巻旋風脚につないだ。ケンの竜巻は、EX竜巻も大のノーマルも、発生直後の膝蹴り部分がヒットすると、5ヒット技となり高いダメージ値を誇るが、遠目から当てた場合は、初段のひさ部分がヒットしない4ヒット技になる。初段のダメージがとても高いため残りだけを当てても大きなダメージにはならないのだが、技後に相手がダウンしないケンの竜巻旋風脚は、一気にたたみかけるラッシュで相手を殺しきるケンのスタイルにはよく合っている。
 これがザンギエフ相手だと、コマンド投げの存在により逆にケンを窮地に立たす結果になる。密着時のリスクが増えるのだ。そこがケンザンギという組み合わせでケンがキツイところといえる。一気に殺しきる王道パターンがまるで機能しないのだから。
 とはいえ今の状況としては、EX竜巻旋風脚はベストな選択肢だった。かがみにはとうていマネできない範疇だが、しゃがみ中キックのヒット確認と相手の立ち食らいの確認をしてのEX竜巻というのは、つかさならやりかねない。妹のことはそれなりに分かっているつもりだが、その確認精度だけはまるで理解できないかがみである。
 4ヒットしたEX竜巻旋風脚により、ザンギエフの体力値は残り1ドットとなった。ヒット後は1フレームケンが有利。こうなるとザンギエフ側は何をしても勝ち目がない。こういう状況になってしまった時点で負け確定なのだ。EX竜巻後にきっちりと中昇竜拳を出し、1ドットの体力ゲージを削りとる。
 念のためだが、それを残酷だというのはナンセンス極まりない。勝てるときに勝たないのは、明確な白黒を決める格闘ゲームにあるまじき愚行であり相手への無礼でありまた、格闘ゲームというものに対しての敬意を欠く行為だ。
 接待プレーはともかくとして、手抜きはダメ、ゼッタイ。
 ともあれ1ラウンド目はつかさのケンが取った。まさに力づくでもぎ取ったというに相応しいラウンド勝利であった。
「ふぅぅぅぅ〜」
 つかさが肩で大きなため息をつく。対空は自然に出るというつかさだが、ザンギエフの動きは自然には見えない。意識して見ているわけだから、そこには集中力が不可欠となる。こんな試合を10戦も連続してこなせないだろうが、同じ相手と繰り返せば人読みも出てくる。だんだんと慣れてきて勝ちやすくなるだろうが、だからといって初戦を落としていいことにはならない。
 全部を全力で。これはゲーム慣れ、特に格闘ゲームに慣れていない彼女たちだからこそナチュラルにそういう発想となるのである。加えて対戦相手はCPUではなく人間だから礼儀は必要だ、とかがみは思っているし、つかさも姉に賛成である。
 しかしかがみは、一対一のガチの戦いでなければいけないと思ってはいない。ボクシングにだってセコンドがつく。かがみやつかさは知らないが、闘劇と呼ばれる格闘ゲームの総合大会において、2on2などの場合は、プレーしている人間のそばでチームメイトが試合中にアドバイスをしたりすることが可能である。しなくてもいいが、しない人間はいない。大舞台で一人で闘うのはたいへんな労力だが、一人じゃなければその労力も半減するのだから。だからそれは、礼儀とはまた別の問題である。そこまで綺麗事を押し通す気はない。
 かがみはつかさの斜め後ろくらいに場所を移動し、後ろから背中の当たりに手を添えた。本来気を落ち着かせるには両肩の方がいいのだろうが、精密操作中の精度が狂ってもまずい。つかさの後ろにあるのは画面端じゃない。味方がいるのだということをかがみは伝えたかった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 つかさは振り向かずにそう言った。そしてかがみもつかさを見ていない。肩越しに見ているのは画面のみだ。つかさも画面以外に集中していないが、姉が頷くのを感じる。背中に温かみを感じる。そう、二人で試合に臨んでいるのだ。
 しかしそれだけで中々うまくいくものではない。2ラウンド目が開始され、そしてザンギエフが戦い方を変えてきた。つかさとかがみも直ぐにそれに気づいたのだが……。
「これ……!」
 つかさが切羽詰った声をあげる。かがみにも咄嗟にどうしていいかわからずにアドバイスに窮する。ザンギエフはザンギエフなのだが、戦い方でガラリと変わる。
 ザンギエフは何もしない。何もせずに、じりじりと歩いて来る。牽制もふらずに、ガードと前歩きのみだ。これはひとえに、ザンギエフ側がこのケンを”同格かそれ以上”と認めたゆえの戦い方の変化なのだが、そんなことつかさにはどうでもいい。
 冷静に考えれば他にやることはあるのだろうが、明確な逃げ技を持たないケンは、がんがん前に歩いて来るザンギに何をしていいか分からない。しゃがみ中キックで出鼻をくじくことは考えたが、1ラウンド目にセビ前ダッシュからスクリューを一度食らっているつかさの頭には、そのイメージがあった。
 繰り返すが、やることが無いわけではないのだ。大昇竜での切り返しや、ノーマルでは逃げ竜巻として機能しにくい空中竜巻も、EX竜巻とすることで逃げ技として機能する。しかし、咄嗟にその選択が出てこなかったのだ。
 焦ったつかさのケンは飛び込んだが、ダブルラリアットで落とされてしまう。そこからの起き攻めのめくり攻撃をつかさはガードしたものの、着地したザンギエフのスクリューを食らってしまう。そこからバニシングフラットで間合いを詰められ、再度の起き攻め。ボディプレスでのめくり攻撃だったが、恐らく焦っていたのだろう。入力の甘かった振り向き昇竜がザンギエフと反対側に出てしまい、着地に足払いを食らってしまう。足払いを食らってのダウンならば、ダウン回避をすれば起き攻めは喰らわないで済む。しかしザンギエフとの距離は離れない。
 つかさの頭は上手くまわっていなかった。ただ間合いを離したい一心でバックジャンプしたが、それを読んでいたザンギエフの前ジャンプからの早出しのジャンプ大キックを食らってしまう。
 つかさは明らかに焦っていた。背中越しにもその焦燥や苦しみ、悲しみや絶望がひしひしと伝わってきて、かがみまで辛くなってきた。何とかしてあげたい、なんとか!
「昇竜セビバクステで切り返して!」
 少し考え、かがみはそうアドバイスする。空対空で落とされた直後はかなり近い間合いとなる。ザンギエフはそこでどうやら、少し前歩きからの通常投げを狙っていたらしいが、迷いのない着地からの大昇竜を食らって吹き飛んでいく。つかさはEXセビバクステまでいれこんでいたため、間合いが離れて特に何の追撃も出来なかったが、仕切りなおしには成功した。
 このラウンドこそ迂闊に手を出してこないザンギエフだが、本質的にこのプレイヤーは比較的手を出してくる相手だということを読んでのかがみのアドバイスだった。
 しかし体力ゲージには大きな差がある。ケンは体力を7割近く減らされているが、ザンギはまだ1割減っているかいないかというところだ。たった20秒程度のやり合いでここまでの差がついてしまった。ザンギエフに限らずとも、スト4は一撃のダメージが比較的大きいうえ、めくりによる起き攻めが非常に強い。今のつかさのように、起き攻めを食らってダウンし、更にそこから起き攻めを食らってダウン……というようなことを二度も三度も繰り返されたら、それだけで瀕死のダメージを負う。まさにワンサイドゲームといっていい様相になってしまうのだ。
 火力が高い上にめくり性能も高く、また技性質上起き攻めのループ性も高いザンギエフ戦では、そんなことは珍しくない。優勢に立っていた状態からこんな自体に見舞われなかっただけマシと言えなくもない。
 ともあれかがみのアドバイスによる昇竜セビにより切り返しに成功し、つかさは窮地を脱し、ザンギエフは王道の殺しきりパターンのチャンスを逃してしまった。開幕時くらいに間合いが離され、互いの気持ちもリセットされる。まさに仕切りなおしだった。
 つかさはそこから持ち直して再び牽制合戦の作業に戻るが、さすがに大幅のリードはいかんともしがたい。近い間合いからどさくさに紛れたような飛び込み弱攻撃を食らい、2ラウンド目を落としてしまう。ギリギリというほど微妙な飛びではなかったが、つかさでも昇竜が出ないときは出ないのだろう。
「つかさ」
 かがみは声をかけるが、その先を考えての呼びかけではない。ただ、そうせずにはいられなかった。
「大丈夫。もう落ち着いたから。同じことをされても、次はきっといいようにはやらせない」
 しかしつかさは、あの大昇竜による切り返しによる仕切りなおしで、程良いレベルで気持ちを落ち着けることが出来たようだ。よくよく考えて、1ラウンド目のつかさは明らかに試合に入れ込み過ぎていた。それにより牽制合戦を制し、ほぼ完璧に近い試合運びが出来た。その1ラウンド目だけ見れば結果としては悪くないのだが、つかさは2ラウンド目にもそのイメージを引きずってしまっていた。そのせいで、”そうしなければ勝てない”という観念にとらわれてしまう。そのせいで、一度崩れてしまったところから立て直すことが出来なかった。そのすべを考えることすら出来なかった。
 これはよくあることではないが、誰にでも稀に起こりうることだ。たかがゲームとはいえ、ほんの一瞬に様々な選択を強いられる割に全体の流れも見据えなければならず、そして操作は極めて複雑で精密なものを強いられる。それは戦闘機のパイロットもかくやという有様だ。
 これを実現するためには、”程よいメンタル”を保つ必要がある。かがみはそれを保つのが上手いのだが、つかさはそれほどでもない。というより、むしろそれが普通である。好不調の波は必ずあるし、モチベーションの高さも影響してくる。とかくメンタルの波を受けやすいゲームなのだ。攻めてるだけでも、守っているだけでも勝てない。攻めどころと守りどころを見極める必要があり、攻めるために手を出しすぎても、守るために固まりすぎてもやられてしまう。攻めるための昇竜と守るための昇竜を使い分けるために必要なのは、テクニックではない。そう断言できる。
 つかさの背に置いたかがみの手には、つかさの心臓の鼓動が伝わってくる。妹のことはある程度理解しているつもりだが、さすがに鼓動や脈拍までは把握していない。けれど、早くも遅くもなく、ほんの少し早っているくらいかな? という感触だった。
「行けるよ。苦戦してるのは相手も同じだから、きっとどこかで甘えてくると思う。そこで痛いの入れられれば、きっとそこで差をつけられるはずだから」
 うん、とつかさが頷く。かがみも頷いて返す。お互いに視線は交わさないが、同じものを見ている。いつぞやの対豪鬼戦のように、驚異的な反応速度でアシストすることは、かがみには出来ない。しかし気持ちを支えることくらいは出来る。姉妹の気持ちは今、ひとつだった。
 始まった3ラウンド目は、再び1ラウンド目と似たような様相を見せていた。ザンギ側としては2ラウンド目のように、めくりのボディプレスによる起き攻めでくっちゃくちゃにしたい所だろうが、そうはさせない。
 
 ──通常、対ザンギエフ戦というと、多少の差はあれどこのような流れになるのが一般的だ。一度近づいたら殺し切りたいザンギエフと、そうはさせない相手という構図だ。
 ザンギエフは遠くで相手とやりあう手段を持たないし、移動も鈍重であるから、ひたずら逃げ続ければ直ぐには負けない。
 だがそれだけではじり貧となる。特にケンのように明確な逃げ技を持たない場合、めくりの起き攻めループに持ち込まれずとも、数回の接近によりダメージを奪われた場合、ダメージレースで負けてしまう。もちろん、逃げ続けつつダメージレースに勝つことが出来れば、最終的にザンギエフは倒れているか、タイムオーバーで勝つ事ができる。崩しの弱い相手ならば、がんガード(自分は一切手を出さずにしゃがみガードを固めつつ逃げること)を基本にして間合いをとれば逃げ切れるかも知れないが、強力な崩し技であるコマンド投げを持つザンギエフに、それは非常に難しい。
 とはいえ攻めすぎもいけない。コマンド投げによる逆択と、ダブルラリアットによる切り返し性能の高さは、容易にせめては逆にピンチを招く。
 だから攻め過ぎず固まりすぎず、適切な間合いで戦わなければならないのだが、そのためには適切なメンタルが必要になる。さんざんと説明してきたことだが、そのために大事なのはひとえに落ち着くことだ。勝ちたいと思う気持ちはだれにでもあるし基本的な格闘ゲームの考え方だが、それすらも押し隠す必要がある。考えるべきことは、一発でも多く打撃を与えることと、一発も打撃をもらわないこと。勝ちたいと思う気持ちは大事だが、それだけではなく、そのための足がかりも必要なのだ。

 2ラウンド目に昇竜セビバクステで切り返しを成功させてから、つかさの動きはかなり良くなっていた。
 1ラウンド目につかさはかなり上手く立ち回った。それこそ昇竜拳や目立ったコンボなど大して決めることなく勝ちをもぎ取ったのだ。それは大した戦果といえるが、はっきり言ってプレイヤーへの負担が大きいのだ。
 だから、そればかりでも良くないのだが、強い必殺技には少しくらい依存した立ち回りをしたっていい。ケンならばもちろん昇竜拳となる。相手に「昇竜拳もあるんだぞ」とプレッシャーをかけるだけでなく、「昇竜拳に頼っていい」と自分でも思うことで負担を軽減できる。
 いざとなれば昇竜拳。セビキャンすればノーリスク。ゲージなぞ真面目に立ちまわっていれば自然と溜まっているものだ。だから、いざというときゲージを惜しむ必要はないのだ。
 だからこそ、ガチガチにいれこんでいた1ラウンド目に比べて、つかさの動きはのびのびとしているように見える。時折垂直ジャンプなども交え、ザンギエフの意識を地上だけに留まらせない。そうやって牽制を少しずつ差していく。
 この3ラウンド目は、ザンギエフの体力が半分を切ったところでケンの体力は4分の1減っている。これは一発もらった弱のスクリューパールドライバーだ。弱は間合いが広い代わりに威力が少ない。中、強となるにつれ間合いは狭くなり威力が増す。EXの場合は威力や間合いはそれほど変らないが、技後の距離が狭い上に食らったがわの硬直が長く、ザンギエフが容易に起き攻めを仕掛けられるというメリットがある。
 この3ラウンド目でつかさが食らったのが弱スクリューだったのは、ひとえにつかさが1ラウンド目よりほんの少し遠い位置をキープしているからだ。落ち着いていることの現れであるが、ザンギエフ側はそれに気づいて弱にしたのである。
 しかしこのザンギエフも大したものだった。格闘ゲームはどちらかが勝つか負けるかの二つしかない。つまり最後に立っていればいいわけで、仮に何発殴られようと、それ以上のダメージを与えられればいいだけの話。スト4のザンギエフならば、2,3回殴られたところで、スクリューを一発決めればそれだけで体力は逆転できる。普通、殴られたら殴り返したくなるのはリアルもゲームも同じだが、このザンギエフはそのあたりよく理解していた。最後に立っていればいい。そのために殴打回数ではなく体力ベースで考えるのは当然のことだが、並大抵の精神ではそれは出来ない。
 また、対空に定評のあるつかさが、このザンギエフ相手に一度も対空を出していない。それはつかさに問題があるわけではなく、ザンギエフが対空迎撃が容易なタイミングで飛ばないからだ。飛び込むのは相手をダウンしてからの起き攻め時のみ。
 極端な話、対空技を持つ相手に飛び込むのは自殺行為以外のなにものでもない。ただ対空する側の人間の判断が重要となるため、迎撃出来ないときもある。飛び込みとはそれを期待して行うものだが、濫用しなければそれなりに、というかかなり有効だ。上級者でも対空迎撃を失敗することはある。つかさはほぼミスらないが、ケンならば中昇竜拳をだそうとしてしゃがみ中パンチが出てしまうことはままある。その場合は飛び込み攻撃が通せるため、まとまったダメージを奪うことが出来る。
 飛び込み攻撃というのは、大きなダメージを期待できる行為であり、その勢いに乗って攻撃していく感触が楽しいといえる一種の魅力的な行為なのだ。
 だからこそ対空持ちの相手にも、そういった”期待値狙い”で飛び込んだりするのだが、対空されてしまえば自殺でしかない。このザンギエフはそのあたり徹底していた。地上戦からゼッタイに飛び込まないのだ。
 それは期待値をはなから無視した堅実な戦い方だが、つかさも対空でダメージを奪う機会が損なわれる。コンボではないが馬鹿にならないダメージなのだ。
 こういうプレイヤーを”我慢強い”と言う。かがみもその性質の片鱗を備えている。ピンチも決して焦らず、チャンスをじっくりと待ち、それがいつ訪れてもいいよう周到に準備を進めておくのだ。ちなみに、つかさなどは押されると我慢がきかなくなる傾向にある。2ラウンド目の不用意な飛び込みなどによく現れているが、おの3ラウンド目は良好な精神状態で戦えており、焦っている風には見えない。
 ザンギエフ側も、”がん歩き”という奇策を用いること無く、慎重にせめて来る。あんな奇策はもう通用しないと悟ったのだろう。
 ──その調子で戦いを進めればいい。きっと最後に立っているのはあんたよ、つかさ。
 そう伝えるような気持ちで、つかさの背中に添える手に力を込める。つかさがうん、と頷くような気配があった。
「だから見えてるから!」
 その直後につかさは叫んだ。かがみには何が見えたのかはじめは分からなかったが、少したってから、あああれはザンギエフの前ステップだった、と思い当たった。かがみには見た直後に反応は出来ないが、つかさにはそれが出来るのだ。、それに反応したのだ。つかさのとった行動は、しゃがみ中キックからのEX竜巻旋風脚。中足がギリギリ当たる位置からのキャンセルのため4ヒットのみだが、十分なダメージといえる。本来なら竜巻コンボで密着した後がケンの仕事場のひとつであるが、ザンギ戦は事情が異なる。更にそこからラッシュを仕掛けないかとかがみは一瞬不安になったが、つかさはちゃんと理解している。EX竜巻ヒット後はケンが1フレーム有利。そこからつかさは堅実に、バックジャンプしながらのしゃが大キックを出す。これは通称”逃げっティア”と呼ばれる行動で、こちらのバックジャンプを追いかけるように前ジャンプしてくる相手などに当てることが出来る。こちらのほうが予め技を出してあるために、相手の動きを潰すのだ。これは、前ジャンプしながら早出しのジャンプ攻撃を出す”ロケッティア”という行動の派生だからそのように呼ばれている。いわゆる先読み空対空であり、特に空中ガードのないスト4ではこれは割合重要な行動だ。ちなみにネーミングが行動と直接結びつかないイメージがあるのだが、もともとロケッティアという名前を考案したのは、今では廃刊となってしまったが、当時アーケードゲーム専門ゲーム誌としてコアな人気を獲得していた雑誌”ゲーメスト”によるものだ。何がどうなってロケッティアという名前が生まれたのか今では確認のしようもないが、格闘ゲーマーたちへの浸透率は非常に高い。
 ザンギエフはつかさのケンの逃げっティアに手を出してこなかったが、体力差はかなり開いている。普通ならほぼ勝負がつきかけている試合だろうが、ザンギエフの火力ならどこからでもひっくり返せる。つかさは用心し、中距離を保つ。
 あの密着から更にダメージを取りに行くという選択も勿論あるだろうが、この局面でその選択をするメリットは薄い。落ち着いて戦っているつかさの冷静な判断であり、かがみが同じ立場でもそうしただろう。
 時間は残り30秒。そろそろお互いにスパートをかけていい所だ。何かが変わってくるかも知れない。かがみは少し不安になった。そう、このザンギエフが”何か”を変えてくる可能性がある。予想すべくもないが、対処するためにはさらなる慎重さが求められる。必要に応じてアドバイスしようと、つかさのケンの動きをかがみは観察した。しかしかがみの心配とは裏腹に、落ち着きつつ過度に的を絞らせないように立ち回っているように見える。ひとつの技に依存しているというほどでもない。適切な立ち回りだった。
 これなら大丈夫かな、とかがみは少し安心する。そしてつかさも安心していたかも知れない。そしてザンギエフは──ロシアの誇り高きレスラーは、その間隙を逃さなかった。
『──祖国のために!』
 かがみには一瞬、何が起きたのか分からなかった。気がついたら画面が暗転しており、ムキムキ男の巨躯が大写しになっていた。身体をめいっぱいにのけぞらし、今まさに何かを全力でつかみに行こうとしている。
 もちろん常人以上の反応速度と目の良さを持つつかさは、かがみより一瞬──いや二瞬三瞬は先に気付いた。これはまさにほんの数フレームの差であるのだが、ザンギエフ側の行動に対し、大昇竜拳で返そうとしたがすでに遅い。
 今のは、ザンギエフがつかさのケンのしゃがみ中キックをセビ前ステして、ケンの硬直中に投げ技のウルコンを発動したのだ。前ステップ中に二回転コマンドを入力し、完成と同時にパンチボタン三つ。その性質上棒立ちから出すのはとてつもなく難しいが、小技やステップからならば、コマンド入力時間が稼げるためにそれなりに現実的な難易度だが、それでも決して簡単ではない。
 アーケードにおいても上級者、もしくはそれに足を突っ込んでいるレベルのプレイヤーが仕掛けるのはちらほらと見かける。このザンギエフがアーケードプレイヤーかどうかは知るべくもないが、オンライン対戦の場において、”それほど上手ではないが、ひとつだけ上手い”というプレイヤーは少なくない。たったひとつのセットプレーや、たったひとつのコンボなどに代表される。ひとつでもでかいコンボを覚えれば、それだけで勝率が大幅にアップする。それだけを”いざという時”に放つことが出来れば、まとまったダメージを取ることが出来るのだから。勝率を上げるための手段のひとつであり、このザンギエフにとっては、前ステウルコンないしセビ前ステウルコンなのだろう。
 つかさとて、簡単に読まれるようには中足を出していなかった。ワンチャンスをモノにしたザンギエフの力量に他ならない。
 かくしてザンギエフの針の穴を通すような戦術は、一部の狂いもなく成功する。もしかすると、相手のプレイヤーも、まるで奇跡だと驚いているかも知れない。成功確率の低い行動が偶然にも必中した。それほどの攻めだった。全ては全キャラ中の最大火力を誇るウルコンを当てるためである。
 ザンギエフのウルトラコンボ、ファイナルアトミックバスター。二度のバックドロップから上空まで舞い上がるパイルドライバーにつなぐという大技だ。その愛国心、理想に燃える熱き血潮を燃やしてザンギエフが闘うのは、紛れもなく生まれ故郷のロシアのためだ。力強い国のシンボルとなって欲しい──そう、時の大統領と直接に酒を酌み交わし、直々にザンギエフはそう託されたのだ。国の希望となってほしいと。
 そのためにザンギエフは戦っている。理想のため国のため。そしてその国に住む国民たちのために。ウルトラコンボ発動時に「祖国のために!」と叫ぶのはそのためだ。その技のひとつひとつが大義のためなのだ。
 そんな熱き男のウルトラコンボであるファイナルアトミックバスターを、敬愛と親しみと呼びやすさを込めてスト4プレイヤーたちはこう呼ぶ。──祖国と。
 そのまんまじゃんって突っ込みは多々あるとは思うが、こういうものは言いやすさが大事なのだ。他には”ウルコン”や”ファイナル””二回転”などの呼び方もあれど、”祖国”というのはたった3文字で済むため言いやすいのである。浸透率は高い。
「落ち着いて! 大丈夫よ、まだ時間も体力もあるんだから」
 かがみは祖国の長い技演出中に、妹を励ますようにして肩に手をおいた。しかし、2ラウンド目に取り乱しかけたつかさだったが、この試合においては、ここに至っても落ち着いていた。
「大丈夫。ぜんぶ見えるから。ゲージがあればゼッタイ勝てる」
 ファイナルアトミック……という掛け声とともにバックドロップ連続二回。それだけでも致死に値する衝撃であるが、祖国の誇りをかけた大技はそれだけでは終わらない。昏倒寸前の相手を抱え上空まで舞い上がり、回転落下しながらのパイルドライバーをかます、バスター!というフィニッシュの掛け声は、まさに祖国復興の狼煙に他ならない。
 技のフィニッシュモーションであるパイルドライバーのシーンを奇妙に落ち着いてつかさは見ていた。たしかにつかさのケンのゲージは3ゲージある。しかしそれはザンギエフも同じ。お互い3ゲージで、体力ゲージも残り3割程度と、五分五分の状況だ。
 ウルコンを当てた後、ザンギエフと相手の距離はやや中距離というふうになっているが、ザンギエフが先に動けるため、ノーマルバニシングフラットで近づいた後に、めくり攻撃を重ねると相手の起き上がりにだいたい重なってしまう。ノーマルスクリューの後も同じタイミングゆえに、起き攻めがループするため強力なのだが、このザンギエフはめくり攻撃を起き攻めとして重ねてこなかった。おそらく理由としてはつかさのケンが画面端に近い位置だったため、めくった場合自分が画面端を背負うためにやらなかったのだろうが、真の狙いは別にある。
 おそらくバニシングフラットをわざとわずかに遅らせたのだろうが、ケンが起き上がるのとほぼ同時くらいにザンギエフがケンに密着してきた。つかさは一瞬、あれっと思ったのだろう。だが時すでに遅し。一瞬棒立ちとなったつかさのケンは、ザンギエフのスクリューを食らってしまう。一回転コマンドというのは、パッと見て「立ちから出せないじゃん」と思われがちだがそうでもない。上からぐるっと一回転し、4分の3回した直後に、”上方向属性”、つまり後ろ上方向か、上、もしくは前上方向のレバー入力をすると同時にパンチボタンを押せば、ジャンプせずに立ちからスクリューが出せる。これが出来ると出来ないとで、ザンギエフの強さは劇的に変わってくる。
「つかさ!」
「おー、いい選択肢だね」
 まるで自分ごとのような悲鳴をあげるかがみに対して、つかさはむしろのほほんとしている。スクリューを食らってケンの体力はドットでしか残っていない。この状態を”削りリーチ”と言い、ヒットさせられなくとも必殺技をガードするだけで削りダメージにより死んでしまう状況のことを言う。格闘ゲームの中には削りダメージでは死なないように設定されているものも存在するが、スト4はそんなに甘くない。
 相変わらずケン側が画面端を背負っているため、ザンギエフはめくりの起き攻めを仕掛けてこないのだが、この状況ではもはやザンギエフ絶対有利だ。相手を画面端に釘付けにし、飛んだらダブラリ、地上にいるならバニシングフラットで削ればいい。しかもザンギにはゲージが2個ある。
 しかし、こういう状況となると、ザンギエフ側もケンの悪あがきが恐ろしい。ウルコンを喰らえば一発逆転となってしまうし、もう負けると踏むとウルコンをぶっぱなすプレイヤーも少なくない。負けるくらいならぶっぱなせという一流プレイヤーもいるし、それ自体は決して間違いではないのだが、つかさはウルコンの神龍拳をぶっぱなしたりはしなかった。自分は画面端、相手は2キャラ分くらい離れた位置をじりじりとキープ。ケンには逃げ竜巻もないため、逃げるのは絶対不可能だ。
 ──だというのに、つかさのこの余裕は何だろう。妹の背に添えた手に伝わってくる鼓動は、むしろゆったりと落ち着いたものだ。本気の本気で妹は、まったりしてる。
 しかし、この状況での安易な声掛けなど出来るはずもない。固唾を飲んでかがみはこの試合の行く末を見守ったのだったが、勝負は、あまりにもあっさりと決着した。
 ザンギエフの身体が一瞬光ったのは、かがみにも見えた。恐らくケン側が何も動けないのを見越しての、幾つかの牽制技を振って目眩ましをしてからの、EXバニシングフラット。セビキャンする分のゲージはザンギエフに無かったが、これで終わりなのだからセビキャンを考える必要はない。
 しかしその直後、ケンも光ったように見えた。あくまで”そんな風に見えた”だけだ。かがみの動体視力や反応速度は、ごくごく標準的なものなのだから。
 ケンが最後に繰り出したのは、EX昇竜拳だった。発生3フレーム、無敵時間9フレームでダメージ240という、まさにケンの切り札といえる強烈な技である。そのぶん外したときのスキも大きいのだが、クリーンにヒットさせると、思わずぞっとするくらいごっそりとダメージを奪うことが出来る。なにせ強のスクリューと同じダメージ値なのだから。
 EXバニシングフラットには飛び道具無敵時間が存在するが、かち合った場合にEX昇竜拳に勝てる要素はない。EX昇竜拳は4ヒット技でしかも派手な炎のエフェクト付きだ。燃やされながら吹っ飛んでいくザンギエフの体力は、ケンと同じく1ドット残った。昇竜の後は相手はダウンするのだが、ザンギエフに起き攻めは厳禁だし、大昇竜拳や中昇竜拳だと、ダブラリと相打ちになる可能性もある。
 EX昇竜なら長い無敵を活かして削り殺せる体力だったが、残念ながらつかさのゲージはもう無かった。
 だからつかさは起き攻めにはいかなかった。そして何故か、起き上がりに重なるような波動拳も撃たなかった。ザンギにはゲージがあったから、EXバニシングを警戒したのだろうか。
 ふとかがみが両者の体力ゲージの真ん中の残り時間を見ると、なんと残り4秒だった。つかさがやや画面端だ。どうする?
 ザンギエフは、前ダッシュから前にジャンプした。いちおう前ダッシュがフェイントなのだろう。最後の最後までクレバーな相手で、その前ダッシュの終わり際の位置は、ケンの中足がギリギリですかる位置だった。中足を誘ってスキをつくろうとでも考えたのだろうが、つかさは釣られなかった。
 ザンギエフの前ジャンプを、落ち着いてしゃがみ中昇竜拳で対空迎撃する。下方向に判定が強く対空と相打ちになりやすい弱キック飛び込みだったが、つかさはきっちり引きつけて迎撃した。かがみの目にも見えたことだが、相手が飛んだのを見てから”一度しゃがんで”そしてきっちり引きつけてから昇竜拳を出している。これ以上ないくらいに完璧な対空中昇竜拳であった。、
「だから言ったのに。全部見えてるって」
 試合は終わり、ケンの勝ちセリフが表示される。それを飛ばすためにスタートボタンをぺちぺち連打しながら、つかさが楽しげにそうつぶやいた。


  ◇


 ──同じ日の夜。
 布団の中でかがみがむにゃむにゃとしていると、部屋のドアをノックする音があった。
「……お姉ちゃん」
「つかさ?」
 時計を見ると、そろそろ夜中の12時というところだ。入っていい?という妹に、かがみは了承する。ドアが開く音がした後に部屋の電気がぱっと点くと、そこにはパジャマ姿で枕を抱えたつかさの姿があった。
(枕って……そういう歳でもあるまいに)
 かがみは一瞬呆れたが、妹には妹の考えがあってやって来たのだろう。つかさが切り出すのをかがみは待った。
「お姉ちゃんと布団の中で一緒にお話したいな、って思って。駄目?」
 駄目とかいいとかではなく、体裁の問題なんかをかがみは考えたが、それぐらいしか考えなかったということは良いということだろう。妹のしたいようにさせてやるのが姉の配慮である。
「おいで。いいわよ」
「えへへ。おじゃましますー」
 かがみが掛け布団の裾をまくると、つかさはするするっと入り込んできて、少しもぞもぞと動いたのちに定位置を確保した。昔はよくこうやって一緒に寝た。そのときも妹がするするっとかがみの布団に入り込んできたものだ。二人でひとつの双子みたいに抱き合って眠ったものだが、さすがに高校生となった今にそれを再現すると、シングルのベッドの狭さとか、お互いの体つきの差や、もしくは一般的な理性が障壁となり、それほどでもない。
 今も昔もそこまで似ていない二卵性双生児だが、昔はもう少し似ていた気がする。見た目も、その性質も。
 電気消す? とかがみが問うと、つかさはうんと頷いた。暗い部屋のなか、妹の存在感だけがすぐそばにある。
 つかさは何か話があったみたいだが、かがみの布団の中で定位置を定めてからは、かがみの二の腕に犬みたいに鼻先を摺り寄せてきたり、やにわに足を絡めてきたりと他愛のない行為にふけっていた。別にずっとそうしていても構わないのだが、かがみにもつかさに言う事があったのを思い出した。
「そういえばさ」
「うん?」
 薄暗い部屋のベッドの中。互いの吐息を感じるほど近くに妹の顔がある。起きていてもいつも少しとろんとした目の妹だが、今はそれほど眠いわけでもなさそうだ。
「さっきのザンギ戦、最後にEXバニ潰したEX昇竜、あれ実はパナしでしょ」
 かがみがずばっと指摘すると、つかさは明らかに狼狽した。
「な、何を根拠にそんなこと言うのかな」
「あんたが対空や相手の技に反応して出してる昇竜に比べて、レバーの音が少し違ったから。気付いてる? コンボやパナシで出してる昇竜と、対空とかで出してる昇竜とじゃ、コマンド完成までの時間が結構違うのよ」
「そうなんだ。自分じゃぜんぜん気づいてないよ」
 つかさの場合、対空等で出す昇竜の方が、レバー入力が滑らかだ。よってレバー音もVIPカーの排気音並に静かなのだが、これがコンボ締めの昇竜やパナシ、がちゃ昇竜の場合、平均的な2000ccクラスの車の排気音のように、やや耳障りなものになるが、いずれの場合もかがみの昇竜拳より入力速度は早い。つかさは本当に昇竜拳が上手いのだ。
「あれはいいパナシだったと思うわ。あの状況なら誰だってEXのバニで削りたくなるから。まあ、甘えだけど」
 甘えというのは適用範囲の広い言葉だ。いわゆる安易、安直な行動を差す言葉であり、例えばリュウならば、画面端からの安易な逃げ竜巻や、相手の起き上がりへの安易な波動重ねなどが”甘え”と呼ばれることが多い。効果はでかいのだが非常ポピュラーな戦術のため、相手に見切られることが多い。だから安易な逃げ行動を読まれて狩られたり、安易な削りを回避され逆にコンボを食らってしまう場合などある。そうされずとも、そのリスクがある。
 そういったリスクがあるのを知っていながら濫用する。つまり行動そのものではなく、その安易な行動を行おうとするプレイヤーの精神性を”甘え”と呼ぶ。
「お姉ちゃんが、最後は必ず甘えてくるって言ってたから。だからそれを信じてみようと思ったし、なんていうかな、もうそれしかなかった」
「どういうこと?」

 ──つかさは語った。ベッドの中で鼻先をくっつけながら。
 あの時、具体的にはラストのスクリューを食らった段階で実は、”諦めていた”のだと。だからあんなにも緊迫した状況だったのに、まったりとしていたのだ。
 諦める。勝負事においてその考え方は”無い”のだが、ゲームであるスト4や他の種のゲームにおいても、実はそれほど珍しくはない。スト4ではランクマッチにおいて負ければポイントを少し失うが、それはゲーム内でのみ意味を持つ資産である。失ったところで本人が何か損失を負うわけではない。要はゲーム。遊びなのだから、特に大会でもない限り勝ち負けに大きな意味はない。そりゃ勝てば楽しいだろうが、ずっと勝ち続けることは限りなく不可能に近い。限界ギリギリの戦いを征しても、また直ぐにギリギリの戦いに出くわすだろう。
 そうやって、勝ったり負けたりを延々と繰り返す。それが格闘ゲームだ。

「……だからそういう、先が見えちゃったっていうのかな。今ここでこのザンギ倒しても、また同じくらい強い奴とやらなきゃいけない。そういう人たちには勝てるときもあれば、負けるときもある。なら今ここでザンギに負けてもいいかな、って思ったの。あの瞬間だけ冷めちゃったっていうのかな」
「だからEX昇竜ぱなしたの?」
「わざと棒立ち気味にしてたりしてバニ誘ってはいたよ。それに甘えたい状況だったから狙ってはいたけど、多分バニ来なくてもパナしてた。だからまあ、パナシだよね」
「当たれば読みよ。当たるパナしは良いパナし」
「よくそう言うよね。でも、私が諦めてたことに変わりはないの。お姉ちゃんにもそういう事ない?」
「……そうね」
 そういうことがあるか無いかと聞かれれば、かがみには今のところ無い。かがみ的には、「まだそこまでやり込んでいないだろう」という気持ちである。
 だがしかし、いずれそうなるだろう、とは考えている。先週だかに考えたことだが、結論を保留にしていたことだ。
 やりこめば己の腕は磨かれるが、基本的にゲーム内でキャラクターがレベルアップするわけではないし、レアアイテムが手に入るわけでもない。積み重ねていくものがない中、ひたすらに相手との勝負に勝とうとしていく。
 しかし、その過程で諦めてしまうことも十分に考えられる。そこでゲームをやめるわけではないが、「別に勝てなくてもいいや」という一種の諦念だ。別に悪いことじゃない。誰だってそう思うことはあるだろうが、それではゲームが面白くなくなり、やがて飽きてしまう。
 だがしかし、飽きちゃダメというわけでもない。ゲームは自分がやりたいように楽しんで。自分なりに楽しみ終わったら止めればいいのだから。ゲームはそうやって楽しむ物という基本的な理念を押さえつつ、しかし、あえてゲームをプレーし続けていくことのモチベーションを、言葉で説明するのは非常に難しい。
 何となくとか、そういうものだとか、そういう曖昧模糊とした言葉でごまかすのは簡単だ。また、私はそんなこと考えてないとか、興味がないとか、重要視してないとか言って切り捨てるのも、これも簡単だ。つまり前者も後者も甘えである。
 しかし私は柊姉妹の姉。姉は妹の疑問に答える義務がある。出来ればきちんと自分のことばで、自分の結論を答えてあげたい。
 人間は権利や義務だけで生きているわけではないが、私はずっとつかさの姉であり続けたいし、つかさにも、ずっと私の妹でいたいと思って欲しいと考えている。
 スト4だって、ただ何となくがちゃがちゃとプレーしていたなら、ここまでの技術は得られなかっただろうし、今割と勝てる相手にすら勝てなかっただろう。それは、つかさと二人で話したり考えたり、対策を立てたりしながらプレーしてきたからだ。動画も見たし、ウィキも見た。そういう努力を重ねてきたから今がある。それが間違っているとは思わない。今日までの一ヶ月が間違っていたとは思わないし、思いたくない。
 姉と妹であり続けるのも、きっとそれなりに努力は必要なのだ。恋人で在り続けることとか、夫婦であり続けることとかに比べれば簡単なのだろうが、それらはゲームのように簡単に「やーめたっ」と放り出していいものではない。
 つきつめれば、ゲームはいつか放り出す。しかし、それまでの道のりの雰囲気や長さは、プレイヤーの努力により劇的に変わるのだ。
「……明日金曜日でしょ。こなたの家に遊びに行ってこようと思ってるの」
「だいたい一ヶ月経ったもんね。今ならお姉ちゃん、こなちゃんに勝てると思うよ」
 でも負けることもあるかも知れない、とつかさは付け足す。
 こなたも、そしてかがみもつかさも、恐らく腕前的にほとんど今では大差がない。つかさの言うとおり、勝敗は拮抗するだろう。
「正直言って、たった一戦の勝ち負けにはそれほど拘ってないの。仮に明日こなたと対戦したとして、最初の一回に仮に勝てたとしても、2戦目3戦目と負けるかも知れない。なら最初の一戦の勝利の意味というのは、それほど大きいものじゃないと思うの。それこそ、つかさがさっき言ってたザンギ戦みたいに。私もね、割と似たようなことは考えてるんだけど、違いがあるとすれば、私はこなたに”勝ちたい”と思ってるわけじゃなくて、”こなたと戦いたい”と思っているところかしら」
「勝ちたいとは思ってないの?」
「そりゃ勝てたら楽しいでしょうけど、ずーっと勝ち続けることは出来ない。でも、”結果として勝ったり負けたりしたい”とは考えてる」
「……私は別に、今日のあのザンギと何度も戦えるわけじゃないし」
「まあ、そりゃそうよね」
 女子高生が同じベッドに潜り込んでやるべきことの基準などかがみは知らないが、普通はスト4を語り合わないだろう。


ラッキーストリートファイター5

 らっきーストリートファイター4


第四話 『特訓 その3』


 かがみとつかさがスト4を購入してから、そろそろ三週間が過ぎようとしている。スト4をやるのが日常になりつつあり、アケステのレバーをいじる手つきもサマになってきているようだ。
 ここのところは、同格相手には勝ったり負けたりだが、相手によっては負け越すこともあったし、勝ち越すこともあった。ランクマッチだけでは概ね一回きりの勝負になるため、同じ相手と何度も戦えるプレイヤーマッチで戦うことが多くなっていた。繰り返し戦うことで相手の攻め手が見えてくるため、対策も立てやすい。相手の苦手とする行動を多めにしたり、相手の得意な攻め手を封じたり出来れば勝率はぐっと上がる。
 そして、比較的負け越す相手に共通するものとして、ひとつの起き攻めの存在があった。
「この、起き上がりギリギリの飛び込みが結構強いのよね」
「昇竜で返せるか返せないかの微妙なラインのタイミングの飛び込みでしょ。際どいのには手を出さないようにしてるよ」
「めくりだった場合は?」
「めくりの場合はタイミングが甘いことが多いから、振り向き昇竜決め撃ちで。見せておけば迂闊にめくってこなくなるから」
「真上の裏表が分かりにくい場合はどうする?」
「うーん。ガードするしかないけど、結構食らっちゃうことが多いかも」
 彼女たちが談議しているのは、ダウン時の被起き攻めに関することである。こちらの起き上がりにピッタリ重なるように攻撃を重ねられると、対空昇竜で迎撃しにくいのだ。もしかして出せば迎撃できるかも知れないが、間に合わなくて相手の着地後のガードが間に合うように見える。だから対空が出しにくい。なにせ対空というのは当てるつもりで出すものだから、EXセービングキャンセルの準備もしていないことが多い。相手の飛びを返すつもりが、むなしく自分だけ昇竜で飛び上がってしまう結果になってしまうのだ。
「たぶん詐欺飛びってやつなんだろうね。ウィキに書いてあった。リュウの昇竜は詐欺れない、ともウィキに書いてあるんだけど……」
「私、あんまり対空出ないから関係ないわね」
「そういう問題なのかな?」
 謙虚に言うかがみだが、対空の出ない自分について本気出して考えてみた甲斐あってか、今では意識すればそれなりに出せるようになってきている。つかさのような無意識対空ではない。「出すぞ」と意気込んでの対空だから、乱戦時や、あまり飛ばない相手の唐突な飛びなどには対応できないものの、普通の飛びにはほぼ対応できる。それがしゃがんだ状態であるなら、しゃがみ昇竜も出せるし、よほどバレバレなめくりなら、精度はまだまだ低いものの、振り向き昇竜で対処できる。
 さて対空に定評のあるつかさだが、今ではしゃがみ昇竜と振り向き昇竜はマスターし、あらゆる飛びを、コマンドミスさえなければ返せるようになっている。意識していれば、目の前で出されたルーファスのファルコーンキックも返せるとつかさは温厚な笑顔で豪語する。
 ちなみに”振り向き昇竜”というのは、特殊な入力方法による昇竜拳のひとつである。簡易入力という入力方式を採用しているスト4ならではのテクニックだ。例えば昇竜拳は、下→前→前下プラスパンチボタンというコマンドだが、下→前→下でも技が出る。つまり斜め方向入力は、そのコマンドに沿ったレバー方向で斜め方向は代用できるのだ。 
 もうひとつ、スト4特有のシステムとして、例え相手と反対側に向けたコマンド入力をしても、それが相手との位置が入れ替わった瞬間なら、きちんと相手側に向けて技が出る、というものがある。溜め技などでも同様となる。
 この二つを組み合わせたテクニックが、振り向き昇竜だ。相手が飛び込んできたところで、後→下→前→下→後……と、レバーをぐるぐる入力しながらパンチボタンを押すことで、相手の飛び込んできた位置がめくりの裏攻撃なら、文字通り”振り向いて”昇竜拳が出るのである。相手の飛び込み位置が表ならば、普通に昇竜拳が出る。慌てて入力すると波動拳が暴発するが、きっちりと落ち着いて入力すれば、だいたい対応できる。タイミングによっては、相手が後ろにいるのに前に昇竜拳が出て手痛い反撃をもらうこともあるが、大抵の”普通の飛び込み”なら、表も裏も対応できる。表から裏へ高速で移動するような飛び込み攻撃や、それこそピッタリ頭上への飛び込み攻撃などには機能しないことも多いのだが、相手の甘い飛びを封じることが出来るのは試合展開を有利に運ぶ意味で非常に有効だ。
 そしてもう一つ、”しゃがみ昇竜”について。
 これもスト4特有のシステムを利用したテクニックだ。これまでのストリートファイターシリーズでは、通常技キャンセルと溜め技以外は、しゃがみ状態から出せないという制約があった。かならず一度、レバーニュートラルに戻してから入力することが必要だったのだが、スト4においてこれが撤廃された。レバーニュートラルを経由せずとも、コマンド入力時点で技が発動する。このシステムの恩恵を最大限に得られたのが昇竜拳に代表される対空技である。しゃがんだ状態というのは、見た目どおりに自キャラの食らい判定が低くなる。しゃがんでいるのだから当たり前なのだが、しゃがみ状態では飛び込み攻撃がガードできない。しかし対空技を出すために立ち状態となると、食らい判定が上に大きくなるため、こちらの対空技が出る前、コマンド入力中に飛び込み攻撃を食らってしまうこともある。対してしゃがみ状態なら飛び込み攻撃が届くまでの猶予時間が長い。そういう状態から対空技が出せれば、技発動前に相手の攻撃を食らうことはほぼなくなる。きっちりひきつけて無敵時間で返さないと対空技は、以前のつかさケン対バイソンのように相打ちになることが多いのだが、より引き付けることが出来るようになるため、らくらくと無敵時間で迎撃できるのだ。
 ここでも活躍するのがコマンド簡易入力で、昇竜拳は前述の入力法の他にも、下→前下→下、というコマンドでも技が出る。レバー下属性のみでコマンドを完了できるため、しゃがみっぱなしという状態を維持したまま、昇竜拳を入力できるのだ。
 しかも、しゃがみ昇竜と振り向き昇竜は、組み合わせることも出来る。しゃがみ振り向き昇竜である。強力な飛び込み迎撃手段といえる。
 コマンド入力は若干曖昧になるため、予期せぬ技が出たり、予期せぬ方向へ対空技が出たりすることが稀にある、という不安定性はあるものの、強いことに変わりはない。使いこなせれば心強い手札となるのだ。特に、昇竜拳のEXセビキャンからウルコンをフルヒットさせられるリュウとサガットが大きな恩恵を受けている。

「とりあえず真似してみましょうか」
「そうだね」
 先ずは模倣から。上手い人の動きを真似るだけで結構違うものだ。
 これまでの順序としては、先ずコンボを練習し、次に対空を練習した。そして次に彼女たちが目をつけたのが、起き攻めであった。協議の結果、起き上がりギリギリに重なる飛び込み攻撃を仕掛けられた場合の有効な手段は見つからなかったが、ならこちらから逆に仕掛ければいいじゃないかという逆転の発想である。
 やるのはそれほど難しくない。相手をこかせてから、起き上がりに合わせて、表か裏か分かりにくくしつつ飛び込むのだ。リュウケンならば通常投げや足払い。昇竜拳での対空などから簡単に狙っていける。
 早速彼女たちはオンライン対戦で試していった。始めの方こそ、相手の起き上がりのタイミングを見誤り、早く飛び込みすぎてしまったり、逆に遅くなりすぎて対空をもらったししたものの、起き上がりのタイミングは全キャラ共通であるため、慣れるのは直ぐだ。
 なんの気なしに始めた試みであったが、この起き上がりギリギリの飛び込み攻撃、実の所そうとう強い。かがみとつかさはにわかに色めきたった。
「これ、すんごく強くない?」
「そうだね。飛び込み攻撃からならコンボも決めやすいし」
 起き上がりギリギリの、裏か表か分かりにくい飛び込み攻撃。特にリュウとケンは、飛び込み攻撃にめくり性能を持つ技が豊富に揃っており、使い分けることでもタイミングをずらすことが出来、非常に相手にとってはわかりにくくなる。
 先ず、飛び込み弱キックでのめくりがある。これは威力も相手のヒット硬直も小さいながら、めくり性能はそれなりかつ、出が早いので相手の行動をつぶすことが多い。低い位置で当てればちゃんと地上の弱パンチや弱キックに繋がるため、威力的には若干物足りないものの、安定した使い勝手をほこる。飛び込み弱キックのモーション自体が小さく、裏表の判別がしにくいのも利点といえる。
 次、飛び込み中キック。これはリュウとケンで少し足の格好が異なり、ケンのほうがややめくり性能は高くモーション的にわかりにくいため、若干ケンの優れた点といえる。めくり性能、威力、ヒット硬直ともに申し分なく、使い勝手のいい、シリーズ通してのリュウケンの代表的な飛び込み攻撃だ。欠点を挙げるなら、あまりにポピュラーであり、見切りやすい点があげられる。裏か表か、咄嗟に判別がしやすいため、対応されやすいのだ。
 最後に飛び込み大パンチがある。見た目に明らかにめくれそうにないモーションなのだが、ごくわずかにめくり性能があるのだ。斜め下に向けて正拳を繰り出すのだが、相手の後頭部に拳を当てるような感じで出すと、めくれることがある。これは非常に相手にとって見切りづらいため、使いこなせれば強力である。大攻撃のため、威力も突出している。欠点は、その微妙なめくり性能のため、繰り出した本人も、めくりになるか表になるか分からないのが難点といえる。そんなつもりはないのにめくり攻撃となり、相手の後ろに着地してしまった場合など、攻撃を繰り出した側が狼狽し、そのあと何も出来ないこともよくある。
 これら三つがリュウケン共通のめくり攻撃だ。キャラクターによっては、裏ガードなのに表に落下したり、表ガードなのに相手の背後に着地したりなど、不可解としか言いようのない現象も時折起こる。上級者たちはそれらの現象をコントロールし、相手を幻惑させて起き攻めで確実にダメージを取っていくが、かがみとつかさはそういうレベルでないし、彼女たちより上、PP3000やPP4000というあたりのステージでも、そこまでの使い手はほぼいない。こなたも、そういう現象があるという知識こそあるものの、とうていコントロールできるレベルではなかった。
 ともあれかがみとつかさは、細かいことは抜きにしてどんどん起き攻めを試していった。若干の誤差はまだあるものの、相手の起き上がりギリギリに飛び込むことにも直ぐに慣れた。するとあら不思議。これまで全精力をかけて戦ってきたPP2000あたりの相手たちに、あっさりと勝てるようになってきたのだ。
「……やばい。これ強すぎ。今までこういう攻め方してくる相手のこと、うざいなあとしか思ってなかったけど、こりゃ納得だわ。しないほうが損してる」
「飛びからだと、地上コンボと移動投げでプレッシャーかけやすいね。意識配分がラクだから。相手がちょっと可哀相かも」
 かがみとつかさは軽い興奮状態に陥った。これまで彼女たちは、地上でのじりじりした戦いを有利に運び、対空で落とすという堅実な戦いを重ねてきた。故に、起き攻めによる一方的な攻めがとてつもない快感だった。
 何が良いのかというと、相手の飛び込み攻撃をガードする場合、”立ち状態”でいるしかないのだ。しかし、表か裏か判別できずに飛び込み攻撃を食らってしまうと、立った状態でいることになってしまう。そして、リュウとケンに共通することとして、竜巻旋風脚が立ち状態の相手にしかヒットさせられないことがある。これまでめくり空中竜巻くらいにしか使っていなかった竜巻旋風脚を、起き攻めからのコンボに絡めて行くことで、コアコパ昇竜のように”失敗すると致命的なスキを晒す”コンボを無理に狙わなくてもよくなるのだ。
 リュウならば、飛び込み攻撃からしゃがみ弱パンチ二回のヒット確認からしゃがみ中パンチに繋ぎ、そこから竜巻旋風脚を出す。
 ケンならば、しゃがみ弱パンチから立ち弱パンチ。そこからしゃがみ中キックに繋ぎ、EX竜巻旋風脚で締めるのがポピュラーだ。
 しかも、それらのコンボの後に更においしい展開が待っている。リュウの場合、相手が画面端ならばEX竜巻かEX波動拳に繋ぎ、滅波動拳で追い討ちすることが出来る。ケンの場合追撃は出来ないものの、EX竜巻旋風脚を相手にヒットさせた後は、1フレームケンが有利となる。弱パンチの発生すら3フレームなので追撃は出来ないのだが、”1フレーム有利な状況でケンと相手が密着している”というのは、相手にとって恐るべき瞬間である。投げと昇竜の二択を咄嗟に迫られるのだ。
 竜巻旋風脚をからめたコンボの威力が高いことや、その後の展開を有利に運べることは、彼女たちは知っていた。しかし、これまで竜巻を当てる機会がなかなか無かったのだ。それを起き攻めから簡単に狙っていけてしまう。
 された相手にとっては苦痛以外のなにものでもないのだが、している側にとってはこれ以上ない至福の瞬間といえる。起き攻めの楽しさがスト4の楽しさといっても言い過ぎではない。迂闊に攻められないスト4だからこそ、一方的に攻めることが出来るのが楽しいのだ。
 そんな感じで姉妹はランクマッチをどんどんこなしていった。時折の負けはあったものの、PP2000台の相手にどんどんと勝って行った。対空と堅実な立ち回りを頼みに戦い抜いてきた彼女たちに、起き攻めという強力な手札が加わった。基礎が充分すぎるくらい出来ていたのだから、これまで辛勝してきた相手に割りとあっさり勝てるようになるのは必至だった。

 それから100戦ほど経過し──。
「……おし、PP3000いった!」
「おめでとうお姉ちゃん!」
「ばかね。つかさだって頑張ってたじゃない。私たち二人の記録よ」
 姉妹は破顔して喜び合った。オンライン対戦を始めてから3000戦ほどを消化してのPP3000到達であった。3週間で3000戦でPP3000。奇妙にキリが良いといえば良い。
 スト4のオンライン対戦のプレイヤー検索は非常によく出来ており、異常に格上の相手とは当たらないし、かといって必要以上に格下の相手とは当たらない。ほぼ必ず同格か、少し格上か、もしくは少し格下との試合となるため、そこまで一方的な試合にはそうそうならないのが特徴だ。格下相手にも油断するとあっさり負けるし、格上相手にも、噛み合えばワンチャンある。そのあたり絶妙なさじ加減でマッチングされるのがスト4であるが、PP2000の人間が検索すれば、やはり多いのはPP2000の相手となる。
 そして、PP3000というステージに上がったかがみたちの相手は、これからはPP3000というポイント保有者がやはり多くなるのである。安易な起き攻めには慣れているためそうそう通らないだろうし、より高度な回避をしてくる相手もいるかも知れない。

 ※高度な回避……起き上がりにリバサでセービングを出し、相手の起き攻め攻撃をセービングしつつステップで逃げること。相手が裏落ちしたら前ステップ、表落ちしたら後ろステップしないと、無防備でしかも白ダメージを負った状態で相手に近づくことになるので非常にリスクは高い。攻める側としては、リバサセビ読みで、飛び込み攻撃→しゃがみ大キックなどでステップを刈ることも出来るが、相手が必ずセービングするとも限らないため、100%の対処は攻める方も守るほうも不可能である。
 また、リバーサルでセービングを出すということ事態それなりに難しいため、やはり中級者以上の技量は必要となる。

 ともあれ、これから姉妹が相手にしていくのは、戦い慣れた猛者たちになる。気を引き締めていかねばならない。
「まあ何とかなるでしょ」
「そうだね」
 しかしそんな感じで、あくまで姉妹がは気楽だった。


   ◇


 かがみたちがPP3000に到達して喜んでいた頃。
 泉こなたも、自室でスト4を起動し、トレーニングモードでコンボ練習など行っていた。こなたはコンボ練習は嫌いではない。ああやればこうなる、といういかにもゲーム的なところが肌に合うのだろう。常に駆け引きが求められるのがスト4だが、浮いた相手にコンボを決めるのに読み合いもなにも無いのだから。
 こなたも7000戦くらいをこなしている。勝てる相手には勝てるし、勝てない相手にはどうしても勝てない、という頭打ちの段階になり徐々に飽きて、あまり触らなくなったのだ。コンボ。強い攻め方。そして相手の攻めパターンを覚えることで、だんだんと勝てるようになった。
 PP3000台が安定しはじめたのは5000戦あたりの頃だ。気が付いたら安定していたという感じで以降、3000台前半から、ほんの気まぐれ的に4000台に足を突っ込んだこともあるが、直ぐに下がって3500くらいで安定している。つまりそれくらいが、数値化されたこなたの、だいたいの実力ということになる。
 ちなみにこなたが練習していたのは、対空に出したタイガーアッパーカットの”相打ち”からの、ステップハイキック→タイガーディストラクションというえぐいコンボである。
 サガットのアパカには攻撃判定発生と同時にまで無敵時間があり判定も広いため、ひきつけて出せばだいたいの飛びを落とせるのだが、逆に無敵時間の切れた状態のアパカ、つまりひきつけないでアパカを繰り出し、わざと相手の飛び込み攻撃との相打ちを狙うのだ。
 この場合、相手は普通に対空を食らうのと同じように吹き飛ぶが、アパカが相打ちとなったサガットは、地上でわずかな時間ののけぞり状態を経て、すぐに動けるようになるのだ。相手が空中に浮いている間にサガットは体勢を立て直すため、そこからステップハイキックや、そのままウルコンを決めることが出来る。タイガーニークラッシュでも追い討ちが可能だ。
 リュウも、対空昇竜拳相打ちから滅波動拳が入るという、いわゆる”相打ち滅”とか”相打ちウルコン”とか言われている現象であるが、おおむねこの現象に対して、開発者側の調整不足という指摘がなされている。強いコンボはそれなりのゲージ消費を必要とし、かつ、コンボ補正に注意して調整がされなければならないが、これらの現象からウルコンを当てた場合、補正がほとんど掛からずに大きなダメージを相手に負わせることが出来る。
 相打ちなのに美味しいダメージ。しかもゲージを消費しない。
 理不尽極まりない現象であるが、狙いどころも決して多いわけではないし、相打ちを確認するのもそれなりの力量を要すものだ。慣れていなくては出来ない。
「はいはいワロスワロス。これは確かに反則だよね」
 こなたは、トレモで相手に飛び込み攻撃を繰り返すようレコーディングしてから、ひたすら相打ちアパカからのステハイウルコンを練習していた。目が線になる特有の表情で、ごっそりと減った相手の体力ゲージをぼんやりと眺めた。
 ちなみに「はいはいワロスワロス」というのはネット上のスラングの一つであり、「はいはい笑ってやんよ」という冷笑的な意味合いを持つ。補足だが、類義語っぽいが違う意味を持つものとして、「ワロタw」というのがあるが、これは本当に笑えた場合のコメントである。
 さてサガットのこの、相打ちアパカからのステハイウルコン。ゲージを使わないのに超絶なダメージを与えることから、食らった側は諦観にも似た感情を得ることが多い。やる気が失せるというほどではないが、やれやれという気持ちになるのだ。それによりふと出てしまう苦笑いを表したのが、「はいはいワロスワロス」というセリフなのである。誰が言い出したのか今となっては知るべくもないが、それをルーツとし、サガットのウルコンまでの流れのコンボのことを”ワロスコンボ”。サガットのウルコン、タイガーディストラクションのことが”ワロス”と呼ばれるようになったのだ。スト4プレイヤー達への浸透率は非常に高く、アーケードのサガット使いのトッププレイヤー達自身も、ワロスと言っている。冗談みたいだが、「ここでワロス当てて……」とか、普通に話している。一応であるが、ワロスの正しい使い方と間違った使い方を記載する。

 正……サガットのワロスが溜まっているぞ
 意味……サガットのウルトラコンボゲージが溜まっている

 誤……サガットのウルコンはタイガーワロスです
 ワロスはそれだけでタイガーディストラクションの意味を指すため、タイガーワロスと言うと、タイガータイガーディストラクションとなるため、誤用である。
 
 認知度としては、前述のように、サガットのウルコンをワロス。ウルコンを絡めたコンボをワロスコンボと言うのが一般的だが、厳密には、対空アパカ相打ちからステハイ→ウルコンの流れと、対空に使用したステハイからのウルコンの二つのみを、ワロスと言うのが正確であると思われる。それら二つはゲージを使用しないうえに超絶火力のため、特にそう言われるのである。
 もちろんこなたもそれを知っていた。そして偶然出来たことはあったかも知れないが、狙ったことや相打ち確認を意識したことはない。そういうことはガチ勢──いわゆるアーケード勢のやることだと思っていた。何となくやってる自分には不要なものであるし、出来るとも思っていなかった。
 他にも幾つかのコンボや、これまで使っていなかった連携などの練習を行った。密着での弱中攻撃での固めから、少し下がってのしゃがみ大パンチでの投げと暴れ潰しなど、これまで意識もしてなかった連携を次々試していった。
 サガットは起き攻めの強いキャラではない。飛び込み弱キックがそれなりのめくり性能を持つため、それを用いて果敢に起き攻めをするプレイヤーもいるが、基本的に自分から密着していく必要はない。相手をダウンさせたら、間合いをとって飛び道具を連発するだけでいい。しかし、相手が飛び道具の弾幕をうまいことかいくぐって近づいてきたらどうするのか。
 こなたも動画などよく見る方だ。そのなかの、上手いサガットの動きを思い出す。先ずは模倣からなのだ。
 近づいてきた相手に対しては、リーチが長く、相手のしゃがみ攻撃の外から当てることも出来る立ち中キック。しゃがみ弱キック数発からの下タイガーショット。相手の出鼻をくじくような感じで”置いておく”タイガーニークラッシュで、”追い払う”のが理想的だ。多段技の立ち大キックはセービングに強くまた、斜め上方向に強いため、ジャンプで近づいてくる相手に効果抜群だ。
 大事なのは、ワンパターンにならないこと。初級者や低年齢層のプレイヤーがよくやるのだが、同じことばかりを繰り返す戦法である。それが強い攻め方ならそれなりに機能するが、いくら強くても同じことばかりでは見切られる。サガットはしかし、同じことばかり繰り返しても相当に強いのだが、それなりの腕前を持つ相手には対応されてしまう。
 選択肢を適度に散らして、見切られないように戦うのが理想的だ。相手を追い払う手段も追い詰める手段も、最低三つは欲しいところだ。
 ひとしきり練習し、こなたはオンライン対戦に挑んだ。こなたとマッチングするPP3000からPP4500前後の相手の実力は、似たポイントであってもピンキリだが、暫くは全く勝てなかった。柊姉妹のように毎日毎日来る日も来る日もスト4に明け暮れているわけではないため、ブランクがあるのだ。
 加えて、”様々な選択肢”を考慮しながら戦っていると、結局何も出来ずに押し負けてしまうことが多い。万能の攻めは無いから、ある程度割り切って攻めていく必要がある。そのためには慣れと自信が必要なのだが、こなたはまだ、自身の頭に描く理想のサガットの攻めに対しての、慣れと自信、その両方を得ていない。後手に回るのもやむを得なかった。
 これは、新しいことをやろうとすると、一時的に弱くなるという現象である。通過儀礼のようなものなのだ。
 そんな風に何十戦と消化していると、少しずつとるべき行動が見えてくる。もともとスト4に慣れているからそれほどの苦ではなかった。
「……ここ?」
 垂直飛びの多い相手だった。対戦相手の頭上辺りにい垂直飛びをし、下降時に攻撃をガードさせつつ地上技に持ち込む。真上から降ってくる相手の対処は、慣れていないと難しい。中級程度のプレイヤー同士までの対戦まで散見する光景であるが、中級でも上手い奴には、リズムを読まれると対処される。そして上級者には、リズムを読まれなくとも、一回目の垂直飛びすらも返される。要は飛び込み攻撃だから、対空の的になるのだ。
 こなたは、相手の垂直飛びのリズムを読んで、ステップハイキックを出した。相手にヒットするが、大きく吹っ飛ばない。だから再度ステップハイキックが入ってしまう。大攻撃だからそれだけでも大きなダメージなのに、更にそこからウルトラコンボを追撃としてフルヒットさせることが出来る。相手が画面端だと後半部がカスヒットになるが、充分な性能といえる。
 相手はワロスコンボを食らって一気に体力ゲージを失った。ノーゲージで5割以上持っていくのだからたまらない。
「ふぅ……」
 こなたは安堵の溜め息をつく。大きいコンボといえば飛び込み攻撃や相手のスキからだったこなたにとって、乱戦からウルコンまで持っていったのは初めてだった。
 飛びからのコンボは爽快感がある。しかしこの、乱戦から”相手のスキを読んで”のコンボは……。
「何だろう。安堵?」
 こなたは自分の内心をそう分析する。一瞬の攻防を制し、コンボを決めた。これまでにない体験の後に残るものは、ああ成功してよかったなあ、という安堵である。これまでは見送っていたところに差し込むような攻撃。慣れるまでヒヤヒヤする一瞬だ。
 守ることと、飛び込みからコンボを決めることは、それほどの度胸も要らない。飛び込むときは本来清水の舞台から飛び降りるような気持ちでそうしなければならないのかも知れないが、中級までなら誰だってある程度「対空されてもいいや」という気持ちで飛び込むものだ。「飛びもあるんだぞ」と相手の心に植えつけることで、地上への意識を削ぐ。すると地上で押していけることもある。(つかさのような”対空オート”にはあまり機能しないが、これがかがみ相手なら、飛び込みへの意識が逆に地上への意識を減らさせることになるだろう)
 ちなみに上級者は対空で返されない間合いとタイミング、もしくは対空をギリギリですかせる間合いでしか飛び込まないし、そんな奴は日本に10人くらいしかいないが、超上級者は、相手の飛び道具やスキの大きい技をある程度読んで、逆に積極的に飛び込んでいく。
 そして、比較的スキの少ない突進系必殺技で攻めていくのも、それほどの度胸はいらない。勝手に自キャラが進んでくれるからだ。
 しかし、歩いていって攻めたり、相手の比較的ローリスクな行動に付け入っていくのはたいへんな度胸を要するものだ。さっきの相手が多用していた近間での垂直飛びも、リスクはそれなりに少ない。反撃できる人がそうそういないからだ。
 そういうところから攻めの起点を作っていかないと、上級者もしくは上級に片足を突っ込んでいるような中級者に勝つのは難しい。こなたは諦めて”フツーの中級者”に甘んじていたが、意外とやれば出来るということを今日知った。

 ──泉さんは、もっと上のステージを狙えると思います。

 きっかけはやはり、みゆきの一言だった。それはそのままこなたのスト4への再起へと繋がった。それなりに結果は出したものの、まだやり残したことは山ほどある。これがロープレなどなら考えられないことだ。
 レベル上げ。レアアイテム回収。隠しイベント制覇。そして裏ボス最短ターン撃破タイムアタックまでやるのがこなたのスタイルだ。
 それに比べるとスト4は、こなたとしてはあまりにもやり込んでいない。勝てば称号やポイントを得ることが出来るが、本質的にそういうゲームじゃない。自分の腕前を磨いてより強い相手を打倒する。その道のりに終わりは無い。何かを集めたり、レベルを上げたりするという具体的な目標はないのだ。そういうところにモチベーションや価値を見出すものではない、非常にストイックなゲームなのだ。
 しかしこなたは、それが最良とは言わない。やっぱり好きなのはレベル上げでありレアアイテム収集なのだ。
「……でもまあ、たまにはいいかな」
 そんな感じで、こなたはスト4のオンライン対戦をこなしていった。


  ◇


 週末の金曜日。
 こなたと、かがみとつかさ。そしてみゆきの四人は、こなたの買い物に付き合う名目で寄り道を楽しんでいた。実に久し振りの四人での行動という感じだったが、何ヶ月もご無沙汰してたわけではなく、たったの三週間だ。
 かがみとつかさは正真正銘、毎日毎日スト4をやりこんでいるが、たまには息抜きも必要だろう、という姉妹共通の意見だった。
 みゆきも暇だったらしく、こなたの買い物に付き合うことになったのだ。
「その買い物のお金はどっから出てくるのよ」
「言わなかったっけ? 私バイトしてるから。接客」
「喫茶店だよね。こなちゃん、すごーい」
「確か、ここから割りと近くでしたっけ」
 そんな経緯で、彼女達はこなたのバイト先である喫茶店に寄った。アニメ風のコスプレが特徴的な店だ。値段は決して安くは無い割りに、メニューはいまいちという特徴も、この手の店に共通している。
 とはいえ別に拘りもないかがみたちは、見目きらびやかな衣装の女の子たちを物珍しげにじろじろ眺めて楽しそうだが、こなたはどこか落ち着かないようだ。
「……普通はね、友達のバイト先とか遠慮するものだよ」
「こなたにそういう普通の感性があることに驚きだわ」
「あはは。お姉ちゃん、ひどーい」
「今度は泉さんがシフト入っているときにまた来ましょう」
 特に目的もない集いだが、久し振りだし気心もしれていれば、それだけで楽しい。そろそろこなたが本気で居辛そうにし始めそうな少し手前まで、楽しく過ごした。

 そして、喫茶店から出たところで、かがみの足がふと止まった。じっと一点を見据えたまま動かない。かがみが見ていたのは、近くにあったゲーセンの軒先あたりだった。こなたはかがみの視線を追いかける。
(あ……)
 そこには、何だか仲睦まじい感じのカップルがいた。いや、年齢と服装や、その”雰囲気”から、夫婦なのかも知れない。とても幸せそうだった。夫婦でゲーセンというのも若々しくていいね、などとこなたは老成したことを思った。
 しかし、かがみのその視線が気になる。かがみは、結婚してもいかにも家庭だけに収まるような女ではなく、どちらかというと仕事に打ち込みそうなイメージがある。しかしそれはイメージであって、本質的にああいった家庭的な幸せへの憧れがあるのかも知れない。そしてそれは、もしかして最近かがみが妙に忙しそうにしていることに関係があるのかも知れない。
 いつかはああいう家庭を築けたらな、と。かがみはそんなことを考えているのかも知れない。それはもしかしたら、最近放課後にこなたたちと寄り道することも惜しんで会いに行っているかもしれない、”素敵な人”と。
 などと、こなたはあれこれ想像をめぐらせたものの、残念ながら大前提が致命的に間違っていた。
 仲睦まじい夫婦の姿など、かがみの視界の画面端にも入れていなかった。かがみの視線を捕らえていたのは、ゲーセンの軒先から覗くとあるゲーム筐体。ゲームはもちろん、ストリートファイター4だった。
 コインを入れると自動的に乱入対戦が始まるというアグレッシブなシステムのスト4の周りでは、人が入れ替わり立ち替わりしている。追加キャラを加えた家庭用が発売されても、あくまでゲーセンでやりたいという人は沢山いる。というか、ゲーセンでしかやらない、という人がかなり多い。ゲーセンの過疎化、ライト層化。特に格闘ゲームの下火が叫ばれている昨今としては、かなり、というか相当の求心力を発揮しているといえる。
(……いつかはあの場所で。でもまだぜんぜん腕前が足りない。もっと強い人と戦って、強くならなくちゃ)
 別にゲーセンの格闘ゲームは上級者だけのものではないが、腕に自信の無い者が入っていきにくい空間であることは間違いない。勝てる人はゲーム筐体のそばにいる時間が長くなる。負ければ早々に椅子を立たねばならない。その差はそのまま気持ちの差になるのだ。
「……かがみ」
「あ、うん。何でもない。行こ」
 かがみは呼ばれて、何かを繕うように笑った。こなたはその笑顔に気持ちがざわめく。ところがどっこい、かがみが毎日会いに行っているのは素敵な人ではなく、”俺より強い奴”だった。
 かがみの視線は真摯だった。 だからこなたは、その心のざわめきが、悲しくも大きな勘違いであることに気付く要素はなかった。


  ◇


 帰宅し、夕飯を食べ、そしてまたかがみとつかさはスト4に取り掛かる。まるで義務のような体であるが、まったくの初心者からスタートした彼女たちは、二人で話し合いながら取り組むというのが功を奏し、決してなだらかではない道のりを堅実に進んでいる。
 コンボを覚え、対空を覚えた。安易に飛ばず地上を大事にし、起き攻めも覚えた。細かいところを残すものの、一見してスト4の一通りのテクニックを会得したようにも見える。
 しかし、そうではない。明らかに中級者と上級者を隔てる一線が存在する。彼女達はまだそのラインを超えていないし、超えるべき準備も整っていなかった。
 時刻は夜の十時ちょっと前。明日が土曜日ということもあり、平日よりもオンライン対戦が賑わっている。対戦はPP3000台の戦いなれたプレイヤーが多くなってきたが、かがみもつかさも、十回やれば6回ないし7回は勝っていた。負けるにしろ、「次は勝てる……かも?」と思わせる手ごたえを得られるものであった。
 かがみとつかさが交互にプレーしているのも相変わらずだ。つかさの反応速度と対空精度。そしてかがみの我慢強さと堅実さ、読みの鋭さ。二人が合わさったら最強かもねなんて話しながらの、オンライン対戦ランクマッチ。今度はかがみの番というところで、PP3300の相手とマッチングした。
「そろそろ遅いから、次のつかさの番で終わりにしましょうか」
「そうだね。勝って終わりにしよう。お姉ちゃんも」
「ええ」
 意気も揚々と対戦に臨むかがみ。相手は豪鬼だった。


 試合は飛び道具の撃ち合いから始まった。相手は時折多段ヒット技の灼熱波動や、斬空波動、阿修羅閃空。百鬼の空振りなども交えながら、ゲージも溜めている。かがみも負けじと少し前に出ての波動や、弱と強の打ち分けなどで、的を絞らせないようにしている。
 動きでわかる。この豪鬼は多分かなり上手い人だ。当たりそうな波動も、斬空波動でのタイミングずらしによりかわされてしまう。
 しかし、斬空を”撃たせる”のは、リュウを使う上で豪鬼戦にとっては重要だとかがみは考えている。近い間合いで撃たせた斬空を”くぐる”ことが出来れば、豪鬼の着地に合わせて足払いで蹴れる。しかし豪鬼側だって安易にくぐらせてはくれない。中距離での間合い取りに付き合いつつ、どこかで間合いを詰めていく必要がある。阿修羅閃空と、ステージ上空を大きく弧を描いて飛んでいく空中のぼり竜巻旋風脚、通称逃げ竜巻があるから、端に追い詰めるのもそれほど効果をなさない。
 豪鬼にダメージを与えるのは画面中央。あとは中距離を意識し、豪鬼を逃がさないようにしていくのが大事だ。阿修羅閃空で後ろに逃げられるのはかまわない。リュウにも性能のいい波動があるから、遠距離戦は困らない。背後に逃がすのが駄目なのだ。また間合い調整からのやり直しになるから、それまでダメージレースで負けていた場合、タイムオーバーで負けることにもなりかねない。中距離ならば、背後に逃がすことは絶対にないのだから。
 豪鬼が百鬼襲という空中を弧を描く奇襲技でかっ飛んできた場合、返せそうなタイミングなら、例え相打ちになりそうでも昇竜で返していく。速いスピードで飛んでくるため返すのは容易ではないが、百鬼を通すのは出来るだけ避けたい。ブレイク技である百鬼派生パンチと、投げの百鬼派生投げを食らったらダウンしてしまう。そこからの”対空で返せないタイミングの百鬼”がきつすぎるからだ。豪鬼戦の負けパターンである。
 また、百鬼をうまくガードできたとしても、出来れば豪鬼と密着戦はやりたくない。移動速度の速い豪鬼の当て投げをしのぎきるのは難しいし、投げでダウンを取られた場合、そこからのめくり竜巻→大足払いループ。通称”ときど式”という起き攻めの的にされてしまうのだ。もともと見えにくい胴着系のめくり竜巻だが、豪鬼の場合、めくり竜巻をヒットさせた後に、足払いが入る。それでダウンしてしまうと、更に起き上がりにめくり竜巻を重ねられて大足でダウン。さらにめくり竜巻……という起き攻め地獄に陥ってしまうのだ。リュウケンと事なる凶悪さは、そのループ性の高さにこそある。更に、めくり竜巻ではない普通の飛び込み攻撃という可能性もある。正直に言って、かがみにはめくり竜巻と表攻撃を見分けることは出来ないし、今後も見える気がしない。つかさは見えるらしく、表攻撃は表ガード、タイミングの甘いめくり竜巻は振り向き昇竜、きっちり重なる攻撃はガードと、器用にしのいでみせている。わが妹ながら恐ろしい子……とかがみは思う。
 さて、試合は意外にも豪鬼側が攻めて来る形で動いた。逃げ性能の高さから、ラウンド開始から最後まで逃げ続けるプレイヤーすら少なくない豪鬼は、体力値の低さもともない、とりわけ攻めてこない傾向にある。だからかがみには、少し意外だった。かがみも攻めっ気が強いところがある。受けてたってやる、という気持ちで前に出た。
 間合いはお互いの大足払いが当たるより少し外の位置。波動を飛ばれたらフルコンボを食らってしまうが、飛び込んだら昇竜拳で落とされる。竜巻旋風脚での奇襲という選択肢は、ないことはない間合いではあるが、よく見ている相手には基本通じないと思っていい。この、足払いが届かない間合いというのは、胴着系にとってやることが少ない代わりに、極めて重要な間合いである。全てが読みにより左右される世界だ。波動拳だって、この間合いで見てから飛べば、対空昇竜が間に合う。だからある程度読んで、波動を見る前〜見るのと同時くらいに飛ばなければ通せないのだ。
 とはいえこう着状態から飛んだって落とされるのは見えている。かがみは前に出た。先ずは基本、中足をガードさせるところから始めようと思ったのだ。中足の先端がギリギリ当たる、という間合いで中足を出したが、当たらなかった。代わりに、中足の戻りモーション中に、豪鬼の大足払いを食らってしまった。すかさず百鬼をかぶせてくる。めくり性能もある百鬼派生キックを、からくもガードすることが出来た。表裏がわかりにくい間合いは確かにある。しかしかがみは、中足に大足を合わせられたことがショックだった。つかさと同じで、こいつも目がいいやつだ……。かがみは先行きに不安を感じた。
 例えば今のように、相手の中足をぎりぎりですかして、大足払いを当てるようなテクニックを”差し返し”という。かがみがしようとした中足を”差す”という行為に対しての返しという意味である。大足払いの性能が良く、また歩く速度も速い豪鬼は、指し合いに強い。
「お姉ちゃん……」
「……」
 何か返事をする余裕はない。かがみは劣勢を強いられていた。とにかく間合い取りと指し合いが上手い相手だった。安易に阿修羅閃空で逃げず、斬空で被せてきたり後ろ飛び斬空で逃げたりもしない。じりじりと間合いをつめて、しゃがみ中パンチや、レバー前入れ大キック。通称カニ歩きという2ヒット技の特殊技で、たくみに固めてくる。ときおり波動や垂直飛びからの波動も混ぜてくるが、リズムが読めるほど単調ではない。中足から灼熱波動で押し返したいかがみだが、中足は大足で刺し返される。
 三度目にこうむったダウンの後の百鬼の起き攻めが、明らかにリュウの後頭部付近への攻撃に見えたにも関わらず、めくりではなく表攻撃だった。かがみはそれを食らい、地上コンボまでマトモに食らってしまう。百鬼K→立ち大パンチ→豪波動拳→EXセビキャン→立ち大パンチ→弱竜巻→豪昇竜拳という非常に痛いコンボだ。最初の大パンチの後が波動なのは、ヒット確認と相手の気絶値溜めである。
 この時点で敗色は濃厚になっていた。逃げ性能の高い豪鬼から、少ない体力からの逆転を狙うのは難しい。起き上がりに重ねられた投げをかがみはグラップできずに食らってしまう。残り体力値は、その段階で1ドット。起き上がりに重ねられたEX豪昇竜拳に、かがみが悪あがきで出したEX昇竜拳が上空で潰され、1ラウンド目を落としてしまった。豪鬼の昇竜拳は無敵時間が長く、ノーマル同士、EX同士でかち合うと、同士に出したリュウとケンの昇竜拳は潰されてしまうのだ。
「……これは分が悪いかな?」
「ちょっとねえ」
 柊姉妹は、相手との明らかなレベル差に、少しひよっていた。最終的に豪鬼の体力は3分の2ほど残っていた。地上戦で偶然当たった中足と、中足波動による削りダメージだけだった。豪鬼には起き攻めが機能しにくいが、そもそも起き攻めのチャンスすらなかった。でもワンチャンあるよ、とつかさはかがみを叱咤する。アリガトと返事をしたものの、ワンチャンはないような気がするかがみであった。
 そして2ラウンド目。1ラウンド目は甘い飛びなどしてこなかった相手だが、開始から十数秒で今度は飛んできた。かがみは危なげなく昇竜拳で落とす。やっと掴んだ起き攻めのチャンスだが、豪鬼はリュウの起き攻めを、阿修羅閃空でやすやすと逃げていく。かに見えた。
「……それ読んでるからっ」
「阿修羅狩り!」
 豪鬼の阿修羅閃空を、リュウの竜巻旋風脚が追いかけていく。阿修羅はコマンド入力直後から全身無敵だが、終わり際に長いスキがある。これは見た目以上に長いスキであり、きっちり読んで、阿修羅の終わり際付近で待機できれば反撃を入れることが出来る。リュウは比較的反撃しやすい方で、竜巻や波動で追いかけたり、追いかけての大足払いや、読み切っていれば滅波動拳まで入れられる。
 ちなみに今のかがみの竜巻は、見てからではなく読みであり、飛び込み攻撃段階から入れ込んでいたものだ。最初の一回くらいは阿修羅で逃げられるだろう、という豪鬼側の心理を読んだかがみの一手だった。つかさには見えるのだろう。しかしかがみには見えない。ならば読みでどうにかするしかない。
 豪鬼は端まで吹っ飛んだが、かがみは過度に詰めすぎなかった。現段階ではかがみにゲージもない。相手を画面端に。自分は少しはなれて波動拳と、ジャンプ抑止の斜め上方向に蹴り上げる立ち大キックを適度に撒いてけん制した。相手の波動はセービングをし、ウルコンゲージを溜める。
 そして、ゲージが程ほどに溜まったところで勝負に出た。前ステップから中足をガードさせる。豪鬼の背後は画面端のため、得意の間合い調整が出来ないのだ。少し歩いてしゃがみ弱パンチを2度ガードさせる。そこから更に少しだけ歩き、しゃがみ中パンチから灼熱波動拳を入れ込んだ。投げか、打撃か。ともかく何かを警戒して動いた豪鬼に中パンチがヒットし、灼熱まで連続ヒットした。
 相手に画面端を背負わせるのは、スト4の、いや格闘ゲームの基本戦術だ。(画面端のないゲームもあるが)特に画面端のコンボを多数持つリュウは、その基本戦術の恩恵を受けやすい。かがみはその恩恵を、最大限に享受し発揮した。
『真空……波動拳!!』
 灼熱波動の追撃に、画面端ならそのままウルコンが繋がる。画面端でなくともEXセビキャンすることで繋げられるそのコンボは、本来8ヒットする滅波動拳が6ヒットしかしないという欠点はあるものの、ノーゲージで繋がるのはあまりにも美味しい。体力値の少ない豪鬼ならばダメージの通りも良い。
 画面端に相手を追い詰め、逃がさないように鳥かご状態にして少しずつダメージを奪う。ゲージが溜まったところで、ウルコンまで繋げられる中パンチ入れ込み灼熱をさりげなく狙っていく。動こうとした相手に当たることが多い中パンチは判定も強く、相手のけん制技をつぶしやすい。そこから滅まで持っていきダメージを奪い、引き続き画面端に追い詰めることを維持して倒すのが、かがみの勝ちパターンだ。
 滅波動拳まで食らった豪鬼の体力ゲージはカラになり、2ラウンド目はかがみが取った。最初の阿修羅読みの竜巻から、終始ペースを維持したかがみであった。
「やったねお姉ちゃん!」
 つかさは喜ぶが、しかしかがみは納得いかんという顔をしている。
「どうしたの?」
「……気のせいかもだけど、どうも舐められてるみたい。阿修羅や逃げ竜巻で逃げられるチャンスは何箇所かあったはずなのよ。なのに逃げなかった。甘い飛びもあったし、これはあれね。2ラウンド目は遊ぶ、ってやつね」
 1ラウンド目を取った場合、その余裕からか、2ラウンド目は多少実験的な動きをしてくるプレイヤーが多い。また、意識せずともそうなることもある。3ラウンド目で勝てばいい。2ラウンド目はゲージを温存し、勝てそうなら勝つ。流れが悪いなら無理はしない。そういう大局的な戦い方もある。現に、相手の豪鬼のゲージはマックスだった。
 ゲージでいえばリュウも2ゲージ弱あるが、豪鬼にはなかなかゲージがうまく機能させられない。投げか、打撃か、それとも何もしないか。瞬時に判断を迫られる瞬間が、密着戦にはいくつもある。そのときゲージを2つ持っており、かつウルコンゲージが溜まっているリュウというのは、とてつもなく強いのだ。普通の技にならば、かち合ってもまず負けない昇竜拳をセビキャン出来る状況、というのは、勝ちとアイコしかないジャンケンみたいなものだ。アイコなら別にいい。しかし勝てたなら、セビキャン滅というおいしいリターンがついてくる。ノーリスクな攻めが出来るのである。
 しかし豪鬼というキャラは、阿修羅閃空で逃げることが出来る。昇竜ならガード。投げならグラップ。いずれも読み違えればダメージを負う。そういう状況を、阿修羅閃空で完全に拒否できるのだ。無理に読み合いに付き合う必要が無いこと。それが豪鬼の強さのひとつである。
 相手の豪鬼のフルゲージが不気味に明滅するなか、3ラウンド目が始まる。発生1フレームの投げ判定のスーパーコンボ。つまり”見てから逃げられない”という性能を持つ豪鬼のスパコン、瞬獄殺。正真正銘に読み切って逃げなくては食らってしまうという高性能ぶりを、もちろんかがみは知っていた。しかし、ゲージマックスの相手に臆していては、それこそ相手の思う壺だ。攻めにこそ打開がある。かがみはそう信じていた。
 少し離れての飛び道具によるけん制合戦を経て、しかし攻めてきたのは豪鬼のほうだった。前飛びからのEX斬空波動。通常一発の波動であるが、EXは二発打ち込んでくる。これが曲者であり、二発目が滞空しているうちに豪鬼が着地する。もし波動に当たってしまっていた場合、豪鬼の地上技をそのまま食らってしまうのだ。また、ガードしたとしても、弾が二発あるぶんガード硬直時間が段違いに延びる。もしかして連続ガードにはなっていないかも知れないが、うかつに手を出して折角一発目をガードしたのに、二発目を食らったりするとそのままコンボを貰ってしまう。
 かがみはバスクテでそれを回避する。間違いなく相手は勝負に出てきている。ここで押し負ければそのまま敗北に繋がる。出来れば下がりたくないが、下がるほかに選択肢がないのだ。豪鬼はさらに、百鬼襲でかっとんで来た。しかも速度が速くホーミング性能のあるEX百鬼襲だ。怒涛の攻めにかがみの対処は遅れた。棒立ちでガードしたままだった。相手はまるで想定済みといわんばかりに、取った選択肢は投げ派生だった。豪鬼はリュウの肩口あたりを掴み、バク転するように両足をリュウの背後につく。運動エネルギーは豪鬼の両足を支点にそのままリュウに伝わり、リュウはぶん投げられて画面端に追い詰められてしまう。
 まずい。これは非常にまずい展開だ。ダウンしたリュウの起き上がりに、更に百鬼襲での起き攻めが襲い掛かる。キック派生の百鬼をなんとかガードしたが、相変わらず画面端に追い込まれたままだ。何とか体勢を立て直して画面端から脱出したい。とりあえず中足波動をガードさせて押し返して……とかがみは考えたが、多分読まれていた。
「あっ!」
 脇で画面を食い入るように見ていたつかさが、思わず声を上げる。豪鬼のしゃがみ中パンチがリュウにヒットしたのだ。かがみははじめ、何がつかさを驚かせたのか分からなかった。しかしその直後に理由の嫌と言うほど思い知ることになる。
 豪鬼のしゃがみ中パンチは、ただヒットしたのでなく、リュウのしゃがみ中キックのでかがりを潰してヒットした。これは”カウンターヒット”という特殊な効果を引き起こすヒットになり、ケンの昇竜拳のカウンターヒットからのセビキャン神龍フルヒットに代表されるように、通常技のカウンターヒットにおいても特殊な効果を生み出す。ダウン攻撃ならダウン時間が若干延びるなどあるが、全てに共通することとして、”相手ののけぞり時間が延びる”というのがある。時間にしてわずか3フレームの短い時間だが、この3フレームというのはとてつもなく大きい。
 例えばリュウのしゃがみ中パンチは、相手にヒットさせた場合は、リュウ側の硬直と相手の硬直を差し引いた数字として、5フレーム先にリュウが動けるようになる。そして、その5フレーム中に、例えば発生4フレームのしゃがみ中パンチを再度出したとする。あるいは発生5フレームのしゃがみ大キックを出したとする。中パンチなら1フレーム、大キックなら猶予フレームのない0フレーム猶予となる。だから、中パンチなら1フレーム出し遅れても繋がるということだ。このようにしてコンボを繋いでいくことを”目押しコンボ”というのだが、猶予0フレームのコンボというのは上級者でも100%成功させるのは不可能だ。
 ところがこれが1フレーム猶予となると、とたんにガクッと難易度が落ちる。たかが1フレーム、されど1フレーム。2フレーム猶予、3フレーム猶予となってくると、初心者でもまず失敗しない難易度となる。
 しかし、カウンターヒットによる有利フレーム延長は、コンボ難易度を下げることが目的ではない。
 ──3フレーム猶予時間が延びるということは”本来繋がらないはずの目押しが繋がる”ということだ。
 つかさが悲痛な声を上げ、しかしかがみがまだ状況を把握していなかったとき、豪鬼のコンボが始まった。しゃがみ中パンチはカウンターヒットしていたため3フレーム有利となり、有利フレーム8。すると、発生8フレームの遠距離大キック、通称カニ歩きの2ヒット特殊技が連続して繋がるのだ。このカニ歩きが非常に高性能で、背の高いキャラには、立ち大キック2ヒット→立ち弱パンチ→立ち大キック2ヒット→……と延々コンボが繋がってしまうのだ。これは大Kループと呼ばれ、スト4において最も凶悪なコンボと言われている。バグに近いというか、正真正銘のバグと言っていい。補正により直ぐにダメージは減らなくなるものの、気絶値に補正はかからない。このコンボで一気にピヨリまで持っていき、その後最大コンボを入れつつダウンさせ。更に起き攻めで倒しきるという怒涛の攻めを可能にさせる。リュウには連続で入らないためループはしないが、立ち大キック→しゃがみ弱パンチ→竜巻斬空脚→豪昇竜拳→EXセビキャン→灼熱波動拳という、ダメージ、気絶値ともに高いコンボを食らってしまうと大惨事である。補足だが、豪鬼の竜巻斬空(旋風)脚は、しゃがみ状態の相手にも当たる上、弱竜巻のあとは昇竜やしゃがみ大キックで追い討ちできるのだ。
 カウンターヒットの際には、画面のキャラ近くにカウンター表示がされる。その表示を注意深く見ているのか、それとも技と技がかち合ったモーションを実際に見て判断しているのか。それを狙った上で確認してコンボを決めた豪鬼使いも、そして唐突にその場面が訪れたのにそれに気付いたつかさも大した反応速度だが、食らったかがみはそれどころではない。
 カウンター限の最大コンボを食らい、いっきに体力を持っていかれてしまったかがみのリュウ。体力はもう4割もない。豪鬼はダウンしたリュウに更に起き攻めをしかけてくる。百鬼ではない、弱キックによる飛び込み攻撃だ。ちょうどリュウの起き上がる頭上に降ってきたため、ガード方向が分からない。かがみは祈るように裏ガードしたが、その飛び込みは表だった。弱キックを食らったところで、かがみのリュウの気絶値がたまり、ピヨリ状態になってしまう。恐らく相手は、気絶値も計算しているのだろう。
 行動不能となったリュウに、豪鬼はセービングアタックのレベル3を浴びせる。ピヨリ状態でのダメージはコンボ補正により大して減らないように調整されている。セビ3からのシンプルなノーゲージ最大コンボか、あるいは飛び込み大攻撃からウルコンに繋ぐのが常套である。
 しかしここで豪鬼は、別の選択を取った。ウルコンの真・瞬獄殺を放ったのである。スパコン版瞬獄殺のバージョンアップ版で、発生時の無敵時間と威力こそ勝っているものの、発生は遅い。見てから逃げられる投げ技であるため、対空や相手の手を出してきそうなところに置いておく等、ぶっ放し的な使い方が大多数になる。もしくは相手の技のスキか、今のようなピヨリ状態に対してだ。
 だがピヨリ状態に仕掛けるのは、それほどメリットがあるとはいえない。補正によりダメージが激減するうえ、豪鬼側はウルコンゲージを失い、プレッシャーが低下する。また、食らった側のスパコンゲージを大幅に増やしてしまうことも問題だ。これは技によるが、豪鬼のウルコンは、特に食らった相手のゲージ増加が激しい技で、2ゲージ程度を蓄積させる。かがみとしても、ウルコンを当てられるとは思っていなかった。
『一・瞬・千・撃!』
 画面にそう表示され、暗転した画面の中、文字通り一瞬の間に無数の打撃を加える技だ。ど派手演出の割りに、ピヨリ状態補正からセービングレベル3後補正により、ダメージは弱攻撃一発分くらいしかなかった。
 リュウの体力はその段階で残り一割。もはや死に体だったが、かがみはまだ諦めていない。むしろ沸き上がってくる闘志を感じる。ここで豪鬼がウルコンを撃ったのは、豪鬼が勝ちを確信していたからだ。しかしまだ勝負は終っていない。普通これくらいくっちゃくちゃにやられて体力差も大きい場合は、諦めたりする人間も少なくない。
 対して豪鬼は、大半のプレイヤーがそうであるようにして、徐々に間合いを広め始めた。豪鬼の体力はまだ減っていない。対してリュウは一割だ。豪鬼はもう無理して攻める必要はない。離れて斬空波動を適当に撒いてればいい。
 ──ここで、真に上級者たるプレイヤーは、手をゆるめたりしない。最後の最後まで押し切って勝つのだ。相手に考える暇を与えるのは、みすみす逆転の芽を与えるのに等しいのだから。少しくらい被弾してもダメージを取りに行くべきだ。
 リュウはウルコン、スパコンゲージともにマックスだった。ここにきてようやくかがみのエンジンも温まってくる。明らかに遅いが、決して遅すぎはしない。
「お姉ちゃん、ワンチャンあるよ」
 かがみは頷く。1ラウンド目のあとの気休めではない。かがみも、そしてつかさもそれを理解している。
 遠目に単発で巻かれている斬空波動を手際よくくぐりぬけ、画面端から少し離れたところまで豪鬼を追い詰める。かがみリュウの動きはここにきてキレキレだった。フェイントを交えつつ斬空を”撃たせて”確実に間合いを詰めていく。豪鬼は今ほどになってようやく、どうやって止めを刺そうかと思索していることだろう。だがそれでは遅すぎる……あまりにも!
 かがみのリュウが、豪鬼の正面でセービングアタックの構えを取る。かがみはもうそれほど難しいことは考えていない。勝つためにはこうするしかないのだ。
 もし豪鬼が棒立ちならばセビ3をそのままぶつける。中足竜巻で器用に割ってくるならもはやしょうがない。しかしかがみの狙いは、豪鬼のバックジャンプによる回避である。
 豪鬼は一瞬面食らったように硬直したが、リュウのセービング溜めがレベル2の段階でバックジャンプした。追撃を避けるため弱の斬空波動を打ちながらの、いわゆる”逃げ斬空”をしようとしたのだが、恐らくここで、相手にとってはまさかの事態が起きた。
 バックジャンプしながら豪鬼が出したのは、単なる弱パンチ。タイミング的にコマンドミスであることは明らかだ。ジャンプ→波動コマンドというのは意外と難しく、上級者でも時折ミスることがある。
 対してかがみは、豪鬼がセービングをバックジャンプで回避したのを確認して、セビをキャンセルして前ステップをした。ちょうどタイミング的には、豪鬼がコマミスをしてジャンプ弱パンチを出したところだ。
 かがみはここまで来て、もうひとつのことしかしか考えていなかった。前ステップ直後に出した技は、弱昇竜拳。位置的に、斬空波動がでていれば、食らっていた位置とタイミングである。しかし豪鬼の致命的なコマミスにより、弱昇竜を空中で食らってしまった。
 これはたまたま噛み合った偶然である。かがみは逆転の一手として、”セービングで相手をひるませてバックジャンプで回避したところに弱昇竜を当てる”という事しか考えていなかった。豪鬼には斬空波動があることを考慮していなかったのだ。
「滅入るよ!」
 経緯はどうあれ、弱昇竜を空中ヒットさせた。つかさの呼びかけに、かがみは勿論とばかりに波動拳二回プラスパンチボタン三つのコマンドを入力する。ウルトラコンボの滅・波動拳。空中の相手に弱昇竜を当てた後は、ノーゲージで滅が入るのである。
『真空……波動拳!!』
 弱昇竜を食らって落ちてきた豪鬼に、滅波動がフルヒットする。しかもウルコンゲージマックスの滅である。弱昇竜と合わせて6割以上のダメージを豪鬼の体力ゲージから奪い去った。まさにワンチャンスである。
 体力差は一気に縮まったが、リュウの体力は一割に満たない。足払いを一回喰らえば負けてしまう状況ではじっくりと立ちまわるわけにはいかない。ここで勝負を決めなければじり貧になってしまう。先程は豪鬼が油断していたから大きなチャンスをモノに出来たが、さすがに警戒しきっている豪鬼は迂闊なことをしてこない。画面端でダウンした豪鬼に、かがみは起き攻めを仕掛けなかった。阿修羅閃空で逃げられてしまう可能性と、リバサでの真瞬獄殺を警戒したからだ。起き上がりにぴったり重なるように飛び込みから起き攻めをすると、ちょうど真瞬獄殺を食らってしまうのだ。
 だからかがみは、画面端に追い詰めたところから、起き上がりに波動拳を重ねた。豪鬼はガードする。この膠着状態で阿修羅閃空をだしても、余裕で反撃できる。だから安易な逃げはない。かがみはそう思い込んでいた。
 しかし豪鬼にはもうひとつの逃げ方がある。かがみはそれに対してすっかり警戒を解いていた。
 かがみのリュウが少しだけ前に歩いてきた瞬間、豪鬼が動いた。牽制の通常技ではないその行動に、かがみは反応出来なかった。
 ──豪鬼が取った行動は、画面端から逃げるもうひとつの方法。リュウと豪鬼のみが持つ非常に効果的な逃げ技。逃げ竜巻である。。かがみにはそれが見えず、反応出来なかった。
 豪鬼のプレイヤーとしては安堵の瞬間だっただろう。明らかにリュウは逃げ竜巻を警戒しておらず、そして前に間合いを詰めてきていたから、そこから逃げ竜巻で上空を大きく孤を描いて逃げていく豪鬼を追いかけても反撃は到底間に合わない。もともと反撃するのが難しいのが逃げ竜巻だ。あとは油断せず立ち回ればいい。豪鬼のプレイヤーはその時点ですでに、逃げ切った後のことを考えていた。
 しかし豪鬼のプレイヤーにとって誤算だったのは、今まさに対戦している相手のリュウ使いの脇に、リュウ使いと同じくらいの気迫を持って画面を注視していた、”非常に目と反応のいい奴”がいたことだろう。
「……真空波動中パンチ!!!」
 豪鬼が地上を離れ、空中竜巻斬空脚の軌道を描き始めた瞬間だった。つかさの悲鳴のような声が響いた。脳じゃなくて脊髄に。理性じゃなくて感性に訴えかけてくるような叫びだった。
 かがみは、豪鬼の逃げ竜巻に反応出来なかったが、妹の叫びには訳も分からずに反応した。それにより何が起こるのかも考えず、ただ豪鬼が逃げていった方向に、波動二回と中パンチというコマンドを入力したのだ。
『真空…波動拳!!』
 かがみの必死のコマンド入力に反応してリュウが繰り出したのは
、スーパーコンボの真空波動拳。技の掛け声は滅波動拳と同じだが、その性能は全く異なっている。発生と弾速が非常に早く、目の前でガードさせた場合はリュウの方が早く動けるというスキの小ささも合わせ持つ。また、弱中強で弾速が異なるのも特徴だ。弱の場合は強波動拳と同程度、中は更に早く、強の場合は画面の端で波動拳をセービングした相手のステップ動作中に真空波動拳を出してヒットさせられるくらい弾速が早い。非常に使い勝手のいい技である。
 そして、今かがみが入力したのは、中の真空波動拳。逃げ竜巻で逃げていこうとする豪鬼が、リュウの真上を少しだけ超えた辺りで真空波動が発動した。結果として、逃げ竜巻で上空を大きく弧を描いていく豪鬼の下を、真空波動が同じくらいのスピードで飛んでいくという非常にシュールな光景が展開した。
 時間にすれば一秒に足りるか足りないかという短い時間である。固唾を呑む暇もなかったが、かがみとつかさは画面を注視して見守った。果たして二人の望みどおり、逃げ竜巻が下降軌道となったところで、真空波動拳にヒットした。わざわざ中で出しただけあって、ちょうどピッタリの位置。宇宙船豪鬼号と人工衛星真空波動拳の、相対速度ゼロのランデブーの瞬間といえた。体力値850という豪鬼である。その真空波動により豪鬼の体力ゲージは底を付いたが、まるでどこか他人事のようにも見えた。リュウの勝利を告げるアナウンスも何だか上の空だ。
「勝っちゃった」
「あはは。いいゲームだったね」
 かがみのリュウが豪鬼に当てたのは、弱昇竜拳。滅波動拳。そして真空波動拳のたった3回の攻撃のみだ。手数では明らかに豪鬼が勝っていた。流れも明らかに豪鬼だったし、プレイヤー性能も豪鬼のほうが二周りほど上手だったろう。それでも勝てたのは、スト4がいわゆる”そういうゲームだから”という理由がある。ウルトラコンボの威力はせせこましいコンボ数個分に相当する上、スト4には空中ガードがない。発生が遅く癖があるウルコンだが、今のかがみのように狙いすまして当てていくのは不可能じゃない。同じ状況でケンの神龍拳でも出来たはずだ。常にワンチャンあるのがスト4だ。
 もう二つ。かがみが決して諦めなかったことと、つかさのアドバイスがあったことだ。スト4を買ってから3週間。はるか格上の相手との対戦でフルボッコにされたことは何度もあるが、”あの時”のこなたのサガットとの戦いほどの絶望には程遠い。それでも勝ちに行こうとしたあのときに比べれば、いつでも、どこにでも逆転の芽を見つけ出すことが出来る。それは絶望ではなく希望である。本人に自覚はないが、そのメンタルの強さは確実にかがみの勝率に直結している。最後まで諦めずに勝ちを狙いに行くことは、格闘ゲームをやるうえで当たり前のことなのだ。
 だからこそ、かがみにとって驚異的に思えたのは、やはりつかさの目のよさと反応の鋭さだ。あそこで迷いなく中真空波動拳を選ぶことが出来たのは、もはや人間業ではないとかがみは思う。
「ていうか、つかさの頭の中を覗いてみたいわ。よく反応できるわね。そのお陰で勝てたんだけど」
「逃げ竜巻は見えたけど、中真空は賭けだったよ。弱や強だと速度が合わない気がしたから。うまく当たってくれたね」
 恐らく弱では間に合わず、そして強なら豪鬼を通り越して行っただろう。豪鬼は99%勝ったと踏んだはずだ。なのに敗北していたのは自分だった。
 滅波動拳を食らったのは油断だった。だからあのあと豪鬼は、最大限の注意を払って試合を進めたはずだ。だというのに、それでも真空を食らってしまった。
 たぶん十回やったら十回負けるだろう。つかさの超反応を持ってして勝てたが、それもこの一回きりだろう。それほどこの豪鬼は強かった。当初の予定では、かがみの番の後につかさが対戦し、それで今日のスト4を切り上げる予定だった。しかしそういう気分にもなれず、二人は豪鬼戦のあとそのまま話し込んでいた。今の豪鬼の何が強かったのか。
 それはコンボ精度やセットプレーの上手さではない。確かにそれらも大事だろうが、それだけでは攻めの起点が作れない。そしてかがみとつかさは、今の豪鬼の何が強かったのかに気付いていた。
「あれ、差し合いって言うんでしょう。間違いなく私の中足見てから大足出してる。私もやり返そうとしてたけど駄目だった」
「間違いなく中足見えてたね。お姉ちゃんのリュウの中足が出てから豪鬼の大足が出てたもの。ある程度読みもあったかも知れないけど、基本的には見えてたはず」
「ちょっと待ちなさいつかさ。てことは、あなたにも私のリュウの中足が見えてたの?」
「見えるだけならよく見えるよ。でもそれに差し返すのなんて出来ないよ。そのためには適切な間合い取りも必要なんだから」
「……本当は出来るのに、わざわざ私のレベルに合わせて、差し合いしなかった、ってことはないでしょうね?」
「ご、誤解だよっ。お姉ちゃん疑り深すぎだよっ」
 何故か姉妹の協議はあらぬ方向へ脱線している。その釣り目を疑惑の色に染めたかがみの視線に、必至に抗弁するつかさである。


  ◇


 ところで、”差し合い”とは何なのだろうか? ここでアーケードのトッププレイヤーの言葉を引用したい。


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 ──差し合いはコンボなどと違って練習というよりは実践で経験して上達していく感じですかね。差し合いと一口に言っても「置いておく」「当てにいく」「差し返す」とあります。
 その中でも私が特に意識してるのはやはり「差し返し」ですね。リスクらしいリスクはないので、できれば安定感ある試合運びができます。

 ただ、スト4は全体的に通常技の硬直が短いので差し返すのはちょっと難しいです。しかし集中してれば十分差し返せるので単純な練習法としてはトレモのレコーディングで中足や大足を適当にレコーディングしてそれに差し返す練習がいいと思います。

 あとポイントとしては「後出し」です。差し「返す」んですから当然ですねw
 いかに相手に技を出させてそこに差し込むかです。

 こっちがずかずか前に歩いてれば相手は「置いて」きますし、しゃがみガードで固まってれば「当て」にきます。
 そこに「差し返し」ましょう。
 もちろんこちらが技を置いて相手に「差し返し」を意識させて立ち回りを優位にする等も有効です。
 それには前提として技のリーチの把握だったり、上記の差し返しの練習だったりは必要となりますし、冒頭に書いたようにいかに上手く相手に先に技を出させるか等は経験の部分も大きくなってくるのでそういう意味での実践での経験ですね。

 所謂上級者は簡単に差し返してるように見えますが、そういう布石だったり読み合いだったりを駆使してやってるんですねぇ。
 逆に言えば上級者でもいきなり出された技に差し返すのはほぼ無理ですし、意識してても難しいものなんであまり難しく考えず最初は「相手の中足のギリギリ外の間合いでウロウロして、中足出したくなるような動き見せて、相手が何か動いたら大足押そう。」ぐらいの意識でいいと思います。

 一番重要なのは自分がボタンを押す時にそれは「置き」で押したのか「当て」で押したのか「差し返し」で押したのかをしっかり考えた上でボタン一つ押す事に意味を持たせる事だと思います。
 それができてれば上達も早くなると思いますし、しっかり目的持ってる分適当にやるよりは楽しさも出るように思います。(楽しさに関しては主観ですがw)

 考え方やプレイスタイル(ガンガン「当て」にいくスタイルもカッコいいですしね)は人それぞれなので、取り入れれる部分は取り入れてもらって、あくまで一意見として捉えて頂ければと思います(>_<)


 ※ももち氏のブログ『ももち日記』2011年4月21日の記事より引用

(ももち氏:アーケード版ストリートファイター4にて、『リュウ』と『豪鬼』でグランドマスターの称号を獲得した、日本を代表する格闘ゲームのトッププレイヤー)

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 ……かようにしてトッププレイヤーは先ず、差し合いを主に三つに分類し、率先して当てに行く差し合いや、相手の攻撃を見てからの返しなど、目的を明確にして差し合いに臨む。ただ何となく足払いを振ることを刺し合いとは言わない。ひとつひとつの牽制技が布石であり伏線であり、あるときはフェイントであり、そしてまた本命であるのだ。無駄な牽制はない。
 しかし、最初から色々とこなすのは不可能である。先ずは相手の中足の外をうろうろし、相手が動いたら大足、というところから始めるといい、と言う。おそらくももち氏も、始めはそこから出発したのだろう。
 そして差し合いについて話し合っていた柊姉妹であるが、結局、”相手の中足を見てから大足を出して相手を蹴る”ということ、つまり差し返しにしかたどり着くことが出来なかった。
 当てに行く差し合いや、置きにいく差し合いなども、説明されれば理解は出来たかも知れない。しかし、自分で積極的に理解していないことを実践できるはずもない。
 色々なことを一度にやる必要はない。ひとつひとつの目的を、順に達成していけばいいのだ。
「ちなみに作者は、中足見てから大足とかも出来ないらしいわ。自分は差し合い出来ないPP3000だからとか言って自虐してる」
「ふぅん。なのに偉そうなんだね、作者」
 そんなことを話しながら、姉妹は再びスト4のオンライン対戦に取り掛かった。次で最後という取り決めを、二人ともさっぱりと忘れていた。


らっきーストリートファイター4

 らっきーストリートファイター4



第三話 『特訓 その2』



 かがみの部屋のテレビには、スト4の対戦画面が表示されている。
 戦っているのは二人のリュウ。いわゆる同キャラ戦であり、片方のリュウを操っているのはかがみだ。
 試合は互いにラウンドを一つずつ取り、勝敗を決する3ラウンド目までもつれ込んでいる。互いに体力ゲージは3分の1ほど残している。ゲージ状況もお互い2ゲージと少し。そしてウルトラコンボゲージも両者点灯し赤々と燃えている。まさに勝負は佳境と言えた。
 かがみは真剣そのものという表情で画面を注視している。脇に控えるつかさも、固唾を呑んで試合の行方を見守っている。
 昇竜拳を出されるリスクはある。しかしかがみは、地上での攻防の間隙を縫って飛び込んだ。相手のリュウは昇竜拳を出さなかった。いや、出せなかった。徹底してこれまで飛び込まなかったかがみの飛び込みを相手は見送ってしまった。
 飛び込み攻撃をガードさせたかがみのリュウは、着地してからしゃがみ弱パンチを二発ガードさせた。そこから少しだけ歩き、おもむろに強昇竜拳を繰り出した。弱パンチからの歩いての投げ、いわゆる”当て投げ”を警戒した相手のリュウはグラップディフェンスを入力していた。
「……グラ潰し!!」
 脇にいたつかさが思わず叫んだ。投げと昇竜。かち合えば一方的に昇竜拳が打ち勝つ。相手のグラップディフェンス入力を先読みし、投げ間合いの外から攻撃を当てたり、もしくは今のかがみのように無敵技を”置いておく”のが、グラップディフェンス潰し。通称”グラ潰し”と呼ばれるテクニックだ。これはつまり、かがみがこれ以上ないほどに読み勝った瞬間だった。
 もちろんかがみは昇竜拳にEXセービングキャンセルを仕込んでいた。大きく上空に打ち上げられた相手にすべき追撃はただひとつ。
『真空……波動拳!!』
 ウルトラコンボの滅・波動拳を相手のリュウにヒットさせたことで、3分の1ほど残っていた相手の体力ゲージを全て奪い去った。3ランド目を制したことにより、かがみのリュウがこの試合の勝者となった。
「お姉ちゃんやったあ!」
 つかさがまるで自分のことのように喜び、かがみに抱きつく。妹の身体の心地よい重みを感じながら、かがみは大きく息を吐いて肩の力を抜く。最初から最後まで気の抜けないまさしく接戦だったのだ。

 ……ちなみに、今やっているのは柊姉妹による対戦ではない。オンラインでの顔の知らぬ相手との対戦。勝敗によりPP(プレイヤーポイント)とBP(バトルポイント)が増減するオンライン対戦モード、”ランクマッチ”という名の対戦である。検索によりだいたい自分と同じポイントを保有する相手とマッチングされ、対戦が行われる。ネット回線であるためどうしてもローカルな対戦に比べほんの少しの遅延が発生するのだが、慣れれば気にならないレベルであり、家庭用としては十二分にあまりある高品質な対戦を楽しむことが出来る。
 ちなみに、今しがた負かした相手の顔も名前も、かがみは知らない。だからもしかしたらクラスメイトかも知れないし、どこかの小学生かも知れないし、妻子持ちのおじさんかも知れないし、もしかしてもしかすると、こなたかも知れない。
 相手の実力はこなたより下回っていたためにこなたではないはずだが、かがみとつかさのPS3のアカウント名は”KAGAMI to TUKASA"であるため、万が一こなただった場合は確実にバレている。

「凄い格好良かったよお姉ちゃん。強気な選択肢だったね!」
「何度か当て投げ見せてたのが最後で効いたみたい。まあ、運も良かったのよ。昇竜で暴れられてたらセビ滅食らってたのは多分私だったし」
「でも相手は出さなかった。お姉ちゃんの読み勝ちだよ」
「ありがと、つかさ」
 謙遜するかがみも、まんざらでもない顔だった。とりわけ今の一戦は大きかった。それゆえ未だ興奮冷めやらぬ柊姉妹である。
 今現在のかがみとつかさのプレイヤーポイントは900とちょっと。今日は日曜日であり、昨日の土曜日からひたすらランクマッチをかれこれ200戦ほど消化し、勝ち負けを繰り返し少しずつ増え始めたポイントである。
 ちなみに今しがた打ち負かした相手のリュウのプレイヤーポイントは、なんと1800ほどであった。明らかにスト4に慣れている動きであったし、それなりにリュウというキャラクターの特性を掴んでいた。間違いなくかがみよりも経験を詰んだプレイヤーであったし、何より倍近いポイントの保持者であった。
 その相手を、曲りなりに打ち負かしたのだ。いわゆる”格上狩り”と呼ばれる現象である。基本的に格下は格上に負けるのだが、読み合いが多くの割合を占めるスト4においては、上手いこと噛み合えば、腕前的に上の相手を負かすことも不可能ではない。
 もしかすると、今しがたの相手と10試合も戦ったなら、かがみは9回負けたかも知れない。たまたま勝てた一回を最初に引いただけなのかも知れない。
 とはいえ勝ちは勝ちだ。ランクマッチによりこれまで消化した200戦。上手い相手に徹底的にフルボッコにされることも何度も繰り返してきたかがみとつかさにとっては、”自分より上手い相手に勝った”という深い達成感と充足を与える大金星だったのだ。

 これまで約200戦のランクマッチを消化し、だいたい50勝150敗といったところだ。ある程度かがみとつかさで交互にプレーしてるため一人だけの戦績ではないのだが、なかなか悪くない滑り出しといえた。
 一週間の姉妹対戦により、かがみはつかさの、そしてつかさはかがみの手の内をある程度把握している。相手の攻め手がだいたい分かるだけに思考に余裕が生まれるために、やりやすい。
 しかしこれが初対戦のネットの向こう側の相手となると勝手が違ってくる。まったく予想外の動きをされることにより、実力的に下の相手に負けることも少なくない。先ほどのかがみが、ちょうど逆の現象といえる。かがみくらいの実力のプレイヤーが、グラップ潰しなどを狙ってくることはあまりないため、相手の格上リュウは引っかかってしまったというのはある。

 ちなみに、スト4を始めて一週間の格闘ゲーム初心者が、200戦やって50回勝てるというのは中々に驚異的な戦績である。恐らくスト4を購入して直ぐにオンライン対戦に挑んでいたなら話は違っていたはずだ。まがりなりにも投げと打撃および無敵技の二択や、飛び込み攻撃と見せかけて攻撃を出さず、着地に下段攻撃を当てるすかし下段という、スト4ならではのテクニックを駆使して姉妹対戦をこなしてきた。また”飛ばない”ことにしたかがみや、つかさの気持ち悪いほどの対空精度は、始めて一週間の人間がなかなか得られるものではない。
 加えて彼女たちは、ただ何となくゲームをしているわけではない。ダメージを与えるためにどうすればいいのか。相手の攻撃をしのぐためにどうすればいいのか。常に考えている。だからこそ一日一日、いや一試合ごとの進化の度合いが違う。
 とはいえ50回勝っているということは150回負けていることになる。累計3000戦、4000戦とこなしているPP3000超えやそれに近い連中には勝てないし、ごくたまに4000以上のポイントを保有するプレイヤーと半ばバグみたいな形でマッチングしてしまった際には、2ラウンド連続でパーフェクト負けを喫したこともある。ちなみに相手はサガットだった。そのとき戦っていたかがみは神妙な面持ちで呟いた。
「……このサガット、たぶんこなたより強い。しかもだいぶ」
「弾撃ちが上手だったね。こなちゃんはもっと素直に撃ってくる感じだったもの」
 経験を踏んだからこそ分かるという面もある。相手がどれくらい凄いことを平然とやってのけているのかが良く分かるようになったのだ。
 もともとはこなたに勝ちたい一心で始めたストリートファイター4だが、明らかにこなたより強い相手も世の中にいるのを知り、改めて世界の広さを実感した柊姉妹である。

「じゃ、次はつかさね」
「うん」
 そんな感じで交互にランクマッチを進めていく。つかさもスト4を始めたばかりにしては割と同格相手には勝てるほうだが、コアコパ昇竜をミスって自滅することも少なくなかった。対空精度は不気味に高いが、コンボ精度の面でまだまだのようだった。
 1ラウンド目を取ったつかさであったが、2ラウンド目にコアコパ昇竜をミスって大きいコンボを貰ってしまい、ラウンドを落としてしまった。
「……」
「そういうこともあるわよ」
 かがみが慰めるが、つかさは納得いかない風に画面を見つめている。ちなみに本人は画面を睨みつけているつもりだが、元来ののほほんとした風貌によりそれほどでもなかった。
 つかさの内心をよそに、3ラウンド目が始まる。ちなみに相手はルーファスというスト4からの新キャラである。空中から急降下する特殊技”ファルコーンキック”と、恐るべき無敵時間の長さをほこる”救世主キック”。そして、リュウに迫るほどどこからでもウルトラコンボを狙えるという火力の高さから、一般的に割りと強いと評されているキャラクターだ。相手のダウンからの起き上がりに、めくりなのか表なのか分かりにくいファルコーンキックを重ねて重ねて重ねて、ヒットしていたらコンボに繋いでいく戦法が凶悪に強いが、つかさがいるくらいの実力帯にはそこまで強烈に攻めてくる者はまだいない。起き上がり時ではない通常時のファルコーンならつかさは中昇竜で落とすが、気を抜くとあっさりとウルトラコンボを貰ってしまう。
 救世主キックをEXセービングキャンセルしてウルコン。
 空対空の大キックからのウルコン。
 画面端で銀河トルネードという突進技を当ててからのウルコンと、ウルコンのバーゲンセールである。
 つかさは手を焼きながらもどうにかルーファスを画面端においつめていた。殺しきるまで画面端から出さない気持ちまんまんである。体力はお互い5分の1程度だが、ゲージ状況はルーファスが二本でつかさのケンはゼロだった。位置はケンに有利だが、ゲージはルーファスが有利。おまけにルーファスはEX救世主キックを打てるか打てないか、という非常に大きな差がある。もちろん撃てたほうが有利だ。
 つかさはじりじりと近づいていき、しゃがみ中キックをガードさせた。その後、少し歩いて投げを入力した。本来は届かない間合いのはずだったが、ケンが一瞬の間に一歩先まで踏み込むようにして相手を投げていた。”移動投げ”と呼ばれるケン特有のテクニックである。かがみの知る限り、つかさがこのテクニックを用いたのは初めてのことだ。
 その投げにより相手の体力は数ドット残るのみになったが、まだ倒れていない。ゲージのあるルーファスは本当に恐ろしいのだ。つかさは更に、相手の起き上がりに少しだけ遅らせてしゃがみ中キックをガードさせ、そこから少しだけ歩いた。
『救世主キック!』
 馬鹿みたいなネーミングだが本当にそうなのだから仕方がない。突進力と無敵時間の長さにより、”わかっていても食らってしまう”という強力な技なのだ。しゃがみ中キックから再度の移動投げを読んだルーファス側の選択肢だったが、対してつかさのケンが取った選択肢は、ガードであった。体重200キロに迫らんかという巨体を器用に捻りながら空中を分度器のような軌道で蹴りを繰り出しながら進んでいくという、傍目に少し滑稽なその技を、しかしケンはガードしていた。ルーファス戦では、常にEX救世主キックを警戒すべきなのだ。
 救世主キックは技の終わり際に三つのキックボタンのいずれかを押すことで、中段、下段、両ガードが出来るがEXセビキャンにより追撃できる攻撃の三つに派生できる。ちなみに何も押さなければ何も派生せずそこで技は止まる。だからゲージがもう一つあればEXセビキャンによりルーファスは逃げられたのだが、残念ながらゲージはあと一つしかなかった。つかさは派生技は発生する手前で昇竜拳を放った。派生していたのは中段。それと昇竜拳が相打ちとなり、つかさのケンがこの試合を制した。つかさは思わず安堵の溜め息をこぼす。
「はぁ〜〜……」
「よく頑張った。疲れたでしょ」
 うん、とつかさは頷く。よしよしという感じにかがみはつかさの頭をなでる。自分にも他人にも比較的厳しいが、妹に対してかがみは若干甘くなるようだった。とはいえつかさが頑張ったのは事実だった。
 相手が飛んできたら対空で落とし、踏み込み前蹴りとしゃがみ中キックでのけん制、そしてEX空中竜巻旋風脚でのめくり攻撃。相手の連携に強昇竜拳で割り込んだり、弱昇竜拳を気軽にぱなす。リュウに比べて”移動しながらの攻撃”が得意なケンは、比較的自由に攻めることが出来る。最もつかさのケンに慣れているかがみには今ではあまり機能しないが、同レベル相手のオンライン対戦において、そういった自由な攻めは割りと機能する。
 しかし先ほどの試合終盤では、EX救世主キックをもらうわけにはいかなかった。つまり慎重に攻める必要があったのだ。
 かがみが誉めたのは、綱渡りのような慎重な戦い方についてだ。それとは別に、かがみの興味を引いたところがあった。
「あれ、移動投げっていうやつでしょ。今まで使ってなかったのはどうして?」
「……今までは移動投げにまで意識配分できなかったから」
 それは嘘ではないが、それだけではない。
 移動投げというのは通称であり、正確にはスライド投げ。”スライド入力”というテクニックを応用したもののひとつである。
 通常技の中には出かがりに少し移動するものがある。その技を出した直後に投げを入力すると、技のモーションをキャンセルして投げが発生する。入力猶予時間は1フレームなので、ほぼ同時に入力しなくてはならない。これはケンに限らずともどのキャラクターでも使えるテクニックだが、特にケンのレバー前入れ中キックを使っての移動投げは、キャラクターの身体半分くらい前進して投げを出せるため極めて効果が大きい。逆に他のキャラクタでは効果がほとんど無いために、実質ケン特有のテクニックとなっている。他にはバルログで効果がそれなりにあるため見かける程度だが、上級者たちは少しでも自らの手札を増やすため、効果が小さくとも積極的に使っている。
 これは必殺技にも応用できるテクニックであり、昇竜拳の横方向への判定を少し伸ばしたり、少し前進しながら波動拳を撃ったりすることが出来、こちらも主にケンでの効果が高い。
 移動必殺技は入力が倍くらいに複雑化するため敷居の高いテクニックだが、移動投げはそれほどでもない。
 スト4ウィキを見たときから知っていたテクニックではあったが、つかさはあまり興味がなかった。何故ならつかさとしては、過度に投げに依存したくなかったのだ。ローカルルールとして”当て投げ”禁止という文化も世の中にはあるのだが、それはひとえに投げが強いからだ。
「あと、投げてばっかりいても楽しくないし」
 飛び込み攻撃を当てて投げから、弱パンチを当てて投げ、そして相手の起き上がりに重ねてそのまま投げる。
 投げて投げてまた投げて。投げのダメージは一連のコンボに比べれば小さいが、単発攻撃に比べればほんの少し高い。大攻撃とほぼ同等であり、無視できない。手堅いダメージを積み重ねていく意味でも投げは大事だ。攻めの緩急になるし、ガードが固ければ投げる、というのは当然だ。
 だが、やってる側もやられてる側も、あまり楽しくない。だからこそつかさは自重していた……というより移動投げを特に意識していなかった。
 本来ほぼ密着でしか機能しない投げが、半キャラ分も離れている間合いから投げることが出来る。使いこなせれば強力な手札となるのは明白。しかし分かってはいても躊躇があった。
「お姉ちゃんだって、投げばかりの相手とか戦いたくないでしょ? せいぜいグラップの練習にしかならない。勝っても負けても楽しくないもの。勝つための手段として上手くなるのを私たちは目指してるのに、投げはただ勝つためだけを目指すものだよ」
 かがみやつかさのいる実力帯だと、ひたすら当て投げばかり繰り返してただ勝つことのみに執着するプレイヤーは少なくない。上の実力帯に行くにつれそういうプレイヤーは激減していくのだが、それはひとえに、実力者には当て投げなどそうそう通用しないからだ。投げと対になる選択肢を見せつつ、相手の裏をかいて投げる。
 とはいえ彼女等くらいの実力帯では、当て投げはほいほい通る。だから味を占め、濫用するプレイヤーもいる。二人も何度もしてやられている。グラップの出ない未熟さによるのだとかがみは割り切っていたが、つかさはそうでもなかったらしい。
「気持ちはわかるけど、出来ることは全部やるの。それは相手だって同じ。そういう場所に私たちはいるの」
「だから?」
「負けたり、気分が悪くなってしまったりするのは、自分が出来ることをしなかったから。もしくは出来なかったから。だから相手にいいようにさせてしまうの」
「……」
 安易に投げられてしまうのは自分のせい。つまりかがみはそう言っていた。厳しい物言いである。
「グラップの練習しましょっか。付き合ってあげる。私の練習にもなるから。必殺技なしで通常技と投げだけで対戦とかどう?」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 二人はとりあえずランクマを切り上げて、練習することになった。やはりかがみは、妹には甘いようだった。


  ◇


 週明けた月曜日からも、かがみとつかさはスト4のランクマッチに精を出していた。同じ週の金曜日までに、総試合数は1000を超えていた。一日中ゲームしていられる身分でない限り、相当なハイペースである。
 勝てばポイントが上がり、負ければ下がるというのも熱くさせる要因のひとつにあるが、彼女たちはポイントにはそれほど拘っていない。
 ”数字より内容が大事”というある意味老成した、子供らしくない考えのもとにひたすらに対戦をこなしていった。そして、消化してきた1000戦の間に色々なことがあった。

 ひとつに、対戦相手からメールが時折届いたことがある。
 対戦ありがとうございました、という常識的な挨拶もあれば、ひたすらにこちらの腕前を誉める者。負け惜しみのような内容のメールも時折混じりつつ、こちらの弱さを馬鹿にするメールなどもある。
 総じて友好的なメールが9割。子供っぽい悪意のあるメールがその他1割といったところだった。
 友好的なメールには勿論返信をする。別に込み入った話をする必要もなく、挨拶に挨拶を返すようなものだ。対して暴言メールについては返信しない。というより、そういったメールはつかさがすぐさま削除するので、返信もなにもない。相手にすればつけあがるだけなので関わる必要はないのだ。
 かがみも全く気にていないのだが、もし万が一真面目な姉がそういったメールに気を取られるようなことがあってはまずい。そのためにつかさは徹底して暴言メールは処分していた。

 ふたつめ。勝率が50%を超えたこと。
 ランクマッチを始めたばかりの頃には、勝率は20%くらいで低く落ち着いていた。練習も何もしないでいきなりランクマを始めたような初心者プレイヤーにしか勝てなかったからだ。
 そこから少しずつ勝てるようになり、今週に限っていえば明らかに勝ち星の方が多い。だいたい同程度のポイントの相手には辛勝、下のポイントの相手にはほぼ負けない、という感じだった。
 これはまあ、運の要素もからむ。同じPP2000といっても実力には大きなバラツキがあるのだから。たまたま、程よいレベルのプレイヤーとのマッチングが続いたのかも知れない。
 ちなみに勝率はゲーム内で詳細を確認できる。

 みっつ。PPが2000程度で安定しはじめたこと。
 PP500、1000、1500、そして1800での安定時期を経由し、2000の王台に踏み込んだ。ランクマを始めたばかりの頃立てた目的が、PP2000だった。1000には割りと直ぐたどり着けるだろうという手ごたえがあったためだ。
 ポイントや勝率は、あくまで数値であり目安でしかない。自分より弱い相手と継続して戦っていれば自然と増えていくのだ。そういった自覚はあるものの、やはりかがみとつかさにとっては励みとなっている。

 そして四つ目に、スト4における一通りのキャラクターをおおよそ理解できたことがある。
 幾ら自分自身の腕が上がろうと、相手キャラクターがどういった攻め方をしてくるのか知らなければ勝ち目は薄い。相手の攻めを守りしのぐため、そして相手に対してどうやって攻めるべきか、など、相手を知ることの影響は計り知れない。
 延々繰り返した姉妹対戦により、かがみはケンを。そしてつかさはリュウを相手取るのに相当慣れてはいたが、スト4を始めてから二週間である今、ようやくその他のキャラを相手にするのにもそれなりに理解出来はじめ、”面白くなってきた”。
 あのキャラクターには波動拳を多めに撒き、またあのキャラクターにはめくり攻撃を多めにするなど、研究の余地は枚挙にいとまない。

 ……しかし、分かっていても中々実戦においては上手くいかないものである。


『グヘヘ!』
「ふぎゃー!」
 相手キャラの起き上がりに波動拳を重ねたかがみのリュウだったが、相手が起き上がりのリバーサルでジャンピング頭突きのような技を出した。その頭突きは波動拳をすり抜けてリュウにヒットし、かがみは悶絶した。
 対戦していたのはM・バイソンというボクサーキャラである。
 ストリートファイトでの金の荒稼ぎや、報酬目当てで組織の用心棒をつとめるなど、とにかく行動原理は全て私利私欲であり、短絡的かつ暴力的な勝利時のセリフなどから、キャラクターとしては二流のヒールのような印象を見る者に与えるキャラである。しかし、「だがそれがいい」というユーザーの声が多く、シリーズ通して愛されているキャラである。
 またスト4では、キャラ性能として平均よりやや高い体力値と、リーチが長く使いやすい通常技。そして相手との距離を一瞬で詰められるダッシュストレートやダッシュアッパーなどの必殺技の使い勝手にも優れた、いわゆる”強キャラ”であることからユーザーも多い。
 しゃがみ大パンチの対空性能の高さなど防御面でも優れており、プレイヤー性能以上のスペックを発揮するキャラである。初心者はバイソンを使うと割りと勝てる、という風説もある。
 波動拳をすり抜けたバイソンの今の必殺技を、バッファローヘッドという。昇竜拳に比べてやや斜め前に飛び出すような軌道の対空技であり、発生は7フレームと若干遅いものの、高い威力と攻撃判定が出ている時間の長さ。そして弱攻撃から簡単にコンボに組み込める使い勝手のよさで、バイソンの主力兵器のひとつである。
 また、ヒット時や飛び込み攻撃との相打ち時に、コンボ補正がきついながらも、空中に浮いている相手をウルトラコンボのバイオレンスバッファローで追撃できるというオマケもある。本来体力ゲージ半分も奪い去るウルトラコンボであるが、バイソンでこの当て方をした場合、補正が非常にきついため、ケンの大昇竜ノーマルヒットEXセビキャン神龍拳より若干減るか減らないか、という程度でありダメージとしてはそれほどでもない。
 しかしバイソンの場合はゲージを使わなくとも追撃できるという大きな長所がある。こないでくれと祈らんばかりのかがみだったが、ネットの向こうの対戦相手には届かなかった。届いたとしても出さない選択肢はないが。
『Don't escape!!』
 画面が暗転しバイソンがウルトラコンボを発動する。ダッシュストレートを間断なく4連発し最後にアッパーで相手を大きく打ち上げるという荒々しい技だ。
 4分の1ほど残っていたリュウの体力ゲージは、バッファローヘッドからのウルコンにより丁度なくなった。
 ちなみにバイソンの体力は僅か1ドットしか残っていない。そこで不用意な位置からの安易な起き攻め波動拳削りに甘えてしまったかがみの敗北だった。
 余談だが、バイソンのモチーフは、もちろんあの有名なボクサー、マイク・タイソンである。タイソンをもじってバイソン。安直といえば安直であるが、これが米国圏となると安直だなあでは済まされない。本人サイドからクレームが来るかもしれないことを考慮してか、海外仕様のスト4および、他のカプコン格闘ゲームにおいても全て、海外仕様ではバイソンの名前がバルログに変更されている。そしてバルログがベガに。ベガがバイソンに名前変更されている。まああくまで余談である。
『──バイソン、ウィン!』
 相手の勝利を、そして自分の敗北を告げるラウンドアナウンスを聞き届け、かがみは「むうぅぅ」と悔しげな表情を浮かべた。勝てない試合ではなかった。バイソンにはゲージが無かったため、ダウンさせた後すぐさま前ステップで距離を詰め、起き上がりに昇竜拳を重ねれば削り殺せたのだ。それをサボり、かつバイソンの起き上がりに波動を重ねる、というミスの二連発である。
「どんまい、お姉ちゃん」
「勝てた試合をミスで落とすとか、ほんと萎えるわね。起き上がりに昇竜重ねるだけの簡単な仕事だったのに」
「今は大丈夫だったけど、バイソンにゲージあったらそれはやっちゃいけない選択肢だよ」
「EXヘッドに負けるからね。EX昇竜とかち合ったらどうなるのかしら?」
「お互いすり抜ける……のかな?」
「そしてバイソンが先に着地するから、足払いとか貰っちゃうわけか。少し離れてヘッドの間合いの外からの波動重ねの方がいいのかな」
「それはEXダッストに負けるかも。リュウケンの中足はヘッドすかせるから、少し離れての中足重ねから、遅らせて波動拳とかは?」
「起き上がりにはバイソンの下溜めがあるはずだから、中足波動はそれだけで少しリスクがあるわね。ヘッドをぱなすかぱなさないか、ゲージを吐いてくるか温存してくるか。相手のタイプの見極めが一番重要ね」
 そんな風に話しつつ、ランクマッチを進める。再びプレイヤーの検索をしていると、今しがた対戦したバイソンのプレイヤーが引っかかった。こういうこともままある。姉妹は協議に入った。
「連コになるけど、つかさもやってみる?」
「うん。お姉ちゃんの仇うつよー」
 相手をそのバイソンに指定すると、相手は快く(?)再戦を承諾してくれた。家庭用だからコインを筐体に入れる必要はないが、そのへんは格ゲー用語として統一されているのが、同じ相手に何度も乱入すること。つまりコインを連続して投入すること=連コという。
 今回の場合はかがみが負けているから別段それほど問題はないが、自分より実力的に劣る相手に連続で乱入してポイントを稼ぐことを、格下狩りとか雑魚狩りという。これをやると格闘ゲーマーとしてのモラルやそもそもの人間性を疑われることになるため自重が必要である。ゲーセンの場合は拒否できないのだが、家庭用の場合は被乱入側に相手を蹴る権利があるため大事にはならない。とはいえ相手への気遣いは必要だ。
 逆に、自分より強い相手にはどんどん乱入するのがいい。もう少しで勝てる、という相手と対戦するのは大きな経験になる。胸を借りるつもりで大いに連コすべきなのだが、この場合も程ほどにしておくのが常識的だ。
 相手の顔が見えないからおろそかになり勝ちだが、相手はCPUではなく同じ人間なのだ。一対一で行うスポーツと全く同じだ。
 勝っても負けても、そして相手より強くとも弱くとも、常に相手への礼儀は必要なのである。


 ──つかさのケンとバイソンの試合は一進一退だった。
 1ラウンド目はバイソンが取り、2ラウンド目はつかさのケンが取った。この組み合わせは一般的には僅かにバイソン有利といわれている。竜巻旋風脚後の状況がバイソン相手だとあまり有利に機能しないのが、ケンのきついところと言われている。しかし小回りの利きにくいバイソンで、絡みつくように密着戦を挑んでくるケンに対処するのは、少し難しい。
 ゆえに、”お互いキツイ”というマゾい部分が分かりやすくプレイヤーに伝わってくる組み合わせと言え、また、それがスト4の醍醐味といえる。キツイのをひっくり返すのが楽しいゲームなのだ。
 そして3ラウンド目。流れはバイソンに傾いていた。
 もともとつかさは対空が非常に出るのだが、バイソンは飛び込みの軌道が低く見切りにくいうえに、飛び込み大キック(ボクサーなのでモーションはパンチだが)の下方向への攻撃判定が強く、”ひきつけても相打ちになる”という理不尽な状況がまま発生したり、昇竜拳の入力が間に合わずに飛び込み攻撃を食らったりする。しかし早出しすると相打ちになる。バイソンは攻撃力も若干高めであるため、相打ちが続くとダメージレースで負けてしまうのだ。
 精度の高い対空がつかさのプレースタイルを支えている。それが機能しないとなると押されるのも必至だった。
「なんで!」
 3度目の対空昇竜相打ちとなり、つかさはバシンとアーケードスティックを叩いた。俗に言う”台バン”という行為である。筐体のコントロールパネル、つまり台をバン!と叩くから台バンと呼ばれる。もともとはゲーセン用語であるが、家庭においてもアーケードクオリティを再現する昨今、家の自室などでも珍しくない光景である。
 一対一の戦い。やるかやられるかの勝ち負けの世界。弱みを見せれば漬け込まれるし、強気に攻めれば抵抗される格闘ゲームの世界。いらいら、むかむかして、つい手近なものを叩いてしまう気持ちは分からなくもない。
 温厚なつかさが苛立ちをあらわにするのは珍しい。もしかしてつかさが温厚なのは、目の前にいる人間相手に対してだけなのかも知れない。
「落ち着いて。まだまだこれから」
 かがみがつとめて普通に自然に言うと、つかさはうんと頷いた。そう、落ち着けばこれまで見えなかったもの、見えていたけど気付かなかったものが見えるようになるものだ。
 バイソンは飛びが通りやすいと踏んで、いささか甘い飛び込みが多くなっている。そして、対空昇竜で落とせないまでも、つかさがその飛びを見過ごすはずは無い。
「きたっ」
 バイソンが地面から離れるのとつかさが叫ぶのとは、ほぼ同時のようにかがみには見えた。その瞬間につかさが入力したのは、波動拳二回プラスパンチボタン三つ同時押し。ケンのウルトラコンボである神龍拳だ。発生10フレームと決して早いほうではないが、相手がジャンプの頂点付近にいる時点で発動すれば、攻撃判定発生後まで続く無敵時間により、ほぼ確実に神龍拳をヒットさせることが出来る。ジャンプの軌道の低いバイソンには、狙っていても当てるのは難しいが、つかさは成功させた。
 神龍拳のフルヒットにより盛り返し、体力ゲージはお互い3分の1ほど。まだまだ勝負は分からない。
 しかし、勝負というものは、つく時は割りとあっという間のものだ。
 少し離れた間合いでケンは波動拳を撃った。見ていたかがみは少し嫌な予感がした。波動撃つとき気をつけてとアドバイスしようとした瞬間、画面が暗転した。
『Don't escape!!』
 バイソンのウルコン発動であった。発生から大きく前進するウルトラコンボは、その無敵時間から”弾抜け”として使うことが出来る。相手が飛び道具を撃ったのを見てから、ウルトラコンボを出すのだ。特にケンの波動拳はケン側の技後硬直が長く、ねらい目となる。
 つかさのケンは、バイソンのウルコンを食らって画面の端まで吹っ飛んだ。同時に体力ゲージも無くなり、つかさの敗北となった。お互い容赦のかけらもないウルコン合戦。いやあ、派手な試合だったなあ、と脇で見ていたかがみは、ぼんやりと思った。
 しかし当事者のつかさはたまったものではない。無言で画面を睨みつけており、またアケステ叩くんじゃないかと、かがみはいつでも止められるように身構えたが、流石につかさは自重した。
「……よく見てるバイソンだったね。上手かった」
 つかさは、苛立ちを相手への賞賛により中和させることにしたようだ。
「ああいうの、よく見えるなと思うわ」
 反応速度にそれほど自信がないかがみは、今のバイソンとそして、つかさの対空神龍拳への敬意を表して言った。
 また、つかさも、そして相手のバイソンも、それぞれ一度目で反応したのがかがみには脅威に思えた。つかさは、対空中昇竜相打ちの次のバイソンの飛び込みに。そして相手のバイソンは、中距離間合いになってからの一発目の波動に。それぞれ一度目に反応して見せたのだ。二度、三度目となると反応しやすくなるのが人間であり、だからこそ反応されないように、二度三度と連続するのを自重するのだが、一度目に反応されるとはよもや思わないのも人間である。
「対空ウルコンを最後までとっておけばよかったかもね。それこそ、ウルコンでトドメを刺せるくらいのトコまで」
「うん。私はそこまで気が回らなかった。でも相手はきっと、そう考えてたんだ」
 そういえばとかがみはふと気付く。姉妹そろって”迂闊な波動”のせいで負けたのだなと。かがみの波動拳の方が明らかに迂闊度は高いが。
「メール書いておきましょうか」
「そうだね」
 それほど率先して書いたことはない。負けたけどまあ、いろいろ得るものはあったという満足度からである。対戦ありがとうございました、という至ってありきたりな内容を送ったところ、しばらくして返信があった。

 ”こちらこそ、対戦ありがとうございました。
 バイソン戦では、ある程度セービングを置いておくのが有効です。グランドスマッシュに割られますが、迂闊にダッストを出せなくなる、というのはバイソン側にプレッシャーです。
 ダッストはめり込んだら3フレ技確定。リュウケン双方大昇竜が確定します。ただ、それを見越してバイソン側がEXセビバクステで昇竜を誘ってくる場合もあるので注意してください。
 基本、しゃがみガード多めがいいです。足払いとグランドストレートは、分かっていても食らってしまう技です。そして中段のスィングブローにだけ気をつける気持ちで戦うとうまくガード出来ます。スウィングブローが来たら立って投げる、というのをトレモで練習するのが良いと思います。
 バイソンは性能のいい突進技のお陰で割りと自由に動けるキャラに思われがちですが、やるべきことをキッチリやって何もさせないようにして無力化を図るのが勝率アップのポイントです。普通のキャラクターでは中々出来ないことですが、バイソンは通常技、必殺技ともいずれも単純なものが多いので手詰まりにするのはそれほど難しくありません。
 あと、ケン使いのかたは、しゃがみ昇竜を覚えるとバイソンも含めて色々な飛びが落とせるようになります。リュウにも言えることですが、どうしても落としたいときはEX昇竜を惜しまないようにすれば、それだけで勝率は上がります。
 投げに関してですが、基本的にタメが完了しているバイソンに投げは狙ってはいけません。ヘッドであっさり返されウルコンまで貰います。めくりジャンプから、めくりジャンプ小足から、など、タメが完了してない時のみ狙うのが、結果的に一番いいはずです。
 お互い頑張りましょう。また対戦してください。
 それでは失礼します”

 姉妹はしばらくそのメールに見入っていた。ふつう、もっとごくありきたりな挨拶程度が並ぶものである。こんなに丁寧なメールは見たことも聞いたこともない。
「どうする、つかさ? 中の人が入れ替わってたの見抜かれてたみたいだけど」
「……とりあえずしゃがみ昇竜練習してみる。ついでに振り向き昇竜も。そろっと新しいこと覚えていい頃だもの。あと、対空EX昇竜忘れてたから、これからは意識していくようにする」
 つかさは妙に意気込んでそう言った。


  ◇


 同じ頃。
 泉こなたの家に高良みゆきが来訪していた。こなたと、かがみとつかさ。そしてこの高良みゆきを加えた四人組で学校内での行動を共にすることが多いものの、学校外ではみゆきが不在のときが少なくない。
 小さな理由はないが、大きな理由もない。
 その日もかがみとつかさはさっさと帰宅してしまった。決してつれないわけでも邪険にされてるわけでもないのだが、何か二人には目的が、大事な優先すべき何かがあるのかも、と最近こなたは考える。
 目が線になる特有の表情も、いささか深刻げな色をたたえている。
「……みゆきさん、かがみとつかさが最近何してるか知ってる?」
「そういえば、二人とも最近すぐ帰ってしまいますね。お家のほうが忙しいのでしょうか?」
「わかんない。付き合いが悪いんだよ」
 もともと毎日毎日つるんでいるわけではない。そして、過剰にプライベートに干渉しあうほどベタベタした関係でもない。それでも”付き合いが悪い”と決め付けるのも無理からぬところだった。
 鬱積とした気分を払うように、だしぬけにみゆきが提案した。
「じゃあ、今日は私とデートというのはどうでしょう?」
「みゆきさんとデートかぁ……いいね」
 こなたはみゆきの誘いを受けた。冗談でも畏まった感じがみゆきらしいな、とこなたは思った。
 そんな経緯でみゆきはこなたの家にやってきたのだった。かがみとつかさが自分の部屋にいるのは珍しくないが、みゆきが楚々として部屋の座布団に座っているのを見るのは奇妙に新鮮だった。
 さて何をしようかなとこなたが考えていると、みゆきが切り出した。
「泉さんとスト4がやりたいです」
「……まじすか」
 目が線になる特有の表情で、こなたは狼狽した。最近このゲームに対して良い思い出がない。
 本気を出してくれと頼まれ、結果としてかがみの心を折ってしまったことは記憶に新しい。みんなで楽しむゲームとして格闘ゲームは不向きだな、と理解し、半ばスト4というソフトを持ってはいるものの封印気味にしていたところで、みゆきのこの提案である。
 そんな経緯もあり、こなたとしては素直に頷くわけには行かない。
「うーん、気持ちは分かるけど、あまり面白くないと思うよ」
「大丈夫です。最近私、少しスト4を嗜んでますので簡単には負けないと思います」
「むむ」
「……泉さんの練習相手くらいには、なるかも知れませんよ?」
 少しレベルを下げるみゆきだったが、別にこなたはそういうことを考えてはいない。格闘ゲームほど鮮明に白黒がはっきりするゲームもそうそうない。勝てば楽しいのは当たり前だから、一番楽しめるのは持ち主に決まっている。だからフェアじゃないな、と思うのである。
「大丈夫です。私も持ち主ですから。PS3とスト4」
「そっか。やってるんだっけ」
 みゆきは柔らかな髪をふわりと揺らし柔和に微笑んだ。今、目の前にいる相手はかがみではない。しかも、みゆきはそれなりにやっているという。ならば大丈夫かな、という安心がこなたの中に生まれた。みゆきの笑みも後押ししたに違いない。


 そうして始まった、こなたとみゆきのスト4であるが、みゆきはこなたが当初思っていたよりも動けていた。みゆきが使っていたキャラはバイソン。こなたの持ちキャラのサガットほどではないが、間違いなく上位ランクに位置するキャラクターである反面、伸びしろが少ないとも言われている。初級中級のクラスでは猛威を振るうものの、上に行けば行くほど、引き出しの少なさや対応力の低さが効いてくるらしい。とはいえみゆきには、そして勿論こなたのレベルの人間にとっては、バイソンは強いキャラだ。
 飛び込みにはしゃがみ大パンチ、近距離ではしゃがみ弱パンチとしゃがみ中キックで固め、近寄ってきては投げか、少し下がって足払い。コンボは必ずコパコパコア強バッファローヘッドで、ダッシュ系の技は、対応されにくい近くでしか撃ってこない。こなたが攻めれば必ずガードを固め、当て投げなどには必ずグラップを入れてくる。
「……みゆきさん、すごい徹底ぶりだね」
「ウィキにこうしろって書いてあったんです。それを実践しているだけなんです。理論的にもウィキに書いてあることは間違ってないですし」
 みゆきの言う事はもっともだが、みゆきの取る選択肢は全て、”表”の選択肢だ。例えば通常攻撃を当てて、少し歩いて投げを入れると、みゆきは必ずグラップをしてくる。しかし、少し歩いての無敵技、例えばサガットのタイガーアッパーカットなどを放つと、みゆきは必ず食らってしまう。”理論”に基づいてグラップを入れているからだ。
 って言っても要は二択でしょ。投げか打撃なんだからという意見もあるかもしれないが、確かに突き詰めるとそうなるが、例えばみゆきの取るべき選択として、ただのグラップではなく、少しタイミングを遅らせてグラップを入力することで打撃をガードすることや、しゃがみ状態で弱パンチ弱キックを同時押しし、相手の投げ間合い内ならばグラップ。投げ間合い外なら弱キックで相手の前進を阻む、などなど、単なる二択状態から、自分側のリスクを下げていく手段は幾つもある。
 しかし問題はそこではない。みゆきが、投げしかない、と判断しているところに問題がある。投げ多めの相手ならともかく、こなたはそれほどでもない。その辺は相手に合わせて対応していかなければならないところだ。それは自分が攻めているときにも言える。相手のクセや状況に合わせて攻め手を選択していくのだ。例えばバイソンなら、スーパーコンボゲージが溜まっている状態で相手の体力半分くらいならば、コパコパコアヘッドではなく、ダッシュストレートに繋いで、スーパーキャンセルしてスパコンのクレイジーバッファローに繋いだほうがいい。
 ようは臨機応変なのだ。
「はわわ」
「……なんでみゆきさんは、最初のコパがガードされてるのにヘッドまで入れ込むのw」
 みゆきがコパコパコアヘッドのコンボをミスり、そのスキにサガットのウルコンを食らって負けてしまった。しかしこなたの言うとおり、コンボミスってレベルじゃねーぞ的なミスである。
 そんな感じで、まだまだ入力精度に難のあるみゆきだったが、さすがに”やっている”人間は的確に勝ちを狙ってくる。こなたはそれなりに人読みしながら戦う。みゆきが常に表の選択肢しかしないと分かっていても、万が一の裏を備えたりまた、裏に対応した行動をしたりする。
 そうするとみゆきの攻撃を食らうわけである。たまたまそういう風に上手いこと噛み合った場合に限り、普通にやってても負けたりした。
 みゆきは冗談で言ったつもりだったが、確かに練習相手としては最適だなあとこなたは思う。なにせ行動が分かっているのだから、”それに対応した行動”を行う練習に最適なのだ。今だって、みゆきがヘッドまで入れ込んでくると分かっていたから、ヘッドのスキにウルコンを入れることが出来た。しかしこれは、実践でいきなりやれと言われてもなかなか出来ないものだ。とはいえしないままではいつまでも出来ない。こうして経験を詰んでいくことで、咄嗟の対応力の底上げが出来るのである。
 中距離での三度目のグランドタイガーショットを、みゆきは必ず前ジャンプで飛び越そうとする。最速で飛び込めば、着地したバイソンの地上攻撃が確定するが、最速どころかかなり遅いタイミングでの飛び込みをみゆきはしてくる。それは人間の平均的な反応速度と大差ない。つまり平均的反応速度だけで戦えないから、人読みをして対応していくのだ。
 みゆきの甘い飛びを、こなたのサガットはタイガーアッパーカットで返す。しかしただのアパカでは届かない間合いであった。
「……移動アパカという特殊入力ですね。やりますね、泉さん」
「さすが知識全一。うん。まだまだ練習中で精度悪いけどね。今のは五回に一回の成功を最初に引けただけだよ」
 と言うこなただが、飛び込んでくることが分かっている相手ならば、ほぼ確実に決められるはずだ。
 しかし他の相手ではこうはいかない。分かっていれば誰だって出来る。分かっていないのに出来るのが上手い証拠なのだ。

 それから20戦ほどまったりと対戦を楽しんだ。みゆきは他にも、ベガやガイル、ブランカを使っていた。バイソンも含めていわゆつ溜めキャラと呼ばれている連中だ。リュウやケン、サガットは、例えば波動拳なら、下→斜め下→前プラスパンチボタンで技が発動する。これらはコマンド技と呼ばれているが、溜めキャラの技は、後ろ溜め→前プラスパンチボタンで技が出る。溜め時間はおよそ1秒だ。その性質上、とっさに出せないという欠点はあるものの、溜めさえ完成していれば簡単に出せる。
「みゆきさん溜めキャラ好きなの?」
「……いえ、好き嫌いではなく、溜めのほうが技を出しやすいからです。昇竜拳とか咄嗟に出せません」
 そういう人のための溜めキャラともいえる。それはともかくとして、やはり他のキャラも徹底した戦いぶりを展開するみゆきであった。
 シリーズ通して、悪の組織として色々暗躍するシャドルーと呼ばれる秘密組織。その組織の総裁であり、実質的にシリーズの原点であるスト2のときのラスボスであるベガ。性能のいいしゃがみ弱キックと、スキの少ない……というか隙の無い弱ダブルニープレスで相手を固めていく戦法を得意とするキャラであるが、みゆきの場合は本当にそれしかしない。弱ダブルニー固め。対空にもなり相手の出鼻もくじける立ち大キックを中距離でぶんぶん振り回す。そして、ヘッドプレスという空中を移動しつつ相手を踏みつける技を、最後まで出し切らないで再び元の場所に戻る、というゲージ溜めだけを行い続ける。
 そのベガを追い、シャドルーもろとも滅ぼそうとする、現役アメリカ空軍の軍人であるガイル。出が早く技後硬直もほぼないソニックブームが非常に強いキャラである。このガイルをみゆきが使うと、延々とソニックブームを打ち続ける固定砲台と化す。そして相手が飛び込んできたら、対空性能の高いしゃがみ大パンチか、ノーマルでは無敵時間が短くてコンボパーツにしか使えないが、ゲージを使いEXとすることで対空として機能するサマーソルトキックで落とす、というルーチンを延々繰り返す。
 幼い頃にジャングルに置き去りにされ、以来ジャングルで生きてきた野生児ブランカは、相手にヒットかガードさせた後、大きく跳ね返って間合いが離れることで、非常にローリスクであるローリングアタックと、飛び道具の下をくぐりつつ相手を攻撃できるヘッドスライディングのような特殊技であるアマゾンリバーランを狙い続ける。
 みゆきの場合、本当にそれだけを延々と繰り返す。それ以外はガードを固め、様子を見ているだけだ。みゆきいわく、「まだそれしか出来ないからです」とのことだが、仮に出来なくとも、もう少し色々と狙ったりするものだ。特にブランカは、サプライズフォワードというショート前ダッシュ、同じくサプライズバックというショート後ろダッシュで相手を惑わせつつ、身体全身に電気を帯びさせる攻撃判定の強い、エレクトリックサンダーで相手を固めたり、そこから投げたりするのが強いキャラであることをみゆきは知っていたが、まだ出来ないということで全く狙ってこない。
 ある意味その徹底振りは驚異的だな、とこなたは思う。みゆきが仕掛けてくるそれらの戦法は、それらキャラの王道的攻めであり、かつ強い攻めでもある。それだけを繰り返されるだけでそれなりにしんどいのだが、みゆきはまだ始めたばかりということで、精度が悪いし間合い調整も全然だ。付け入るスキは山ほどあるためにこなたは大体の試合を勝っていたが、もしみゆきのコマンド精度と反応速度。そして立ち回りの腕前がもっと上がったら、これはもしかして勝てないかも知れない、と、こなたは密かに恐々としていた。
 ちなみにこなたもサガットだけを使っているわけではない。基本的な立ち回りとセットプレーを知っていてサガットより練度は低いが、豪鬼とダルシムも程ほどに使う。
 豪鬼はリュウとケンの兄弟子という設定であり、通常技や必殺技のモーションに似たものが多いが、戦うスタイルはまるで違う。リュウケンがゲージを使って放つ多段ヒットする飛び道具を、豪鬼はスキが大きいもののゲージなしで使え、また、空中から斜め下方向への軌道の波動拳を撃つことも出来る。しゃがみ状態の相手にもヒットする竜巻旋風脚の後に更に昇竜拳も繋がるというコンボ性能の高さや、阿修羅閃空という発動直後から完全無敵となり、画面半分ほどを相手をもすり抜けて逃げていくことが出来る。通常技もリュウとケンのいいトコ取りと言ってよく、また動きも非常に軽快である。加えて、百鬼襲という空中を弧を描くようにして相手に襲い掛かる技があり、空中でパンチボタンを押すとアーマーブレイク属性でダウンさせる打撃、キックボタンでノーマル属性だがヒット時に地上連続技に繋げられる打撃。そしてパンチとキックボタン同時押しで投げとなり、何も押さない場合、スライディングのような下段技という四つのパターンに派生する技が強烈である。最初の二つの打撃技はしゃがみガードも出来ないうえに、キック派生はめくり性能もある。真上から起き上がりにキッチリ重ねられるとほぼ回避は不可能となり、投げか表の打撃か裏の打撃か、もしくはブレイク属性の打撃かそれとも下段技かの選択を一瞬で迫られる。
 そのとてつもない攻め性能により、サガットと並び”スト4の二強”と言われるキャラであるが、体力値が平均より大幅に少なく、ワンコンボで致命傷となる脆弱さも併せ持つ。
 ダルシムは非常に特殊なキャラであり、ヨガの奥義という理屈で、手足を伸ばして画面半分以上におよぶ通常技リーチの長さをほこるキャラだ。ヨガテレポートという瞬間移動技も持ち、逃げ性能も申し分ない。そのリーチとテレポートにより、相手を近寄らせずに立ち回るのが強いキャラだ。画面をゆったり進む5ヒット技飛び道具のウルトラコンボ、ヨガカタストロフィーも、相手の起き上がりに合わせて通常技を重ねると、ガード方向が非常にわかりにくいタチの悪い連携攻撃となる。「無敵時間があるんじゃないか」というくらい対空性能の高い立ち大キックは、早めに出せばあらゆる飛び込み攻撃を返せるため、より相手は近寄りにくくなる。とはいえ近距離にいる相手を咄嗟に切り返せる技を持たないため、豪鬼ほどではないもののワーストに近い体力値も伴い、画面端に追い込まれたりするとあっけなく負けてしまうというひ弱さもある。
 豪鬼もダルシムも、そして高性能対空と飛び道具。そしてぶっちぎりの火力を誇るサガットも、その性能だけで試合のペースを握ることが出来るキャラだ。ダルシムは苦手キャラも明確に存在するが、特に、スト4を始めたばかりの人間は、これらのキャラに近づくことすら出来ないまま敗北することになるだろう。
 いわゆる強キャラを使っているという自覚はあるが、こなたも始めたばかりの頃は、なにもわからないままに負けることを繰り返した。どうしても勝てないこなたが選んだのが、強キャラを使うという選択肢だった。調べるうちサガットや豪鬼が強いことを知り、強い動かし方を覚えることで、ようやく勝てるようになってきたのだ。ただ負けを繰り返しているだけでは誰だって楽しめない。勝てるようにならなければ早々に見切りをつけていただろう。
 それら持ちキャラではないサブキャラや、あまり触れたことのない別のキャラ等使ってのみゆきとの試合は、なかなかに楽しいものだった。使い慣れていないキャラで徹底したみゆきのスタイルを崩すのは、なかなか骨が折れるのだ。

 そろそろお暇しますとみゆきが切り出した夕方ごろ。みゆきを送るため玄関外まで出てきたこなたに、みゆきは笑顔で言った。
「泉さんとスト4やるの、とても楽しかったです」
「あは。私のセリフ言われちゃった」
 こなたの本心だった。それは普通、より経験の長いほうが言うものだ。
「でも、泉さんはもっとスト4を楽しめると思います」
「どういうこと?」
「泉さんの攻め方は、安全に勝つための戦い方だったように感じました。リスクの少ない攻め手を散らし、チャンスに最大ダメージを取っていく。ただそれでは、実力の下の相手。同じくらいの実力の相手。そしてもう少しだけ上の相手にしか勝てないと思うんです。より上の相手に勝つためには、ある程度ギャンブル的な攻めを仕掛けていく必要があると思うんです。結果として不発に終わって負けてしまっても、攻めた上で負けた場合、きっと”何が悪かったのか”が見えてくるはずです。それは次に生かすことが出来ます」
「……言いたいことは分かるけど、そんなに格上相手に勝つつもりはないよ」
 みゆきの言うことには心あたりがある。適切な間合いを保ち、リスクの少ない行動でゲージを溜めつつダメージレースを有利に運び、チャンスに最大を取っていくのが今のこなたのスタイルだ。それはごくありふれた戦い方であり、こなただけでなく大多数の中級プレイヤーがそうだ。
 もっと密着戦を挑めれば。攻めの起点を自ら作っていくことが出来れば。そう考えたことは何度もある。そしてこなたが負けるのは、そういった”自分から攻めていく”ことの出来る上級プレイヤーか、もしくは攻めの起点を作ることが出来る中級プレイヤーたちにだ。それが出来ない相手には、サガットの火力と飛び道具を押し付けていけば勝てる。
 ただしかし今のスタイルだって、相当数負けた上でようやく確立できたものだ。反応速度。場数を踏んだ上での勘。そして度胸。そのどれかが欠けても、自ら攻めていき勝つことは難しい。そのいずれも持たないこなたには、安全に勝つことしか出来ないのだ。
 唯一、ダウンした相手に対して、”詐欺飛び気味”の飛び込み起き攻め攻撃を仕掛け、これまた”安全に”攻めることしか出来ない。
 詐欺飛びというのはスト4において最も強力かつリスクの少ない攻め方なのだが、詳細は次のチャプターで説明します。
「安全に勝つことは楽しいですが、泉さんはそろそろ次のステージに立ってもいい腕前だと思います。私にはまだその腕前も経験もありません。生半可な知識しかない動画勢なんです」
「あは。動画とかも見てるんだ」
「はい。心ないコメントをしてよく「動画勢仕上がってるな」とか言われちゃいます。うふふ」
 みゆきは何故か顔を赤らめたが、別に照れるところではない。
「みゆきさんなら、多分私のいるステージには直ぐ来られると思うよ」
 ただし、そこからが難しい。
 動画を見ていても。コンボが出来ても。キャラ性能を把握していても。キャラ対策を知っていても。強い攻め方を知っていても。詐欺気味の裏表のわかりにくい起き攻めが出来ても。その次のステージに行くことは難しい。
「早く泉さんのステージに行きたいです。そしたらまた、対戦してもらえますか?」
「もちろん。待ってるよ」
 みゆきはにこりと微笑むと、小さく手を振って帰っていった。
 何故かスト4に始まりスト4に終わったみゆきとこなたのデートだが、何か最近スト4に縁があるな、とぼんやりと実感したこなたであった。


らっきーストリートファイター3

 ブログの文字数制限にひっかかったため、分割。
後編。









  ◇


 翌日の木曜日。授業が終わるとかがみとつかさは、いそいそと学校を後にした。泉こなたや高良みゆきの他にも、彼女たちの人間関係はいろいろとある。だから、のんびりと学校に残っていては寄り道を誘われたりすることもある。残念ながら今の彼女たちには、他人の目からすれば「なんだそんなこと」という程度のものであるが、自分たちにとっては非常に大きな目的がある。故にそういった誘いは断りたいところなのだが、なかなか断りにくいという現実がある。だからそもそもそういった状況に陥らないように、彼女たちは極力急いで学校を出る。健全か不健全かといえば明らかに不健全なのだろう。比較論に大した意味はないが、しかし何の目的も無いよりはマシだろうとかがみは考える。
 そんなこんなで彼女たちは、昨日と同じようにかがみの部屋でスト4の姉妹対戦に熱中していた。
 ──いや、それはもはや熱中というより没頭に近い。彼女たちの世界には今、姉と、妹と、そしてスト4しかないのだ。
 ゆうべの対戦後の互いのイメージトレーニング、及び相手の行動に対しての対策。そして自分なりに考えて編み出した、恐らく回避の難しいだろう連携、いわゆるセットプレーを実践してみたりして、昨日よりも攻めのバリエーションに広がりのある対戦が展開されていた。
「げっ」
 かがみはカエルが踏み潰されたような声を上げる。お馴染みケンのレバー前入れ中キックをガードした後、うっかり不要に手を出してしまったかがみのリュウは、レバー前入れ中キックの後に最速で出したつかさのケンの大昇竜拳をカウンターヒットで食らってしまった。大昇竜拳にセビキャンまでセットで入れていたつかさはぬかりなく、ウルトラコンボの神龍拳を放った。普通に当てた大昇竜拳をセビキャンして神龍拳を当てても、残念ながらフルヒットせずに小さいダメージを与えるに留まるのだが、カウンターヒットした大昇竜拳をセビキャンして当てた場合のみ、神龍拳がフルヒットするという性質がある。一見すると実用性が無いように思えるが、狙いどころは山ほどある。レバー前入れ中キックをガードさせた後はそんな狙いどころの一つであるし、なによりリュウに比べ密着戦を得意とするケンは、”大昇竜拳でプレッシャーをかけられる位置”に間合いを保つことが何より大事になる。上方向に弱い代わりに横方向に冗談みたいに広い攻撃判定を誇るケンの大昇竜拳は、相手にとって脅威の一言である。
 投げ。打撃。豊富な中段攻撃。そして昇竜拳。これらをちらつかせつつ、常に相手に”密着戦に対するプレッシャー”を与えつつも、密着に少し遠い間合いでのしゃがみ中キックや、相手の前移動の出鼻をくじく波動拳。そしてプレッシャーに耐えられず飛び込んでくる相手を対空中昇竜で落としダメージを稼ぎつつ戦うのがケンの持ち味だ。
 他にも地上竜巻旋風脚をからめたコンボや、めくりEX空中竜巻による奇襲。そして、ケンの最大の武器である”移動投げ”と呼ばれるテクニックを織り交ぜていくことでキャラクターの真価を最大限に発揮する。
 つかさはまだそんなに色々出来ない。だが、投げと打撃と昇竜拳という三つの選択肢を相手に押し付けていく戦法を徐々に固めつつあるつかさの攻めは、かがみのリュウに対してかなり機能していた。
 フルヒットした神龍拳により瀕死のダメージを負ったかがみのリュウであるが、しかしまだまだ勝負を諦めていない。初めて真面目にやったスト4が、その時点ではるかに格上だったこなたのサガットとの十連戦という地獄からのスタートだったかがみの精神力は、姉の後追いだったつかさのそれとは一線を画するのだ。
 地道な単発打撃や投げにより何とかダメージを稼いだかがみはそこで勝負に出た。投げによりダウンしたつかさのケンが起き上がるのとほぼ同時となるタイミングで飛び込みを着地させ、そこから大昇竜拳を出し、スキを無くすための保険と、そしてヒットしていた際の追撃のためにセビキャンをした。一か八かの読み合い勝負。昇竜拳をヒットさせたことでかがみはその勝負を制した。
『真空……』
「はどうけーん!」
 リュウになりきって叫んだかがみ。追撃として繰り出したのは勿論、高威力かつ当てる機会が全キャラ中ナンバーワンなのではなかろうかと目されるウルトラコンボ、滅・波動拳だ。
 相手を画面端に追い込んだ際のEX波動拳、通称灼熱波動拳をヒットさせた後や、同じく画面端でEX竜巻旋風脚を当てた後。もしくは空中にいる相手に弱昇竜拳を当てた後や、早めに出した大昇竜拳が相手の飛び込み攻撃と”相打ち”になった際に、セビキャンせずにノーゲージで当てられることなど、ヒットさせる機会はケンの神龍拳の比ではない。画面端でなくとも、灼熱波動拳をセビキャンしてヒットさせることが出来たりと、一部では”メーカーの調整ミス”とも囁かれる滅波動拳は、リュウというキャラクターの強さを支える大きな要素のひとつである。
 他にも、通常技の目押しルートの実用性の高さと難易度の低さ。”飛ばせて落とせない”スキの多いケンのものと違い、きっちりと”飛ばせて落とせる”発生の速さとスキの小ささを誇る波動拳。地上でも空中でもきっちりと相手の攻撃を跳ね返せる上ダメージも高いという大昇竜拳。繰り返すが、ストリートファイターシリーズの、いや、全ての格闘ゲームの基礎となる戦術を形作った、”波動拳で飛ばせて、昇竜拳で落とす”という山のようにどっしりと構えた戦い方で相手を黙らせ、滅波動拳をからめた高威力のコンボで相手を瀕死に追い込むという、騙しも奇のてらいもない超王道な戦い方こそがリュウの真髄と言っていい。
 更にそこから、レバー前入れ強パンチ、通称大ゴスという2ヒット技によるセービング潰しや、そこからのコンボ。発生と弾速の速さから、さまざまな反撃に使えるスーパーコンボ、真空波動拳。そして、”完璧な”対空としての大昇竜拳を使いこなすことで他者を寄せ付けない強さを発揮するのがリュウの真価といっていい。ケンの対空中昇竜拳は確かに強いが、”完璧な”対空ではないのだ。
 かがみのリュウは当然、まだまだどっしりしていなくて頼りない感じだが、少しずつリュウを理解しつつあった。相手を騙したりごまかしたりする技を持たないリュウで強くなるためには、正真正銘に自分の腕前を上げるしかないのだ──。

 
 昨日に引き続き、今日も相変わらずの連戦、連戦、また連戦である。しかもいろいろと話し合いながら対戦を進めた先日と異なり、今日は最初からずっと対戦に終始した。お互いに自分なりに考案した連携を実践し、結果をもとに更に実践の中で詰めている。
 つかさは対戦の途中で、リュウの連携に大昇竜拳で無理やり割り込むのが割と機能することに気付いた。ストリートファイター4が以前の同シリーズと異なる点として、”連続ガードとなる状況が少ない”ということが挙げられる。どの技もガードした後の硬直が短いため、余程ではない限り連続ガードにはならない。相手を画面端に追い込んで”固める”のは強い戦法の一つだが、連続ガードになりにくいために、仕掛ける方も割り込みを意識しなければならない。そのための割り込み技はどのキャラにも大概用意されており、何ならウルコンで割り込んでもリスクはあるが問題はない。そして、割り込み技の代表格といえるのがケンの大昇竜拳だ。発生3フレーム、横方向攻撃判定の大きさ。そして攻撃発生後まで続く無敵時間。これ以上ない割り込み技であり、特に連携の甘さやコンボ精度の低さの目立つ初心者、初級者同士の対戦で機能する。ケン側は、攻められた時にレバーをがちゃがちゃやりながら強パンチボタンを連打していれば、勝手に大昇竜拳が当たってくれる。
 しかし、それはいわゆる”ガチャ昇竜”と呼ばれる初心者プレーの一つで、いつまでも続かない。はじめは何度も食らっていたかがみだが、そのうち”相手にがちゃ昇竜を出させる”ことを覚えた。わざと連携やコンボを途切れさせ、ガードを固め相手のがちゃ昇竜
を誘うのである。
 これはいかんと、つかさは直ぐにがちゃ昇竜は取りやめた。だが完全に取りやめたわけではない。かがみが忘れた頃にがちゃ昇竜をぶっぱなし、簡単には攻めさせないぞ、という姿勢をアピールすることで相手の攻めを抑止することに使うようになった。それもひとつの読み合いだった。
 別にケンに限らずとも、強力な無敵技を持つ相手に一本調子で攻めてはいけない。連携を見切られ、無敵技で返されてそこからコンボを食らい瀕死になる。攻めていたはずなのにダメージ負けする結果となり、結局試合を落としてしまう……なんてことはスト4ではよくあることである。
 一度も殴られず、そして一度もコンボミスをしなければ勝てる。しかし現実にはそんなことは有り得ない。勝つためにはリスクリターンを考慮し、時に慎重に、そして時に大胆に攻めて行く必要がある。
 例えば今のかがみの攻め方がまさにそれだった。神龍拳を食らった時点でリュウは瀕死。ケンはまだ体力ゲージが3分の2は残っていた。その時点でリュウはある程度ゲージもあり、そしてウルコンゲージも溜まっていたが、早めに昇竜セビキャン滅を当ててしまっては、その後、ゲージが空のまま瀕死で立ちまわることになる。それは大変に危険な状態だった。だからかがみは、昇竜セビキャン滅があるぞとちらつかせながら、単発ダメージを重ね、相手の体力を何とか削り取りつつ、昇竜セビキャン滅で殺しきれる一発圏内までに状況を持ち込んだ。ゲージを二つ持っているリュウに対してうかつには攻められないから、つかさのケンは後手に回ってしまった。投げや単発ダメージを食らうということは密着戦。どこかでガチャ昇竜によりダメージを取ってしまえば終わりだったのだが、昇竜セビキャン滅が怖くて出来ず、結局投げをもらってしまっていた。
 ぎりぎりでうまくリスクとリターンを操作したかがみに対し、つかさはリスクリターンの管理を誤った。2ゲージプラスウルコンゲージがあるリュウに対し、一発圏内となった体力ゲージの時に投げか昇竜の二択をかけられ、安易につかさはグラップしてしまった。あの局面でリュウにゲージを”使わせれば”、その後の展開を圧倒的有利にすすめることが出来、勝てたかも知れない……いや9割勝っていただろう。最悪、投げくらいは少しばかりもらっても大局に影響なかったはずなのだ。
 とはいえいずれも結果論。あそこでああしていたら勝てた。ここでこうしていれば勝てた。ゲージを惜しまなければ勝てた。ゲージを温存しておけば勝てた。
 後悔は先に立たない。ひたすら練習して上げてくコンボ精度と同じだ。ひたすら場数を踏んで”とるべき選択”の精度を上げていくしかない。

 さて、一回の勝ち負けなど通過点、とばかりにひたすら対戦に終始している姉妹であるが、今日も優勢なのはつかさのケンのようだった。
 かがみは色々と対策を立てていたらしいが、やはりレバー前入れ中キックと対空中昇竜拳の存在があまりに面倒くさく、更に今日になってつかさが使い始めた、めくりEX空中竜巻旋風脚の驚異的な強さに為す術がない様相であった。
 どちらかというとふわりとした軌道のノーマル空中竜巻であるが、ケンのEX空中竜巻は急角度に恐るべきスピードで飛んで来るため、普通の飛び込み攻撃なのかめくりEX空中竜巻なのか。見切るのが非常に困難であるし、見切ってもガードが間に合わないこともある。飛び込み攻撃に対してとなるため、基本的に立ちガードしている。その状態で食らってしまった場合、竜巻旋風脚がヒットする立ち食らい状態ということになる。
 めくりEX空中竜巻→しゃがみ中キック→EX竜巻旋風脚、というコンボは簡単の割に非常に見切りずらく、効果的な連続技だった。唯一の欠点としては、ケン側もヒットしているかガードしているかの見極めが困難である、ということが挙げられる。しかし腕によるが、地上EX空中竜巻までヒット確認せずに決め打っても、ゲージの無駄になるだけで致命的なスキを晒すというほどでもない。また、伸るか反るかの賭けになるが、めくりEX空中竜巻旋風脚がヒットした場合、最速入力の神龍拳がヒットする。
 扱いやすさ。ヒットさせた時のリターン。そして外したときのリスク。もちろん対処法が無いわけではないが、相手にとって存在それだけで脅威となりうる技である。
 それらを含め、つかさは不気味に対空昇竜が出るため、実質的にコアコパ昇竜とセビ滅。そしてめくり竜巻と中足波動しか手札のないかがみは、じりじりとした戦いの末に負けてしまうことが多かった。
 結果として今日の戦績は、150戦中85戦をつかさが取り、65戦をかがみが取った。数字だけ見ればそれほど大きな差ではないが、かがみの勝利はいずれも辛勝である。
 これで最後にしよう、と決めた最終試合をなんとかかがみは制した。イチかバチかで出したレバー前入れ大パンチ、通称大ゴスが、セービングを振ったつかさのケンに上手く引っかかった。かがみはそこから落ち着いて強昇竜拳に繋ぎ、さらにそこからセビキャン滅を何とか決め、勝利した。
「ふぅ……」
 思わずこぼれたかがみのため息である。嬉しさや喜びではなく、純粋な安堵だった。やれやれ、どうにか首の皮一枚で気持ちが繋がった、って昨日もそんなこと考えなかったっけ……と、ふと思った。
 それにしてもとかがみは思う。このままではいかんと。
 リュウとケンのどちらが強いのかと言うと、一般的にはリュウに一日の長があると言われており、リュウケン対決においてはリュウがガン有利とされている。
 自分がつかさより弱いとは思わない。かといって強いとも思えないが、明らかにつかさに劣っている点がひとつある。
 それは、昇竜拳による対空精度の差である。甘い飛びを見逃さないつかさの昇竜拳の精度は不気味と言っていい。対してかがみは、甘い飛びに数えるほどしか対空を出せていない。
 相手が飛び込んできたら、昇竜拳で迎撃する。一文にしてしまえば簡単な流れだというのに、なぜこんなにも出せないのか?
 少し考えてみる必要がある、とかがみは思った。


  ◇


 翌日、週末を控えた金曜日の授業中のこと。
「……あ、すいません。もう一回お願いします」
「珍しいな、柊」
 授業中にとある問題の回答について教師に当てられたのだが、ぼんやりしていたせいで質問が頭に入ってこなかった。教師が言うとおりに、自分でも珍しいなと思う。だがしかし、授業の問題より重要な問題に取り組んでいたかがみは、まあやむをえないともまた思う。
 その、授業より重要な問題というのは勿論、対空昇竜問題である。
 ゆうべからずっと考えていたお陰で、とりあえず”何が問題なのか”ということも振り分けは出来ていた。
 ひとつ。相手の飛び込みに反応できないこと。
 ふたつ。相手の飛び込みに反応できても、見送ってしまうこと。
 みっつ。相手の飛び込みに反応し強昇竜拳を出そうとしても、大パンチが暴発すること。
 よっつ。相手の飛び込みに反応し強昇竜拳を出しても、相手の飛び込み攻撃と相打ちになること。
 いつつ。相手の飛び込みに反応し強昇竜拳を出しても、相手のガードが間に合ってしまうこと。
 むっつ。相手の飛び込みに反応し強昇竜拳を出しても、相手と反対側の方向に昇竜拳が出てしまうこと。
 この六つのうち、六つ目に関しては現段階で考慮の必要が無い、とかがみは考える。相手のめくり攻撃に対して起きてしまう現象だが、”両対応昇竜”というテクニックで対応出来るらしいとウィキに書いてあった。しかし、普通の昇竜が出せない人間が、派生テクニックを出来るわけが無い。いずれ考えなければだが、今はまだいい。
 教師の質問に答え、そして再び席に着く。考えるのはもちろん対空のことだ。
 とはいえ他の五つに関しては、”自分の能力を上げる”より他に無い。飛び込みに反応することも、コマンドミスをしないことも、相手と自分の位置関係をしっかり把握することも、すべてプレイヤーが行わなければならないことだ。
 私はつかさとは違う。オートで出ているかのようにつかさは対空を出すが、かがみはオートで対空が出ない。そして出ないならば、出していくしかない。失敗を恐れずに出していこう。例え相打ちとなっても、そこまでダメージ負けはしないし、どうやらウィキによると、対空昇竜と相手の飛び込み攻撃が相打ちになった場合、滅波動拳で追撃が出来るらしいのだ。
 ならば対空を出さない道理がない。
 飛び込みを通したら負け。結果がどうであれ、昇竜拳を出していく。繰り返しトライして自分の能力を上げていくしかない。
 そしてもう一つかがみは、”考えていること”があった。


「……つかさは対空どうやって出してるの?」
 かがみの部屋。さて今日も姉妹対戦だ、という前に、先ずかがみはつかさに質問した。いったいぜんたいどうやって昇竜拳を出しているのかと。
「うん? こうやって」
「いや、そういうことじゃなくてね」
 つかさはレバーを落ち着いて操作をする。それは紛れも無く昇竜拳コマンドであり、手つきはかがみのそれと大差ない。かがみが気になったのは主に意識の部分だ。
 普通に昇竜拳を入力し、通常技が暴発するなんてことは今は無い。だというのに何故対空状況で暴発するのかというと恐らく、反応が遅れて焦って入力しているからなのだ。対戦中に相手の手つきを見る余裕はないが、おそらくつかさは、対空状況でも落ち着いて入力しているのだろう。
「その、私が飛び込んできたときに、つかさは何を考えてるのかな、というのが知りたいの」
 んー、とつかさはしばらく考え答えた。
「えへへ。特に何も考えてないかなあ。あ、飛んできた、とかは思うかも知れない。よくわかんないや」
 まあ、刹那の瞬間の出来事だから説明が難しい部分はある。
「じゃあ、相手が飛んできた瞬間、『昇竜拳出すぞ!』って考えたりはしないの?」
「うーん。それはないかなあ」
 おや、とかがみは思った。良く分からないという答えが返ってくると思っていたのに、やけにキッパリとした返答だった。
「気が付いたら自然に昇竜拳を出してる感じ……かな。特に意識したりはしてないかも。歩くときに右足を出したら次に左足を前に出すみたいに。逆に昇竜拳を出さないとしたら、そういう風に意識しないといけないと思う」
「……対空オート」
「あはは。なあにそれ」
 つかさの対空精度はまるでオート操作のようであると思ったのだが、まさにそれは的を射ていたことになる。対空は出すのが普通であり自然の現象で、むしろ出さないときに意識して、「出さないぞ」と意識するのだ。
 つかさの対空方法論が救いの手になるかと少し期待していたのだが、どうやら性質があまりに違いすぎて応用が出来そうに無い。
 結局、自分で腕を磨くしかないってことか……。
 いきなり出来るようになるとは思っていない。しかし対空出すぞと意識していかなければいつまでたっても出ないだろう。
 今日の課題その1、対空を出すこと。
 正直なところ、数日前までは、方法論さえ覚えてしまえば意外と簡単に強くなれるのかも知れないとたかをくくっていたところはある。強いパターンを覚え、丁寧に立ち回り試合を運んでいく。そうすれば数十秒後に勝っているのは自分だろうと。
 しかしどうもそれだけでは駄目らしい。強いパターンや技の性質、そしてコンボを覚えることも勝つためには必要なことだが、それだけではまだまだ足りない。
 状況に応じたゲージ管理や、自分と相手の体力差による適切なコンボ選択という戦略もさることながら、相手のクセを見越した上での行動選択や、間合いの取り方。そして、わずか60分の数秒という精緻なタイミングを狙って出す対空技。CPUには真似できない人間の能力も最大限に発揮していかなければならないのだ。
「それじゃ、始めましょうか。今日は負けないわよ」
「私もがんばるよー」
 やるしかない。つかさは違うのだろうが、私は、ただ自然に待ってても駄目なんだ。なにも対空に限ったことではなく、強くなること。そのためにどうすべきなのか。ちゃんと考えて一つ一つステップアップしていかないと、きっと私は強くなれないんだ。
 それに気付いたこと。それこそが、かがみの”初心者からの脱却”であった。


 ……とはいえ誰も彼もが、気付いただけで強くなれるわけでもない。なにより、ゲームに対しての慣れというのがある。様々な要素に影響を及ぼす慣れというものは、必ず時間が必要になるのだ。
 しかし、今日の柊姉妹の対戦は、これまでとは少し違う展開が繰り広げられることになった。
「お、お姉ちゃん。と、飛ばないの、かな?」
「飛ばない」
 つかさはかがみのプレースタイルの変化に戸惑っていた。
 それは、対空を出すことともう一つ、かがみが意識していたことが大きく作用している。
「今日は飛ばないことにしたから。今日の結果によっては明日以降もそうなるかも知れない」
 ぴょんぴょん飛んで相手に近づくのは確かに簡単だが、対空の出る相手にうかつに飛び込むのは自殺行為だ。ならば飛ばなければいい。近づきたければ歩いて近づけばいい。そうすれば少なくとも、対空昇竜は絶対に食らうことはないのだから。
 そしてかがみが飛ばないことが及ぼした影響がかなり大きかった。
 リュウというキャラクターが飛ばないとなると、やることは波動拳を撃つか、セービングアタックを置いてけん制をするしかない。
 リュウとケンの対戦の場合、遠距離でお互いに波動拳を打ち合っていると、発生と硬直のフレーム差により比較的短時間でリュウが優勢となる。するとケン側としてはセービングで波動拳を取るか、ジャンプで回避するしかない。その状態でもお互いそれなりにやることはあるが、やはりケン側の方が”ついうっかり”波動拳に当たってしまう可能性もあり、リスクが高い。ケン側としてはどうしても近づいていきたいのだ。
 まさにそういう心境でつかさはジャンプで近づいていき、波動拳を遅めに飛び越えてついでに飛び込み攻撃を当てようとしたところで、反対に弾き飛ばされていた。
 かがみのリュウの対空強昇竜拳がヒットしたのだ。まさか出るとは思っていなかったかがみは一瞬呆然とし、画面のリュウが棒立ちとなった。
「……出た」
「きれいな強昇竜だったね」
 相打ちでもなく別技の暴発でもなく、また出し遅れることもなく。無敵時間を使ってケンの飛び込みをきっちりと落としたのだ。対空を出す、という意思を固めていたことと、「このまま飛び込んでくるかな」というかがみの読みと。そしてたまたまコマンドミスせず昇竜拳を出せたことが成功のカギとなった。
 とはいえ現段階では7割偶然と言っていい。そうそう何度も成功するはずもなく、その後は相打ちになったりすることも半分以上あった。しかし”何も出せない”ということがなくなった。クリーンではないにしろ、相手の飛びを通すということが無くなったのだ。
「……実は予想してはいたんだけど、セービングが結構めんどくさい」
「レバー前入れ中キックとよく噛み合うみたいね」
 もうひとつ。リュウがけん制で撒いているセービングが地味に効果を発揮していた。ケンのレバー前入れ中キック、通称レバ中をセービングアタックで返し、リュウはその後バックステップをすることで安全に逃げる。ダメージは波動拳一発程度の小さいものだが、積み重なると馬鹿にならないダメージとなる。
 このせいでつかさは迂闊にレバ中を振れなくなった。それはイコールとして、ケン側の相手に近づく選択肢にリスクを与えたことになる。
 場面場面での細かい状況変化が、試合の流れを大きく変化させる。これまで甘い飛びとレバ中からのしゃがみ中キック等での連携に頼っていたつかさのケンは、第一ラウンドはかがみのリュウの単発波動や単発通常技。そして中足波動と、攻め手に困って撃った波動を竜巻で抜けられ、ラウンドを落とすことになった。
 さて、2ラウンド目。つかさもすぐさま戦い方を変えてきた。迂闊に攻め込まず、波動拳とセービングによるけん制をメインに据えてきた。
「得意のレバ中は?」
「別にそれだけじゃないもん」
 前々から考えていたのだろうが、つかさのケンは、比較的近い間合いでリュウの波動拳をセービングし、間を置かずに前ステップで距離を詰めた。虚を突かれたかがみのリュウは、そこから投げを食らってしまった。
 つかさには躊躇がない。間合いを離されるとやりにくいのは1ラウンド目で身に染みたからか、徹底して近い間合いをキープし中段攻撃などで攻めるが、近い間合いでの戦いにはそれなりの腕前が要求される。相手だって棒立ちではないのだ。
 つかさの試みは悪くなかったが、発生とリーチに優れるリュウのしゃがみ大キック、通称足払いを食らってダウンしている間に距離をとられ、結局その後有効な攻めを与えられず、2ラウンド目も落としてしまった。
「……飛ばないと楽しくないよね? たくさん飛んだほうがいいよ、うんきっとその方がお肌にもいいよ」
「ごめんね。思うところがあって今日は飛ばないの」
 そんな口プレーも交えつつ、姉妹対戦は続く。
 さすがに生真面目なかがみだけあって、飛ばないと公言したからには徹底してそれを遵守した。とはいえただ生真面目なだけではなくそれなりに空気も読むのが柊かがみ。ケンの昇竜拳が届かない間合いへの飛び込みや、ケンの波動拳を垂直ジャンプでかわして、少しずつ歩いて近づいたりなどで、地上だけでなく上へ意識させることも忘れなかった。
 現段階での攻め手とパターンの多さや、通常技の有効活用という点においては、つかさのケンが一枚上回っている。しかしかがみは、全体的な試合運びや間合いの取り方で攻めての少なさをフォローする。
 終わってみれば今日の対戦戦績は140戦中、お互いに70勝ずつ星を取っていた。結果だけ見れば五分五分であるが、つかさの方が疲弊が大きいように見えた。
「飛ばないとお肌に悪いのに……」
「飛んでるわよ。昇竜食らわないところでね」
「むうぅ」
 しかしかがみは思う。本当はぴょんぴょん飛んで戦うのが楽しいし、また気楽なのだと。多分その程度に楽しんでおくのが無難だし、利口なのだと。
 正直に言って今日の対戦であるが、自分でやっておきながらこの、絶対に飛び込まないというプレースタイルは、それなりに戦果こそあったものの面白いか面白くないかと問われると微妙なところだ。
 そこは割り切らないといけないところなのかな……とかがみは思う。結果として勝率アップに繋がるかもしれない戦術は、必ずしも実際に行って楽しくない、という自覚が必要である。勝てば楽しいかも知れないが、そこに至るまでの苦しみを相殺するかというと微妙なのだと。
 そのための割り切りだ。自分は決して楽しいことばかりではないことに挑もうとしている、いや、すでに一歩は踏み出しているのだということを。
「ご飯にしましょ。お腹すいたわ」
「そうだね」
 そんな風にして今日も姉妹対戦は締め括られた。


 ……ちなみに、かがみが『格闘ゲームの意義』的なものを漠然と考えていた頃、泉こなたは、最近柊姉妹がつれないことに心を痛めていた。
 今頃何してるのかな。ご飯かな。勉強かな。それともどこかで自分の知らない誰かと遊んでいるのかな、とか。
 もちろんこなた自身には、それが気にしすぎであるという自覚はある。例え自分の知らない”何か”があったとしても、それほど大したことではないのだと。現実はアニメやゲームみたいにイベントが目白押しするわけではないのだと。
 とはいえさしものこなたも、よもや柊姉妹がスト4に熱を上げているとは夢にも思わなかった。


らっきーストリートファイター2

さわらけいたから貰ったssの二話を載せます。







 第二話 『特訓 その1』


 ※よくよく考えたら、らきすたなのにサブタイトルのつけ方がけいおんなのは変だ、と判断し、サブタイを普通に戻しました。以降このようになります。       佐原

 

 翌日。いつもの月曜日だが、こなたは少し不安だった。
 昨日あれほどに”のして”しまったかがみの態度がつれないものだったら──そう考えると不安にもなる。
 妹のつかさの方はまあ、無難に大丈夫だろう。そう考えたこなたは、朝、教室で顔を合わせたつかさに聞いてみることにした。昨日の夜だが、二人で無事に家についたという電話は貰ったが、それで気持ちの全てが決着するというわけでもない。
「おはー」
「おはよう、こなちゃん」
 つかさはいつも通りのつかさだった。というか彼女の場合、怒っていても分からないかもしれない。とはいえ変な遠慮が必要な間柄ではないので、こなたは単刀直入に聞いてみた。
「かがみ、あれから大丈夫だった?」
 朝ごはんちゃんと食べた? という問いの答えのようにして、つかさはまったりと頷いた。
「うん。いつも通りだったよ。夕ごはんも、今日の朝ごはんもいっぱい食べてたし」
「そこは大事なのかな?」
 いつも通りということなのかも知れない。
 たかがゲームと割り切ってしまえばそこまでだが、されどゲームである。ゲームに真剣に取り組めない人が、勉強など学生生活に真面目に取り組むことは出来ない。こなたはそれほどでもないが、かがみはそれこそ、真面目で勤勉な学生の鏡だ。
 だから、何にも気にしていないというのはかがみらしくないし、また、そんなかがみは嫌だ。とはいえ気にしていないわけでもないらしいのは、つかさがあえて”いつも通り”と言い表したことで分かる。
 もしかして、心配するほどではないのかも知れない。こなたがそう思ったのには、もちろんつかさの平和的な笑顔の影響もあったのだろう。

 それでも一抹の危惧はあったのだが、昼休みとなり、いつものようにかがみがこなたたちの教室に弁当を持ってやってきた時にようやく、不安は安堵に変わった。
 よかった。かがみはいつも通りだ。あるいは昨日まではいつも通りではなかったかも知れないが、持ち直してくれた、と。
「こなた。昨日は悪かったわね。迷惑かけたわ」
 話題への回り道をしないのも相変わらずだ。
「ぜんぜんー。こちらこそ。リアル友人と格ゲーするの滅多にないし。楽しかったよ」
 こなたがそう言うと、机を四つ並べての四人での昼食会──というほど大仰ではないが、その同席者の一人、高良みゆきが小首をかしげた。ちなみに、他に同席しているつかさを含めた四人の、毎日おなじみの集まりである。
「格ゲー、ですか?」
「うん」
 と、こなたは頷いたものの、さてどう説明しようかという悩みどころだった。昨日あったことをありのままに話すのは、かがみのプライドを傷つける。とはいえ説明しないと話の主題が伝わらない。
「昨日こなたの家で格ゲーやったんだけど、こっぴどくやられちゃってね」
「あらあらまあまあ」
 ……かがみが説明してくれて助かった。かがみはそのまま、昨日あったことを自然な風にみゆきに話した。みゆきは楽しそうにそれを聞いていた。
 高良みゆきは、アリの巣のことから人工衛星のことまで幅広い知識を持っている人物なのだが、さすがに格ゲーに関してはそれほどでもないようだった。
「格闘ゲームって奥が深いんですね。ちょっと面白そう」
 みゆきはそう言って微笑んだ。フレームとか無敵時間とか、確かにみゆきが好みそうな要素は多いな、とこなたは思った。
 
 ──そんな所も含めて、まったくいつもの昼食だった。
 彼女等とはよくゲームで楽しんだりするが、よくよく考えて、だいたいいつもこなたの勝ちが一番多いのである。彼女等が経験しているゲームでもそれは言える。ゲーマーの面目躍如といったところだ。
 ただスト4の場合違ったのは、かがみの心が折れたことだけだ。そのかがみが至って普通にしているのだから、いつも通りにならない理由が無い。こなたは安心しきっていた。
「かがみん、今日ゲーマーズ行かない?」
「今日無理。ごめん」
「……」
「あ」
 いつものようにこなたはかがみを誘ったが、かがみの返事がいつも通りじゃなかった。断るにしろ、もう少し柔らかい言い回しだったりするのだ。こなたはつい言葉に詰まる。かがみも不自然さに気付いたみたいだった。
「ごめん。今日はちょっと用事があってね。早く帰らなくちゃいけないの。また今度ね?」
「おkおk」
 一瞬だけ揺らいだものの、こなたは持ち直す。
 こういうこともある。自分はそれなりに暇人だが、学校活動や家の手伝いなど、かがみの受け持つ責務は多い。
 そっけない拒絶には少し驚かされたが、ちゃんとフォロー入った。ならそれでいいじゃないか。
 その時こなたは、軽く考えていた。こういう日もあるのだと。

 しかし、その翌日も、そのまた翌日も──というほど執拗に誘っているわけではないが、それから一週間。お昼にはいつものように弁当持参で現れるかがみだったが、一週間のうちに二度ほど誘ったものの、かがみの返事はつれないものだった。
 断るときはすっぱりと断るのがかがみだが、以前より断る頻度が高い気がする。
 かがみは真面目な奴だが、友達をほっといて毎日毎日勉強や家事手伝いに精を出すほど、空気の読めない人間じゃない。そしてそれは、妹のつかさも同じだ。彼女ともよく出歩いたりするが、姉に合わせてなのか何なのか、今週は連続して「ごめんなさい」を食らっている。

 ……別に一人で出歩いたって構わない。そもそも私は、そういう生物だ。
 大目的としてゲーマーズでの買い物が先ずあって、文字通りそこに連れ合う形でかがみがいて、そしてつかさがいる。
 それは彼女たちを軽んじているわけでは断じてなく、いわゆるオタクの習性であると言える。
 例えば男女のカップルを例とするが、彼らはデートと称してテーマパークに行ったり、買い物を楽しんだりする。それは何も彼等が、どうしてもテーマパークに行きたいわけではないし、また、どうしても買い物したいわけではない。好ましく思っている相手が隣にいるからこそ、彼等は率先して出歩くのだ。相手がいなければ成立しない。先ず相手ありきなのだ。
 それはいわゆる、リア充の思考だ。私が持つべきものじゃない。こなたはそう自戒する。オタクは目的を重視するのだ。目的に対しての執着こそがオタクたる所以である。連れ合いありきで行動する人間は、すでにオタクではない。そう断言していい。
 だからこなたは、かがみと出歩きたい、とは言わない。何故なら私は、オタクなのだから。
 そんなオタク論はともかくとして──。

「……かがみ、何してるのかなぁ」
 今日も今日とて断られ、明日が土曜でお休みの金曜日の夜だというのに、こなたは陰鬱とした気持ちを引きずっていた。
 オタク論がどうであれ、やっぱりかがみはこなたにとって大事な人物だ。むしろオタク論がどうでもいい。
 美味しいご飯を食べても、新しいゲームをしていても、面白い動画を見ていても、こなたの気持ちは一向に晴れなかった。


  ◇


 一方その頃、かがみとつかさの柊姉妹であるが。
 かがみの部屋でひたすらに、スト4の姉妹対戦に明け暮れていた。


 ──話は4日前。スト4を購入した翌日の月曜日までさかのぼる。

 こなたからの誘いを断った、かがみの用事。それは正にスト4だった。
 ゲームするために友達の誘いを断るなんて、普通はありえない。とはいえハード本体購入した翌日、なにより再戦までの期限は刻一刻と迫る。
 これから一ヶ月だけは、ちょっと特別なんだ。かがみは誰に対してというわけもなく、ちょっと言い訳じみたことを考える。
「とりあえず、何から始めようか?」
「うーん。先ずはCPU戦からかな?」
 悩むまでもなく、それは当然の選択肢である。かがみはスト4のオプション画面を開き、難易度がノーマルであることを確認する。他にも色々いじれる項目はあったが、スルーした。出来るだけ汎用的な条件で練習しないと意味がない。それは姉妹一致の意見だった。
 オンライン対戦において、タイム30秒のワンラウンド制で、最初に一発攻撃を当て、あとは逃げ続けるという無意味な行為を行う者もいるが、そういう行為の無意味性に、それを知らずとも姉妹は気付いている。
 これから行うのはCPU戦だが、やがて行うのは対人戦だ。ゲーム相手のゲームではなく、人間相手のゲームなんだ。
 最初にCPU戦に挑んだのはかがみ。さて状況はというと?
「……割と勝てるものね。CPU相手だからなんだろうけど」
「そうだね。パターン決まってるからね」
 かがみはリュウを選び、一人、二人、そして三人と、かがみは順調にCPUを倒していったが、そこはゲーム。徐々に難易度も上がってくる。かがみは善戦したが、四人目のキャラクターに敗北した。
「はい、次はつかさね」
「いいの?」
「なに遠慮してんのよ」
「じゃあ、私も最初からやっていいかな?」
 つかさはケンを選んだ。かがみと同じく、つかさも三人目までは楽々と抜けていったが、やはり四人目は難易度が跳ね上がるらしい。最初の1ラウンドを落とした。
 同じ戦法では分が悪いと判断したか、つかさは2ラウンド目から戦い方を変えた。過剰に近づかないようにして少しずつダメージを取り、そして相手の飛び込み攻撃は、中昇竜拳で迎撃した。じりじりとした戦いの末、つかさは勝利した。妹の武勲にかがみは感心した。
「昇竜拳ってそうやって使うんだ……」
「うん。こなちゃんに教えてもらったの。リュウでも同じことが出来ると思うよ」 
 それからつからは多少危なげはあるものの、CPUを倒していき、ついにラスボス戦を迎えた。一般的に格闘ゲームというと対人戦がメインであるため、CPU戦は事実上オマケと言えなくもない。しかしそこはそれ。ラスボスはやはりラスボスとして、それなりに強く作られている。つかさは善戦したものの、敗北した。
「こいつは強いね。お姉ちゃんやってみて」
「オッケー」
 それから姉妹は、コンテニューを繰り返してラスボスに挑んだ。CPU最大の強みである超反応を余すところなく駆使するそのラスボスは、非常に骨の折れる相手だった。パターンにはめても中々上手く行かない。
 何度かのコンテニューの末、ラスボスを打倒したのはかがみだった。これぞ正に”姉の威厳”である。
 エンディングと思わしきムービーの後に、スタッフロールが流れ、ゲームの終わりを告げる。よくあるゲームならば、主人公と共にプレイヤーの戦いもそこで終わる。しかし、かがみもつかさも、何一つ満たされていなかった。エンディングムービーを見るために五万円という大枚をはたいたわけじゃないのだ。
「それじゃ、どうしよっか」
「そうねぇ……」
 姉妹は協議に入る。二人で買ったものなのだから、二人で方向性を決める。なにより時間がない。あの”強敵”を打倒するためには、ただ闇雲に何となくプレーしていては埒が明かないとかがみは思っていたし、つかさもそれを理解していた。
 そのへんを踏まえて、つかさは切り出した。
「ネットで調べてみようよ。こなちゃんが言ってたけど、スト4の動画がネットには沢山あったり、”うぃき”っていうのも良いみたい」
「ウィキね」
 ネットに繋ぐためには、PS3から一度回線を外さなくてはならない。LANケーブルを差し替えてかがみはパソコンを起動した。
「……ストリートファイター4ウィキ。これね」
 特に画像が充実しているわけではないが、情報量としては相当量になる。初心者用のページや基本的なQ&Aなど、コンテンツもかなり充実していた。しかし。
「……さっぱりわからないわ」
「難しいねえ」
 何を言っているのか分からないし、言いたいことも分からない。スト4ウィキは、初心者用にかなり噛み砕いて書いてあるのだが、全くの素人であるかがみとつかさは理解が及ばなかった。
「リュウの基本コンボ……なになに?」
 J強K>屈中K>波動拳 or EX波動拳、と記載されている。
「えーっと。これってもしかして、普通にやってたかも知れない」
 かがみは、アーケードスティックを操作し、その連続技の仮想入力をしてみた。昨日のこなたとの戦いのときも、そして今日のCPU戦のときも、基本的にワンボタン操作か、もしくは一つのコマンド入力からのワンボタンによる単発の必殺技しか使っていない。確かにかがみはそのコンボを無意識に行っていたが、それはいわゆる”ガチャガチャ入力”だ。きちんと狙ってのものではない。
「む、むずかしいわね」
 たどたどしいながら、なんとか仮想入力は出来た。ページを下に送っていくと、更に幾つものコンボが紹介されていた。かがみはいずれも仮想入力で確認していったが、ある一つのコンボで降参した。
「無理。これは絶対出来ない自信ある」
「あはは。私には意味もわからないや」
 昇龍拳(EX昇龍拳)>EXSA前ダッシュキャンセル>滅・波動拳or EX必殺技各種、というコンボだった。
「つまりね、これは多分、昇竜拳のスキをEXセービングで無くして、そこから滅波動拳を当てるっていうコンボなのよ。これ、似たようなのをこなたに何度もやられたわ」
「ふむふむ。対空昇竜拳からでも出来るのかな、それ」
「多分ね。つかさは対空上手だものね」
「えへへー」
 残念ながら、つかさの扱うケンの場合、余程特異な当て方をしない限りは同じことは出来ない。それはまあさておき。
 かがみが「絶対に出来ない」と言い切ったのは、昇竜拳のあとのEXセービングのところである。ただでさえ複雑な昇竜拳コマンドの後のEXセービング。ノーマルのセービングも含め、中パンチと中キックを同時押しというその特殊な入力は、そこに意識を追いつかせるのが難しいし、何より指を目的のボタンのところに置くのも至難の業だ。
 ちなみにEXセービングというのは、スーパーコンボゲージと呼ばれる体力ゲージとは別のゲージを使うシステムのことだ。
 必殺技にはいずれも、ノーマル版とEX版が存在し、4目盛りあるゲージのうち1目盛りを使って繰り出すEX版の方が総じて性能的に優れていることが多い。
 EXセービングというのは、ゲージを2目盛り使い、必殺技のスキを強制的に”無くす”システムだ。それを受け付けない必殺技もあるが、大抵は適用できる。暴発以外であまり見ないが、通常技にも適用できる。
 例えば、無敵時間のある昇竜拳は相手の攻撃を切り替えす最大の手札となるが、相手がガードしていた場合は、上空に大きく舞い上がる技性質上、とんでもないスキを晒すことになる。
 しかしそこでEXセービングというテクニックを使えば、そのスキを無くすことが出来る。つまり昇竜拳で切り替えすためのリスクがなくなるのだ。とはいえゲージを消費するため、おいそれとは濫用出来ない。そのあたり、絶妙なゲームバランスとなっている。
 攻撃を繰り出したり、相手の攻撃を食らったりしていると、ゲージは自然に増えていく。ちなみに、スーパーコンボゲージを4目盛り、つまりマックスまで溜めると、高性能かつ高威力の、各キャラ固有の”スーパーコンボ”という超必殺技を使うことが出来る。
 EX必殺技か、それともEXセービングか。あるいはスーパーコンボか。はたまたゲージを4目盛り溜め込んだまま、相手にプレッシャーを与えるか。スト4において、状況に応じたそれらの取捨選択が、勝利へのカギの一つであることは間違いない。
 とはいえかがみとつかさそのレベルには遠く及ばないどころか、理解もおぼつかない。
「ケンのも見てみましょうか」
 ケンのページを見てみると、なにやら膨大な数の連続技が記載されていた。明らかにリュウの比ではない。もはや区別がつかない程度に達しているそのコンボを、つかさは一つずつ仮想入力で試していったが、やはりEXセービングキャンセルが絡む入力でつまづいた。
「こればっかりはやってみないと分からないわよね」
「そうだね」

 それから姉妹は再びPS3を起動し、スト4のトレーニングモードという連続技の練習を出来るモードに挑んだ。ゲージ状況や相手の行動などを色々と設定することが出来る親切な仕様となっている。
 かがみとつかさが練習したのは、昇竜拳をEXセービングキャンセルし、そこから追撃を行うというコンボだ。
 ──正直なところ初心者である彼女等が、EXセビキャンより前に覚えるべき基本的な連続技は山ほどあるのだが、『昇竜拳をスキを無くして更に浮いた相手に追撃を行う』という一連のコンボには、見るものを惹きつける”華”があった。だから、それを自分でも実践したい。彼女たちでなくとも、誰もがそう思うものだろう。
 しかし、これが中々スムーズに出来ない。
「……どうも、上手くいかないわねえ」
「こなちゃんがやってたのと違う感じがする」
 かがみもつかさも、昇竜拳を出すことは出来る。そして、昇竜拳発生直後にEXセービングのコマンドである中パンチと中キックを押し、EXセービングアタック発動。昇竜拳のスキをキャンセルして無くすことは出来るのだが、EXセービングアタックが”出切って”しまい、その後何も追撃できないのだ。
 つかさの扱うケンも、リュウとだいたい同じことが出来る。大昇竜拳をEXセビキャンして神龍拳を当てることが出来る。しかし、大昇竜拳が対空として実質機能しないことと、普通にコンボとして当てた場合は神龍拳がいわゆるカス当たりになってしまうのが欠点だ。
 いちいちキャラ変更するのが面倒なのでつかさもリュウで練習してみたが、どうもうまくいかない。
「何がいけないのかなぁ」
「……EXセービングということは、セービングのEX版ということよね。昇竜拳がEX昇竜拳になるのと同じ。昇竜拳もEX昇竜拳も、基本的に大差ないから……つまりセービングだと思えばいいのよ。ちょっと私にやらせて」
「うん」
 かがみは何かに気付いたようだ。理解力の高さはさすがに優等生といえる。かがみは勉強だけでなく、ゲームにも持ち前の理解力を発揮する。
「セービングというのは、こう」
 画面の中のリュウが、拳を腰だめに構えたような格好をする。いかにも力を溜めて渾身の一撃を放たんとしているようだ。
 この状態を”セービング”と呼ぶ。力を溜めているゆえか、相手の攻撃を一発だけ受け止めることが出来る。その段階で負ったダメージは、リカバリアブルダメージ、通称白ゲージと呼ばれる状態で体力ゲージに蓄積される。白ゲージは時間経過により徐々に回復するのだが、白ゲージが蓄積している状態で普通にダメージを食らうと、白ゲージ分も含めた量のダメージを負ってしまう。
 しかし、セービングによる白ダメージもダメージとして認識されるため、普通にダメージを食らうのと同じように、ウルトラコンボゲージが溜まる。遠くから飛び道具を撃たれた際は、ジャンプで避けることとガードをすること。そして第三の選択肢として、セービングすることでウルトラコンボゲージを溜める、ということも出来る。
 しかし、それだけでは勝てない。セービングは、”セービングアタック”と、”セービングキャンセルステップ”と併用することで、初めて真価を発揮する。
 セービングアタックは文字通り攻撃の手段のひとつである。セービング発動のための中パンチと中キックを押し続けると、力を溜めているポーズが維持される。ボタンを離すと、各キャラクター固有の攻撃モーションを持つ攻撃が繰り出される。溜め時間によってレベル1、レベル2、レベル3と分類され、それぞれ性能が少し異なる。
 レベル1のセービングアタックは、通常の打撃と同じで、ガードすることが可能で、食らった場合は普通にダメージを負う。
 これがレベル2になると、食らった場合に”崩れ”という状態になり、移動もガードも出来ずにその場に崩れ落ちてしまう。崩れて倒れてからしばらくまで食らい判定が残るため、致命的なスキを晒すことになる。
 更にレベル3になると、セービングアタックがガード不能となる。ゲームシステム上、ガード不能の打撃技というのはバランスを崩しかねない要因だが、長い溜め時間が必要となるため大抵は避けられてしまう。確定ポイントで高いダメージを与えるための用途として主に使われる。もちろんレベルが上がるに連れて威力も高くなっていく。
 一般的にセービングアタックの使いどころとしては、相手の攻撃を受け止め、攻撃を繰り出した相手が技後硬直によりスキを晒している最中に、セービングアタックの打撃を当てることにある。レベル1ならばダメージを負わせるだけだが、レベル2を当てられれば、崩れさせることが出来るため、そこからコンボを入れることが出来る絶好のポイントとなる。相手の攻撃を受け止め、そして返すためには、ある程度の先読みによるコマンド入力が必要になるし、ボタンを離すタイミングも独特だ。使い方は難しいが、相手の攻撃を切り返すためには必須のテクニックとなる。
 もう一つ、セービングキャンセルステップというのも、文字通りの機能となる。セービングにより溜めているモーションから、それをキャンセルして前ステップや後ステップをすることが出来、セービングアタックを出さずに済ませられる。フェイントや様子見としてセービングを”置いておき”、相手が手を出していたらセービングアタックとして開放する。手を出していなければ、後ステップで間合いを取る。そういう用途として用いられるテクニックだ。また、セービングアタックでダメージを与えずとも、相手の攻撃を受け止めえてから、キャンセルステップにより間合いを取るという、逃げのテクニックとして使うことも出来る。
 攻めも守りもセービング──。攻防一体となったシステムであり、用途の広さから、プレイヤーに自由度の高い戦い方を提供する。
 しかしその性質上、多段攻撃に非常に弱いことと、各キャラクターが必殺技として最低一つ以上持っている、”ブレイク属性技”というものを食らうと、一方的にセービングは”割られて”しまう。セービングは便利なシステムだが、相応にリスクも存在するのだ。

 さて、かがみが注目したのは、セービングキャンセルステップというテクニックだ。
「要はセービングステップも、EXセビキャンステップも、入力方法は同じなんじゃないのかなと思ったの。普通のセビステは、こう」
 かがみは中パンチと中キックを押しっぱなしにする。画面の中のリュウが腰だめに構え、徐々にセービングレベルが上がっていく。
「セービングステップは、ここで中パンチと中キックを押したまま、前ステップや後ステップを入力する」
 リュウが構えを解き、前にステップをするが、かがみの手は中パンチと中キックを押したままだ。
「さっき私たちは、昇竜拳を出した直後に、EXセービングキャンセルを出して、すぐにボタンを離しちゃってた。だから、EXセービングアタックが暴発しちゃっていたんだ」
「順番に、タイミング良く押して、離してた」
「普通はそれでいいんでしょうけど、EXセビキャンはそれじゃあ駄目だったのよ。だから、こうする」
 画面の中のリュウが昇竜拳を放つ。かがみは直後に中パンチと中キックを押し、そのまま前ステップコマンドを入力した。リュウの姿はEXセビキャンにより一瞬だけ光り、そのまま前ステップ動作に移行した。何事も無かったかのように通常ポーズとなったリュウの目の前に、昇竜拳で打ち上げられた相手のリュウが落ちてきた。かがみの手は、中パンチと中キックを押したままだ。
 これだ。かがみもつかさも、同時にそう感じた。
「ここから、滅波動拳が入るんだね」
「神龍拳もね」
 別にウルトラコンボに拘らなくとも、他にも色々と入る。リュウならばEX波動拳、通称灼熱波動拳がヒットする。ノーマルでは無理だが、EX昇竜拳でも追い討ちできる。ケンは昇竜拳全てに追撃属性があるため、大や中の昇竜拳で追い討ちできるし、ケンの場合は、大昇竜拳がカウンターヒットという特殊な当たり方をすると、更に色々な追撃が出来る。
 そして、ここまで来るとあとはそれほど難しくない。EXセビキャンの中パンチと中キックを押して離すタイミングが特殊なだけで、反復練習によりやがて追撃まで出来るようになる。
 十数回のチャレンジの後に、かがみは昇竜拳EXセビキャン滅波動拳という連続技を成功させることが出来た。浮かせた相手に追撃するというのは格闘ゲームにおける王道の連続技であり、無上の爽快感がある。スト4はコンボを前面に押し出しているゲームではないが、昇竜拳で浮いた相手に飛び道具で追撃をする、という構図は、いかにも漫画的、アニメ的な格闘が持つ格好良さにあふれていた。もちろんゲームとして、ダメージも申し分ないものだ。
「かっこいい……」
「うん」
 格闘ゲームは、ゲームとしては極めてシンプルな部類だが、そのぶんキャラクターに対して操作できる項目が多い。”自分で動かしている”という感覚が非常に強い。だからこそ、狙い通りの動きが出来たときの達成感はひとしおのものがある。それが見た目に格好良いものであれば尚更のことだ。
 かがみもつかさもまだ理解はしていないが、このコンボはリュウを使う上では必須といえるものだ。リュウの滅波動拳は、非常に当てどころの多いウルトラコンボで、これをどれだけ当てられるかが勝率に直結する。
 ケンの場合におけるEXセビキャン神龍拳も、フルヒットしないためにダメージは心もとないものだが、相手の体力があと少し、というところでのダメ押しに重宝する。つかさも程なくして出来るようになった。

 それから彼女たちは、昇竜拳をEXセービングでキャンセルするコンボを独自に開発していった。その全てはスト4ウィキに載っていることなのだが、誰かのこしらえたレールを進むのと、自分でレールを作っていくのとでは楽しさの度合いが段違いだ。
 強パンチなどの通常技から昇竜拳をキャンセルして当て、そこから更にEXセビキャンで追撃を狙う。通常技を必殺技でキャンセルする方法は、彼女たちは特に何かを読んで覚えたというわけではなく、やってるうちに自然と覚えたものだ。
 昇竜拳をEXセビキャンした後にどんな技がで追撃できるかの調査など、楽しみつつも徹底して彼女たちはトレーニングモードにこもった。
 やがてそれぞれに納得するコンボが見つけられたことで、夕飯の時間になった。
 かがみのリュウは、飛び込み強キック→しゃがみ強パンチ→昇竜拳→EXセビキャン→滅・波動拳。一連の成功率はきっと一割に満たないのだが、ダメージは申し分ない。まさにワンチャンスの脅威だ。
 一方つかさのケンはというと、リュウほど大きいダメージのものは見つからず、飛び込み強キック→近距離立ち強キック→大竜巻旋風脚、というものがダメージが大きかった。しかしリュウにはダメージで及ばない。つかさは何だか釈然としない顔をした。
「リュウのほうが性能がいいのかしら」
「わかんないけど……うーん。なんだろうな。これはこれで悪くない気がする。上手く言えないけど」
「?」
 かがみは目に見えるものを理解することに長けるが、もしかして妹は、目に見えない何かを感じ取ったのかも知れない。
 ケンが相手に大竜巻旋風脚を当てた後は、ケンと相手がほぼ密着した状態となり、フレーム単位の話をするならば、ケン側が相手よりも1フレームだけ動けるようになるまで時間がかかる。例えば強力な投げ技を持つザンギエフは、1フレームで発生するコマンド投げを持つために、大竜巻を当てることはご法度なのだが、他のキャラクターはどうだろう。
 つかさはふと考えた。もしこの密着状態で、昇竜拳のためにガードを固めることと、投げを警戒して、弱パンチと弱キック同時押しという、投げと同じコマンドであるグラップディフェンスを入力することは、全く相反する要素なのではないかと。
 昇竜拳だと思ってガードを固めたら、投げられるかも知れない。
 投げだと思ってグラップディフェンスをしたら、昇竜拳を食らうかも。
 そんな状況に、無理矢理に持っていかれる。
 それは何だか、すごく気持ちがざわざわする。されたら嫌だろうなあ、と、つかさはぼんやりと思った。
「とりあえず、今日はこの辺にしておきましょう。初日としては上出来の収穫だと思うの」
「うん。おなかへったよー」
 そうして姉妹はゲームを切り上げた。再戦までの時間はまだまだ充分にある。

  
  ◇


 翌日の火曜日。月曜と同じように早々に帰宅した彼女等は、今日はパソコンの画面を食い入るように見入っていた。
『コアコパ昇竜セビキャン滅……コアコパ昇竜セビキャン滅』
 別に彼女たちの声ではない。パソコンのスピーカーから流れている声だった。
「昨日私たちがやってたのと、少し違う」
「通常技を二つ繋げなかったもんね」
 パソコンの画面にはスト4のトレーニングモードが映し出されていて、ゲーム音の他になにやら音声が流れている。
 これはいわゆる”実況動画”というものであり、ゲームをしながらプレイヤーが自由にトークを聞かせていくものだ。スト4に限らずとも様々なゲームの実況動画が昨今はアップされており、盛んに動画サイトを賑わしている。
 今彼女たちが見ているのは、スト4初心者がPP3000を目指して練習に励む、という趣旨の実況動画だ。スト4のオンライン対戦において勝てばポイントが増え、負けると減るという”プレイヤーポイント”というものが存在する。プレイヤーの実力の目安となるポイントで、だいたい自分と同じくらいのポイントの相手を探して対戦するのが通例となっている。
 ところで彼女たちが注目しているのは、実況でもなんでもない。初心者向きの動画を探して、たまたま選んだこの動画が実況動画だっただけだ。
 ──コアコパ昇竜セビキャン滅。
 動画内でしきりに言われているこの一連のコンボこそが、リュウの、いやスト4における基本コンボと言い切って問題ない。目押しと呼ばれる通常技をつないでいくテクニックで弱キックから弱パンチを繋ぎ、ノーキャンセルで昇竜拳を出す。あとは昨日さんざんかがみたちが練習したとおりに、滅波動拳で追撃するコンボだ。
 どのキャラでも言えるが、弱パンチと弱キックは”連打キャンセル”という方法で、連続してペチペチと当てることが出来る。特に大きなメリットは無いが、攻めのイニシアチブを継続させることが出来、ペチペチで固まった相手に投げを仕掛けるのは、それなりに有効な戦術だ。
 ところが連打キャンセルをした後には、必殺技でキャンセルできない、という性質が存在する。弱パンチを一発当てたあとはキャンセル必殺技が出るが、連打キャンセルにより二発当てた以降は必殺技がキャンセルで出ない。そのために使われるのが、目押しというテクニックだ。
 通常技を相手に当て、繰り出した通常技のモーションが終わる。その段階でまだ相手がいわゆる”食らいモーション”だった場合は、再び通常技を当てることが出来る。
 例えばリュウのしゃがみ弱キックを当てた場合、リュウ側が4フレーム先に動けるようになる。その4フレームの間、相手は食らい状態になっているという意味だ。4フレームの猶予があるわけだから、発生4フレーム以内の技なら当てることが出来る。リュウのしゃがみ弱パンチは発生3フレームのため、続けざまに当てることが出来るし、発生3フレームの昇竜拳も、ノーキャンセルで当てることが出来る。もちろんキャンセルしても構わない。連打キャンセルとは違い、通常技を単発でつないでいくのだから、どの段階でもキャンセルすることが出来る。大抵のキャラクターは目押しコンボを当てていき、最後に当てる通常技をキャンセルして必殺技を当てるが、昇竜拳は発生の早さにより、キャンセルしなくとも連続技として繋がるのだ。
 何ゆえにコアコパ昇竜セビキャン滅がスト4の基礎かというと、目押しコンボのタイミングを覚えられることと、その目押し中に”ヒット確認”をし、ヒットしていたら必殺技に繋ぐことにある。EXセビキャンの有用性を理解出来るというのもあるが、この姉妹は先んじて昨日理解している。
 この動画内でも、それが基礎なのだと言われていた。昨日彼女たちは昇竜セビキャンを絡めた威力の高いコンボをひたすら練習していたが、CPU戦はともかく対人戦ではそれだけではやっていけない。ヒット確認の精度を上げることが勝率を上げることに直結する。コアコパ昇竜は最もヒット確認が容易なコンボであり、かつEXセビキャンし滅波動拳を当てることで大ダメージも奪えるという、初心者から上級者まで幅広くフォローする連続技なのだ。
 見た目もさることながら、スト4の基礎も詰め込まれており、かつプレイヤーの能力、いわゆる人間性能も引き上げるというのが、スト4の基礎たるゆえんである。
「そこまで言うなら、やってやろうじゃないの。どうせ昨日のとそんなに大差ないんでしょう」
「お姉ちゃん、がんばってー」
 つかさが無邪気にはやす中、かがみはスト4のトレーニングモードをやり始めた。かがみはいちいち飛び込み攻撃からコアコパ昇竜に繋ごうとしていたが、昨日やっていたほどにはどうにも上手くいかない。飛び込み攻撃からコアコパが繋がらなかったり、コアコパから昇竜が繋がらなかったりする。コンボ成功どころか、もはや滅波動拳までたどり着けない。勢いである程度何とかなる通常技キャンセルのコンボと違い、目押しには独特のタイミングが必要となってくる。そのタイミングへの意識の配分が大きくなってしまい、他がおろそかになるのだ。
「コアコパ昇竜の部分は、ぽんぽんぽんと同じタイミングで当てるつもりで、最後の滅波動拳は丁寧に入力する、ってウィキに書いてあるよ」
「う、うん。わかってはいるんだけどね」
 基本中の基本とやらのコンボに手を焼いていたかがみは、少しやり方を変えた。先ず飛び込み攻撃は省略することにした。そして、滅波動拳も、今はちょっと置いておくことにした。
 コアコパ昇竜。しゃがみ弱キック→しゃがみ弱パンチ→大昇竜拳、という部分のみの反復練習に挑むことにした。
 コアコパ部分のタイミングについては、やっていれば直ぐに覚えられるが、問題は昇竜拳の部分だ。押すボタンとしては、弱キック→弱パンチ→強パンチという順番になる。それにレバー操作が加わるわけだが、このコンボ、”ボタンを押すタイミング”のみ見ると同じタイミングの感覚になる。つかさがウィキから拾い出したように、ぽんぽんぽんと同じタイミングでボタンを押せればほぼ確実に成功する。そのためには、弱キックを押すのと同時くらいに、昇竜拳のコマンド入力をするくらいで丁度良い。キャンセルをかける場合は弱キックより早めに入力しないと間に合わないが、このコンボにキャンセルは必要ない。けれど、キャンセルしてもいい。キャンセルしてもしなくても繋がる、というのが初心者にも優しい部分である。コンボとしてのコマンド受付入力の猶予フレームが長いのだ。
 初めのうちかがみは、先ず昇竜拳が出なかった。それはコマンド入力に失敗している。レバー操作ミスか、強パンチボタンを押すタイミングの遅れである。
 次に、昇竜拳は出るが、コアコパから繋がらずにガードされるパターンが多くなった。これはコマンド入力の遅れである。コマンド入力自体は成功していることになる。
 そんなことを百回も繰り返した頃に、ぽんぽんぽんとコアコパ昇竜が小気味良く連続してヒットした。画面表示を見ると、3hitと表示されている。まぎれもないコアコパ昇竜の成功だった。
「出来た。これはタイミングが大事ね。体の中でちゃんとリズムを刻んで押していく気持ちでやらないと」
「ぽんぽんぽん、だね」
 姉妹は頷き合う。上級者への階段を一つずつ登っていくような感じがして、姉妹はいくぶん興奮気味だった。
 それからかがみは、コアコパ昇竜を繰り返し練習した。自分の操るリュウの向きを変えて試してみたりなどしたが、やはりコンボの精度という点ではいまいち心もとない。五回トライして一回成功するくらいの成功率だった。実践レベルとはお世辞にも言えない。
「まあいいわ。コツは掴めたし。あとは反復練習あるのみね。つかさもやってみて」
「うん」
 しばらくしてかがみとつかさは交代した。つかさは真面目な顔つきで画面をにらみ、うん、と合図のように頷いた。
「コアコパ昇竜ぽんぽんぽん、と」
 そして、スキップでもするかのように軽やかにボタンを叩き、くいっとレバーの操作を行った。すると画面の中のリュウは、しゃがみ弱キック、しゃがみ弱パンチ、大昇竜拳と一連の動作を自然に行った。画面には3hitと表示されており、コアコパ昇竜の成功を告げていた。
「おお、できた」
「凄いじゃないつかさ!」
 本人のつかさは何だか他人事みたいに軽く驚き、そして脇で見ていたかがみは、自分のことのように喜び驚いていた。
「お姉ちゃんのをずっと見てたから。なんとなくタイミングを覚えられたんだと思うの」
 つかさはにっこりと笑ってそう言うが、何より大事なのは正にそのタイミングである。つかさは、ぽんぽんぽんという一連のタイミングに拘っていた。かがみはそのタイミングを練習しながら理解しそして覚えたが、つかさは
初めから正しいタイミングを狙って操作していた。そこに一発成功の秘訣があった。
 つかさはそれから二回、三回と成功させたが、しかし正しいタイミングだけではカバーしきれないコマンド精度の不十分はある。何度かの成功と失敗を重ね、最終的には五回に二回程度の成功率を維持していた。
「つかさ、昇竜拳の入力が得意みたいね」
「うん。なんか自然に入力出来るみたい」
 それから暫く彼女たちは、あれこれと話ながらコアコパ昇竜の練習をしていた。詰めて練習しているだけあって、成功率もどんどんと上昇している。これがまた明日になれば成功率は下がっているのだろうが、かがみの言うように成功率を上げるには反復練習しかない。きっちりと体に覚えさせる必要があるのだ。
 やがて徐々に難しい方へと練習内容をシフトさせていく。飛び込み攻撃から連続してコアコパ昇竜を続けること。コアコパ昇竜からEXセビキャン滅波動を決めること。そして。
『真空……波動拳!!』
 飛び込み攻撃からコアコパ昇竜、EXセビキャンにより浮いた相手への追撃としての滅・波動拳が炸裂した。ヒット数としては12hit。何も数字だけが全てではないが、こなたの家でのがちゃがちゃプレーから比べると目ざましい進化と言える。一連のコンボを成功させたかがみは、ふう、と長い溜め息をつく。徹底した練習による疲れと、コンボ成功による達成感の混じった溜め息だった。
「成功したけど……意外とダメージは伸びないものね」
 コアコパ、つまり弱キックと弱パンチの威力が低いのが要因だが、”コンボ補正”というものもスト4には存在する。コアコパからの連続技は、ヒット確認が容易であるためか、その後の相手に与えるダメージに補正がかかる。ローリスクな連続技はローリターンになる傾向はあるのだが、そうやって確実にダメージを取るのも大事だ。昨日彼女たちが練習していたようなハイリターンの連続技は、それを確実に決められる相手のスキなどに対してぶち込めば良いのである。
 つかさも何度目かのトライの後に、コンボを成功させるに至った。
「今日はこれくらいにしときましょうか。もう夕ごはんの時間だわ」
「うん。おなかぺこぺこー」
 昨日と似たような流れで、この日のスト4もお開きとなった。慣れないアーケードスティックでの操作により、かがみもつかさも、箸を持つのも中々しんどかった。

 その日の夜──。
「……うーん」
 かがみはベッドの中にいたが、なかなか寝付けずにいた。眠ろうとして目を閉じるも、気がつくとコアコパ昇竜をイメージトレーニングしている自分がいる。まぶたの裏にトレーニングモードステージがあり、そこにリュウがいるのである。
「何してんの私は……寝るべし寝るべし」
 毛布を被りなおすかがみだったが、眠気は一向にやってこない。もうやめようもうやめようと言い聞かせるほどに、コンボはより発展していく。コアコパ昇竜の後のEXセビキャン。人は夢の中でコンボミスをしない。昇竜拳で浮いた相手に容赦のない追撃が刺さる。
『真空……波動拳!!』
 ずばばばばばばん。
「あー、だめだ。寝れん」
 むっくりと起き上がったかがみは、暗くした部屋で一人ぶんぶんと頭を振った。携帯を見ると、時刻は普段ならとっくに眠っている数字を表していた。ゲームは嫌いではないが、よもや自分がゲームのことが頭から離れなくなって寝られなくなるとは……と、自分自身に滅入るかがみである。
 視線は自然とPS3の方を向いてしまう。妹との共有財産だから自重しているが、自分の所有物であったなら今頃、のっそりと置きだしてスト4をやり始めているかもしれない。それほどに毒されていた。
 かがみは再び毛布を被る。辛抱強く目を閉じているうちにやがて眠気は訪れてきたが、主だったコンボをまた殆ど知らなかったのがせめてもの幸いだったかも知れない。
 コアコパを絡めたもの、EXセビキャンを経由するもの、そして相手を画面端に追い詰めた時限定のものなど、まだまだ枚挙にいとまがない。それらを知っていたなら、かがみのトレーニングモード(イメージ)は朝まで続いたことだろう。
 やがてかがみは眠りについた。もしかしたら夢の中でもコンボ練習していたかも知れないが。


  ◇


 明けて水曜日。
「ちょっとこなたには悪いことしてるかしら?」
「ちょっとね。でもしょうがないよ」
 かがみとつかさの会話である。昼食時にこなたに放課後の寄り道を誘われたのだが、結局用事があると言い辞退してしまった。忙しいわけでも、或いは用事があるわけでもない。こなたに付き合って出歩くのはそれなりに楽しいが、今の自分には、どうしても”やりたいこと”がある。
 敢えて友達の誘いを断ってまで取り組む行為なのだから、その行為に対して全力を尽くすべきだ。最終的にかがみはそんな所に気持ちを落ち着けた。
 やりたいこと。それはもう言うまでも無い。
 姉妹の前にあるテレビには、スト4のキャラ選択画面が表示されている。しかし、またトレーニングかというと少し違う。
 かがみはリュウ。つかさはケンを選んだ。
 対人戦。
 家庭用ゲームの対人戦というと、今日びオンライン対戦をほぼ指すのであるが、一つのハード、一つの画面で行う伝統的なローカル対戦機能もスト4は勿論備えている。というか、二人で始めたスト4で、これまで二人で対人をしていなかったというのも珍しいケースだ。
「つかさは、遠慮とかしないでいいんだからね。勝てるときはきっちり勝つ。手加減とかしてても誰のためにもならないから」
「うん、わかったよー」
 かがみは、この常に姉を立てようとする妹に事前に釘を刺す。ぶっちゃけつかさも、手加減を出来るレベルではないのだが、こなたに手加減され、そして妹にも手加減さたなんて日には生きていけない。
 そんなことを考えながらも、試合はスタートする。
 お互いコンボ練習には余念が無かったものの、スト4の戦い方を知っているわけではない。お互いに手を出せず、前後移動によりリュウとケンは近づいたり離れたりしている。それは奇しくもスト4の対人戦らしくも見えた。
「じゃあ行くよ!」
 そんな膠着を破ったのはかがみだった。先手は波動拳。つかさのケンはガードを固めてやり過ごす。ケン側も負けじと波動拳を打ち返し、リュウはガードする。そんなところから対戦は始まった。
 しかしお互いに初心者同士。なんとも歯切れの悪い戦いが続く。
 ──確かにコンボ練習はしたものの、それは、”さあコンボを入れるぞ!”と心の準備を備えた上でのコンボである。なにしろトレーニングモードの相手は動かないのだ。しかし実戦はそうはいかない。相手は自分に勝つために動くし、ガードも固める。そんな状況でなかなかコンボなど入れられないものだ。
 こなたとの対戦、そしてCPU戦で二人とも、リュウやケン。いわゆる”胴着キャラ”の基本戦術の一つである、しゃがみ中キック→キャンセル波動拳、通称”中足波動”というのが、ローリスクかつ手軽であることは知っていた。ローリスクということはローリターンであるとも言えるわけであり、ダメージが大きいわけでも、ヒットさせた後の状況が有利になるというわけでもない。
 例えば相手の波動拳を飛び越えた時などには、飛び込み攻撃から強攻撃に繋ぎ、ダメージの大きい必殺技にキャンセルして繋いでいけば、それだけで大きいダメージを取ることが出来る。例えばリュウやケンなら、昇竜拳がそれである。ダメージもそこそこ大きく、なにより相手のダウンを奪えるため、継続して攻めることが出来る。
 しかし昇竜拳は、ガードされると致命的なスキを晒すことになる。だからこそ、飛び込み攻撃からの連続技が”ヒットしている事”をきっちりと確認して、昇竜拳に繋いでいかなければならない。上級プレイヤーならどんな状況からでもヒット確認をし、その状況で最善かつ最大ダメージのコンボを入れてくる。かがみもつかさも、そしてこなたもそんなレベルには到達していない。
 だが、例えば前述の、”波動拳を飛び越えた時”などは、間違いなく最大ダメージを入れられる状況だ。その事実を、飛び越えた瞬間から確認できるのだ。だからそんな時には、貪欲に最大ダメージを取りに行くべきだ。高度なヒット確認を最初からやれとは誰も言わないが、大きいダメージを確実に入れられるポイントでは、きっちりと大きいダメージを取りに行く。そうすることが勝ちへの道への一つであり、かつ、”それが出来ないと、いつまでたっても勝てない”。
 かがみもつかさも、最大ダメージを入れられる状況でありながら、中足波動を入れるのみに留まっている。勝負はどっちもどっちで、五勝五敗で十戦を消化した。
 さらにその後の十試合ほど。戦局は変化しないが、お互いの戦法に若干の変化が見られ始めた。
 例えば飛び込み攻撃をガードさせた後に、そのまま投げを入れたりするようになった。他にも、決め手が無く近距離でのこう着状態、いわゆる”お見合い”の状況から、つかつかと歩いて投げたりなどだ。
 投げというのは打撃技と異なりガードが出来ない。格闘ゲームにおいて、ガードできない技というのは、ゲームシステム上大きな脅威となることがよくある。スト4もその例に漏れず、各キャラが共通して持つ”通常投げ”が割りと強いバランスで実装されている。なにしろガードできないのだ。相手の攻撃を食らわないように、食らわないようにと意識すればするほど、投げをもらってしまうことも良くある。
 スト4ではそんな強い投げに対して、グラップディフェンスというシステムが用意されている。弱パンチと弱キックの同時押しというコマンドで投げが発生するが、対して相手の投げが発生し、対戦相手を掴んだ瞬間から10フレーム以内に同じ弱パンチと弱キックの同時押しを行うと、グラップディフェンスという投げ抜けが発生する。モーションとしては、お互いに一歩退く格好となり、間合いが少し開く。その後の状況としては五分になる。
 ダメージも発生せず間合いも開くという完璧な防御手段だが、ある程度先読みをしてグラップディフェンスを入力しておかなければならない。10フレームの猶予といえば、サガットのタイガーアッパーカットの発生が5フレームだから、その二倍の時間の猶予があることになるが、時間的には6分の1秒という、日常生活ではまず必要としない非常に短い時間である。
 グラップディフェンスは強いが、難しい。その由縁たるは、反応して入力するのが困難であることにある。反応しても入力が間に合わないということはザラにある。
「グラップって弱パンチと弱キックよね」
「確か」
 かがみとつかさも、グラップディフェンスの存在は知っているのだが、互いの投げに対して中々反応出来ていない。それでも試合を重ねるうちに、”グラップディフェンスの仕込みどころ”が見えてくる。
 しゃがみ弱キックの後、少し歩いての投げ。
 飛び込み攻撃から、直接の投げ。
 相手をダウンさせた後、起き上がりに合わせての投げ。
 敢えて何も出さずに飛び込み、着地と同時に投げ。
 投げを入力したくなる所、投げを狙う所としては大体そんなところだ。それらに対してグラップディフェンスを仕込んでおけばいい……というか、そういう場面は大体自分も投げを入力したい状況であることが多いから、自然とグラップディフェンスが発生する状況は多くなる。30試合、40試合と姉妹対戦を消化していくうちに、投げは通らず、大きいダメージのコンボも出来ず。ダメージソースはたまに通る中足波動、という完全なこう着状態に陥ってしまった。
「うーん。今の所私が22勝。つかさが18勝。この差って、そのままリュウとケンの中足波動の性能差なんじゃないかしら?」
「腕の差もあるよ。でも、もしかしたらそういう要素もあるのかも知れないね」
 かがみの言うとおり、リュウの波動拳はケンの物に比べて弾速と発生速度がわずかに速いのだ。つまり、リュウで中足波動が連続ヒットになる間合いで、ケンの中足波動が連続ヒットしないことが多い。
 それだけでは、ケンを使うだけ損という印象を与えかねないが、ケンの中足は、リュウの中足に比べ、1フレーム発生が早く、そして1フレーム硬直が長い。そしてリーチの面でごくわずかに勝る。つまり、中足を同時に出した場合、ケンの中足が一方的にリュウの中足を潰すのだ。これは中足波動というより、中足やしゃがみ強キック、いわゆる足払いをメインに展開する、”通常技の刺し合い”を制するために有利に働くが、彼女たちにはまだ理解しきれない。
 ともあれ、”波動拳の性能差”により、初心者同士がリュウとケンで戦った場合、リュウが有利に戦いを展開するパターンが多い。
「キャラ差、って言うみたいだよ、そういうの」
「キャラの差だからキャラ差。そのまんまね。まあ、キャラ差で勝ち星は私の方が少し多いけど、実質同じだと思うの。お互い同じようなことしかしてないから、同じような結果になってしまう。何でかと言うと、要はお互い攻め手が少ないのよね。中足波動と投げしかしてないから。次から、お互いもう少し攻め手を増やしてみない?」
「飛びからコアコパ昇竜とか?」
 かがみは頷く。そう、あれほど練習したコアコパ昇竜ですら、彼女たちは実戦投入していなかったのだ。
「ただまあ、お互いコアコパ昇竜だけ狙ってたらまた試合が動かなくなりそうだから……私は竜巻旋風脚を使ってみることにする。いろいろ使い道あるみたいだから。つかさも何か目的を決めてみて」
 うーん、とつかさは少し悩むが、やがて決めたようだ。
「私も竜巻旋風脚を使ってみる」
 使いどころが難しいが、使いこなせれば強力な手札となる竜巻旋風脚。リュウとケンで性能はまるで違うが、勝つためには必要な手札である。
「あとは……対空昇竜かな」
 つかさはにこりと笑い、そう言った。


  ◇


 姉妹それぞれに目的を定め、それから更に30戦ほど消化した。
 お互い顔を突き合わせて、しかもキャラも固定した対戦していれば、10や20の試合数はものの一時間で消化される。だから30戦というのは決して多い数字ではないし、たったそれだけで劇的に上達するということもない。
 しかし、試合数をこなすことで、”分かってくる”部分というのはある。例え腕前が上がらずとも、経験則から理解できる部分、強い攻めのパターンなどが分かってくることは大いにあることだ。
 姉妹の戦いは、この30戦の中で、試合を重ねることで劇的に変化していった。
 共通して言えるのは、コアコパ昇竜がようやく見られるようになったことだ。飛び込みから弱キックと弱パンチを経由し、ヒットしていることを確認し、ノーキャンセルで昇竜拳を出す。波動拳と昇竜拳では、その威力に大きな開きがあるし、相手をダウンさせられるから起き上がりに技を重ね、更に攻めを継続することが出来る。
 ちなみにダウンさせた後に二人が主に狙っていたのは、少し離れて波動拳を重ね、堅実に削ること。起き上がりに密着して更に弱キックを重ね、ヒットしていたら再びコアコパ昇竜に持ち込むこと。
 あとは、相手の起き上がりに投げを重ねることと、起き上がりに昇竜拳を重ねることだ。
 一見すると地味な変化だか、それがもたらした変化はとてつもなく大きい。
 一番堅実な選択肢である波動拳重ねは、昇竜拳を食らった際に、体力ゲージが1ドットで残った時などに効果を発揮する。ガードしても削りのダメージにより体力が無くなり、負けてしまうからだ。”殺せるときに殺しきる”こと。どこからでも一発逆転が狙えるスト4において、それはとても重要なことだ。リュウとケンならば、ダウンから起き上がった瞬間、”リバーサル”と呼ばれるその一瞬に、無敵時間のある昇竜拳を出せば、重ねられた波動拳を抜けることは出来るものの、大きく昇竜拳で飛び上がるため、そのスキに攻撃を食らい負けてしまう。
 二つ目に起き上がりに弱キックを重ねる選択肢であるが、これは前述の、リバーサル昇竜拳により一方的に負ける選択肢だ。だから安易に選んでいい選択ではないが、起き上がりに弱キックを重ねるフリをして、相手の昇竜拳を誘うということが出来る。重ねたり、重ねなかったりを適度に振り分けることで、相手のリバーサル昇竜拳にリスクを与える。相手にも、安易に昇竜拳を出してはいけないんだと思わせることで生きてくる選択肢だ。
 三つ目の、起き上がりに投げを重ねることは、二つ目の弱キック重ねと併用することで真価を発揮する。なぜなら、相手が起き上がりに弱キックを重ねることを見越してガードを固めていた場合、投げられてしまうからだ。とはいえこれも、リバーサル昇竜拳に負ける選択肢ではある。タイミングや間合いにもよるが、相手の投げにも負けてしまう。
 最後の、起き上がりに昇竜拳を重ねる選択肢であるが、これは攻めるほうも守るほうもハイリスクハイリターンだ。EXセビキャンと併用することで攻める側はリスクを大幅に減らせるが、ゲージを無駄に失うことになりかねない。しかし攻める側のリスクといえばそれくらい。この選択肢に対して、守る側はたまったものではない。起き上がりに投げを重ねられることと、起き上がりに昇竜拳を重ねられることは、正真正銘に真逆の選択肢なのだ。昇竜を警戒してガードすれば投げられるし、投げを警戒しグラップを入力すれば、昇竜拳を食らう。
 つかさが一昨日、ぼんやりと意識したことがこの状況そのものである。投げか昇竜か。守る側は重大な選択を一瞬のうちに強いられることになるのだ。
 つかさはまだ知らないが、”遅らせグラップ”というテクニックで、昇竜拳と投げの両方をしのぐことは出来る。ほんの少し遅らせてグラップ入力をすることで、起き上がりにぴったりと重ねられた昇竜拳はガードすることが出来るし、起き上がりにぴったり重ねられた投げは、グラップすることが出来る。更に、グラップディフェンスはしゃがみ状態でも入力を受け付けているため、”しゃがみ遅らせグラップ”をすることで、相手のしゃがみ弱キックにも対応できる。また、相手が何もしていなかった場合は、グラップの入力、つまり投げ入力が実行されることになり、相手を投げることが出来る。
 攻める側の対抗手段としては、遅らせグラップを見越した遅らせ昇竜拳や、相手が起き上がった瞬間に少しだけ後ろに下がり、相手の投げ間合いの外から、リーチの長めの技で攻撃するという、”グラップ潰し”という選択肢がある。さらにグラップ潰しから必殺技へのキャンセルなどを行い、大ダメージを奪うことが出来る。だが、相打ちとなる昇竜拳がかち合った場合はともかくとして、グラップ潰しも相手の昇竜拳に負ける選択肢ではある。
 もし、相手のリバーサル昇竜拳はない、と攻める側が割り切って読みきるならば、しゃがみ弱キックを重ねる際にしゃがみ弱パンチも同時に押すという、グラップ仕込みの弱キックを相手に重ねることで、相手がガードしていたら弱キックを重ねられ、相手がグラップを入れていればもちろんグラップになる、という、リスクを最小限にする攻め方も出来る。
 いずれもゲームシステムを徹底して解析したうえで考案された有効的な戦術であるが、”万能”の選択肢というのは存在しない。やはり、ある程度は読み勝つか、あるいは反応速度を磨いてしのぐかに依存してくるところは多い。
 攻める側も攻められる側も、相手の行動を読み、それに対応した行動を選択する。読み勝つことが出来れば相手にダメージを与えられるし、読み負ければダメージを食らう。いわゆる”読み合い”という状況であり、スト4はこれに左右される局面が非常に多い。だからこそ、読み勝ち続ければ一方的に勝負を決することが出来るし、読み負け続ければ何も出来ずに負けることもしばしばある。攻めも守りも命がけなのだ。
 しかし基本的には、攻めている方が有利に状況を進められることが多い。だから、いかにリスクを減らしつつ攻めを続けられるか、というのが勝利への道筋のひとつである。
 かがみとつかさは勿論、遅らせグラップや遅らせ昇竜なんていうテクニックは知らない。打撃か、投げか、昇竜か。ごくごく基本的シンプルかつ大幹の部分で読み合いを行っていた。
「昇竜出すよー、昇竜出すよー」
「ちょ、お姉ちゃん口プレー自重!」
 あげく、そんな言葉による幻惑効果。通称口プレーとかリアル立ち回りとか言われる場面まで飛び出す始末である。
 そんな口プレーは兎も角として──
 読み合いの発生。それは、56億年の地球の歴史において、アウストラロピテクス、つまり知性の発生くらいに重要かつ大事で、ターニングポイントとなるところである。
 最も大きな変化としてはそれがあるが、他にも変化した部分は幾つもある。先ずは、かがみの言っていた、竜巻旋風脚を使うということ。リュウの竜巻旋風脚は高性能というより独特である。用途としては、コンボパーツ、発生後の弾抜け性能を生かした奇襲、そして空中から竜巻を出し、相手の後頭部辺りにヒットさせる使い方、いわゆる”めくり竜巻”という三つがある。
 コンボパーツと奇襲はそのままだが、めくりというのは奥深いゲームシステムに直結するテクニックである。
 飛び込み攻撃を相手に当てる際に、位置をうまく調整し、相手の後頭部や背中辺りに当てるようにすることで、ガード方向が逆になる、という現象が発生する。これを”めくり”という。明らかに背面狙いの攻撃ならばめくりと直ぐに看破できるが、自キャラの真上あたりに重ねられた攻撃は、めくりなのか通常の飛び込み攻撃なのか判別するのが極めて困難となる。普通に正面付近への攻撃を表、めくり攻撃を裏と呼び、表ガード、裏ガードと通称されている。
 これは上級者でも見極めが困難なところであり、いかに分かりずらい飛び込み攻撃を仕掛けるか、というのは有効な戦術である。キャラクターによって差が出る部分であり、すべての通常技でめくれるわけではない。通常技の攻撃判定により”めくり性能の有無”という要素があり、例えばリュウならば、飛び込み中キックはめくり性能が高く、飛び込み強キックはめくり性能がほぼない。
 かがみもつかさも、通常技によるめくり攻撃は攻めに取り入れていた。ところが表か裏かのわかりにくいめくりを仕掛けるテクニックが不足しているため、あまり有効に機能していない。
 そこで出てくるのが、めくり空中竜巻旋風脚だ。ひとくちに空中竜巻といっても様々あり、空中のどこで出すのかにより面白いように軌道が変わるのが特徴だ。
 めくり空中竜巻として使う場合は、普通の飛び込み攻撃の軌道でジャンプし、飛び込み攻撃を普通に出すより心持ち早いタイミングで、竜巻を入力する。するとジャンプの軌道が少し変わり、相手の背中をかすめるように竜巻旋風脚が通っていく。
 普通の飛び込み攻撃だと思っていたのに、いきなりめくり攻撃に変化する。よく見れば見極めることは不可能ではないが、表か裏かの咄嗟の判断は難しいものだ。
 かがみは他にも、コアコパからや中足からの竜巻旋風脚も積極的に狙っていったが、あまり機能はしなかった。竜巻旋風脚はしゃがみ状態の相手にヒットしないため、地上竜巻をヒットさせるためには、立ち状態の相手に当てるか、あるいはしゃがみ強パンチを当ててから竜巻を出していくしかない。しゃがみ強パンチは、相手を強制的に立ち状態にする性質があるからだ。
 そういった性質をかがみはまだよく理解していないが、積極的に竜巻旋風脚を攻めに組み込んでいった。ダメージを取るというより、竜巻旋風脚という技に慣れようとしているような感じだった。
『真空……波動拳!!』
 つかさのケンのダウンからの起き上がりにちょうど重なるようにして、めくり竜巻を当てに行ったかがみのリュウは、めくり竜巻がヒットしているかいないかの確認をしないままに、スーパーコンボの真空波動拳をぶちかました。竜巻がヒットしていればコンボとなり繋がる強い連続技だが、竜巻がガードされたら勿論コンボにはならない。竜巻のヒット確認はそれほど難しくはないが、かがみにはまだ出来なかった。
「うわー」
 つかさの叫びと画面内のケンの断末魔がシンクロする。真空波動によりケンの体力はゼロとなり勝敗が決した。つかさは再戦を選択しながら切り出した。
「私もそのめくり竜巻使っていい? ちょっと試したいこともあるから」
「なに遠慮してんのよ。良いに決まってるじゃない。やれることは全部やるの。後で自分に言い訳しないでもいいように、ね」
「うん」
 戦いは再開される。つかさのケンは公言通りに、めくり空中竜巻を積極的に使い始めた。しかし、ケンの空中竜巻には独特のクセがあり、めくりとして相手に当てるためにはコツが必要になる。最もめくり性能が高いのは弱の空中竜巻になるが、弱竜巻は攻撃判定が出ている時間が短く、低めに技を出すしかない。また、リュウの場合はめくり竜巻単発のダメージ値がそれなりにあるし、ゲージマックスの場合は真空波動拳を当てればいい。間合いは離れるが、単発で当てても相手はダウンするため攻めを継続できるし、めくり竜巻を当てた後の真空波動拳は、比較的入力時間に余裕のあるコンボのため、初級者にも優しい。
 対してケンのめくり竜巻は、もともと多段ヒットする性質である割に、めくりで使う場合は1ヒットしかしないため、単発ヒットでは大したダメージを与えられない。また、ケンのめくり竜巻は、ヒットさせた後に相手が”ダウンしない”。そのまま地上でしゃがみ中キック等に繋げられるのだが、入力のための時間的余裕はほぼない。しゃがみ中キックまでヒット確認せずに出し切り、可能ならばそこから大昇竜拳。相手が立ち食らい状態ならば竜巻旋風脚に繋げていくのが理想的だが、ヒット確認はたいへんに難しい。相手がしゃがんでいたら竜巻旋風脚を出しても意味がないし、しゃがみ中キックがガードされていた場合、大昇竜拳を出し切ってしまったら致命的なスキを生む。
 ノーゲージでも追撃していけるのがケンのめくり竜巻の長所だが、今のつかさのような初心者には実質的に使いこなすのは無理に近い。
 つかさは度重なる失敗にもめげずに挑戦したが、修練度の浅さは隠しようが無い結果となった。
「むずかしいなぁ。先ず当てるのが難しいよ」
「ケンはいろいろ難しいみたいね」
 今の段階でそれに気付かなかったのは単なる偶然なのだが、ケンのめくり空中竜巻は、EX空中竜巻旋風脚となるとまるで別の技のように性能が跳ね上がる。リュウの場合も別の技のようになるが、一秒ほど空中の一点で滞空するようになるリュウのEX空中竜巻は、実質的に使い道は無い。その性質上、相手が地上で出した技から逃げることは出来るが、それだけで戦局が大きく変わるわけではない。
 何十回目かのめくり空中竜巻がヒットせず、着地のスキに投げられてしまったつかさは、とりあえずめくり空中竜巻の使用を諦めた。
 とはいえ、現段階での戦況としては──つかさのケンが一歩リードしているという事実があった。
 ケンの地上竜巻旋風脚も、しゃがみ状態の相手には当たらないため、地上でのコンボに絡めていくことは、かがみのリュウと同じように出来ずにいた。それなのに優位に立っているのは何故か?
 ひとつは、これは公言していなかったが、ケンの特殊技であるレバー前入れ中キック、踏み込み前蹴りという名前の技。
 もうひとつ。それに絡む要素として、公言していた対空中昇竜拳の存在があった。
 ケンのレバー前入れ中キック、踏み込み前蹴りは、その名前の通り、ケンが相手に対して一歩踏み込むような形で前蹴りを繰り出す特殊技で、通常技も含めてケンの技の中では最長のリーチをほこる。発生スピードもそれなりに早く、またガードされてもケン側が1フレーム不利となるだけで、非常にローリスクな技だ。少し離れた間合いからこの技がヒットもしくはガードされた場合、その後の間合いはケンのしゃがみ中キックが丁度良く届く間合いとなる。レバー前入れ中キック→しゃがみ中キックというのは非常に有用性の高い連携であり、相手は分かっていてもガードするしかない。レバー前入れ中キックのガード硬直が解けた直後に例えばリュウならしゃがみ中キックを出せば、ケンのしゃがみ中キックと相打ちとなったり、一方的に潰したりもするが、最速で出すのはそんなに簡単ではない。リュウはリーチの長い通常技が無いため、なかなか対抗するのが難しいのだ。
 結果としてケンのレバー前入れ中キックを嫌がって前ジャンプでかわしつつ近づくのだが、安易な飛び込みは対空中昇竜拳の餌食となる。
 実際にはセービングを適度に撒いておき、レバー前入れ中キックを取ったらセービングを開放し、セービングアタックを当てればレバー前入れ中キックはある程度封じることが出来るのだが、かがみはセービングをまだ使いこなせない。
 レバー前入れ中キック→しゃがみ中キック→キャンセル波動拳でじわじわと削られるか、それともその連携を嫌がって飛び込んで、対空中昇竜拳で落とされるか。
 実際、スト4を始めてからわずか数日で対空昇竜が出るようになることは稀なのだが、昇竜拳に限らず対空技は、出る人は練習しなくとも初めから容易に出すことが出来る。これは主に技術ではなく意識の配り方に左右される部分である。そして、そこから更に練習により精度を上げることも出来る。
 地上で押され、対空で返され。かがみとしては苦難の時間となった。
「そろそろお腹へって来たね」
「そうね。今日はこれくらいで切り上げましょう」
 かがみとしては、やれやれという気持ちだった。もう少しで妹相手に心を折られるところだったと、かがみは内心で安堵の溜め息をつく。
 今日の戦績としては、130戦中、かがみの勝利が55、つかさの勝利が
 75だった。前半やや有利に進めていたかがみだったが、中盤から後半にかけて3回に1回ほど勝つのが精一杯となり、この結果に至った。
 そんなこんなで姉妹は夕飯中、奇妙に口数が少なかった。

(……レバー前入れ中キックには、昇竜で暴れる? だめだめ。好き好んでスキ作ってどうする。うまく間合いの外から波動当てて近寄らせないように……逆に間合い内に誘ってセービングアタックでいいかも? そうすればつかさもきっと飛んでくるから昇竜で落として、こっちが飛び込むときはめくり竜巻と普通の飛び込みで意識散らして……先ず対空昇竜練習しなくちゃ。そっからセビ滅は確実に入れられないと。何もしないまま飛び込んで昇竜セビキャン……じゃない、昇竜で落とされる。なんとか安全な飛び込みは出来ないものか)
 
(……さっきは上手く噛み合ったけど、次も通じるとは限らない。レバー前入れ中キックは相手を追い込んでから今後は使おう。濫用はだめ。対策で波動拳撒かれたら……とりあえず我慢しながら近づくか、リズム読んで飛び込むか、かな。竜巻のコンボも早く覚えなきゃ。そういやめくりEX空中竜巻って使ってなかったなあ。どんななるんだろ? あと大昇竜カウンターヒットでセビキャン神龍フルヒットってウィキに書いてあったっけ。あれ、カウンターヒットって何だったっけ?)

 ──そんな感じでかがみとつかさは、夕食からお風呂の間。宿題している時から布団に入って後は寝るだけ、という状況まで、寝落ちる寸前まで正真正銘、スト4のことばかり考えていた。


らっきーストリートファイター

 佐原恵太からss貰ったので載せます!!


                   らっきーストリートファイター4 

                     第一話『はいぼく!』


 とある日のこと。
 こなたの家にかがみとつかさが遊びに来ており、三人でゲームをして遊んでいた。
 ゲームタイトルはそう──『ストリートファイター4』。
 前作から実に十年の時を経て世に送り出された、シリーズ4作目となる正式なナンバリングタイトルである。
 
「えいッ。たあッ! 波動拳!!」
「むふふ。そんなぬるい攻撃では、蚊に刺されたほどにも感じぬものよ」
 今操作しているのは、かがみとこなた。かがみは主人公であるリュウを使い、こなたは通称スモウレスラーことエドモンド本田を使っている。
 試合はなかなかに手に汗を握る一進一退を繰り広げている。
 ちなみに、かがみとつかさは格ゲー素人である。対してこなたはゲームが趣味ということもあり、格闘ゲームもそれなりに嗜む腕前だ。
 格闘ゲームは特に、初心者と経験者との差が大きいゲームだ。
 だというのに『いい勝負』になっているのは何故か?

 こなたの操るE・本田が積極的に攻めている。スーパー頭突きという相手に向かって一直線に飛び、強烈な頭突きを見舞うという荒業を果敢に仕掛けていく。
 リュウの体力が削りダメージによりどんどん減っていく。かがみは焦る。 焦って──レバーをがちゃがちゃと無茶苦茶に動かしながら、何かのボタンを押した。
「どすこーい! どすこーい! どす……あ」
 こなたは虚を突かれる。本田の頭突きがリュウに当たる瞬間に、かがみの操るリュウが動いたのだ。
 空中に飛び上がりつつアッパー攻撃を仕掛ける大技。
 ジャンピングアッパー・昇竜拳。
 かがみは知らないが、リュウの代名詞的なその技が、頭突きで突っ込んできた本田を絶妙なタイミングで刈り取った。
 壁に跳ね返されたかのように吹っ飛ばされる力士。少なかった本田の体力ゲージがちょうどゼロになり、そこで勝負が決した。かがみのリュウの勝利だった。
 いわゆるレバガチャ昇竜がたまたまかみ合っただけなのだが、勝ちは勝ちだ。かがみは無邪気に喜ぶ。むむむ、とこなたは納得いかない感じである。
 そんな二人を見ていたつかさの突っ込みがあった。
「えへへ。こなちゃん、それ『接待プレー』っていうんだよね?」
「つかさっ……!」
 突っ込まれたこなたは狼狽する。どうして見抜けたのか知らないが、つかさの突っ込みが的確だったからだ。

 接待プレー。
 初心者と経験者が同じゲームを一緒に楽しむ上でときに必要になる作業であるが、それだけではなく様々な意味を持つ。
 基本的に経験者側が手を抜くわけだから、つまり『舐めている』と相手に受け取られてもやむを得ないし、あえて相手を舐めていることをアピールするために、接待プレーが用いられることもある。
 さて、こなたが今やっていたのは、純粋にゲームを楽しむことと、そしてかがみに対しての気遣いの意味である。こなたの接待は効果を発揮し、初心者かがみと経験者こなたは、同じレベルでゲームを楽しむことに成功していた。
 だがそれはかがみが気付いていなかったからだ。気付かれれば、『舐められていた』とかがみは気を悪くするだろう。
 だというのにそれを暴露するのか、つかさよ……。

 渦巻く内心を抑えるこなたが見たのは、純粋な好奇心に目を輝かせたつかさの真撃な表情だった。
「こなちゃんの本気が見てみたいな」
「むう……」
 何が気に入ったのか知らないが、こういう自己主張をするつかさは珍しい。普段とろんとしている目つきも心なしか引き締まっている。しかし、それなりにコアなゲーマーとしての自負があるこなたは、初心者を大人げなくのしてしまってよいものかと悩む。
「私も、見てみてみたいな。こなたの本気」
「か、かがみっ」
 横から若干険のある声が聞こえてきて、こなたは焦る。そう、かがみは割りと勝負事で熱くなるタイプなのだ。それを知ってたからこそこなたは、石橋を叩くように慎重に接待していたのだが……。
 しばらく悩み、結局こなたは観念した。目が線になる特有の表情で、口を数字の3のように尖らせた。
「ほいほい。本気出しますよ。出せばいいんでしょー」
「やったー☆」
 喜ぶつかさ。それでもどこか不服げなこなたに対し、かがみも満足げに頷いた。
「それで、こなたの持ちキャラは何なの?」
 かがみは格闘ゲーム素人だが、何故か持ちキャラなどという専門用語は知っているらしかった。
 先ほどから何度か使い、ある程度要領を得たと自信を持っているリュウをかがみは選んだ。勿論そんなところまでかがみは意識してないが、リュウは非常に扱いやすいスタンダードなキャラである。
 こなたはアーケードスティックのレバーをこちこちと動かしながら、淡々と答えた。
「……こいつだよ」
 怜悧とも取れる口調でこなたが選んだのは、(そういうキャラが大半を占めるのだが)上半身裸で隆々とした筋肉を惜しげなく晒し、右目を眼帯で覆った禿頭のムエタイ格闘家。
 人はその男をこう呼ぶ。”帝王”サガット、と。


  ◇


 かがみはリュウ。そしてこなたはサガットを選んだ。
 合計17人、家庭用として移植されたPS3版およびXBOX360版に関しては更にプラス7人。合計24人ののキャラクターが登場するスト4において、対戦の組み合わせは幾通りにも及ぶ。中でもとりわけ熱く、そしてスト4を象徴するような対戦が繰り広げられるのがこの、リュウ対サガットという組み合わせだ。
 対空技、突進技。そして飛び道具。
 いわゆる三種の神器と呼ばれる技を互いに所有しており、そのいずれもが利用価値のある高性能を誇る。
 もちろん素人のかがみはそんなことは知らないし、対するこなたは目が線になる特有の表情のためその内心はうかがい知れない。
「二人ともがんばって〜」
 つかさの能天気な応援が飛ぶ。
「まっかせなさい!」
 かがみは景気よくそれに答える。かがみには自信があった。”本気”でやればきっと勝てると。
 ──その自信が、どうしようもないほどの過信であることを知らず。
 ラウンドアナウンスがされ、第一ラウンドが開始される。格闘ゲームは基本的に2本先取の3ラウンド制である。ゲームによりけりではあるが、最もオーソドックスな仕様といえる。
 かがみはレバーを下から後ろに4分の一回転させ、大キックボタンを押す。ヘリコプターかコマのように体を空中で回転させつつ前進するというリュウの突進技。
「──竜巻旋風脚ッ!」
 上級者同士の戦いではまずないが、中級程度までなら竜巻旋風脚を含む突進技を開幕直後に繰り出すのは、有効な戦術のひとつだ。さあと意気込み、同じく開幕直後に何らかの行動をしようとする相手にヒットすることが多い。仮にガードされたとしても、リュウの竜巻旋風脚の終わり際にしっかりと反撃と入れるためには、それなりの知識と技術が必要になる。また、相手がしゃがんでいて技の初段がガード及びヒットしなかった場合、相手をすり抜けていくという性質がある。相手が反応できなければダメージをもらうこともない。荒唐無稽に見えてローリスクな戦術である。
 実際、先ほどまでのこなたとの戦いでは、それなりの確率でヒットしていた。それもまあこなたの”接待”のうちの一つだったのだが、細かい理論は知らないまでも、経験則に基づくかがみなりの戦略だった。
 しかしこなたのサガットは、何事もなかったかのようにしゃがみ姿勢を固めていた。だがそれは想定の範囲内だ。すり抜けていくリュウ。さて次は……と、かがみが思っていたところだった。
「ふんッ!」
 技を繰り出している最中で無防備だったリュウに、しゃがんだサガットの強烈なパンチが突き刺さった。低い姿勢から繰り出され、ダメージ、リーチともに優秀なサガットのしゃがみ大パンチだ。初めての的確な反撃に、かがみは驚く。しかしまだ勝負は始まったばかりだ。
 体勢を整えたリュウは、すぐさま前ジャンプでサガットを頭から押さえつけようとする。かがみの狙いは、飛び込み大パンチ→しゃがみ大パンチ→強波動拳もしくは強昇竜拳。ちなみに、大パンチと必殺技の間はキャンセルというテクニックを用いなければ連続技として成立しないが、このコンボは──格闘ゲームにおいて連続技のことをこう呼ぶ──大パンチボタンを押しながらレバーをがちゃがちゃ動かしていると勝手に発動してくれる。ただしレバガチャ──レバーをがちゃがちゃする行為のことだが──なので、波動拳が出るか昇竜拳が出るかはかがみにも分からない。
 リュウの飛び込み大パンチがサガットに炸裂する。と、思いきや……。
「タイガーアッパーカット!」
 しかし吹き飛ばされていたのはリュウだった。攻撃しようとしていたはずなのに、何故かこっちが吹っ飛んでいた。何を言っているのか分からないかもしれないが、つまりはこなたのサガットが対空技を出したのだ。
 タイガーアッパーカット。
 リュウの昇竜拳に良く似たモーションを持つ、サガットの代名詞的必殺技だ。技の攻撃判定が発生するまで5フレーム。そしてコマンド成立直後から5フレームの無敵時間がある。ゆえに、相手の飛び込みをきっちりと引き付ければ、無敵時間で相手の攻撃をすり抜けるのと同時に、斜め上方向に発生する攻撃判定で相手の飛び込み攻撃を跳ね返せるのだ。
 ちなみに無敵時間というのは、相手のあらゆる攻撃をすり抜ける時間のことだ。全身無敵や下半身無敵、飛び道具無敵や打撃のみ無敵など、さまざまなバリエーションが存在する。今のタイガーアッパーカットは、全身無敵となる強力な技だ。
 先ほどのしゃがみ大パンチと合わせて、かがみのリュウの体力が4分の1ほど消し飛ぶ。とはいえまだまだ致命傷ではない。リュウは起き上がり、果敢に攻めようとした。だが、出来なかった。
「タイガーショット!」
 リュウの起き上がりにちょうど重なる形で、サガットの放った飛び道具が飛んできた。からくもかがみはガードを固める。軌道としては、立ったリュウのちょうど目の前ほどの高さに迫る黄金色の気弾。これまたリュウの波動拳と似た性質を持つ飛び道具、タイガーショットだ。しゃがんでいれば当たらないですり抜けるのだが、起き上がりにぴったり重なると、ガードするしかない。実際、続けざまに放たれた二度目のタイガーショットは、しゃがんだリュウの頭上を猛烈な勢いで通りすぎていった。
 なんだ、たいしたこと無い技じゃない。
 これなら私のリュウの波動拳のほうが強い。かがみがたかをくくった瞬間だった。掛け声と共に次に放たれた気弾は、なんとリュウの足元あたりを目掛けて襲い掛かってきた。気を抜いていたかがみは、まともにそれを食らってしまう。
 タイガーショットと、グランドタイガーショット。
 そう、サガットというキャラは、飛び道具を高い位置と低い位置に打ち分けが出来るのだ。高い位置のタイガーショットは、その軌道上ジャンプで避けるのが難しい。低い位置のグランドタイガーショットは、ジャンプでかわすのは用意だが、タイガーショットと織り交ぜて放たれることで、見切るのが難しい。また、弱と中、そして強とで弾速が驚くほど違うのも特徴の一つだ。弱は遅く、そして強はおそろしく速い。
 タイガーショットとグランドタイガーショット。それらを弱中強で打ち分けることにより、シューティングゲームもかくやという程の弾幕を形成することが出来るのが、サガットというキャラクターの強力性を支える要素のひとつだ。。波動拳で飛び道具を相殺することや、比較的動作が軽いことなどから、リュウでその弾幕に対処するのは不可能ではない。しかし、飛び道具を持たないキャラにとってはまさに、飛び道具の結界となる。
「タイガーショッ! タイガーショッ!」
 遠慮なく襲い掛かる飛び道具の群れに、かがみは何も出来ない。ジャンプしようとしたところに上タイガーを食らい、守りに入れば下タイガーで体力を削られる。
(な、なんなのこれ……)
 かがみは戦慄する。こんなもの、どうやって掻い潜ればいいのか。
 前述の通り、リュウというキャラクターならば対処方法は幾つも存在する。波動拳での相殺。セービングでのウルコンゲージ溜め。垂直ジャンプから空中竜巻でのゲージ溜め。そして見てから滅。かがみはそのいずれも知らず、そしてそのいずれも実行できる技術が無かった。
「タイガーショッ! タイガーショッ!」
(なんとかしなきゃ。なんとか!)
 相変わらず徹底して飛び道具を巻いていくこなたのサガットに対して、それでも初心者かがみの心が折れていなかったのは、柊かがみという女のハートの強さに他ならない。リュウの体力ゲージはほとんどカラだったが、それでも臆することなく前に出る。体力差をつけられている状況で守りに入っては、勝てる可能性はゼロになる。誰かに教えられたわけではなかったが、かがみはそれを本能で理解していた。
 そのとき、サガットの弾が不意に途切れた。変わりにサガットは、なにかの通常技を出している。なんてことはない。こなたが飛び道具のコマンドをミスったのだ。それを好機と見たかがみは、果敢に間合いを詰める。レバーを前に二回タタンと連続で倒すことで、ステップという高速移動が可能になる。それを実行した。せめて一矢は報いたい。かがみ決死の前ステップだった。しかし。
「タイガーニー!」
 前ステップおよびバックステップ中には、ガードすることが出来ない。前ステップで間合いを詰めたリュウの鼻っ柱にぶち当たる形で、サガットの飛び膝蹴りがヒットした。
 タイガーニークラッシュという突進技だ。2ヒット技で、よほど深く相手にめり込まなければ反撃も受けず、また間合いとタイミングによっては対空としても機能するという超高性能技だ。
 リュウはそれをまともに食らって吹っ飛んだ。同時に体力ゲージも底を突き、吹っ飛んでダウンしたリュウは、そのまま地に伏せった。1ラウンド目の勝負が決した瞬間だった。
 ラウンドアナウンサーの声が、パーフェクト!と宣言し、かがみは今のランドで自分が何も出来なかったことを理解する。
「ま、まだまだ。これからよ!」
 かがみは冗談めかしてはったりをかます。あまりにも詰まらない試合展開にかがみの内心は不吉にざわめいたが、それを払拭するためでもあった。
「……飛び道具は飛び道具で相殺できるよ」
「はっ」
 こなたは奇妙に安寧とした口調でかがみにアドバイスする。そういえば、かがみは第一ラウンドで一発も波動拳を打たなかった。なんと勿体無い!
 かがみの目の前に一筋の光明が差した。ようはこなたと同じことをやればいい。波動拳を積極的に打っていき、相手のダメージを蓄積させていこう。勝つためにはそれしかない。
 そして第二ラウンドが開始される。開始と同時に、波動拳とタイガーショットがぶつかった。
「波動拳! 波動拳!」
「タイガーショッ! タイガーショッ!」
 遠距離でお互いに飛び道具を打ち続ける攻防が続いた。上級者同士の対戦でもよく見かけられる光景で、その様はある種、ストリートファイター4らしい攻防だった。しかし……。
(なんで。なんで押されていくの……?)
 かがみとしては最速で波動拳を打ち続けているつもりだ。しかし相手の飛び道具の回転率のほうが高く、徐々に押されてしまうのだ。リュウ側がガード、もしくはコマンドミスで食らってしまう局面が多い。それはかがみのコマンド精度が低いこともあるのだが、飛び道具の性能差によるところも大きい。弾速で引けはとらないが、発生フレームと全体フレームにおいてタイガーショットの性能が上回るのだ。グランドタイガーショットは若干ノーマルショットに性能が劣るものの、波動拳とほぼ同じ性能となる。同じことをしていてはいずれ打ち負けるのは明白であった。
 気付いたときには体力の5割を奪われていた。
 間合いは中距離。攻めるしかない。
 攻めっ気の強さ。このときはまだ誰も、かがみ本人ですら気付いていないが、それがかがみの格闘ゲームにおけるスタイルだった。
 飛び込み攻撃が届く間合いではなかったが、かがみはタイガーショットを飛び越える形で前ジャンプした。それは移動アッパーカットと呼ばれる特殊入力によるタイガーアッパーカットの判定が届く間合いであったが、こなたはしなかった。知識はあったが、こなたのスキルはそれを実現できるほどは高くなかった。リュウが着地したところにタイガーニークラッシュを放ち、ヒットすれば再び遠距離での打ち合い。ガードされたらしゃがみ中パンチキャンセル下タイガー、と考えていた。ところがかがみの選択肢はまさかのものだった。
 リュウの着地の直後に画面が暗転する。腰だめに構えた両の手の間で気弾が形成され、画面にアップ写しとなったリュウは、前方一点を凛々しく見据えている。
「真空……波動拳!!」
 極限まで練りこまれた青紫色の気弾が、前方に突き出したリュウの両手から飛び出した。滅・波動拳というリュウのウルトラコンボだった。滅・波動拳と、タイガーニークラッシュの攻撃判定がリュウに接触するのは、ほぼ同時だった。タイガーニーをくらいリュウは吹っ飛んだが、サガットも滅・波動拳を食らって派手に吹っ飛び、大きなダメージを負った。
 リュウのウルトラコンボの滅・波動拳とスーパーコンボの真空波動拳には発生保証というものがあり、仮に技の出かがりに攻撃を食らったとしても、必ず攻撃が発生する。もちろんかがみはそんなことは知らない。かがみなりに考え、手を出してきたくなるところで大技を置いておいた、のである。タイガーニークラッシュを見てからの反応では勿論無い。
 一か八かのぶっぱなし。いわゆる”ぶっぱ”というテクニックだ。そればかりでは上達は見込めないが、一発逆転を狙う際にはそれを狙ってみるのも悪くない。波動拳コマンド二回とパンチボタン三つを同時に押すという、初心者にはやや難しいコマンドであるが、このときは成功した。
 ともあれかがみのぶっぱは功を奏し、サガットの体力ゲージの4割は消し飛んだ。ウルトラコンボは、攻撃を食らうなどでしか増えないウルトラコンボゲージを使用するためおいそれとは濫用できない。それゆえに致命的な威力を誇る。
 体力は五分。まだまだ勝負は分からない。
 競り勝ってやる、とかがみは思った。かがみは積極的に前に出る。間合いはやや近目の中距離。嫌いではないが、もっと近くてもいい。
 吹っ飛んだサガットの起き上がりに重なるようにして波動拳を打つ。続けざまに二発目、三発目と放つ。かがみは気を良くした。このまま削っていけば勝てるんじゃ……? かがみの中でそんな安易なプランがにわかに現実味を帯びたそのときだ。
 同じリズムで四発目の波動拳を放ったが、しかし目の前にサガットはいなかった。前ジャンプでこなたのサガットが、波動拳をかわしたのだ。
 しまった、とかがみは思った。しかし、格闘ゲームにおいて、飛び道具のリズムを読まれて飛び込まれるという状況は、しまったどころの話ではない。特に、攻めと守りのバランスが絶妙に配置されているスト4では、安易に攻めれば反撃を食らうし、守ってばかりではいつか押し切られる。故に、千載一遇のワンチャンスを掴んだ場合、最大限の大きなダメージを稼ぐ。いや、稼がなくてはならないのだ。
 ──そして、そのための手段は、全てのキャラクターに用意されている。
 リュウの波動拳を飛び越えたサガットは、波動拳のスキで無防備なリュウの頭上に強烈なパンチを見舞い、そのまま地上連続技に移行する。立ち状態からのミドルパンチ、そこからタイガーアッパーカットに繋ぐ。空中高くに吹っ飛ぶリュウの体力ゲージはその時点で3割を切っていたが、言葉の代わりに拳を交わす格闘家たちには、更に攻撃を加えられる状況でそれをしないという選択肢はない。この程度では終わらん、とばかりにサガットの身体が一瞬だけ光り、本来はアッパーカットを放ち自らも上空へ飛び上がるところで、強引に自身を地上に押し留めた。
 吹っ飛び、そして空中から落ちてくるリュウを、獲物を見つめる獣のように怜悧に見据えるサガット。リュウになすすべはない。そこで更にサガットのハイキックが炸裂した。常人ならば全身の骨がバラバラになってもおかしくない程の強烈な打撃だ。
 ストリートファイトにレフリーストップはない。どちらかが倒れるまで戦いは終わらない。始めるのは格闘家であり、そして終止符を打つのも格闘家なのだ。
 ──答えろリュウよ。お前は何のために戦うのだ……!!
「タイガー……」
 世界が暗転する。ハイキックを放ったサガットは、全身をバネのようにしならせ、今まさに自らの究極の技を放たんとする。それはまさに、獲物に飛び掛る寸前の獰猛な虎のように見えた。
「……ディストラクション!!!」
 サガットが誇るウルトラコンボ。タイガーディストラクション(ストリートファイター4において、使い勝手の良さと高い火力で、最強の一角に数えられているウルコンだ。
 タイガーニークラッシュで相手に突っ込み、そのままタイガーアッパーカットまで叩き込む。さらにそこからもう一度、全霊をかけたアイガーアッパーカットで相手を遥か高くまで吹き飛ばすという大技だ。まともに食らったリュウは、ぼろ雑巾のようにして地面にべしゃりと叩きつけられる。体力ゲージも底を付き、2ラウンドを先取したサガットの勝利となった。
(……え、もう終わり?)
 かがみには、自分が波動拳を連発していたところから記憶が途切れている。何だかどえらい連続技を食らっていたような気がするのだが……。
「……負けた?」
「あの滅波動はなかなかいい選択肢だったよ」
 こなたはかがみのぶっぱを誉めるが、ぼんやりと画面を注視しているかがみの耳には入っていない。これが帝王だ、と画面の中で腕を組むサガットにまるで、初心者なら初心者らしく身の程をわきまえろと、たしなめられているような気がした。
 ジャンプ大パンチ→立中パンチキャンセル→タイガーアッパーカット→EXセービングキャンセル→ステップハイキック→タイガーディストラクション。
 数あるスト4の連続技の中でも、最大級の火力と使い勝手の良さを誇る、サガットの生命線。スキの小さい飛び道具による弾幕と、この高火力コンボの二つが、サガットというキャラクターを、スト4最強にして最凶たらしめている所以に他ならない。
 とはいえそんな事はかがみにはどうでもいい。というか知らない。
 負けは負けだ。こうむった負けが無くなることはない。ハメ技を食らって負けたわけでもない。そしてかがみには、初心者だからと甘えるつもりもない。
「もうやめとく?」
 こなたはそう提案した。本気でやってくれと頼まれたからであるものの、実はこなたは幾つかの点においてまだ手を抜いている。正確には、使用していないゲームシステムが存在する。それを余すことなく行使すれば、今しがたの戦い以上の虐殺ショーが展開することだろう。
 やーめた、という答えをこなたは期待した。そして、仮に逆の立場ならばそうしただろう。格闘ゲームはもとより、RPGやSLGにもいえることだ。
 あまりにレベルの違いすぎる相手と戦っても、絶対に勝てない。昨今のロープレならば進度に応じて敵の強さも代わるためにそうそうないが、プレイヤーとプレイヤーの戦いである格闘ゲームはそうはいかない。どんな相手ともマッチングする可能性はある。
 そんな時こなたは、遥か格上相手と当たったときは、潔く引き下がることにしている。いわゆるゲーム慣れした人間特有の引き際の良さだ。
 しかしかがみはそうしなかった。かがみはゲーム慣れしていないし、なにより負けず嫌いなのだ。
 勝ちたくてしょうがない。負けっぱなしでは終わらせない。その強固な決意はかがみの心をざわめかせたが、それを押さえつけ、つとめて楽しげに、不敵に笑ってかがみは即答した。まだまだ、と。


  ◇


 かがみは善戦した。
 ゲームに対する知識がゼロでありながら。そして、わずか数時間のゲームプレイ時間がスキルの全てでありながらも、かがみはよく戦った。
 サガットの飛び道具に対しては、波動拳での相殺と、垂直ジャンプでの回避。そして我慢してガードを固めることでやり過ごしていた。経験者のこなたとしても、ずっと飛び道具ばかり撃っていては味気ないし、面白くない。自然と近距離戦が多くなっていったが、近距離での殴りあいは割りと、伯仲といっていい結果となっていた。
 サガットはショートレンジがそれほど強くないことと、そしてリュウの通常技に性能の良いものが揃っていること。
 ……加えてこなたのサガットが投げ技とセービングアタックを一切使わなかったことと、徹底してガードをゆるくしていたことが、かがみにとって幸いした結果だ。
 サガットの飛び込み攻撃は、しゃがみ大パンチで迎撃した。見た目に上方向に攻撃判定が強く、こなたが教えたわけでもないのに、かがみのリュウはそれを対空技として使った。例え知っても出来なかっただろうが、かがみには昇竜拳を対空技として使う発想がなかったのだ。
 かがみにとっては、まさに総力戦といっていい有様だった。すべての知恵と技術を総動員した。
 つかさは、初めのうちは健気に弱いほう、つまり姉を応援していたのだが、いつしか真面目な顔をして戦いを見守るようになった。それはまるで、見たくないものを見る覚悟を決めたようにも思えた。
 見たくないもの──つまりは姉の敗北だ。
「サガット、ウィン!!」
 こなたのサガットの勝利アナウンスが告げられると、かがみはがっくりとうなだれた。ずっと止めていた息を吐いたようにかがみの呼吸は荒い。全身全霊を掛けてのゲームへの集中が、ついに途切れたのだ。
「お、お姉ちゃん、大丈夫?」
 気分が悪いのかと、つかさが姉の背をさすろうとする。しかしかがみは、うつむいたままにやんわりとそれを制した。それは、驚くほど弱々しいものだった。慣れないアーケードスティックでの長時間のプレーで、腕が疲弊しきっていたというのもあるが、あれから十戦やって1ラウンドも結局取れないままの全敗という事実が、かがみから全ての力を奪い取っていた。心を折られたのだ。
 ──ぶっちゃけた話だが、たかが十敗程度で心を折っていては、スト4の世界では心が幾つあっても足りない。一回勝つためには先ず千回負けなければならないのが、スト4というゲームなのである。それほどに初心者にとって敷居が高く、また初心者と経験者の差が大きいゲームなのだ。
 こなたとて今では十分に中級者の腕前だが、始めたばかりの頃は徹底して負けまくった。インターネット回線を用いたオンライン対戦モードにおいて、顔の見えないモニターの向こう側の経験者たちにフルボッコにされた。
 そんなことを冗談抜きに千回も繰り返した頃に、ようやくぼちぼちと勝てるようになってきた。同時に、相手の動きがよく見え始め、そして自分がどう動くべきなのか考える余裕が出てきたのだ。
 もちろんこなたは、かがみに千回負けろとは言わない。ゲームは楽しむものだが、はっきり言って千回負けるのは楽しくない。
 ぴょんぴょん飛んで、必殺技をぶん回して、そして超必殺技をぶっぱなす。そんな素人同士みたいな戦いが、そして、その程度に留めておくことこそが、格闘ゲームを気楽に楽しむコツなのだから。
「かがみ上手くなったよ。もうちょいやったら負けそう」
 さっきからうつむいているかがみに、こなたは言った。安易な慰めは気休めにもならないし、かといってプレースタイルの駄目出しをするのは余りに空気が読めていない。
 だからこなたは、つとめて自然にそう言った。確かに、”このまま”もう小一時間も対戦を続ければ、もしかしてラウンドくらいは落とすかもしれない。かがみだって多分そう思っているはずだ。
 しかしかがみは、うつむきながら力なくふるふると首を横に振った。そして、何やらぼそぼそと呟いた。え、とこなたは聞き返す。かがみは再び呟いた。
「もういい」
 と。

 かがみはゆっくりと立ち上がった。そしてこう言った。
「ちょっと外の空気吸ってくるね」
 一人こなたの部屋を出て行こうとするかがみ。
「お姉ちゃん!」
「……私は大丈夫よ。心配しないで。ちょっと二人で遊んでて」
 そう答えると、ふらふらと部屋を出て行った。そして部屋には、こなたとつかさだけが残された。
「かがみ大丈夫かなぁ」
「多分、大丈夫。少しして戻ってこなかったら、私見に行ってみるから」
 つかさは、さっきまでかがみが使っていたアーケードスティックに手を伸ばす。何かを確認するような手つきで、レバーをこちこちと動かしたり、ボタンを押したりしている。置いてあったマニュアルを何やら見ながら、必殺技コマンドの入力の真似事をしているみたいだ。
 昇竜拳かな? こなたには遠目にそう見えた。
「私もやってみたいな、スト4」
「軽くやってみる?」
 うん、とつかさは頷く。何だか真面目な顔つきだった。かがみが負けたところで止まったままだった画面から一度抜け、キャラクター選択画面に移動する。かがみよりも更に慣れない手つきで──そう、つかさはギャラリーに徹していて、スト4を触るのが、ひいてはアケステを触るのがこれが初めてなのだ──キャラを選択した。
「ケン?」
 うん、とつかさは頷く。つかさが選んだのは、金髪に赤い胴着という派手ないでたちのキャラクターだ。
 ケン=マスターズ。リュウならリュウ、ホンダならE・本田と、フルネームが明かされていないキャラクターが多い中、当時から本名が明かされているというある意味で珍しいキャラである。とはいえ性能面から言えば、スト4としてはかなり渋いチョイスだ。そこまでつかさは考慮していないだろうが、姉のかがみがリュウでつかさがケンというのは何だか姉妹らしくていいな、とこなたは率直に思った。
「こなちゃんはサガットでお願い。接待なしでね」
「……まじすか?」
 つかさは頷く。お姉ちゃんの敵討ちだよ! とつかさは笑顔で意気巻くが、はっきり言ってケンでサガットを相手にするのは相当にキツイ。ケン側が素人であるなら尚更の話だ。理由は山ほどあるが、スト4のケンというのは、高いプレイヤー性能とゲームシステムへの深い理解度により、はじめてその実力を発揮できるキャラなのだ。玄人向けといえる。
 とはいえそんな指摘は野暮だ。使いたいキャラを使うのが一番いい。
(……接待なしとは言われたけど、気楽にやろ)
 こなたはそう決めた。この期に及んでつかさにまでも退席されるのは、ちょっと困る。相手を退席させるためにゲームをやってるわけじゃないのだ。
 そうこうしているうちに、ラウンドが開始される。
 つかさはやる気満々だったが、初心者どころか初めて触る人間が、経験者のサガットに勝つのは不可能に近い。先ほどのリュウとサガットの戦い以上に、一方的な試合が展開される。
 これは参ったなとこなたが思っていた矢先、おっ、と思う局面に出くわした。
「あれー?」
 つかさは不思議がる。何を不思議がっているのかというと、サガットの前ジャンプでの飛び込みに対して昇竜拳を出したのだが、昇竜拳が一方的に潰されたのだ。
 こなたは感心した。つかさの狙いは、技のチョイスこそ間違っていたとはいえ、タイミングと間合いが絶妙だったからだ。つかさが出したのは大昇竜。大昇竜は対空として機能しない。
「ケンの対空はね、中昇竜がいいのだよ。大昇竜は上方向に攻撃判定が……んん、とにかく飛び込みに弱いんだ。中は飛び込みに強いから」
「そうだったんだ。こなちゃんすごーい」
 ケンの大昇竜は発生3フレーム、無敵時間は4フレーム。一見磐石の対空技に見えるが、出かがりに上方向に攻撃判定がほぼ無いため、よほど特異な間合いでなければ対空として機能しない。主に地上での割り込みや、コンボパーツとして扱われる。
 対して中昇竜は、発生こそ大に1フレーム劣る4フレームだが、無敵時間が6フレームもあることに加え、上方向にとても強い攻撃判定を持つ。難しいが、適切な間合いとタイミングさえ合致すれば、あらゆる飛び込みを跳ね返すのだ。
 とにかく、つかさは対空昇竜を狙っているらしい。ならばそれに付き合ってみるのが、経験者の義務だ。こなたは安易な飛び込みを多目にしつつ、その後の試合を展開した。
 こなたとつかさが三試合を消化した時点で、結果としてはこなたの3戦3勝。ラウンドを落とすことも無かった。結果だけを見れば一方的。初心者対経験者の試合としてありがちなパターンだったが、一度だけこなたのサガットの飛び込み攻撃を、つかさのケンが中昇竜で綺麗に対空したのが印象的といえば印象的だった。
 不思議なことに、十数回のこなたの飛び込みに対して、つかさが昇竜拳を放ったのはたった一回だけ。打ち損じや相打ちは無く、たった一回のトライで一回だけ昇竜拳を放ち、そして対空迎撃を成功させたのだ。
 たった一回ならば、偶然で片付けていい話だ。とはいえこなたとしては奇妙な感触だった。
「ふぅん……」
 つかさは何だか他人事みたいな声をこぼした。もしや姉に続いて妹の心も折ってしまっただろうかと、こなたは恐々とつかさの表情を盗み見た。しかしその表情は、何だか興奮気味だった。
「こなちゃん強いねっ! どうやって強くなったの?」
「え、そりゃあ、トレモで練習したり、オンライン対戦やりまくったり」
「トレモって何? オンライン対戦ってなに??」
 かくかくしかじか、とこなたは説明する。コンボ練習などを行うトレーニングモードの存在や、ネット回線を用いたオンライン対戦のことを。つかさは興奮冷めやらぬ様子でこなたの説明に聞き入った。かがみとは少し違う方向性で、つかさも熱くなってしまっているみたいだ。
「他には? 他には?」
「あとはウィキ読んだり、動画見たり」
「ウィキって何? 動画って何??」
 有志によるストリートファイター4ウィキの存在や、ニコニコ動画にスト4の対戦動画が幾つもアップされていることなどを説明した。いずれもつかさの興味を大いに引いたらしく、なにやらメモまで取り始める有様である。
 そんな風にスト4談議(?)で盛り上がっていた二人だが、やがていつまでも帰ってこないかがみのことが、どうしても気になってくる。
「……かがみ、帰ってこないね」
「うん。私、行ってくるね。もう夕方だから、多分そのまま帰ると思う」
「かがみに謝っておいて。ごめんって」
「あはは。お姉ちゃんは、こなちゃんに怒ったりしてないよ」
 ばいばい、と告げ、つかさはこなたの部屋を後にした。


 つかさが帰った後、こなたは何となく引き続きスト4をプレーした。
 オンライン対戦。
 回線速度によっては若干のラグが発生するものの、家庭用ゲームとしては格別の高品質な対戦環境を提供し、部屋にいながらに全国各地の猛者との対戦を実現させる、家庭用版ストリートファイター4の目玉コンテンツだ。
 勝利すればPP(プレイヤーポイント)とBP(バトルポイント)を得ることが出来、負ければPPを失う。BPは基本的に減らないため、各プレイヤーの強さの度合いは、PPでおおよそ計ることが出来る。
 こなたのPPは現在、3000とちょっと。中級者といったところだ。
 自分より強い、という条件で対戦相手を検索し、PP4000超えの猛者や、PP5000の王台に君臨する恐らくはゲーセンでも鳴らしている連中と対戦を行った。
 こなたは決して弱くない。もともとゲームが上手なのだ。累計で何千戦もやっているし、使用キャラはスト4最強と目されるサガットなのだ。決してひけをとるものではない。
 しかし、それでも。PP4000台の相手には時折勝てるものの、PP5000を超える相手には、よほどの偶然が作用しなければ絶対に勝てない。彼等はある意味、クレイジーだ。たゆまぬ努力と地道な研究、そしてスト4というゲームへの愛でひたすらにやり込んでいる。
 そんな奴を相手にした日には、何も出来ずに倒されることも少なくない。今も、PP5000を越えるリュウにいいようにあしらわれたところだ。
(……さっきのかがみは、どんな気持ちだったのかな)
 こなたは、それなりに負け方も心得ている。勝てない相手には絶対に勝てないのだ。なにより大事なのは諦めである。ゲームとは楽しむものだ。ストレスを溜め込むことが目的じゃない。
 こんなんじゃ、免罪符にもなりはしない。負けて悔しがるためには、こなたは少々ゲームに慣れすぎた。
 格上相手にどれほど負けようとも、かがみと同じ気持ちには、どうしてもなれない──。
 

  ◇


 泉家を辞したつかさは、てくてくと歩いていた。
 つかさには、姉の行き先に何となく心あたりがあった。かがみは、ちょっと空気を吸ってくると言った。するとこなたの部屋に戻る気はあったというわけだから、泉家の近くにいるはず。姉はそういうところで律儀なのだ。
 心あたりというのは何てことは無い。近くの公園だ。
 確信はないが自信はあった。公園の敷地が見えてくると、つかさの自信は安堵に代わる。公園のブランコを小さく揺らしながら座っていたのは、他ならぬ姉。かがみだ。つかさは姉のもとへ歩いていった。
「お姉ちゃん」
 つかさが近寄ると、ブランコにかけたままのかがみはうつむいた。とはいえそれは拒絶の意思ではない。双子の姉妹は、お互いを拒絶しない。とはいえ見られたくないもの、隠したいものはある。
 かがみは泣いていた。今にもこぼれそうになる涙を、必死にフタをしてせき止めていた。とはいえ水はどこからでも溢れ出す。かがみの目じりには涙が滲んでいた。
「……こなたは?」
「心配してたよ。お姉ちゃん大丈夫かなって。今日はもう帰るねって言ってきたから、このまま帰ろ」
「そっか。はは、迷惑かけちゃったな。でもそうだね、今日は帰ろうか」
 そう言いつつも、かがみはブランコから立つことは出来ず、うつむいた顔を上げることも出来ない。
 ……姉としての威厳というものがある。かがみは誰かに屈することをよしとしないが、特に妹の前では特に誰かに屈するわけにはいかない。それは相手が親友であるこなたでも例外ではないのだ。
 誰かに負けるわけにはいかない。だからこそ、自分に負けて泣き顔を晒すなんてもっての外だ。だというのに、顔が上げられない。自分を心配してやってきた妹の顔を見ることが出来ない。
 泣き顔を晒すことは、敗北なのだ。
 妹の前で敗北することは、許されない。
 けれど。
「……今日のお姉ちゃん、格好よかったよ」
「うううううっ……!」
 限界だった。せき止めていた感情の高波が、かがみという小島を押し流したのだ。こなたに十連敗を喫したときからこらえていた涙が、大粒となって流れ落ちる。例えば子供が大事なオモチャをなくしたとき。そしてそれが、二度と手に入らないものだと自覚したとき。今更のようにかがみは、わんわんと泣き出した。
 あるいはかがみは、泣いてすっきりするためにこなたの部屋を出たのかも知れない。ひとしきり泣いて吐き出せば、あとに残るのは何も無い。そうすればまた、いつもと同じように遊んだり喋ったりすることが出来ただろう。そのためにかがみは、ここにやって来たのだ。
 しかし、出来なかった。あまりにも悔しさが強すぎて。あまりにも自分の無力が腹立たしくて。何の気持ちの整理も出来ないままブランコに揺られていたのだ。
 つかさは、ブランコに座るかがみを、背中から優しく抱きしめた。泣き顔を晒したくない。それを尊重するかのように。私はいつもお姉ちゃんの味方だよ、と言うように。
「何でも言って。聞きたいな、お姉ちゃんのこと」
「つかさ……」
 姉として、妹として。そう自分に言い聞かせることはときに、自分の力以上のものを引き出すこともある。姉だから頑張らなくてはいけない。それは一種の自己暗示だ。例えば『社会人なのだから理性的に、大人に』という一節がある。それは誰かに言い聞かせるセリフではなく、自分自身に言い聞かせるべきフレーズなのだ。そうしなければ心がくじけてしまうから。
 しかし、どう暗示をかけようと、自分の力量より遥か上の行為は出来ない。初心者かがみのリュウが、経験者であるこなたのサガットを打ち負かす。そんなことはどうあがいても不可能なのだ。
 つかさの抱擁は、結果を出せなくて行き場をなくしたかがみの姉としての自己暗示をじんわりと解かした。それはまるで、雪が融けるみたいに。
「……うん。聞いて」
 かがみは語り始めた。
 初心者ながら、自分がいかに工夫をして戦っていたかを。リュウというキャラクターの強みをいかにして生かせるのか、ということを。そして、相手のサガットの弱点とはどこなのか、ということを。
 しかし、敵わなかった。だがそれは、相手がサガットだったからと言えなくも無い。かがみはスト4に対してごく浅い知識しかないが、こなたの使っていたキャラが明らかに優遇されているということは肌で気付いていた。
「だって、あんなのおかしいよ! 飛び道具のせいで近づけないし、ジャンプしたら跳ね返されるし、近づいたってダメージいっぱい食らっちゃうし……」
 かがみが言うのは、サガットの飛び道具の性能と、対空技であるタイガーアッパーカットの性能、そしてサガットの技全般に言える、圧倒的な火力の高さだ。
 加えてかがみは気付いていないが、サガットは体力も平均より高く、相手からのダメージが通りにくい設定になっている。唯一からだが大きいことによるくらい判定の不利などはあるが、他の長所と相殺するほど大きい短所では明らかにない。
 かがみの使っていたリュウも全体で見るとかなり強いキャラだが、サガットには及ばない。
 そういった諸々を含む、サガットというキャラクターの圧倒的な強さ。それを持ってスト4をいわゆるクソゲーと言う人もいるが、「これはこれでいい」と言う人も数多い。
 どのキャラクターにも”強み”があるスト4であるから言えることだが、サガットの飛び道具の弾幕を潜り抜け、いかにしてその”強み”を与えていけるか。それはひとつの攻略であり、やりがいであり、プレイヤーのモチベーションを保つ理由なのだ。
 それはなにも対サガットだけではなく、どのキャラクターにとっても言えることだ。キャラクターとキャラクターの差を覆していく行為こそが、やり込み派にとって至上の喜びなのだ。これこれこういう局面で昇竜拳を出せれば勝てる。あんな局面で最大コンボを入れれば勝てる。
 そのために腕を磨く。そのために策を練る。そのために持ちキャラへの理解を深めていく。
 同じ一対一の将棋やチェスにも似たようなことは言えるかも知れないが、”キャラ差”と呼ばれるゲームシステム上に絶対的に存在する性能差を覆す行為は、なによりもプレイヤーに充足を与えるものだ。
 だが、絶対的な差は、ときにプレイヤーに絶望を与えることもある。
 腕も、策も、理解も。なにひとつ持っていなかったかがみは、あっさりと絶望に飲まれてしまった。
「がんばったのに……結局何も出来なかった」
 一対一で勝負すれば、必ずどちらかが勝利し、そしてどちらかが敗北する。今回のこなたとかがみの対戦は、決してまるで見るべき所がなかったわけではなく、かがみが言うように何も出来なかったわけではない。とはいえかがみがそう思うのも無理からぬところだ。
「……お姉ちゃんの、正直な気持ちを聞かせて欲しい」
「つかさ……」
 ブランコに座るかがみを後ろから抱いているつかさは、かがみの耳元で囁くように、誰にも聞こえないように問いかけた。まるで、私たちだけの秘密だと言うように。つかさは丁寧に伝える。
「私はね、一人じゃなんにも出来ないの。あのあと私もこなちゃんと戦ったけど、お姉ちゃんが通った道だから通りたかった。ただそれだけ。私だけじゃ、戦いを挑もうともしなかった。だから……お姉ちゃん」
 かがみの脳裏に、先ほどの戦いがまざまざと甦る。
 精一杯の戦いの結果としての、こうむった十連敗がかがみにもたらしたもの。涙に頬を濡らし、泣いて疲れて枯れたか細い声でかがみが呟いたのは、もっとも純粋な一言だった。
「……勝ちたい。こなたに勝ちたい」
「うん」
 その瞬間、かがみの願いは姉妹の願いとなった。
 夕暮れ時。オレンジ色に染まった公園で、姉妹が交わしたひそかな盟約。
 ──勝ちたい。
 ──勝ちたい。
 ──勝ちたい。そのために強くなりたい。
 寄り添う二人の姉妹は、強くそう決意した。


  ◇


「買っちゃった……」
「買っちゃったね」
 かがみとつかさ。二人の姉妹は、とてつもなく大きな、しかも衝動任せの買い物に、興奮と不安。そして少しの後ろめたさを感じていた。彼女たちの手には、大きな紙袋がそれぞれ一つずつ。どちらも、ずっしりとした重さを感じさせる品物だ。
 さて、肝心の紙袋の中身であるが──。


 公園から柊家への帰り道、かがみとつかさはお金を下ろしに行った。
 しかし、高校生の貯金額などたかが知れている。話し合い、おおよそ必要額の半分ずつを負担することに決まった。
 財布の中の慣れない大金に緊張気味の姉妹が次に向かったのは、柊家より近場のゲームショップだった。こういう店も最近めっきりと見なくなったが、まだ何とか持っているみたいだ。ツタヤでゲームも販売する昨今、今さらローカルなゲームショップで買うメリットは薄いのだが、今回は事情が違う。
「……こなちゃんの持ってたあのレバーのコントローラーって、普通に売ってるものなのかなあ」
「そういや、あんなの売ってるの見たことないわ」
 さてどうしようかと協議の結果、ゲームショップを選んだのだが、はたして彼女たちの選択は正しかった。
「あった!」
 こなたの持っていた、つかさ曰くレバーのコントローラー、つまりアーケードスティックが、ショーウィンドウの中に陳列されていた。市場としては狭き分野なので、普通に店先に置かれているのは珍しい。ちなみにその店に置いてあったのは、リアルアーケードプロバージョン3というもので、多少値は張るが、安定した強度と精度に定評のある高品質な品物だ。
「こなたのと少し違うみたいだけど……大丈夫かしら」
「こなちゃんのは、リュウの絵が描いてあったよね」
 可愛い顔立ちの姉妹が、アーケードスティックの前でなにやら熱心に話しこんでいるという光景は、余りにも珍しい。会話の内容に心あたりのあった店員は、自分の興味と店の利益のために口を挟んだ。
「リュウの絵が描いてあるのは、スト4と同時発売された限定仕様のモデルです。でも絵が違うだけで、品物としてはそれと同じなんですよ」
「はー」
「へー」
 価格としては7000円とちょっと。コントローラーといえば3000円、という程度の認識だったかがみとつかさにとっては、ちょいと割高だ。
「もう少し安いのは無いですか?」
 かがみが率直に聞くと、店員は苦笑いをしながら答えた。
「ウチには置いてないですねぇ。取り寄せは出来ますが、安いのはあんまりいい話聞かないです。ほら、この手のはガチャガチャやるじゃないですか。それなりにしっかりしたのじゃないと、直ぐ壊れちゃうんですよ」
「ほー」
「んー」
 そんな店員のアドバイスもあり、姉妹は再び協議に入る。こうなってしまえば店員の出る幕はない。つかさとかがみは、買うべき品物と財布の中のお金と相談しながら、最終的な決断を下した。
 姉妹を代表して、かがみが店員に頼んだ。
「これ二つと、これとこれを下さい」
 かがみが指差したのは──。

 ・プレイステーション3本体
 ・ストリートファイター4
 ・リアルアーケードプロV3 ×2

 それらの品物が今、姉妹の持つ紙袋の中に収められていた。金額としては合計で約五万円。高校生としてはとてつもなく高い買い物の部類に入る。人を見たら泥棒と思えという気持ちで、二人は慎重に家路を急いだ。
 帰宅するとちょうど夕飯時だった。いそいそと夕飯を片付けた姉妹は、かがみの部屋に集まった。
 新しいおもちゃを買って帰ったとき、やることは一つしかない。それにのっとってかがみが、PS3などの梱包を解こうとしたとき、つかさは言った。
「今日は、PS3のセッティングと、スト4の説明書を読むだけにしておこうよ」
 PS3には、ユーザー設定やネットワークの設定などが必要であり、難しくは無いがそれなりに面倒くさい。時間はそれなりにかかるだろうが、スト4に触れる時間が無くなるほどではない。
「どうして?」
「たぶん最初は何していいか分かんないし、お姉ちゃん、疲れてるから」
「そんなことないわよ?」
「そんなことないわけない」
 つかさとしては強硬な主張だったが、それなりに的を射ていた。かがみの体力の問題ではなく、どちらかといえばメンタルの問題だった。泣いてすっきりしたかがみだが、喫した敗北すべてを受け入れたわけではない。今、このタイミングで姉を勝負事に関わらせるのはあまり良くない、というつかさの判断だった。
 今日できることを明日に伸ばさないのが柊かがみだ。それは美徳といえるが、出来ないことは出来ない。
「今日ははやく眠って、ゆっくり休もう。明日からがんばろう。ね?」
 妹の提案に、最終的にかがみは頷いた。
 明日から頑張る。かがみがあまり使わないフレーズだ。けれど、何故か心に心地よかった。ならばやはり、自覚は無いが疲れているのだろう。
 PS3本体は、かがみの部屋に置くことになった。もちろん扱いとしては姉妹の持ち物であるが、ネット回線がかがみの部屋にしかないのが大きい。
 姉妹で説明書片手にセッティングを行い、特にトラブルもなくPS3の設定は終わった。PS2に比べてやれることが膨大なのではじめは面食らうが、どれも大きな影響のあるものではない。
 封を切ったスト4のディスクをPS3の本体に挿入すると、自動で起動が始まった。メーカーロゴのあと、なにやらオープニングムービーが流れ出した。
「もう、つかさったら。飛ばしちゃだめじゃない」
「えへへ。オープニングとか大事じゃないよね」
 少し後、画面にタイトルロゴが表示された。
 ──ストリートファイター4。
 格闘ゲームの草分け的存在であり、そして今なお格闘ゲームの最先端を提供し続ける、伝統と実績のシリーズ。ジャンルとしてとりわけ大きい分野ではないが、その中でも抜群の知名度と注目を集める、格闘ゲームのなかの格闘ゲーム。
 明日からがんばる。そう決めたものの、例え明日からであろうと今日からであろうと、彼女たちが選んだのはそれほど容易な道じゃない。なにより彼女らは初心者なのだ。
「期限を決めようと思うの」
「期限?」
「うん。こなたに再戦を挑むまでの期限」
 例えばこれから一年間もみっちりとやり込めば、相応な腕前を手に入れ、恐らくこなたにも勝てるかも知れない。しかしそれは少し違う、とかがみは思う。相手は親友なのだから、いつでも遊びに行けば対戦できるし、断られることも恐らく無いだろう。
 しかしそれは、甘えだ。いつでも挑めるから、なんて気持ちで練習していても、なんの足しにもならないだろう。暗黙ではあったが、こなたには内緒で練習を重ねるつもりだ。強くなった自分を見せて驚かせたいし、仮にも倒すべき敵に練習してるのを明かすのは、なんか馴れ合いみたいで嫌だ。
「だからそうね……一ヶ月。一ヶ月みっちりと練習して、こなたに挑んでみる。それで駄目だったらまあ、仕方ない。でも、勝っても負けても、区切りにはなるから」
 区切り。それは実に姉らしい考えだな、とつかさは思った。だらだら無目的に続けるのを良しとしないのだ。
 つかさとしては、姉がこなたに確実に勝てるほどの磐石の実力を得てから、再戦の場を設けたいと思っていた。しかし、見透かしたようにそれは甘えだと姉は言う。
 やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。その不器用なまでの誠実さに、もどかしく思うこともある。けれど、だからこそきっと、私は姉を尊敬しつつも、サポートしてあげなきゃいけない、と思えるのだろう。
「なに笑ってるの、つかさ? にやにやして気味悪いわよ」
「な、なんでもないよ」
「PS3は私の部屋にあるけど、私たち二人のものだから。いつでもつかさは遊びに来ていいのよ。つかさも一緒に練習、してくれるでしょ?」
「うん、もちろん」
「私はリュウを使うけど、あんたどうするの?」
「えへへ。ケンで」


 一ヶ月。果たして一ヵ月後に何が起こるのか。
 向かう拳の先に、果たして何があるのか。
 それはまだ、誰にも分からない。


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