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  • 2012.10.13 Saturday
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南京事件

 http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070817/p1











さて、冒頭からいろいろ張ったんだけど、僕がいまのところ、南京事件をどう了解したかというと、

『正当な歴史学者ならば、南京大虐殺は存在する事に疑念を抱いていない』

『それは戦闘詳報等一時資料を丹念に当たった結果である』

『だから歴史学者から見た時、南京大虐殺は無かった、という時、それは進化論が嘘であるとか、水に声をかけたら綺麗な結晶がでいるとかの疑似科学と同じである』

という風に了解している。

冷静に考えれば、東京裁判という国際的に大きな戦後処理裁判で取沙汰されたものが、陰謀論的な、事実を精査せずにイデオロギー的に決められたと考えるのは妄想であって、裁判というもののめんどうくささと事実重視を考えれば、一次資料を当たって決定されたと考えるべきだったと思う。

また、教科書に掲載するという行為も、日教組の陰謀などというまさしくの陰謀論だけで簡単に決まるようなものでなく、歴史学者の正当な研究なしに乗せる筈もなかったと考えるべきだった。

そう、つまり、つい先日まで、僕は南京大虐殺は嘘だった論を、割と、そうなのかな? と思っていたのである。

これは本当に恐ろしい事だと思っている。

もともとは、東浩紀が歴史修正主義的発言をした、という話を聞いて、それをネットサーフィンしながらいろんな人の意見を見て、南京事件は無かったと述べている人たちはほぼ全て妄想的で、あったという人々は資料提示に熱心かつ、学問への敬意を持っていたので、南京否定論者は非合理だな、と思ったので、上記の結論にいたった。

ついでに言えば、東浩紀も山本弘も、どうしようもないな、と思った。

さらに言うと、日本の政治家や、一部団体が、外国の新聞紙面にFACTSとか言って広告を出して、歴史的事実である慰安婦問題を偽であると主張して、日本というのは恐るべき妄想的後進国だった、と思われて国益を損ねる、みたいな事件も起きていて、歴史修正主義は実害を伴う思想であると思った。

僕のような割と、左側に共感する人間でさえ、南京とか慰安婦とか嘘だったのかなあ、と思わせるぐらい、妄想的言説がこの国を覆っており、政治家までもがそんな事を言うから、よけいにそう思ってしまっていた。政治家のような、もっとも歴史認識を尊重しなければいけない人々が、歴史修正主義の妄想にとらわれるはずがない、と。

そして東浩紀のような批評家が、言ってしまえば、水に声をかけたら結晶化する、という言説も可能な場を保証しなければならない、とか、ホロコーストは無かった、という言説が可能な場を保証しなければならない、と言ってるのと同じレベルで


東 世界にはいろんな立場の人がいます。たとえば、南京虐殺があったという人となかったという人がいる。ぼくは両方とも友達でいます。このふたりを会わせて議論させても、話が噛み合わないで終わるのは目に見えている。なぜならばふたりとも伝聞情報で判断しているからです。歴史学者同士なら生産的な会話は可能でしょう。しかしアマチュア同士では意味がない。(中略)ちなみにぼくは南京虐殺はあったと「思い」ますが、それだって伝聞情報でしかない。そういう状況を自覚しているのが、大塚さんにとっては中立的でメタ的な逃げに映るらしいですが、それはぼくからすれば誤解としかいいようがない。


大塚 南京虐殺があると思っているんだったら、知識人であるはずの東がなぜそこをスルーするわけ?知識人としてのあなたは、そのことに対するきちんとしたテキストの解釈や、事実の配列をし得る地位や教養やバックボーンを持っているんじゃないの?


東 そんな能力はありません。南京虐殺について自分で調査したわけではないですから。


大塚 でも、それを言い出したら何も言えなくなる。柳田國男について発言するのは柳田國男以外できなくなってしまう。歴史学自体がすべて成立しなくなってしまう。資料はすべて伝聞情報だからね。一次資料だって誰かのバイアスがかかっているわけで、南京虐殺論争だって、そのバイアスの部分で虚構と言うのか、あるいはバイアスを取り除いたところであったと言うのか。とにかく、東浩紀っていうのは、結局は人は何も分からないって言ってるようにしか聞こえないよ。


東 ある意味でそのとおりです。


大塚 (前略)つまり君が言っていることっているのは、読者に向かって、君は何も考えなくていいよと言っているようにぼくにはずっと聞こえるんだよね。


東 ええ。それはそういうふうにぼくはよく言われているので、そういう特徴を持っているんだと思います。


大塚 そうやって居直られても困るんだって。(209〜211頁



とか言う時、僕が持っていたような誤解は補強されるだろう。僕は単純に、東浩紀を全く信用していないからこうなったが、えらい学者さんだなあ、とぐらいに思っている人は、南京大虐殺はなかった、という論は聞くに値する意見なんだ、と思ってしまうだろう。
 それは山本弘も同じで、と学会は、「科学的」を装って偏ったイデオロギーを伝達する危険集団に見える側面があり、科学の中立性を隠れ蓑にする分、山本が卑劣な人間であるように昔から思えていた。それでも、東よりはマシだけども。

 僕が久しぶりにブログを書いたのも、少なくても僕にとっては、僕が南京事件否定論をある程度信じていたからで、下手をしたらそういう人は多いのではないか、と思ったからです。割と平然と、左翼を自認していた時期さえあるのに、僕は大虐殺って無かったのかな、と思っていました。
 じゃあ、別に政治的なことに興味のない普通の人だったら、もっと大変な事になっているんじゃないかと、僕は恐ろしいのです。
 また、リンク先のブログの一つは、コメント欄が100とか、300になるまで議論していて、僕から見て基地外としか思えない相手と、300ですよ?300。ずっと会話してて、それは本当にすごいし頭が下がるのですが、僕にはとてもできません。最近は自分の弱さに気づく日々です。正直、このブログにもそういう基地外が押し寄せてきたらやってられないというか、既に若干来てるので、一人来るだけでも相当うんざりするものです。
 東浩紀が平気ではてサは、とかいうので、はてなにいる左翼の方々は見るべきところのない人々なのかな、という印象操作にやられていたのですが、そもそも左翼右翼の問題でさえなく、ネットには見るべき意見を持つ、僕より遥かに熱心で学識高い方々がいるな、と思いました。むしろ東の著作の方がはてサより遥かに害悪ではないのか。



 ではでは、ごきげんよう。



フェアウェルブーケ

 はい、はい、来ましたよ、マリみて新刊。

拍手ありがとうございます。

そして、フェアウェルブーケでございます。

久々にいい感じのマリみてと思いました。
どうもこう、なんか違う、と思う事が多い昨今でしたが、フェアウェルブーケは雰囲気がいいな、と思わせてくれました。
非常に好感触でございます。

個別に見ていくと、飴とストレッチは、まあまあさわやかな感じで最初の一作としてよい感じです。
幕間に入るフェアウェルブーケも、ゆみ、三年生だな、って感じでほほえましくみれます。
この作品集の要に思える「プライベートティーチャー」は、背景でおきていること、想像できることを考えると結構黒く、最後の結論も本当にそうかどうかは分からないので、趣深い感じになっています。冷静に考えると色々刺さる感じ。
おっぱいクッキーは、ほんと、今野さまはこれ、好きだよなあ、と思いました。つまり、飴とストレッチもこっそりそうなんですが、他人が現実を誤認して思い込む、という事に関して今野先生は凄い冷たいというか厳しいというか、その題材を書かずにいられないんだなあ、と思います。志摩子の思い込み現象とか、瞳子や加南子の思い込み現象とか、お釈迦さまの一巻とか、とにかく思い込みと肩透かしが大好きなんだなあ、と。おっぱいクッキーの場合は、それがまあまあ上手くいってるんで、いいんですけど、いつ何時でもそれを書きたがるのは流石にどうなのか、なんて書くと、僕はまりみてや今野さまについて思い込んでいる、なんていわれてしまう訳ですねw
昨日の敵は、途中のラップが不意打ち的に面白かったのだけは覚えてます。そういえば全体的に、落ちがあるようなないような話が多いですね、フェアウェルブーケ。
卒業式まで、はかなり百合っぽいです。最後にまあ、今野さん得意の複雑な血族落ちなんですが、この後のことを考えると、なんか、なんか、えろいですね!

フェアウェルブーケやアナウンスメントは普通に良い話でほっこりしましたし、なにより、最後薬香草茶話で祥子が出てくるので感無量です。やっぱり祥子とゆみがいなきゃな!

 祥子が出てくると、ほんと、締まるぜ・・・

 そんな感じでごきげんよう







日々

 色々思ったこと。



1 最近はビジネス書を多く読んでいたのですが、「コンサルティングとは何か 堀紘一」「コンサルタントのひと言力 野口吉昭」「コンサルタントの現場力」「コンサルタントの解答力」「だから貴方の部下は育たない」あと三冊ぐらい。だんだん署名もタイトルもうろ覚え。

 殆ど共通して言えるのは、徹底して現実に根ざし、ネガティブを否定し、夢と想像力を肯定しているという事でしょうか。そして、多大な努力を訴えている。

 「一時間早く出社し、常にアンテナ高く、誰よりも遅くまで残り、周囲に気遣いができ、自主性に富んで、誰よりも汗を流し、整理整頓ができて、身なりが清潔で、挨拶がはきはきして、手柄は部下に、責任は自分で背負う人間」がビジネスで生き残れる人間となります。


 これはしかし「無茶な理想」並べた訳ではなく「ビジネスの現実」な訳で、「実際に休日も休息もなく実行しているビジネスパーソンもいる」


 なんというか、空理空論ではないシビアな現実に根ざしながら、企業は理念やビジョン、夢が大事である、と全ての本が言っている、つまり、ひねたことを言って「これが現実」とか言うのはやはり違うと僕は思う訳です。だって、そんなひねた奴、ビジネスの世界で生き残れないだろ。いったいどこの現実の話なんだ。


 そして、そういう経緯を経て、久しぶりになんというか、批評書というかなんというか、そういうものを読むと、また違う面が見えてきたのです。


 世の中の多くの、思想関係書、大塚英志でも東浩樹でもなんでもいいんですが、その多くは、分析した内容を言っているだけだ、という事が今までになく引っかかるようになったのです。


 多くのコンサルタント書では「分析だけでは無意味」と言っています。会社の強み弱みや課題を分析してグラフにしました。それだけでは「で?」といわれてしまう、と。


 これはビジネスではある種の常識でしょう。分析は、その先にある目的のためにやるものですから。

 しかし、世の殆どの思想系書物は、分析に90パーセントを費やし、その後の提案の部分は実にあやふやな場合が多い気がいたします。

 分析のための分析であり、提案がおろそかになっている。

 そういう書物を読んで、思想家はまた「あらたな分析」を思いつく、それでは、分析だけが徒に増える事になるじゃないですか。

 

 明確な分析と、それに基づく課題提案、そういうバランスの取れた書物、あるいは思想を、考えていこうと思いました。



2 電子書籍と、書籍。



 最近、小説を読むのが苦痛なのです。

 ビジネス書や思想系が平気で、小説が苦しいというのは、虚構との親和性が下がってきているからではないかと思います。

 いや、正確には、構築された小説世界に入りづらいだけで、たとえば、TRPGリプレイは平気で読めるのです。

 あと、やるおでなんたら、とかも拒絶感なく読んでいた時期が一年くらい前にはありました。


 これが僕だけの個人的病弊ならともかく、全編かぎかっこで進む小説だの、携帯小説だのが出回っておりますから、「小説」というものが求めるハードルに、上手く合致できない人間は増えているのではないかと思います。


 TRPGリプレイ

 やる夫でなんたら

 かぎかっこ小説

 携帯小説


 これらは、すんなり読める訳で、逆に言えば「これに近い小説」を作れれば、すっと受け入れられる可能性があるのではないかと思う訳です。

 情景描写のできるだけ無い小説、という事になりそうですが、単純に情景描写を無くしても、それはスカスカの小説が出来るだけになりそうです。


 情景描写の代わりに、TRPGではGMの説明とルールと数字のやりとり、ダイスの結果とプレイヤーのやりとりとキャラクターのやりとりの二重構造、などがある訳です。


 やるおはAA


 かぎかっこは、読んでないからしらんけど情報量だとおもう。台詞で情報を伝えるという。携帯小説は、スカスカな小説になってるかもね。


 僕はこれらを勘案し、そのうち、TRPGリプレイに近いss、を書いてみたいと思っております。




3 ネットワーク的なシステム。


 ピクシブを見るたび思うのですが、今の、小説の受賞システムは効率化できるんじゃないか、と。

 というのは、現状の、原稿送って、メール不可データ不可、一年後発表、みたいなのは全く悠長だとおもうのです。

 ピクシブ小説は激しく投稿者側需要があったようですし、小説投稿コミュニティシステム、みたいな感じで応募者をコントロールするほうがいいと思うのです。


 1 システム利用を月額300円にしたとしても、小説家になりたい卵達はお金を払う。


 2 コミュニティシステム内での評価を援用できる。コミュニティ利用者内での評価を参考にしながら、編集者意見を書ける(独断にならない)


 3 小説家志望の囲いこみ、指導育成さえ可能


 4 レスポンスが逐次になる。(三ヵ月後、一斉に合否発表とかしなくてよい)


 5 受賞を募る出版者の、小説二次創作の解放区とする。原作者が目を通すかも、とか、アンソロジーを出してあげるかも、など、魅力的なうたい文句をつけることで、本来、出版社の利益に寄与しない二次創作勢力を取り込める。


 6 漫画部門を作れば、更に広がる。


 7 タブで、「投稿書式」「ss書式」など選べるようにしておけば、いろいろ楽。


 受賞作品選出作業は、バイトに下読みをさせてるなんて噂が流れてしまったりするので、少なくてもコストばかりかかって利益を生み出していない作業です。しかし、こうすれば利益が出るのではないか、と思ったり。



 

とりあえず今日はここまで、ではでは


日々を生きる

 うーむ。

ウメハラの、勝ち続ける意志力を買いたい。

プレスリリースについて調べておきたい。

反橋本派ですよ僕は。


正直、まだ、長い文章を書くほどには復活していない。ではでは

業務と戦場

 色々整理しておきたい。


・ 軍隊の上下関係が厳しいのは、命令系統を乱さず、統率するためである。上司や先輩に頭を下げなければいけないのは、日本式の年功序列の腐った会社云々、という論を持つ向きもあるかもしれないが、世界中の軍隊が日本式の組織ということになってしまう。

・ 逆に言えば、周囲に銃弾飛び交う実戦場で、上官にいちいち敬礼する人間がいたら、何のための敬礼であり、何のための厳しい上下関係なのか理解していない事になる。

・ なんらかのミスをした場合に、たとえば客先の状況だからミスをしました、といった場合、会社に帰って同じミスをしてしまったら、それはどうしようもないほど、ただの言い訳に過ぎなくなってしまう。

・ 失敗しても次があると思ってる人間は、次も失敗する。


橋本政権は関西財界の言いなりではないのか。

気力が尽きた、またいずれ


はい

 ごきげんよう

01:24 「みんなでパーティー」とても良かったです。祐巳と友人・仲間達が皆、笑顔でいると本当に嬉しくなっちゃいますね。

ありがとうございます。書いたの昔過ぎて思い出せないですけど、感謝感謝でございます。


20:43 おかえりなさい!生きててくれてよかったです
20:43 待ってました!

ありがとうございます。生きておりました。ありがとう!


とりあえず今日はこれだけ。リハビリリハビリ

帰還

 生きてます

いろいろあったけど、もう説明できないくらいの時が過ぎましたね。

まあ、ぼちぼちやっていきます。

はい

 ザ・ブックと、恥知らずのパープルへイズ読んだ。

ザ・ブックは、乙一らしい感じの、小説っぽい格調が出てた。ジョジョらしさとの融合というのはそうかも。ジョジョなあ・・・主人公がオリキャラの方なのかと思える感じで、乙一っぽさの方が強く出てたけど、良かった気がする。

恥知らずのパープルへイズは、ストーリー展開はジョジョっぽい。ある意味でザ・ブックよりもそれっぽいけど、そのせいでかえって、ジョジョっぽくない部分が出ると際立ったかも。その、ジョジョっぽくない部分、というのはファンにとっては上遠野らしい部分、という感じかもしれない。

なんとなくジョジョいいな、とジョジョ熱が高まるのでした。
ではhであ

oni

 はい、そういえば鬼物語を読みましたよ。


うん。

なんか、期待値を下回るというか、期待値が高すぎたのか、なんか西尾さんの悪い部分がだんだん出てきたというか、そんな感じでしょうか。

1、鬼物語といってるけど、最重要なのはカタツムリ

2、なのに、紙幅の大半は忍の過去の話。

3、それなのに、忍の過去は、かなりどうでもいい話。

4、かつて匂わせた、忍の初の眷属の扱いが、実になんかこうどうでもいい感じに。(忍の語り口はわざとどうでもよくしている、という深読みはできるが、根本的にそれが過去話をつまらなくしているように思えるので、深読みを義務つけられても困る)

5 とってつけたようなカタツムリエンド、そこそこ感動できるシーンのような気はするものの、ずっと忍の話だったのでちぐはぐな感じが否めない。

カタツムリの話がしたいなら、ちゃんとカタツムリの話をすればいいだけじゃないの?
とにかく、カタツムリと主人公の楽しい日常や、周囲の人間関係が描かれて、それでもうすうすそれが薄氷の上だと気づいているカタツムリがいて、とうとうくらやみが訪れ、対決が描かれ、最後にカタツムリが選ぶ選択は・・・みたいなべたな話でいいよ。

 というか、西尾先生がべたを避け始めると、大体つまらなくなるという法則がある気がしますよ。

 物語の構成が歪になってきてる。戯言のころの構成に近づきつつあるよ。

 忍の過去が物語全体から見た時にどうでもよすぎるのが致命的に思われる。
 
 また、今までは一応、伝承とかの裏づけから・・・・若干はみでてるやつもあるけど、一応は民俗学的見地がぎりぎりあったのに、今回のくらやみは、またバックノズルとかジェイルなんたらとかの「俺設定」に戻りつつあるよ。これもまた、西尾先生が退化する方向へ行ってる感がある。まあ、大人の事情もあるかもしれないけど。
 しかもその俺設定のせいであきらめるみたいになってるので、若干説得性も下がっているような・・・。


 このままいくと、最終巻もやばいことになりかねないので、マジがんばってほしいです。最後がちゃんとしてたら、OKなのが世の中だから!

 ではでは










生きてはいる

 なんだっけ・・・


いろいろあったような。


サルと人間の遺伝子の違いって、1%しかないんだぜ、とか、そういう言説を元に、人も猿も変わらない的な主張をする人もいるけど、人と猿の違いが10%もあったら、生物の半分は猿っぽい生き物になる気もするし、そもそも、遺伝子全体の中には活性化してないゴミデータみたいなのがあって、それを含めるから99パーセントになるとかなんとか。
 遺伝子はわずかな違いで、大きな差を生むんですね、という結論ではなく、人も猿も変わらない、とか言い出すのもそれはそれでいいけど、「結局、人も獣だから」みたいな言説の言い訳みたいに使われると困りますよね。結局は解釈の問題に過ぎないのか。

かずのこvsボンちゃんも見たし。

光速を超える物質とか。

あと、月下の剣士2を山百合会でやったら、由乃はあかりを使うね。
画面端で札を出し続ける(月下2で一番簡単な永久)
月下の剣士、案外狂ったゲームだよな。
残鉄のジャンプAがA+Cでキャンセルできるとか。いいね!狂ってる!

うーん、なにもないな。ではでは
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